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第11話 一握りの賞賛と、一滴のポイズン

 どこまでも続く、土と緑の平原。

 空に浮かぶ太陽も雲も全てがカクカクとした四角いブロックで出来ていた。


 俺の目の前を同じくブロック状のニワトリが、意味ありげに横切っていく。


 (…これが世界一有名なサンドボックスゲーム、『マインクラフト』か…。動画では見たことあるけど、いざプレイしてみたら奇妙な世界だな…)


 そんなことを考えていると、ヘッドホンから配信開始を告げる黒木の声が聞こえてきた。


「はい、始まりましたー! 黒き森の民~! こんクロー! 黒木カナタですっ!」

「……こ、こんクロー…ども…。Sudoです…」


 黒木の太陽のような明るい声とは対照的に、闇の住人のような俺の声。

 これでも昨日の初配信よりはマシになったと思いたい。


「はい、というわけで本日は久しぶりのコラボ配信! 題して! 『新人VtuberのSudoさんと行く、初めてのマイクラ生活!』でーす! いえーい、ぱちぱちー!」


 俺の意思とは全く無関係に付けられたタイトルが高らかに宣言されると、チャット欄は俺への温かい(?)野次で埋め尽くされていく。


【新人くん、今度こそ喋れるか?w】

【まあ、お手並み拝見といこうか】

【カナちゃん、介護がんばってください!】

【男Vとのコラボとか、正直見たくないんだけどなー】


 (……ダメだ、緊張で胃がひっくり返りそうだ…)


 ファンに笑顔で手を振る黒木の明るい声を聞きながら、俺は必死に平静を装いつつ、内心で今世紀最大級の後悔に苛まれていた。

 なぜ、俺は、ここにいるんだ、と。


「さーて、それじゃあ、やっていきましょうか!」


 俺の内心の悲鳴など知る由もなく、黒木先生(ティーチャー)の明るく頼もしい声がヘッドホンから響き渡った。


「まずはマイクラ生活の基本! 木材を集めて作業台を作りましょう! あ、近くに羊さんもいるので、羊毛もゲットしておきたいですねー!」


 テキパキと、最初の目標を提示する黒木。


(……よしっ!)


 その言葉を聞いた瞬間、俺の心に安堵の光が差した。


 完璧だ。完全に俺の予習範囲内だ。

 原木を4つ集め、木材に変え、2x2で作業台をクラフトする。羊毛はベッドの材料になる。これぞマイクラ初配信の定番の流れ。


(…昨夜のうちに初心者用マイクラの動画を見漁っていて良かったぜ。これなら未経験だと悟られず、上手く立ち回れるはず…)


 俺はさっきまでの緊張が嘘のように、自信を持って目の前の四角い木へと近づいた。


「…分かりました。じゃあ俺、こっちで木材を集めておきますね…」

「おー! Sudoさん頼りになります! じゃあ私は羊さんを探してきますねー!」


 信頼の籠もった黒木の音声を聞きながら、俺はその完璧な理論を実践に移す。


 だが――。


 カチッ、カチッ、カチッ。

 俺のキャラクターが木に向かって、虚しいパンチを何度も何度も繰り出す。


「…………あれ?」


 しかし、木には一向にひび一つ入らない。

 代わりにツーっと俺の額に脂汗が流れ落ちた。


(ば、馬鹿な……!? 俺の分析は完璧なはずだ…! なぜ、木が壊れない…!? バグか!? 報告するか!?)


 俺の分析者(アナリスト)としての全プライドが崩壊していく。


 明らかに初心者と分かる、あまりに滑稽で間抜けな操作(プレイング)

 それを目敏いチャット欄の民たちが、黙認(スルー)するはずもなく。


【……ん?】

【この人、何してんの?】

【はよ回収しろ】

【おい、まさかwww】


 その異様な雰囲気に、ようやく黒木も俺の奇行に気づいたらしい。

 数秒の沈黙の後、こらえきれないといった様子の彼女の声が聞こえてきた。


「ぷっ……に、にゃはははは! Sudoさん、何してるんですか!? クリック連打してます!? 長押しですよ、ずーっと押しっぱなし!」

「……な、長押し……?」


 顔から、火が出る。

 かつて自社サーバーの最適化までこなしてきたこの俺が、たかだか一本のオークの木すら回収出来ないとは。

 俺は羞恥に耐えながらも言われた通り、マウスのボタンをぎゅっと、押し続けた。


 ミシミシ、と。木のブロックにひびが入っていく。

 そして――ポポンッ、と。


 小気味良い音と共に初めての「原木」ブロックが、俺のインベントリに収まった。


「おおー! やりましたね、Sudoさん! 初めての原木ゲットです! いえーい、ぱちぱちー!」

「や、やったー……」


 その後も、俺はポンコツを極めた。


 クリーパーに爆殺され、崖から転落し、ゾンビに追い回される。俺の悲劇はその度に黒木の楽しそうな実況とチャット欄の連投によって、どうにかこうにか撮れ高へと昇華されていった。


 悪戦苦闘の末に約二時間が経過した頃。

 ほとんど黒木先生の指示のもと、歪な豆腐ハウスを完成させたところで、ハッとしたように彼女が締めのセリフを口にする。


「いやー、思った以上に時間経っちゃいましたねー! でも、なんだかんだで、楽しかったです! それじゃあみんなー! おつクロでしたー! またねー!」


 こうして俺と黒木の初マイクラコラボ配信は波乱とともに終わりを迎えた。


 ◇


「いやー、須藤くん! 良いコラボ配信だったよ!」


 配信後。

 社長がニコニコと機嫌の良さそうな顔で、俺の肩を力強く叩いた。


「このコラボ配信で黒木くんの登録者も50人増えた。微増ではあるが、事務所の再建という大きな目標には確実に近づいている。今後もよろしく頼むよ!」

「は、はぁ…頑張ります…」


 社長の言葉からは期待通りかそれ以上か、はたまたそれ以下なのかは読み取れない。それでも、共に戦う仲間として認められたという手応えだけは確かにそこにあった。


 ――俺も、この事務所の一員になれたんだろうか。


 そんな淡い期待を胸に、俺は事務所の自席でおそるおそるスマホを取り出した。


 初めてのエゴサーチ。自分の活動名と、不名誉なあだ名の「Mudo」で検索をかける。そこには意外にも「今日のMudo、面白すぎたw」「次のマイクラも楽しみ」といった、好意的な感想が溢れていた。


(…よし…、よし……)


 だが、順調にスクロールしていた指がふと、止まる。

 俺の目を奪ったのは一枚のスクリーンショット画像だった。


 見慣れない薄暗いデザインの掲示板。並んでいるのは俺の心を凍てつかせる、濃縮された悪意の言葉たち。


【結局黒木に寄生してるだけじゃん。一人じゃ何もできないゴミ】

【あいつのせいでカナタのソロ配信が減るの、マジで無理】

【ただの足手まとい。早く消えろよ】


 そのツイートには、ご丁寧にもその掲示板のスレッドへのリンクまで貼り付けられていた。


(……っ、やめろ、見るな……)


 俺の中の理性が、警鐘を鳴らす。


 にもかかわらず、俺の指はその警告を無視して、その悪意の源流へと吸い込まれるようにタップしてしまっていた。


 さっきまでの高揚感は一瞬で消え失せた。


 99の賞賛が、たった1つの悪意で色を失う。スレッドに並んだ無数の【意見】が、まるで世界の真実のように鋭く、深々と突き刺さる。


 俺がスマホを握りしめたまま血の気の引いた顔で固まっていると、背後から黒木の明るい声がした。


「須藤さーん、お疲れ様でーす。どうかしましたー?」

「…っ!? い、いえ、なんでも……」

 

 俺は、咄嗟にスマホの画面を伏せ、目線を逸らそうとした。

 まずい。こんな顔も内容も、見せられない。


 しかし、彼女の方が一瞬早かった。

 俺の肩越しにその地獄のような画面を、覗き込んでしまったのだ。


「……あー」


 事務所の空気が、一瞬で凍りつく。

 黒木の顔から、笑顔がすっと消える。


「……見ちゃいましたか」


 そこにあるのは今まで一度も見たことのない、冷たい真剣な表情。

 陽気で活発な配信モードの『カナタ』でも、オドオドしている素の『黒木』でもなく、事務所の崩壊を孤独に耐え抜いたStarlight-VERSEのエース『黒木カナタ』という存在の本質。


 俺はその顔と自分のスマホの画面を、交互に見ることしかできなかった。


 長く、重い沈黙。

 それを破ったのは、意外にも彼女の落ち着いた声だった。


「……須藤さん。私もこういうの、いっぱい見てきました」

「……」

「最初は、すっごく痛かった。配信、やめようかなって思ったことも何回もあります。…今でも、見たら普通にへこみますし」


 彼女の言葉は淡々としていた。しかし、決して無感情ではない。

 ただ一人の人間が傷つき、それでも立ち続けてきた、生々しい事実の告白だった。


「でも、こういう人たちって多分、100人いたら一人か、二人なんです。その一人の声のために、残りの99人の温かい声を聞こえないフリ、したくないなって。…私は思ったんです」


 そこで一度、言葉が切られる。

 ふっと、ほんの少しだけ口元が緩む音がした。


「それに今はもう一人じゃないですし…ね?」


 彼女が背負ってきた重さすら跳ね返すくらいの、優しい一言。

 それは俺の心に深く突き刺さった悪意という名の毒を、根こそぎ浄化してくれる力があった。


「……ありがとうございます、黒木さん」


 俺がようやく感謝の一言を絞り出した頃には、彼女はいつもの笑顔に戻っていた。


「どーいたしまして、須藤さん。…でも、大丈夫。あなたの隣には、世界一安全なエアバッグがついてますから!」


 そう言って、彼女は自分の胸を自信満々にポンと叩いた。

 無邪気で、何より頼もしい一言に、俺の口角が勝手に緩んでいく。


「エアバッグ…ですか」

「……今、変な想像しましたね?」


 俺の間の抜けたオウム返しに、黒木はジト目で睨んでくる。


「えっ!? し、してません…」

「残念でしたー、そんなに、大きくないですよーだ!」


 そう言って、彼女はぺろりと舌を出した。度を超えた恥ずかしさに耐えきれなくなった俺は、そのまま退勤の準備を始める。


「…助かってるんですからね、本当に…」


 ボソリと呟いた一言は、壊れかけのPCファンのノイズにかき消されて、聞こえなかった。

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