◆1984年1月24日
「息抜きができるのよ? 楽しめばいい……」
キャロライン・ダークホームは今日のBF——ソ連フロントと米国フロントの境界地帯に集められた者達に対し、いつも通りの尊大な口調で言い放つ。
「この戦争はいつまでも続くし、十分過ぎる程辛いものだから」
青い双眸、ポニーテールで纏められた赤い髪。そして身長百七十センチの体をジャージと迷彩ズボンで固めたGROMはSO‐76自走砲こと、T‐55中戦車の車体にM18駆逐戦車の砲塔を載せた現地改修車両の上から続ける。
「そんな……!」
「お、俺達に死ねって言うのか……?」
すると刑務所より移送され、強制的な性的禁欲や権力による理不尽極まりない生殺与奪『からは』解放された囚人達は大きく動揺する。
すぐに帰国したがるハンガリー人。
でたらめなイタリア人。
筆舌に尽くし難いルーマニア人。
主にこの三要素で構成されている囚人達。彼らは麻薬取引や強盗殺人といった悪党だけでなく、未成年に対する強姦や過激派崩れ、挙句の果てにはネオナチと悪い意味での玉石混交。
「そうよ。マトローソフになれるチャンスでしょ?」
しかしキャロラインは悪びれない。それどころか彼女は、囚人改め囚人兵達がアルカに運び込まれた後、穴の開いたヘルメットと錆だらけのモシン・ナガンを手渡されてなお『肉の壁』として使い潰されるという運命を察していないことが信じられなかった。
「罪を犯し、法に触れたアンタ達はもう人じゃない——生きている肉なの」
キャロライン兵団のボスにしてみれば法的保護の外に置かれたような罪人共の解放は、取引を確保して維持するための法的・財務的な手段——周囲から見れば白黒はっきりしない、自分達からすれば完全に合法——なのだ。
「だけどね、そんな肉にも少しばかり選択権がある。一つは囮になって私の役に立つこと。もう一つは囮としてマーレブランケもしくは北京農園の弾に当たって死ぬこと。あいつら無差別攻撃が得意だから……」
直後、苦々しい口調で「メフィストフェレスとの契約か!」と吐き捨てたのはゼック……ザクリュチョーンヌイと呼ばれる、反逆罪で起訴された政治犯だった。
「どうかしら?」
一方、赤いリュックサックを背負っている団長は彼に微笑む。
「メフィストフェレスの方が遥かに善人かもしれないわよ?」
そして「でも運良く生き延びることができたら、アンタ達がこれからの人生で何をしようと私は許してあげる。どんなことだってね」と付け加えた。要するに『犯罪者は自らの血で罪を抹消できる』と言っているのだ。
〈行け! 自らの血で、その罪を浄化しろ!〉
やがてその声が無線機から聞こえると、囚人兵達はZU‐23‐2対空機関砲やZPU‐2対空機関砲を搭載した日本製のピックアップトラック及びMT‐LB汎用軽装甲牽引車を背に歩き出す。正確には羊宜しく追い立てられたのだが。
「君達はあの機関砲で援護してくれるんだろう?」
ある囚人兵は立ち止まってキャロラインに問う。彼は刑務所に入れられてから長いこと会っていない自分の娘と彼女を思わず重ね合わせてしまった様子だ。
「そんな訳ないでしょ」
だが、問われた側は失笑するのみ。
「アンタ達を援護するためじゃない。あれはアンタ達が勝手に逃げてこないよう見張るためのものよ」
注1 フロント同士が戦闘を行う場所、バトルフィールドの略称。
注2 ゲーテの『ファウスト』に登場する悪魔。
◆
『暇でモテないヴァルキリーズファンの皆さーん!』
どこまでも人を馬鹿にしたようなアナウンスが塹壕内に木霊した直後、マーレブランケの外国人義勇兵達は「諸君! やるか!」といきり立った。
『昨年九月に始まった遺恨! 二大勢力の血で血を洗う抗争はまだまだ続く!』
マリア・パステルナークのため全世界から集まったファンが各々RPG‐7の先端に細長いダイヤモンド型の弾頭を装着したりMG3軽機関銃のチャージングハンドルを引く一方、ニューヨークやロンドン、ベルリン、東京では勝利条件や両軍の戦力データについての放送がグレン&グレンダ社のネットワークを通じて流される。
敵を全滅させれば勝ち!
今回の勝利及び敗北条件はシンプルなもの。勝者を妬み敗者を笑うことでしか惨めな自分を守れない人々は今頃、どちらかの勢力に『ママからのお小遣い』をベットしている筈。
狼の世。まさに羊の皮を被った、狼達の世である。
注1 マーレブランケには特待生という形で多数の大人が参加している。
◆
〈それじゃ頑張ってね! マイ・マンネ!〉
死と苦しみの共犯者となる以外の選択肢が最早残されていない連中——早くも疲れ切って野蛮な表情となっている囚人兵達は、後方で紅茶とクッキーを味わうキャロラインから前進を命じられる。歩き出す肉の群れ!
「神よ……これを生き延びたら、喜んでお前の尻を舐めてやる……!」
「法や罰……愛国心……砂糖……称賛……!」
ただただ縦二メートル、横七十五センチの木製簡易ベッドだけの生活空間から逃げ出したいがために志願した者達は知らない。嫌々歩き出した自分らに対してマーレブランケはスワヒリ語でババ・ムタカティフことカチューシャロケットやソ連製M46カノン砲の照準を合わせつつあることを……。
〈撃て!〉
間を置かず、マーレブランケのヴァルキリー達は砲撃開始。撃ってくださいと言わんばかりにゆっくり前進する囚人兵目掛けて、ありとあらゆる口径の火砲が火を噴いたのだ。
「後退! 後退!」
「肉挽き機に突っ込むなんて冗談じゃない!」
第一撃で壊滅的被害を受けた囚人兵達は、錆び付いたモシン・ナガンを捨てて文字通り蜘蛛の子を散らすように逃走していく。逃げたら殺されるという事実は真新しいサモワールを目撃したことで忘却してしまったようだ。
〈最早人間ではない! 躊躇するな!〉
しかしバリカドイの機甲部隊は陣地への撤退を許さなかった。MT‐LB汎用軽装甲牽引車に搭載されたZU‐23‐2対空機関砲が逃げ惑う囚人兵を薙ぎ払うだけでなく、T‐34中戦車——ヒトデ転輪と蜘蛛の巣転輪が混在し、砲塔後部にM2重機関銃が増設されている——や増加装甲付きのT‐55中戦車も容赦のない砲撃を開始した。これらの戦闘車両は全て、最近作られたデータベースによって再生させられたキメラである。
味方戦車の主砲は敵ではなく自分達を殺すためにあること。
自分達は武器を捨てて投降する臆病者にすらなれないこと。
幸運にもまだ生きている囚人兵はこの二つに気付く。
そして——。
自分達は、損害度外視の突撃をひたすら敢行するしかないことも知った。
注1 アルカにおける娯楽戦争の中心的役割を担う人造人間。マーケティングの都合上全員が十代の美少女の姿をしており、人格も疑似的なものである。
注2 両手両足を失った負傷者を意味する。
注3 ギリシャ神話に登場する怪物。複数の動物が合体した姿をしている。
◆
ソ連フロント方面——バリカドイの陣地では督戦こそ行われているが、本隊が動く気配はまるでない。囚人兵が戻ってこれないよう撃ちまくっているのみ。
「どう?」
キャロラインは、辛くも生き延びた囚人兵達が「さっさと前線に戻って死んでこい!」と傭兵やGROMからリンチされる模様を横目で見つつ部下に問う。
「敵陣の位置は把握できました」
「ブラボー! 上出来ね。もう少し鉛筆を折ったら動くわよ」
今回、キャロラインが囚人兵に求めているのは二つ。マーレブランケの砲弾を無駄撃ちさせることと、それによって彼らの陣地を見付け出すこと——要するに忌むべき悪魔の軍勢の正統なる後継者が絶対砲撃せざるを得ない状況を意図的に作り上げ、どこにいるか特定でき次第、今は督戦隊に甘んじている本隊が行動を開始する流れなのだ。
「まるでイランのパスダランですな」
その運用法は双眼鏡で前線を検める部下の指摘通り、パスダランことイランの革命防衛隊を彷彿とさせる。この部隊はイラクとの戦争において、一週間程度の簡単な基礎訓練を受けただけで前線に赴いた。そして少年や老人を含む大軍勢は正規軍の露払いとして損害に構わず前進、フセインの軍隊を恐怖させたという。
「近代戦をやれる軍隊を短期間で作れたら、誰も苦労しないのよ」
部下の言葉を受けて、キャロラインは紅茶を一啜りしてから苦笑する。現在のバリカドイは、表沙汰にはなっていないがキャロライン兵団の傀儡だ。
『最早軍隊として有効な力はなく、あらゆる面において混乱が見られる』
グレン&グレンダ社の理不尽な支援打ち切りを受けて、こう評価されるまでに弱体化したバリカドイを再建すべく、昨年十一月……キャロライン兵団は人員を派遣した。同組織は北京農園からの支援も相俟ってマーレブランケの不敗神話をゼーロウ3で崩壊させたが、代償として壊滅的打撃も被る。
「全く……いざ住んでみたら空き家だったじゃないの」
その結果空洞化した組織にキャロライン達は入り込み、ロイコクロリディウム宜しく乗っ取った次第だ。全てが合法的かつ円滑に行われた。
「イルジオンのバカ、もう少し使えそうなの残しておきなさいよ」
だがバリカドイには本当に何も残ってはいなかった。戦術原則を完全無視した攻勢を繰り返した結果、元から限界に近付いていた人的資源は払底し、重装備もその大半が失われていたのだ。よってキャロラインは今回——イラン軍の真似をするしかなくなったのである。
注1 許可なき逃亡や後退を図る友軍兵士を撃ち殺す部隊。
注2 イラクの大統領。独裁者として知られる。
注3 マーレブランケの最終防衛拠点。
注4 カタツムリに寄生する吸虫。
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「冗談じゃねぇ! 前進できるもんか!」
戦闘開始から一時間が経過した頃、囚人兵達は文字通り八方塞がりの状態まで追い込まれていた。
「突破は不可能! 繰り返す! 突破は不可能! せめて増援を……!」
正面——米国フロント側からはマーレブランケの猛攻。
背後——ソ連フロント側からは自軍の砲火。
自分達が持っているのは、木の板にテープで無数の爆薬を巻き付けた即席爆破装置と錆だらけのモシン・ナガン。これで何をしろと言うのだ!
「うわっ!」
中にはAKM自動小銃を与えられた囚人兵もいた。しかし、これも例によって整備不良のため、GP25グレネードランチャーを放つや否や直後本体のカバーが開いてしまう。そして錆付いた金属部品やスプリングが勢い良くぶちまけられた刹那——持ち主も砲弾で四散する。
『七日間生き残れば恩赦が与えられる!』
『名誉回復の手段は牢獄からのチャレンジのみ!』
『困難に立ち向かって、自信を持ち、人から尊敬される一生を送ろう!』
数日前刑務所で勧誘された時、ここにいる誰もがそんな風に言われた。しかしここにいる誰もが、自分達は七時間どころか七分間も生きていられないと自信を持って言えるようになっていた。
〈我に余剰戦力なし。そこで死ね!〉
「だったら死んでやる! 地獄じゃこっちが先輩だからな!」
やがて半ば自暴自棄となった囚人兵の一人が、一旦振り向いてから自軍陣地に罵声を飛ばした。
「地獄で……死ぬまで犯してやるぞ! サイボーグ女!」
彼は言いたいことを言ってから、照準器のないRPG‐7を担いで走り出す。
自分の得物は発射可能なのか?
発射可能だったとして、着弾時にちゃんと爆発するのか?
その二つの疑問は解けないままだったが……。
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興味深いことに、BFの別の場所では偶然が多数重なった結果囚人兵の一団が塹壕への突入に成功していた。
「く、食い物!」
さすれど彼らは血の池地獄で苦しむ味方を援護するようなことはせず、マーレブランケが残した食糧——それも大量の——を見て目の色を変えていた。
「肉があるぞ! 酒もだ!」
悪名高い第三十六SS武装擲弾兵師団には到底及ばないが、それでも囚人兵はパンやサラミを構うことなく略奪した。そして口内に押し込んだ諸々をほとんど咀嚼しないで飲み込み、それが喉を通り終える前に別の食い物を噛み千切る。
「……ん?」
その時、一人の囚人兵があることに気付いた。突如世界が揺れ始めたのだ。
「なんだ……?」
振動はどんどん大きくなり、テーブルの上にある皿やコップの水もぶるぶると揺れ始める。更には足元から、ネズミ達が大慌てで逃げ去っていくではないか。
「これは——」
やがてディーゼルエンジンの駆動音が聞こえてくると、従軍経験を持つ一人は何が起きたのかを悟った。
戦車だ!
こ れ は 戦 車 だ !
戦 車 が 来 る の だ !
大慌てで塹壕を出た囚人兵達は、米国フロントのある西方から見慣れぬ戦車が横隊を作って迫ってくる様子を目撃した。
「見たことのない戦車……T‐70ってやつか……?」
T‐64中戦車。
ソ連本国でも秘密兵器の扱いを受け、NATOとの最前線こと東欧に駐留する精鋭部隊だけが装備し、海外輸出も行われていない代物だが、マーレブランケはビッグ・マザーの特別な計らいによって、一九八一年から配備の始まったB型を多数保有している。要するに同組織の虎の子だ。
「中に戻れ! 早……」
囚人兵達は揃って顔面蒼白となり塹壕に駆け込むが、停止したT‐64中戦車は構うことなく百二十五ミリ滑腔砲を放つ。だから彼らは一人残らず消し飛んだ。
『先頭に立つ愚か者』
ベトナム戦争も佳境を迎えていた一九七二年のイースター攻勢の際、NVAは戦車部隊に先陣を切らせた。だが開いた場所を堂々と進んだせいで敵から早々に発見され、容赦ない航空攻撃で壊滅——故に、そんな風に呼ばれてしまった。
しかし……。
このBFの上空には、劣勢の地上部隊を救うために果敢な対地攻撃を仕掛けるイントルーダーなんて一機もいなかった。だからT‐64中戦車は負傷した敵兵をプレス加工したり、榴弾によって血まみれの胴体や、靴を履いたままの足を多数作り出したりとやりたい放題だ。
ぱきっ。
ぱきっ。
ぱきっ。
やがてBFには軽やかな音が響き始めた。何かが破裂するような音が!
それはT‐64中戦車の履帯で踏み潰された囚人兵の死体が、圧力に耐え切れず弾け飛ぶ音であった。
注1 囚人で構成された武装親衛隊の部隊。同組織の面汚しと言われた。
注2 北ベトナム軍の略称。
◆
「オーケストラを奏でて!」
機甲部隊来襲を知らされたキャロライン——いつの間にかフライトユニットを装備している——は指を鳴らす。するとバンパーにドラム缶を取り付け、多数のそれが荷台にも積み込まれている対戦車トラックが走り出した。
「こんなの人殺しだ! 許される訳がない!」
「人道以前の問題だろう!」
泣きながらそれらを運転するのは、僅か七千ルーブルという好条件に釣られた大馬鹿者共。正直自殺攻撃以外の何物でもないが、ゾンダーコマンド・エルベと同じように激突直前の脱出が一応許されているため特攻ではない!
〈厄介なのが来たぞ。近付けるな!〉
一方、迎え撃つT‐64中戦車は百二十五ミリ滑腔砲だけでなく砲塔の司令塔に装備されているNSVT重機関銃も撃ちまくり、瞬時に数台の対戦車トラックを炎上させてしまう。
〈駄目だ! 潰し切れない!〉
だが全車撃破することは叶わず、全速力で距離を詰めた生き残りは立て続けにT‐64中戦車と正面衝突。衝撃で車体が大きく持ち上がり、荷台からは燃え盛るドラム缶が転がり落ちた。
「物事を円滑に進めるのは投票ではなく弾丸なのよ!」
この日初めてキャロラインが直接戦闘を行ったのは、T‐64中戦車が炎の壁と対戦車トラックの残骸で停止させられた瞬間である。
「カインは他者を殺した最初の人間だった!」
キャロラインは昨年九月二十二日同様に旧約聖書を引用しながら急降下すると、青い輝きの中でT‐64中戦車に取り付く。そして燃え盛る車体から火達磨状態で飛び出したヴァルキリーの首を大鉈——これまた昨年九月二十二日宜しく左手に持っている——で跳ね飛ばした。
「そして主から『汝何をなしたるや?』と問われた時、カインは罪を隠すことができなかった!」
切断面から盛大に血飛沫を噴き出す犠牲者が車内に戻る一方、キャロラインはフライトユニットのスラスターを噴射して別のT‐64中戦車に迫る。
「大地から叫ぶ、兄弟の声のために!」
キャロラインは砲塔上面に取り付くなり、ハッチから身を乗り出してNSVT重機関銃を連射するフィンランド人の頭を掴んだ。そして彼の喉を無理矢理上に向けさせ、丸出しとなった喉に刃を走らせた。
「テウルギストと比べるまでもないわね」
こうしてキャロラインは、マリア・パステルナークの言う『デスクワーカーもフィットネスクラブに行くものだろう?』として随伴歩兵もなく突出したマーレブランケの戦車隊を全滅させた。
戦闘機と戦車を人間サイズで両立させた!
そんなGROMはアルカという閉鎖空間においてのみ破壊力を発揮する存在で、外の世界——それこそ国家間の戦争や非対称戦争における戦術及び兵器体系から見れば失笑モノと指摘されることもある。だがここはアルカで、この地におけるGROMは紛れもない頂点捕食者なのだ。
「どこ行くの?」
さて視界の端に逃げる悪党を捉えたキャロラインは、彼の背中目掛けて大鉈を投擲した。そして、串刺し刑に処された男が倒れるよりも早く、脱出を図るその仲間達の逃走ルート上に着地。
「肉が肉挽き機から逃げてどうするの?」
キャロラインは怯える囚人兵らの眼前でもう一つの得物たるスパス12散弾銃を構えると、展開されたストックが右肩に触れるや否やハンドグリップを思い切り前後させる。使用済みのショットシェルを排出した上で、新しいそれを薬室内に装填したのだ!
「やめっ……」
「イヤ」
直後、構うことなく発砲するキャロライン。その唇もまた、昨年九月二十二日と全く変わらぬ狂笑で緩んでいた。
注1 第二次世界大戦末期、ドイツ空軍が編成した特別攻撃隊。
◆
『続々と投入されるGROM達―』
ほぼ一方的な虐殺が続く中、BFに設置されている大型モニターは中野昭慶の芸術的爆発で突然彩られた。
『アルカ驚異のメカニズム!』
続いて流れ始めたのは、主に日本の玩具店や模型店等に並んでいる美プラこと美少女プラモデルのコマーシャルだ。
『コレクションシリーズ! キャロライン・ダークホーム』
しかも、紹介された商品はよりにもよってキャロラインの十二分の一キット。
「刑期を務め上げるべきだったな」
囚人兵の一人は、膝立ち姿でRPG‐7を担ぐキャロラインから汚泥だらけの軍用ブーツに視線を移す。そして、甘言に騙された過去の自分を呪った。
『君にもできることがある!』
大型モニターの映像はやがて、グレン&グレンダ社の宣伝放送に切り替わる。
『できることから始めよう!』
アルカで戦うGROMを応援するため、子供達は毛皮のコート等、ウィンタースポーツの選手らはスキー用品をそれぞれ外の世界から供出している映像に。
あいつらは同じ星の生物なんだろうか?
死にたくないのなら塹壕を掘るよう言われたが、シャベルが三本しかないため早々に諦めた彼はそれを見て、今度は言語化できぬ感情を覚える。
清潔な衣類。
ソファが置かれた居間。
ふかふかのベッド。
防虫剤の匂いがする枕。
ごく普通の道徳観念がすっかり歪められた、野蛮極まりない環境……アルカで死ぬことを義務付けられた自分にとっては、画面に映る諸々はとても同じ惑星の映像とは思えなかった。
自分は生きて帰れるのだろうか——そして、絶対に不可能だとわかっていてもそのことを考えてしまう。
夜間突撃なら生きて帰れるのではないか……?
思考を巡らせるとそんな望みも浮かび上がるが、悲しいかな彼は希望的観測に全てを委ねられるような楽観主義者でもない。その場合はサーチライトが雲間を行き来する中、照明弾の光の下で死ぬだろう。
害虫だらけの不潔な世界で俺の人生は終わる!
結局こんな答えが導き出されるが、彼は「いいさ」と自嘲した。すぐ目の前に迫っている終局を再確認してなお、発狂したり泣き叫んだりもしない。
理由は簡単である——。
人生におけるあらゆる選択の末……強姦魔に相応しい場所に導かれただけだと考えれば、そんなに理不尽な話ではないからだ。
注1 日本の特技監督。爆発描写の凄まじさに定評がある。