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第2話 未知の世界と、想定外のエンカウント

 ガタン、ゴトン。

 平日の昼間。やけに空いている電車のロングシートの端で、俺は窓の外を流れていく景色を死んだ魚のような目で見つめていた。


 時折車窓に反射する自分の姿はあまりにも情けない。

 クローゼットの奥から引っ張り出してきた、常敗無勝の呪いの装備(スーツ)。半年間袖を通さなかったそれは今の俺には少しだけ窮屈で、まるで社会という檻に無理やり押し戻されているような気分にさせた。


(いや、単に太っただけか…)


 元々痩せ気味だった体型も半年間自宅に引きこもってみればあら不思議。先週測った体重は+10kgと大幅なアッパー調整がされてしまった。その姿、さながらお洒落着を無理に着付けられたワンちゃんのようだ。


(はぁぁ、けど俺の動画人生もこれでオシマイかぁ…呆気なかったな)


 今朝方、最後のプライドだった趣味の動画が有名配信者に簒奪(スティール)され、心の何かが完全に折れた。情熱の喪失、だがそれは結局のところ再就職からの逃避行為でしかなかったのかもしれない。動画作りで収益化(マネタイズ)しようとは端から考えていなかったが、夢を見るにも語るにも金は必要だ。


 預金残高が尽きる前に次の勤め先を見つけなければならない。その事実だけが、俺の鈍重な身体を動かしていた。


 目的の駅に着き、重い足取りで電車を降りる。

 改札へと向かう通路の壁には、巨大なデジタルサイネージ広告が煌々と輝いていた。


 映し出されているのは、やけにキラキラしたアニメ調の女の子たち。


『――君も、"V"に会いに行こう! 話題のVtuber事務所「シャイニー・プロダクション」、期待の新人デビュー決定!』


 そんな派手なキャッチコピーが、軽快な音楽と共に流れている。


(ブイ…チューバー、ねぇ…)


 流行りに疎い俺でも名前くらいは聞いたことはある。顔や体を出す代わりに2次元キャラの画像を映してゲーム実況などをする人達、みたいな。認識としてはその程度だ。

 それにしてはやけに美麗で、まるでアイドルアニメに出てくるヒロインのようだが…まあ、俺の人生には一生縁のないキラキラした世界の出来事だろう。


 その眩しい光から目を逸らし、足早に改札を抜ける。


 ハローワークの道程は駅前通りに沿って歩くのが最適解だが、今の俺にはどうにも最短距離で進むような気分になれなかった。


(ちょっとくらい遠回りしてもいいよな…)


 別に逃げはしないからと、心のなかで誰にともなく言い訳をしながら、俺は敢えて駅にほど近い小さな公園の中を通り抜けるルートで歩き始めた。


 平日の昼間だけあって人の姿はまばらだ。滑り台の上で甲高い声をあげる子どもたちとそれを遠くから見守る母親たち。先程の壁面広告とタイプは違えど、こちらもこちらで別世界の出来事のように感じられる光景だ。


(俺みたいなニートには眩しすぎる光景だな…)


 ジロジロ見すぎて通報されないよう視線を逸らしながら歩いていた最中、ふと進行方向の先にあるベンチに一人の女性が座っているのが見えた。


「あーもう…なんで固まっちゃうのー…? このポンコツスマホちゃんめー…!」


 俯いたまま真剣に手元のスマホを覗き込んでいる女性の声は、加減しているようでやけにハッキリと聞こえてくる。よく見れば彼女の周りにはスマホ用の三脚やらタブレットやら、妙に情報関連の機器が散らばっているのが分かる。


(独り言にしてはやけにハッキリ喋る人だ…つーか声可愛い)


 かくいう自分も独り言は得意な方だがボソボソと死人のような声しか出せないのに対し、その人はまるで誰かと話しているかの如く朗らかだ。


(ちょっとヤバい人なのかも…近寄らないでおくか)


 オタク的訴求力の高い声に耳を奪われつつも、俺は当初の目的通りハロワに向かって進んだ。視線を向けず、されど耳だけは集中して…なんてアンバランスな状態で歩こうものなら、足元への注意がおろそかになるのも必然で――


「きゃっ!」

「うをっ!!?」


 踏み出した足のつま先が何か硬いものに引っかかる。それはどうやらベンチに座っていた女性がタイミング悪く伸ばした足だったらしい。問題なのは極度の運動不足が故に踏ん張りすら出来なかったことだ。


 ずしゃぁぁぁぁぁ。

 と、見事にすっ転び芸を披露しただけでなく、肩から提げていたバッグまで吹き飛ばし、中身ごと派手にぶちまけてしまった。


「だ、大丈夫ですかぁ!?」


 慌てた様子の女性の声が響く。転倒時の痛みはそれほどでもなく、気にするべきは一張羅の装備スーツの方だ。ただでさえ金欠なのに買い替えるとなれば死期が早まる。


 俺は咄嗟に擦れた膝回りを手で触り、一命を取り留めたことを確認した。


「だ、大丈夫みたいです、はは…」


 と情けない声を出しながら顔を上げると、そこには予想とは少し違う方向性の、しかし間違いなく可愛らしい女の子が居た。


 腰まで伸びた綺麗な黒髪は邪魔にならないように後ろで一本にまとめられていて、顔の半分を覆うほど大きな黒縁の度無しメガネの奥から心配げな瞳が覗いている。服装は上が白いブラウスに紺色のプリーツスカートという、やや地味目なものだった。


 つい先程駅の広告で見たキラキラした女の子たちとは対極のスタイル。だが、その地味な装いの中に隠しきれない素材の良さが滲み出ている。


(って勝手に他人を分析するなよ…我ながらキモい趣味だな)


 すっかり癖になった無言ツッコミを入れながら見惚れていると、彼女は不安げに顔を覗き込んできた。


「あの、本当に大丈夫ですか? どこか打ちました?」

「あ、いや、これは俺が勝手に転んだだけなんで…」


 俺がしどろもどろになっている間に、彼女は俺の無事よりも散らかった荷物を優先して、てきぱきと書類を拾い集め始めた。


 と、その手が俺の秘蔵ノートの上でぴたりと止まった。ご丁寧にも吹き抜ける風がページを捲ってくれている。


「……んん??」


 彼女の視線がノートの一節に釘付けになり、そのまま詠唱するかのように書き綴られた文言を読み始める。


「『シルヴィアの特定条件下におけるダメージ上限突破事象とその再現性に関する考察』……?」

「……!!?」


 ま、まずい!

 狂気の研究の成果をこんな美少女に見られてしまった!


 俺が羞恥と後悔で固まっていると、彼女はメガネをクイッと持ち上げ、その奥の瞳を好奇心でキラキラと輝かせた。


「お兄さん、もしかして、『アストラル・クロニクル』のプレイヤーですか?」


 一瞬にして彼女の雰囲気が変わった。それまでの当たり障りのない親切な大学生といった空気が霧散し、何かに取り憑かれたような熱のこもった眼差しになる。


「は、はい、まあ…」

「やっぱり! すごい、こんな詳しい考察をノートにまとめられている人始めてみましたよ…! シルヴィアって、あのリリース初期の『SSRキャラ』ですよね? 攻略Wikiにはおすすめ出来ませんって書いてあったのに考察までするなんて、やっぱり愛ですか?キャラ愛ですよねっ!? ていうか私の場合、Tier1編成使ってるのにどうやっても『天竜アズール』の討伐タイムがSに届かなくて…!」


 矢継ぎ早に繰り出される専門用語と熱に浮かされたような早口に、俺は思わず引き込まれた。


「あ、いや、アズール相手だと火力の安定化よりは、むしろ――」


 ここで彼女の動きが、ふと止まった。

 彼女が今拾い上げていたのはゲーム分析ノートの下に隠れていた、クリアファイルに入った履歴書だった。


 履歴書の『現職:無職(半年間のブランク)』という文字と、俺の不幸そうな顔を交互に見比べたかと思いきや、次の瞬間彼女は俺の手を両手で強く掴んでいた。

 そこには熱い何かを掴み取ろうとするような、真剣な力が籠もっている。


「あ、あの…?」


 驚く俺に対し、彼女は一度大きく息を吸い込んだ。その瞳はまだギラついているが口調は一転、まるでビジネスモードのように切り替わった。


「ところでお兄さん、この後少しだけお時間ありませんか?」

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