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第14話 銀色の証明と、逆転のセオリー

【マジかよ、本当にやるのか】

【深淵の神獣…!?あのカイザーですらクリアできてないのに】

【シルヴィア理論の"先"ってなんだよ…面白くなってきた…!】


 モニターに流れる無数のコメントを、俺はただ無感情に眺めていた。

 脳裏に浮かぶのはあの有名配信者――カイザーの顔。


 彼が俺の理論を剽窃(スティール)し、世に広めたこと自体はもうどうでもいい。 俺が許せなかったのはそのあまりにも表層的な解釈だ。


 ただ一度の動画のネタのため、派手な火力を出すだけの見世物だと吹聴したこと。 発動条件もシビアで使い所も限られる、だから所詮は『玩具(おもちゃ)』でしかないと。


(…不遇キャラだからどんな扱いしても許されるだろって、そういう魂胆が見え透いてんだよ…)


 俺が半年間を捧げた研究も、シルヴィアというキャラクターが秘めた本当の価値も、あの男は何も理解していなかった。

 それは俺の研究と彼女自身に対する最大の侮辱だった。


 ――ならば、その知名度を逆に利用させてもらう。あの男の浅い理解度では決して辿り着けない、この『極致』の舞台で。


 内なる闘志を燃やしながら、俺はパーティー編成画面を開いた。


 このゲームの最難関クエスト『深淵の神獣』。理不尽という理不尽を積み重ねたギミックに数多のトッププレイヤーたちの心を折ってきた絶対的な壁だ。


 その壁を打ち破るための布陣を淡々と画面上で組んでいく。

 一人目、二人目、三人目と、最強クラスの限定SSRキャラクターがパーティーに加わる。


 ――そして、最後の四人目。


 俺は迷いなくそこへ、『シルヴィア』を配置した。

 こうして誰の目にも異質と映る編成が完成した瞬間、チャット欄は一つの巨大な混乱の渦と化した。


【うおおガチ編成!…って、なんでシルヴィアがいんだよwww】

【なんだよ、結局限定キャラ使うんかい】

【↑別にいいだろ、問題はシルヴィアとかいう舐めプの方だって】

【最強編成の中に一人だけレベル1の初期装備みたいなのが混じってるんだが】

【理解が追いつかない】


 そんな阿鼻叫喚のようなチャット欄の喧騒を鎮めたのは、聴く鎮静剤とも呼ぶべき黒木の明るい笑い声だった。


「にゃはは! Sudo先生ー、チャット欄も私も大混乱ですよ! でも…大丈夫!信じてますから! 堂々と見せてください、先生の『答え』を!」


 その声だけが、俺の耳と心に届いていた。


 戦闘が開始される。

 ここからは一瞬の油断も許されない。神獣の猛攻はまさに苛烈で、特殊技をまともに受ければ即壊滅する鬼畜仕様だ。故に俺はその全てを予期して動く。


(…このHP割合なら次のターンに全体攻撃『虚無の波動』が来る。ダメカは必須、だがDPSも落とせない。ならスキル回しは――)


 俺はシルヴィアの『聖銀の誓い』を発動させながら、残りの限定キャラで効率的にボスのHPを削っていく。


【出たw時代遅れの40%カットww】

【被ダメ痛すぎだろ...素直に70%カット使えや】

【でもDPS落ちてなくね?】

【確かに!天才じゃん!】

【ダメカなのにデバフ掛かる産廃スキルの『聖銀』さんww】

【いやデバフは3回目からだから。シルヴィアアンチ乙】


 賛否両論、というよりは「否」と「困惑」が入り乱れるチャット欄を一瞥して、俺の心に少しだけ余裕が出来た。今一番怖いのは、叩かれることよりも「無反応」なこと。


 やがて、神獣の身体が一瞬だけ淡く光る。今度は即死級の物理単体攻撃『魂喰らい』が飛んでくるという予兆だ。既にHP調整は済ませてあるので、ここは冷静にカウンターの準備を整える。


 喰らえば即死の『魂喰らい』は見事に物理最強のキャラ――『星砕の狂戦士』ヴォルフへとターゲッティングされ、逆に大ダメージを叩き出す。敵の思考ルーチンを完全に読み切ったかのような采配に、チャット欄の嘲笑は消え、徐々に具体的な驚愕へと変わっていった。


【きたああああああああ】

【え、タマグイって対策出来たん?】

【今のカウンター、タイミング完璧すぎだろ…】

【うっま】

【ま、ここは常識だよな】


 そして、いよいよ運命の瞬間が訪れる。


 このクエストで最も凶悪で厄介な特殊技『深淵の宣告』が発動する、運命の第5ターン目。最大ダメカでも瀕死は確実、さらに生き残った者すべてを弱体化させる解除不能のデバフ、【魂の枷】までも付与されるという、運営の底意地の悪さを象徴する場面だ。


 現状、ここでの最適解は『守護』スキルを持つ仲間が『深淵の宣告』による全体ダメージを一身に受けて戦闘不能になることで、残り三人のHPを温存する戦略だ。


 ただしこの場合でも【魂の枷】の付与効果は免れず、生き残った三人は弱体化を受けたまま戦闘を続けなくてはならない。故にこのクエストはトッププレイヤーたちの間ですら、突破率1%未満の絶対的な壁として君臨していた。


 問題は、ここからだ。

 黒木とチャット欄に見守られながら、俺は呼吸を整える。


「――いきます」


 確かな宣言と共に、俺はパーティーに指示を出していく。

 まずはパーティーの要である聖属性最強ヒーラー、『黎明の熾天使』ルキフェリアに、彼女の持つ最強のダメージカットスキル《セラフィック・ウィング》を発動させた。

 六枚の光翼がパーティー全体を包み込み、神々しいまでの守護の結界が展開されると、このターンだけパーティへのダメージは70%カットされる。


【ルキフェリア様きた!】

【ルキ様の翼、(あった)稲荷(いなり)...】

【これで勝つる!】

【はい、魂の枷~】

【クソ攻撃始まったわ】


 チャット欄は勝利を確信したコメントと、その後に訪れるであろう悲惨な図の予想で沸き立つ。


 だが、俺の指示はそこで終わらない。

 続けてシルヴィアのスキル『聖銀の誓い』(PT全体40%カット)を使用した。


 突然の意味不明な行動に、チャット欄の流れがさらに加速する。


【え?ダメカって重ねがけ出来るの?】

【いや無理wwwこいつ仕様知らんのかww】

【悲報:Mudoさんエアプがバレてしまう】

【ああ、もうダメだ…】


 すでにPT全体が70%カットの結界で守られている状態で、効果の低い40%カットのスキルを重ねがけしても100%カットにはならず、ダメージ計算上何の意味もない。それはアストラル・クロニクルをある程度やり込んだプレイヤーには常識だった。


「…え? Sudo先生、それって……」


 黒木もチャット欄の混沌(カオス)さにあてられて動揺した声を上げる。


「…大丈夫です」


 だが、俺は一言だけ告げると次なるターンへと進めた。

 神獣の全身が禍々しいオーラに包まれ、味方全体に『深淵の宣告』が降り注ぐ。70%カットしてもその威力は絶大で、最高峰のステータスを持つ限定キャラも瀕死状態になる中、唯一最大HPの少ないシルヴィアだけが――


「――シルヴィアたんっ!!」


 黒木の悲痛な叫びと同時に、銀色の女騎士はその身に全ての絶望を受け止め、光の粒子となって音もなく消えていった。それだけではなく、生き残った3人にも絶望のデバフ【魂の枷】が、死刑宣告のように灯る。


【ああ、やっぱり…】

【結局ダメだったか】

【シルヴィア無駄死にじゃん】

【もう無理だって】


 チャット欄が諦めの空気一色に包まれた、直後。

 俺はその心ない一言を否定するように、普段の自分からは考えられないほど、はっきりとした口調で言い返した。


「――無駄死になんかじゃない。これが、シルヴィアに隠されていた『第二の真価』です」


 すると画面には、誰も予期していなかった現象が起こる。

 3人に付与された【魂の枷】――本来は解除不能であるはずのデバフが、まるで最初から存在しなかったかのように、フッと消え去ったのだ。


【は?】

【ええええええ】

【バグ?】

【なんで消えるの、オカシイだろ】

【?????】


 チャット欄が理解を超えた現象への無数の「?」で埋め尽くされる中、俺はゆっくりとマイクに口を近づけた。


「…シルヴィアのスキル『聖銀の誓い』には、実はもう一つの効果があるんです。それはスキル発動中に彼女が戦闘不能になった場合、『味方全体のステータスを初期状態に戻す』、と…」


 俺はそこで一度、言葉を切った。チャット欄が【マジかよ】【そんなの書いてあったか?】とざわめくのを確認してから、続ける。


「…つまり、このクエストで最も厄介な解除不能デバフ【魂の枷】は、『聖銀の誓い』の効果が発動している状態でシルヴィアが倒れることによってのみ、解除――正確には初期化(リセット)が可能になる。…だから、このクエストの本当の『答え』を持っているのは彼女(シルヴィア)なんです」


 一語一語に思いを寄せて告げつつ、俺は淀みなくコマンドを選択していく。

 デバフの一切ない完全な状態で、最終ターンを迎えた3人が総攻撃を仕掛ける。


 そして――呆気ないほど簡単に、ボスは沈んだ。

 画面に『QUEST CLEAR』の文字が表示された時、それまで混乱と疑念に満ちていたチャット欄は、まさに堰を切ったような爆発的な熱狂に包まれた。


【うおおおおおおおおおおおおおおお】

【神回】

【鳥肌やべえええええええええ】

【歴史の証人になった】

【すげえええええええええええ】

【Mudo最強!Mudo最強!Mudo最強!】

【いや、シルヴィアが最強なんだよなぁ…】

【↑それな】

【『答えは彼女』…名言すぎるだろ…】

【俺たちのシルヴィアが…泣いた】

【今日の配信、伝説だろ…】

【カイザー見てるか?これが本物だぞ】

【もうMudoじゃなくてSudoって呼ぶわ】

【論文待ってます】

【カナちゃん推しだけど今日だけは褒めてやる】

【このコンビ、最強すぎる】

【スパチャしたいけど出来ないんだが。はよ収益化しろ】

【Starlight-VERSE…覚えたぞ】


 気がつけばアンチコメントは完全に沈黙していた。代わりに賞賛の嵐の真ん中で、ヘッドホンから鼻をすする小さな音が聞こえてくる。


「……っ、やりましたね、先生…!」


 祝福の言葉のはずが、その声は明らかに震えていた。


「…えっと、黒木先輩…? もしかして、泣いてます…?」


 俺の問いかけに、彼女は一瞬ハッとしたように息を呑んだ。刹那、慌てて涙をこらえるように無理やりいつもの明るい声色を作って答える。


「な、泣いてませんよーっ! 目に、ちょっとホコリが入っただけですっ! …それくらい、今日の配信、すごかったってことですよ!」


 強がってはいるが、その声は上ずり、説得力は欠片もなかった。だが、その堪えきれない涙の意味を正確に言葉にはできなくても、ただの喜びではないことだけは、痛いほど伝わってきた。


 彼女の不器用で健気な魂の叫びに呼応するように、チャット欄も【泣いてええんやで…】【カナタおめでとう!】【最高の配信だった!】【Sudo空気読め】と、温かい祝福の弾幕で埋め尽くされていく。


「…っ、ぐす……ほ、本当に、みんなありがとう…!」


もう一度、必死に感謝を口にしてから、彼女は震える声で最後の挨拶を絞り出した。


「――それじゃあ、またね! おつクロでしたー…!」


 最後だけ少し声が掠れた挨拶と共に、俺たちの歴史的な配信は幕を閉じた。



 配信終了後。

 俺がヘッドホンを外すと、隣の席で、黒木さんがまだ目元を赤く腫らしながら、こちらに満面の笑みを向けていた。


「……やりましたね、須藤さん」


 今度は、彼女の方からだった。その声は、いつもの『カナタ』のように明るくも、『黒木』のようにか細くもない。ただ、一人の戦友としての、静かで、芯の通った響きを持っていた。


「いえ…黒木さんが、信じてくれたおかげです」


 俺は素直にそう返していた。

 これまでのような余計な謙遜の言葉はもう出てこない。


 しばらく、二人だけの沈黙が流れる。気まずさはない。ただ、成し遂げたことの大きさを二人で噛み締めているような、心地よい時間だった。


「…本当にすごかったです。まるで、魔法みたいでした」

「魔法じゃないです…ただの、分析の積み重ねです…」


 俺がそう言うと、彼女は少しだけ不思議そうな顔をした後、ふふっと小さく笑った。


「…そっか。そうですよね。じゃあ、今度その『積み重ね』の話、もっと聞かせてくださいね。――マネージャーさん?」


 最後の言葉だけ、少し悪戯っぽく響いた。

 思わず照れながら「…善処します」とだけ返すと、彼女は「にゃはは!」といつもの笑顔に戻っていた。



 事務所を抜け、帰宅の途に付く最中。

 俺は電車の中で一人、アーカイブのチャット欄を静かに見返していた。熱狂的なコメントの中にほんの数件だけ、ポツリと紛れ込んだ言葉を見つける。


【…あれ?今、撃破したのって…何ターン目だった?】


 その書き込みに俺は誰にも見咎められないよう表情を殺したまま、口角の端だけを上げた。

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