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学園大戦ヴァルキリーズ(現行シリーズ)  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ ペイバック
7/23

◆1984年1月25日

「イカれてるわね」

 戦闘開始から十六時間が経過した翌日早朝——レアはバシール・ジェマイエル国際空港の一室に届けられた写真を検めていた。

「これじゃピュロスの勝(注1)にもならないでしょう」

 外国人義勇兵に成り済ましてマーレブランケに潜入しているモサドの工作員が送ってきた白黒写真は、この短時間で恐ろしい程の人命が浪費された揺るぎない証拠だった。バリカドイが勝てるアテのない戦い(命味のパイ投げ)を繰り返した結果、今やBFはヴェルダ(注2)の如き様相を呈している。

「これでは犯罪者の不法投棄です」

「アンタもそう思う?」

「ええ」

 真っ黒になり、何もかも破壊され、手足があちこちに散乱する大地。

 何度も人海戦術を叩き潰したせいで、空薬莢の地層が出来上がった塹壕。

 明らかな不衛生さ故、近付くだけで病気になりそうな死体の山。

 レアも彼女と向き合うサブラも、今回バリカドイはズールー族の王——規律を示すよう戦士の大半を崖から飛びこませた——に匹敵する無益な殺戮を行ったと認識していた。

「ですが九頭の蛇(ヒドラ)とて、切り落とされた頭を何度も生やせる訳ではありません」

 だがサブラは、これは北京農園にとって好都合だと言いたげだ。

「バリカドイ……いえ、キャロライン兵団(傭兵部隊)は我々ではなく、マーレブランケへの復讐戦(ペイバック)を望んでいるように思えます」

 サブラの意見を受けて、レアは「そうよね」と頷く。確かにマーレブランケとキャロライン兵団(傭兵部隊)は昨年大激戦を繰り広げた。そして、その因縁は今なお消えていない。だからバリカドイを乗っ取る等上手く利用して、憎くて仕方ない怨敵に報復する可能性は十分考えられる。

「警戒態勢を解除なさいますか?」

 サブラはラマトカル(最高司令官)の肯定的な反応を見逃さなかったが、レアは首の横振り(NO)を返した。

「何故です?」

「火のない所に煙は立たないから」

 もしかするとキャロラインはサブラの言う通り、マーレブランケのことばかり考えているのかもしれない。北京農園なんて興味なし、この共同生活区(キブツ)ではなくマーレブランケの司令センターを標的にしている可能性も大いに考えられる。

 だが……。

 一昨日届いたモサドからの報告書は、今も机の中に入っている!


 注1 払った犠牲に対して得たものが釣り合わぬ、割に合わない勝利。

 注2 第一次世界大戦の激戦地。


                  ◆


「どうやら撃ち尽くしたみたいね」

 陣地に戻ったキャロラインは、いつの間にか米国フロント方面からの砲撃音が消えた——マーレブランケの榴散弾(シュラプネル)が在庫切れを起こしたことを悟る。

「そろそろかしら?」

 囚人兵の大半が死んだ。それ即ち本命のご登場(本隊行動開始)という訳だが、キャロラインはある人物に電話し始める。

「あっ、お忙しいところすみません」

 通話先はパパ活相手……誤解のないように言えば、母国(イギリス)で刑務所を統べている彼女の大口パトロン。

「ざっと八割から九割ですね。残りは勝手に死ぬでしょう」

 色々と面倒を見てくれる中年男性(所長)と以前食事した時に、キャロラインは自分の支援者が職場の人員過多に悩んでいることを知った。受刑者の数に対して職員が足りずパンク寸前。そのせいで新しい悪党もぶち込めないと。

「いえいえ! 喜んで頂けて良かったです」

 後日バリカドイを事実上乗っ取ったキャロラインは、その戦力を数字だけでも補充する必要に迫られた時にそれを思い出した。

 とりあえず頭数を揃えたいキャロライン。

 受刑者をとにかく減らしたい所長。

 両者の利害が最も悪辣な形で一致した結果、晴れて学園大戦ヴァルキリーズに囚人兵が投入された訳だ。急いで使い潰すような運用も督戦隊の投入も、全てはそういうことなのである。

「このBFに法と秩序が確立したわ!」

 丁寧な口調で「それでは」と電話を切った直後、キャロラインは立ち上がってそう宣言する。

「マーレブランケは厳しい状況の中、問題を解決しようと頑張ってる。それならチャンスをあげましょう!」

 上から目線極まりない口上が終わるなり、東——ソ連フロント方面の通信量は急激に増加し始めた。


                  ◆


シュトルムボック(突撃大隊)、発進されたし〉

〈了解〉

 一分未満だが濃密な準備砲撃が終わった後、ドイツ語で『破城槌』を意味するシュトルムボック(突撃大隊)が動き出した。中央は徘徊型弾薬(自爆ドローン)をしこたま持ったGROMと十数両のチーフテン戦車、加えてカイザーシュラハ(注1)の突撃歩兵宜しく重武装に身を固める傭兵達。一方側面は特徴的な尖った先端部を持ち、常に機械油を塗り冷却水とオイルさえ満杯にしておけば、アフリカ横断旅行さえ可能だと評されるBMP‐2歩兵戦闘車が四両ずつ。

〈前進!〉

 この部隊は殺戮地帯と化した敵陣地を突破することに特化したもので、苦痛の対価として得た経験をキャロラインがこれでもかとフィードバックしているため小規模ながらも恐るべき破壊力を秘めていた。

〈行け行け行け!〉

 全速力で突進した中央の部隊はまず、マーレブランケの塹壕及び胸墻——敵の銃弾からの防御や味方の射撃を掩護するため、胸の高さまで築いた盛り土——に文字通り強襲を仕掛けた。目に入ったもの全てを焼夷ロケット弾や徘徊型弾薬(自爆ドローン)で容赦なく焼き払い、更には一人につき三本から五本程支給されているスコップを振り回して無理矢理前進したのである。その模様は常軌を逸しており、負傷兵は後続に任せて放置、制圧した場所も贈り物(トラップ)が仕掛けられている可能性を考慮して再使用を控える徹底ぶり。

〈ムラク2‐1よりヨージック4‐6、マーレブランケの抵抗激しく前進不可能。迂回を試みる〉

〈ヨージック4‐6了解。神のご加護を〉

 そんなシュトルムボック(突撃大隊)は堅固な防御拠点にぶつかると力攻めを避け、側面を顧みることなく敵陣の隙間に入り込んだ。そしてマーレブランケの陣地後方まで突き進み、手薄な諸々を破壊し尽くす。

「弱っ……こいつら、本当にあの(エーリヒ)の手下なの?」

 榴散弾(シュラプネル)を撃ち尽くしていることもあり、マーレブランケはシュトルムボック(突撃大隊)の勢いを阻止できぬまま損害を重ねていく。アゴネシアやアムニション・ヒ(注2)での快進撃が嘘のような有様だ。

「みんな陳腐って言葉を馬鹿にし過ぎ」

 しかし、キャロラインは特段新しいことをした訳ではない。彼女は第一次世界大戦の頃からあった浸透戦術にアレンジを加えたのみ。

「有効だから多用されるのよ。そして、多用されるからこそ陳腐にもなる。単にそれだけの話……」

 技術がどれだけ進歩しようと、残酷な現実と英雄譚の狭間で求められるものは不変だとキャロラインは考えていた。

「イルジオンのバカにも聞かせてやりたい」

 だから品性下劣な連中(フランス支部)から攻撃機と対艦ミサイル(エグゾセ)を供与された結果、自分達はマリア・パステルナークに勝てると本気で思いこんでしまった奴には強い呆れを内心抱いている……。


 注1 第一次世界大戦の末期に行われた、ドイツ軍最後の大攻勢。

 注2 マーレブランケとタスクフォース600(執行猶予大隊)の戦闘が行われたBF。


                  ◆


 アルカ南部の中立地帯を訪れたエーリヒ・シュヴァンクマイエルは、その足でレーニン廟とジッグラ(注1)式の儀式的建造物が夜通しセックスして誕生したような奇妙極まりない空間に向かった。そう——ネクロスペース(死の宇宙)である。

「義母さん!」

 少なからず焦燥した様子で、エーリヒは酷く黒ずんだ血痕や、衣服の切れ端と混ざり合った肉塊があちこちにこびり付いている空間を震わせる。

「いらっしゃいますか?」

 左目を眼帯で覆い、男子のそれが公式には存在しないた(注2)女子用セーラー服に身を包んでいる彼は、アルカを娯楽(ゲーム)としてではなく世界平和を実現させるための場所と認識している変わり種だった。ドイツフロント在籍時の過酷な不正規戦を経て、マリアの配下で戦うことはそれ即ち、アルカによる世界平和の維持を最も円滑に実現させると考えてソ連フロントに移籍、タスクフォース・リ(注3)時代にはディアトロフ(注4)及びグリャーズヌイ特別(注5)の攻略戦を指揮した。一度死亡したがマリア・パステルナークと共にバックアップ(機密事項)から記憶と肉体を復元され、現在はマーレブランケにおいて引き続き前線指揮官(軍師)めいた役割を担っている。

「あら珍しい」

 そんなエーリヒが何度か呼び掛けると、腐敗臭が立ち込めるネクロスペース(死の宇宙)にノエル・フォルテンマイヤーと全く同じ声が響き渡った。

「礼節と常識を重んじる貴方が、事前連絡もなく訪ねてくるなんて」

 間を置かず巨大昇降プラットフォームがせり上がり、ほとんど玉座と言っても差し支えない椅子に腰掛けたビッグ・マザーが現れる。お決まりの登場だ。

 眼鏡の奥にある双眸はノエルと同じ真紅。爬虫類めいた縦スリットも同じ。

 胸元の豊かさと身長は、これまたノエル同様の豊満と百八十センチ。

 髪の色もノエルと同じ金。しかしショートカットではなくポニーテール。

 (注6)がいる彼女は、胸元に菱形の鋭い切れ込みが入っているだけでなく、両横も大きくカットされて豊満が左右に少なからず露出、スリットからは太腿どころか足の付け根までも見えてしまいそうなドレスを纏っている。そしてどういう訳か半世紀以上前の映像と変わらぬ姿。この人物こそ学園大戦ヴァルキリーズという殺人ゲームと、それに関わる諸々全てを創造したグレン&グレンダ社の頂点だ。

「本日、キャロライン兵団(傭兵部隊)が我が軍に対して攻撃を仕掛けてきました。小規模な局地戦ではありますが、マーレブランケは敗北を喫し……」

 言わば『義母』であるビッグ・マザーに対し、エーリヒは一歩踏み出しながら訴える。今日の戦いは小競り合いと判断した彼は取材を優先し、別の者に指揮を任せた……だが全く予想外の事態が起きてしまい、それを受けて今日、わざわざネクロスペース(死の宇宙)に馳せ参じた次第。

「彼らは徘徊型弾薬(自爆ドローン)を大量投入してきました。米国やソ連の軍隊にも配備されていないものです」

 慎重に言葉を選んで話すエーリヒ。だが、彼が何を伝えんとしているか早々に気付いたビッグ・マザーは少しだけ目元を緩ませる。

「こういう話をしたくはありませんが……この場所(アルカ)無人兵器(あんなもの)を用意できるのは義母さん……貴方しかいない」

 かなり踏み込んだ発言であることをエーリヒは自覚していたが、別に根拠なく言っている訳ではない。意思を持っているかの如く標的に吸い込まれて炸裂する誘導砲弾(クラスノポール)や海外輸出されていないT‐64中戦車がビッグ・マザーの配慮によってマーレブランケに供与されたのは記憶に新しい。それを踏まえると、まだ疑惑の段階だが、少なくとも義母には可能——キャロライン兵団(傭兵部隊)に対し、徘徊型弾薬(自爆ドローン)をプレゼントすることが——なのだ。

「結論から言うと『YES』よ」

 しかしビッグ・マザーは足を組み直し、頬杖を突いた上で即肯定。

「どうして!」

 当然エーリヒは困惑の表情を浮かべるが、それを見るビッグ・マザーの表情はどこまでも優しいもの。

「愛しているからに決まっているでしょう?」

「愛している……から?」

 ビッグ・マザーは昨年十一月十九日(バリカドイ)と同じように赤ワイン——血と言われても信じてしまいそうな色合いの——をグラスに注ぎながら「そうよ」と返す。

「私は貴方やノエルちゃんを愛している。だから色々なものを与える……でもね、その中には試練も含まれているの」

 エーリヒはまるで理解できない様子だったが、彼女の口調からは一切の悪意や愉悦が感じられない。

「そんなに難しい顔をしないで。乗り越えられない試練なんて与えないから」

 ただただ、そこには純粋な愛情だけが見え隠れしている。

「普通にやっていれば乗り越えられる。だから肩肘張らず、ノエルちゃんの力を借りて頑張ればいい」

「な……なるほど……」

「もう! エーリヒったら上手ね!」

 義母とキャロラインが繋がっているという事実を、どうにかして咀嚼しようと頑張るエーリヒ。それを見たビッグ・マザーは一人乾杯した。

「明日もろくでもないことが起こるけど、それは貴方達に対するものじゃない」

 そして、そう前置きした上で「レアとサブラ(北京農園)に対してよ」と締め括った。


 注1 古代メソポタミアの巨大聖塔。ジッグラトとは『高い所』を意味する。

 注2 マーレブランケの外国人義勇兵は私物や各々調達した軍服を着ている。

 注3 初代マリア・パステルナークが率いていたソ連フロントの軍閥。

 注4 ソ連フロントの南東に存在していたバグ達の拠点。

 注5 バグで構成された武装組織、通称『学級会』の本拠地。

 注6 採算度外視で作られたビッグ・マザーのクローンがノエルである。


                  ◆


 マーレブランケの司令センターに戻ったエーリヒは、そのまま自室に直行。

「自由に使っていいよん」

 中へ入るなり、以前ノエルがそんな風に言って渡してきた写真(チェキ)を引き出しから取り出す。そして、それを机に置くや否やパンティを下ろし……硬くなっている一物を扱き始めた。情報が押し寄せ、飽和状態となった脳を落ち着かせるために。

「——っ」

 間を置かず、エーリヒは濃い子種をラミネート加工された写真(チェキ)にぶちまけた。

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