第13話 模倣の果てと、静かなるリベンジ
「えー……皆さん、こんばんは。Sudoです。本日は私のチャンネルにご来訪いただき、誠にありがとうございます…」
長く続いたマイクラコラボが完結し、一日空いた日の夜。
積み上げた経験値が消失したように、俺の口調は硬さを取り戻していた。
【お、Mudoが喋った】
【こんばんはー、ゲストまだー?】
【なんか今日のMudo、めっちゃカタくない?w】
【就職面接かな?】
遠慮ないコメント欄にも慣れてきたが、それでも今日の配信には緊張を隠せない。何故なら――。
「本日は僕が好きなゲーム、『アストラル・クロニクル』の配信をやっていくのですが…その前に、あの、ゲストを紹介――」
「Sudoチャンネルをご覧の皆さんー、そして黒き森の民ー、こんクロー! 今日の『アスクロ配信』のゲスト、Starlight-VERSEの黒木カナタでーす!」
俺の言葉を遮る、完璧なタイミングでの乱入。その太陽のような声に張り詰めていた空気が一気に和らぐのを肌で感じた。
今回の配信タイトルは「【アスクロ特別講座】Sudo先生に教わる!禁絶クエストの裏技!?【かわいいゲストもいるよ!】」、誰が名付けたかは一目瞭然だろう。
俺はマイクに乗らないよう、そっと安堵の息を吐く。
「にゃはは! Sudo先生、今日はよろしくお願いしますねー!」
「こ、こちらこそ…お手柔らかにお願いします、黒木先輩」
【黒木先輩www】
【Mudo、後輩ムーブがすぎる】
【先生と先輩ってもう訳わかんねえなw】
黒木が悪戯っぽく笑うと、チャット欄を煽るように続けた。
「でも皆さん知らないと思いますけどねー。この真面目なSudoさんが実はこの『アストラル・クロニクル』ではとんでもない上級者さんなんですよー!」
「……いえ、そんなことは。ただ、少しやり込んでいるだけです」
「またまたー、謙遜しちゃってー。ほら、早くプレイヤーランク見せてあげてくださいよー!」
「…は、はい…」
俺は黒木に促されるまま、ゲーム内のプロフィール画面を開いた。そこに表示されたのは、現在の最高ランクであるプレイヤーランク『150』の数字。
【……は?】
【150!?】
【マジのガチ勢かよ】
【暇人証明おめでとう】
ざわめくチャット欄の反応を見て、俺は少しだけホッとした。この驚きという名の『前提条件』がクリアできなければ、この先の本当の理論は誰にも理解されないからだ。
「さて、Sudo先生のドヤ顔も決まったところで! 今日のテーマは『禁絶クエストの攻略』…って禁絶!? マジですか!? 私も正直全然クリアできてないんですけど……」
「えぇ、大手攻略サイトでは限定SSRキャラや神宝級の武器が推奨されていますが……今回は、恒常キャラを軸に編成していきます」
その宣言に、チャット欄は【無課金の希望!】【どのキャラ使うんだ?】と期待と疑念の混じったざわめきに包まれる。
「そして、今回の挑戦の軸として俺が推奨するのが……このキャラクターです」
そんな大衆の期待を裏切るように、俺が最初に選択したのは――銀色の鎧をまとった、一人の女騎士だった。
【…………は?】
【え、シルヴィア?】
【おいMudo、キャラ選択ミスってるぞ】
「わー! シルヴィアたんだ! 私もこの子、大好きなんですよねー!!」
チャット欄の困惑とは裏腹に、黒木の純粋に嬉しそうな声がヘッドホンから響く。だが、その声のトーンはすぐに、戸惑いを帯びたものへと変わった。
「でも、Sudo先生…? この禁絶クエストにシルヴィアたんを連れて行くのは、その…かなり厳しくないですか……?」
彼女もそれなりにやり込んでいるプレイヤーの一人だ。この選択がどれだけ無謀か、痛いほど理解しているのだろう。
満場一致の『常識』に向けて、俺はただ静かに、そして事実だけを口にした。
「…いえ、間違いじゃないです。このキャラは…不遇だとかハズレだとか散々言われてますけど…それだけじゃないって部分もあるんで…それを今から証明してみせます…」
チャット欄に流れる嘲笑や疑念の文字など全て無視して、俺は淡々とかつて唱えた『シルヴィア理論』の検証フェーズに移行する。
「…銀髪の女騎士『シルヴィア』。彼女の持つスキル『聖銀の誓い』は、味方全体へのダメージを40%カットする防御系の効果があります。ただし、一定回数使用すると自身の防御力が0になる【疲弊】のデバフまで掛かる。…これだけ見れば他のダメージカットキャラの下位互換と言われるかもしれません…ですが…」
俺は手慣れた操作で、パーティーに『逆理の錬金術師』アゼルを編成した。こいつもまた通常のTier1編成には入らないどころか、一発ネタのキャラとして悪い意味で目立っているキャラだ。
「――今から、彼女の真価を証明します」
クエスト開始のテロップが表示され、画面には凶悪と名高い強敵『破滅の機兵タロス』が現れる。
「が、頑張ってくださいSudo先生ーっ!!」
黒木の声援を受けながら、俺はほぼ無課金に近い編成で強敵に挑む。戦闘開始から10分が経過した頃には、敵ボスの体力が75%、50%と順調に減っていくのが見えた。
しかし、その代償としてこちらのパーティーは既に全員が瀕死状態だった。
【いやー、やっぱこれ無理だろ…】
【シルヴィアとアゼル入れてここまで削っただけでもすげーわ】
【大人しくテンプレ編成で挑めよマイオナ厨www】
【カナちゃん可哀想…】
誰もが敗北を確信した、その瞬間。
俺が待ち望んでいた、最高の好機が訪れる。
「……ふぅ」
わざと配信に乗るような大きなため息を吐いてから、俺は【疲弊】状態の
シルヴィアにさらなる防御デバフを掛けていく。
「え…? せ、先生!? なにやってるんですか!? それ以上シルヴィアたんをいじめたら、本当に…!」
黒木の悲鳴と同時に、チャット欄が未曾有の混乱状態に陥った。
【は? なにしてんの?】
【シルヴィアボロボロで草】
【もう終わりだ猫の配信】
【Mudo、ついに壊れたか】
だが、俺は一切のノイズを遮断する。
傍から見れば自暴自棄の蛮行。無意味な悪あがき。
しかし、これこそが勝利へと繋がる唯一の正解だった。
「――これで、準備完了です」
俺は絶望的な状況に陥ったシルヴィアに、アゼルのスキル『逆転の霊薬』をかけた。瞬間、シルヴィアの身体から禍々しいオーラが吹き出し、ステータスウィンドウに表示されていた彼女の攻撃力の数値が見たこともない桁へと跳ね上がる。
「…『逆転の霊薬』は対象の防御デバフを攻撃上昇バフへと変換するスキルです。通常であればどれだけ防御デバフを積んでもそこまで威力は上がりませんが、シルヴィアの【疲弊】デバフが掛かっている時だけは…例外があるんです…」
「れ、例外…? といいますと…?」
「…攻撃力上昇の計算式が加算ではなく…乗算になるんです」
「じょ、乗算…!?」
黒木の驚愕した表情と声に合わせるかのように、ゲーム画面では紅蓮の光がタロスの全身を包み込み、第二形態へと移行する。
だが次の瞬間、シルヴィアの放った一撃がタロスを貫いた。
『ば、馬鹿なぁぁぁぁぁ!!!?』
配信上に流れたのは、撃破されたタロスが発した断末魔。
誰もが覚悟した激戦の続きが訪れることはなく、残り半分だったHPゲージもまるで最初から存在しなかったように、一瞬で蒸発した。
数秒の沈黙。
遅れて、チャット欄が爆発した。
【は?????】
【なんだ今の火力!? 限定キャラのダメージ余裕で超えてね?】
【やばいやばいやばい、鳥肌立った】
【Mudo、お前マイクラの時と別人すぎだろ!】
「す、すご……! 須藤さん、今のどうやったんですか!?」
黒木さんの興奮した素の声がヘッドホンから響く。
だがその熱狂の最中、一部のリスナーから鋭いナイフのようなチャットが流れた。
【え、これって…】
【大手配信者のカイザーの動画で見たやつじゃん】
【なんだ、パクリかよ…】
その一言を皮切りに、チャット欄の空気が一変する。
【うわ、マジじゃん。カイザーの理論、丸パクリかよ】
【がっかりだわ。オリジナルの理論とか言ってたのに】
【やっぱ弱小事務所は人のネタ盗むしか能がないんだな】
さっきまでの賞賛が嘘のように、侮蔑と非難の言葉が濁流となって画面を埋め尽くす。称賛していた空気が、一瞬で凍りついた。
「そ、そんな…!」
黒木が何か言おうと息を呑む。
だが、一度荒れてしまった場面では下手な言い訳はしない方がいいと、彼女も理解していたようで。
彼女がプロとしての沈黙を選ぶ中、俺は静かに、しかしマイクが確かに拾う声量で口を開いた。
「……ええ、ご存知の方もいるでしょう。ですが」
俺は編成画面に戻ると、先ほどの『逆理の錬金術師』アゼルをパーティーから外した。不可解な行動に、荒れ狂っていたチャット欄がわずかに静まる。
「今お見せしたのは、あくまで仕様の一つの『応用』…いわば、序章です」
【は?】
【どういうこと?】
【序章…?】
チャット欄がと、さらなる混乱に陥る。
そんな彼らを置き去りにして、俺は新たなクエストを選択した。
そのクエストの名は『深淵の神獣』。
このゲームにおける最難関にして、運営の悪意に満ちたボス。
撃破報告のあがっている編成は、数えるほどしか存在しない。
故に持ち物チェックとまで揶揄される魔境だ。
俺は迷わず編成画面に、『彼女』を選択する。
チャット欄の全ての人間が、息を呑んだのが分かった。
「――これから、『シルヴィア理論の先』をお見せします」
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