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学園大戦ヴァルキリーズ(現行シリーズ)  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ ダークホーム
22/23

◆1983年9月24日

『只今より、マーレブランケ対キャロライン兵団の第二戦を行います!』

 戦闘開始時間が訪れると、まだグレン&グレンダ社の清掃班がトングで原形を留めぬ人体を片付けているにも関わらず、双方の地上部隊はBFに突入した。

『今回の勝利条件はノエルとキャロラインの完全決着! どちらかがどちらかを殺す……それ以外の結末は存在しなぁーい!』

 清掃班員の一人はアナウンスが流れる中、土埃と共に前進するT‐55中戦車やBTR‐60PB装甲兵員輸送車から「ご苦労様です!」と明るい声を掛けてくるマーレブランケの外国人義勇兵を無視して仕事を続ける。

「どうでもいいさ」

 人肉と金属片が複雑に絡み合った丸い物体をトングでビニール袋に放り込んだ清掃班員は、ビッグ・マザーとやらが会社のトップに返り咲いたとか、そいつが何かろくでもないことを考えているという噂は耳にしている。しかしアルカには有益な知識を持つ理想主義者はいないし、人々を苦痛から救う英雄もいない。

「心底どうでもいい。せいぜい好きにやってくれ」

 そして何より、どんなことになろうとも自分の口座に振り込まれる給料の額は変わらないのだ……。

『括目せよ! この戦いに三度目はない!』

 だから清掃班員はこれから始まる最終決戦にも、その先にある未来にも関心がなかった。どうなろうと自分には一切関係ないからだ。


                  ◆


 我々は常に見ているぞ。

 戦闘開始から三時間半が経過したBFで、タスクフォース・リガ時代から続く伝統——それを意味している、白地に一つだけ目玉が描かれたカードを一枚一枚死体の上に置いていたノエルは接近してくるGROMに気付いた。

「この業界では信頼なくして仕事はできない!」

「来たね!」

 キャロラインは猛烈な勢いで突き進みながらスパス12散弾銃を放つが、先日と打って変わって迎え撃つ形となったノエルはスラッグ(注1)を何発受けても止まらず迫っていく。

「その通りだけど赤点回答だよ!」

 無数の貫通銃創を瞬く間に塞いだノエルは距離を詰め切るなり、まずは全身を叩き付けるような左ミドルキック。膝小僧に、相手の内臓が悲鳴を上げる感覚。

「アタシは蛮族だけど名誉を重んじる蛮族!」

 呻き声を上げて一瞬上体を折ったキャロラインだったが、即時ホルスターからスコーピオン短機関銃を引き抜き片手で発砲。しかしノエルは七・六五ミリ弾で全身を撃ち抜かれようが構わず突進、東欧製の火器が投げ捨てられるよりも早く撃った側の下腹部に左膝蹴りを打ち入れた。

「——ッ!」

 続く右フックでキャロラインは下方に吹き飛ばされるが、追撃を図り前進したノエルの視界は白一色の光で埋め尽くされる。直後、閃光手榴弾で危機を脱した前者が背後から投げ付けた大鉈(一本目)が後者を貫く。キャロライン兵団(傭兵部隊)団長(ボス)は視界を奪った隙に、テウルギストの背中側まで素早く移動していたのだ。

「同じ場所、同じ時間に……」

 墜落したノエルを追って地に降りたキャロラインは衝撃で砕け散った頭からは脳を溢れさせ、左眼窩からは神経だけで繋がった目玉を垂らし、刃が飛び出した喉元からは夥しい量の血を流しているノエルに歩み寄っていく。

「同じようなことをする傭兵を、三人集めるとする」

 そして半自動(セミオート)切り替えと再装填を済ませたスパス12散弾銃を右手で構え、

「一人は根っからの悪党で卑劣な人間」

 まずは義手の小指を折るなり発砲。今度はスラッグ弾ではなく、散弾を浴びたノエルの左手首が爆ぜ、地面に千切れた指々——ソーセージめいた——が何本も転がる。

「一人は情けない程の負け犬」

 続いて義手の薬指を折るなり発砲。お次は仰向けに倒れているノエルの左膝が木っ端微塵となり、流石のテウルギストも悲鳴を上げた。

「一人は賢者のような人間」

 最後に義手の中指を折るなり発砲。ノエルの右脛と右足首が断裂、焦げた土も赤黒く上塗りされてしまう。

「以上よ! それじゃあ、しばらく眠ってなさい!」

 お株を奪うような四肢切断を披露した後、キャロラインは逆手に持った大鉈(二本目)をノエルの心臓目掛けて振り下ろす。刃が突き刺さると上下左右に何度も動かして傷口を広げ、かと思えば手を放して立ち上がり、その柄を思い切り踏み付けた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 背筋を凍り付かせる絶叫がBFに響き渡った直後、限界まで開かれたノエルの口から熱い血が噴水宜しく溢れ出した。

「全く大袈裟なんだから……この程度じゃ死なないでしょ?」

 心臓どころか背中及びフライトユニットまで突き破った刃は地中一メートルでようやく止まったが、キャロラインは口を半開きにしたまま全く動かなくなった相手を見ても歓喜しない。たった今吐き捨てた通り、あと五分もすれば元通りに復活するだろう。

「でもここで眠ってなさい」

 だからこそキャロラインは相手に追撃を加えるのではなく、マーレブランケの本隊を攻撃するため飛び立つ。

「アンタが眠っている間に、アンタの一番大切なものを壊してあげるから」

 当然勝利条件とは関係ないが大丈夫だ。いよいよプランBである。


 注1 高い貫通力を持つ散弾銃用の弾薬。


                  ◆


「キャロライン・ダークホーム、こちらに向かってきます!」

 マーレブランケの移動司令部でもあるM3ハーフトラックの車上に緊急連絡が入ったのは、ノエルの一時戦闘不能が知らされた直後だった。

「危険です! 逃げてくださいモン・コロネル(大佐殿)!」

 警報が鳴り始め、シルカことZSU‐23‐4自走式高射機関砲が弾幕を展開し、SA‐9地対空ミサイル車も次々に攻撃する中副官は言う。けれども当人は首を横に振るのみ。

「馬鹿なこ……」

 副官が最後まで言い終える前に、凄まじき弾幕と地対空ミサイルを避け抜いたキャロラインがM3ハーフトラックの前面で止まり、その車上に佇むエーリヒに得物を突き付ける。

「次は最後まで一緒だって約束したから」

 しかし、誓いに従ってあらゆる運命を受け入れる覚悟を九月一日(アウェイクニング)に固めていたエーリヒは微動だにせず眼前の銃口を見据えた。

「……ッ!」

 そんな彼がキャロラインの背中側に別の者がいることに気付いたのは、自分のすぐ斜め後ろに立つ副官が恐怖のあまり一歩後退した瞬間である。

「いい顔になってるじゃない、テウルギスト……ッ!」

 ゆっくりと振り向いたキャロラインは酷く声を震わせるが、何もかも元通りの状態で滞空するノエルは替えの眼鏡を掛けながら「いつだっていい顔だよ?」と絶対零度の響きを放つのみ。

「エリーに手を出した対価——ちゃんと払ってもらうからね」

「やっぱり本当だった。アンタは自分のためじゃなく、エーリヒのために本気を出す……ッ!」

 恐怖で顔を歪めるキャロラインの視線の先でM1ローブの各部分が血のように赤く輝き始め、スラスターから流れる粒子の色もそれに準じる。

「言いたいことは言った? じゃあ始めようか」

 ノエルはリミッターを解除したのだ。一番大切なものを守るために——。


                  ◆


「ノエルちゃんは大丈夫かしらね……?」

 先日に引き続きグレン&グレンダ社の本社ビル最上階から愛娘を見守っているビッグ・マザーは、もぞもぞと自分の胸の谷間から這い出してきたトカゲを掌に誘うと、その口に軽いキスを送る。

「ハルモニアはアレスとアプロディスの結婚から生まれたの。死と性は、生物にとって必須かつ自然な生の一部だけど……」

 自分の首に飛び移ったトカゲのざらついた鱗が肌を撫でる感触を楽しみながら続けるビッグ・マザーは、誕生から現在に至るまで嫌という程見せられた愚行が原因で人間に強い諦観を抱いている。

「世界を支配していいのは愛だけなの」

 だが一方で、トカゲと会話——一方的に話し掛けているだけだ——する彼女はこうも考えていたし、現在の思考に固まってしまったことを後悔してもいた。

「愛のない世界なんて、一世代で滅んでしまう……」

 ビッグ・マザーは今回、自らの分身でもあるノエルに愛を説くことで、自分の感情を清算しようとしていた。

『自分はコピーなのだ』

 まるで、そのコンプレックスを払拭するために足掻き続ける愛娘の如く。


                  ◆


「何度でも大きな冷蔵庫(コキュートス)に入れてあげるわよ!」

「だったら入れてみなよ!」

 限界を超えた機動を繰り返したことで内臓が傷付き、それによって左口端から鮮血を滴らせるノエルは右回し蹴りをキャロラインに浴びせる。

「閉じ込められていた時はいつも寒かった!」

 地上に落とされたキャロラインに迫るノエルは、散弾を真正面から浴びて顔の上半分を消し飛ばされる。だが構わず降下していく彼女の傷口からは血肉が再び生み出され、元通りとなった脳もこれまた再生した頭蓋骨によって覆われる。

「エリーにもう会えないって絶望が、私の心に雪を降らせていた!」

「そういうことね……!」

 キャロラインはこの時、続いて眼球、皮膚、歯、髪の毛等も揃って再生させたノエルが十数年前サブラに封印されたのは純粋な力量の差ではなく、エーリヒを失って生きる気力をなくした彼女が、北京農園の歯車にその隙を突かれたからに過ぎないのだと悟る。

「でも今は暖かい! 神様が私に、またエリーをくれたから!」

 次の瞬間、着地したノエルからマナ・エネルギーが放射された。彼女を起点に全方位目掛けて放射されたこれは、去る九月十三日(アウェイクニング)にサブラを焼き尽くしたのと同じフォトンジェノサイダー——リミッター解除後に数回だけ使える必殺技だ。

〈キャロラインさ——〉

 エネルギー流は逃げ遅れたキャロライン兵団(傭兵部隊)のGROMや兵員を即炭化させて得物も完全融解に追い込み、特徴的な尖った先端部を持ち、常に機械油を塗って冷却水とオイルさえ満タンにしておけばアフリカ横断旅行さえ可能だと評されるBMP‐2歩兵戦闘車も消し飛ばす。

「字幕スーパーが必要なドイツ語でよく言うわよ!」

 放射を辛くも避けたキャロラインは足元に転がっていた大鉈二本を掴み取るとスラスター最大噴射で突貫。呼応して、思い切り前方に出たノエルと真正面からぶつかり合う。マナ・フィールド同士の激突で大閃光が迸り、今や原形を留めぬ有様となった両勢力の死体や車両の残骸を吹き飛ばしていく。

「アンタのその感情、全部プログラムだっつーの!」

 X字に繰り出されたキャロラインの斬撃を横回転して避けたノエルはそのまま左足での蹴りを浴びせる。しかし蹴られた側は少なからぬダメージを受けつつも右脇で蹴り足を掴むや否や、今度は縦一閃。

「違う!」

 ノエルは頭頂部から両断されるが勢い余って前に出てしまったキャロラインの背後で合体、今度は両足を使った蹴りを彼女のフライトユニットに見舞う。

「確かに最初はそうだったのかもしれない! でも今は本当の気持ち!」

 全てを終わらせるべく、ノエルは濛々たる土煙を上げて大地に叩き付けられたキャロラインに追撃を仕掛けんとする。

「この人形風情が!」

 だが立ち上がりつつフライトユニットと大鉈の両方を捨てた赤毛のGROMはカウンターめいた動作で左拳を振るう!

「「——ッ!」」

 ノエルが着地と同時に右手を突き出したことで、ここに拳による鍔迫り合いが成立した。二人はお互い足を広げて踏ん張り、歯を食い縛って、文字通り一歩も譲らない。

「くっ……」

 リミッターを解除したノエルに対し、キャロラインは今や満身創痍で血達磨になっていたが、先に一歩下がってしまったのは前者の方だった。

「負けないッ! 負けない負けない負けない負けない負けない負けない負けない負けない負けない負けない負けない負けない負けない負けない負けないッ!」

 ノエルは高速連呼して自分を奮い立たせる。同時に、自分の中で今この瞬間も蠢いている「所詮は複製品」という葛藤に声を浴びせていた。

「私は、絶対に負けない!」

 これはキャロライン・ダークホームという相手だけとの戦いではない。

 自分の中にある、深き闇との最終決戦でもあるのだ!


                  ◆


「ノエルッ!」

 M3ハーフトラックの車上から二人の戦いを見守っていたエーリヒは双眼鏡を下ろすと、迷うことなく右の拳を前に出す。

「お礼は現金(マネー)でお願いします!」

 続いて彼の後ろに控える副官が。

「テウルギスト!」

 更にマーレブランケの司令センターでは世界中から集まった外国人義勇兵が。

「ノエルちゃん!」

 そしてスイスにあるグレン&グレンダ社の本社ビルではビッグ・マザーが。

 皆、エーリヒと同じように右の拳を前に出した。

 ただ——ノエルを支えるために。


                  ◆


「ありがとエリー、みんな……!」

 ノエルは確かに感じていた。たくさんの手が、本当にたくさんの手が、自分が倒れてしまわないよう背中やフライトユニットの翼を支えてくれている。それは単なる思い込みかもしれない。けれども彼女は、数え切れぬ掌の温かさを確かに感じていた。

「確かに受け取ったよ!」

 今、ノエルは一人ではなかった。たくさんの仲間と共に進んでいた。

「例え組み込まれた愛情だったとしても!」

 確実に一歩を踏み締めていくノエル。

「エリーと過ごした尊い時間、生死を賭けた日々、そこで生きて、一緒に喜びを分かち合ったことは紛れもなく本物!」

 その眼鏡のレンズに亀裂が走る。

「それだけじゃない! 私を信じてくれるマリー(マリア)や副官くん、色々な形で愛情や憧れの気持ちを送ってくる人々! 私を本気で嫌うサブラや、怖いのにそれでも挑んでくるバタフライ・キャット!」

「そう思ってるのはアンタだけなのよ!」

 見苦しい悪態をつくキャロラインに対し、ノエルは今日まで溜まり続けた心の澱みを全て絞り出すかのように叫びながら前進していく。

「自分が愛した人達との喜びだけじゃないよ! 全力で戦った相手との憎しみも苦痛も全部私だけのもの! その一つ一つが、私を私として生かし続ける!」

 やがて凄まじき叫びが裏返りに変わると、圧し負けた義手は崩壊。たくさんの歯車やコードだけでなく、消耗品故に不揃いな金具も四散させてしまう。

「貴方はやっぱり、私の大切な邪神様です」

 しかし、敗北が確定した瞬間キャロラインが口走っていたのは負け惜しみでも憎悪でもなかった。響いたのは——これ以上ない満足感と過剰な敬意。

「ありがとうございました」

 口元を緩ませたキャロラインが右手に忍ばせていたセムテックス(プラスチック爆弾)のスイッチを押し、ノエルと共に爆発に包み込まれたのはその直後である。


                  ◆


〈テウルギストを確認!〉

 本来ならばグレン&グレンダ社が戦闘後の選別で使うものをマーレブランケが違法に回収・修理して運用している小型ドローンは、少しずつではあるが輪郭を取り戻していく世界に立つ勝者(ノエル)を見付けた。一方、敗北したキャロラインの姿はどこにもない。

「まだ生きてる。一体どうやったら死ねるのか、もう自分でもわからないよ」

 小型ドローンから右首筋にあるバーコードを読み取られつつ、ノエルは先程の爆発で深く抉られた腹に手を当てる。もう慣れっこだし既に再生し始めているが、常人ならば発狂するような痛みが彼女を襲っていた。

 負傷しないのと、負傷してもすぐに治るのは違う。

 ノエルは不死の暴れん坊ではない。ひたすらに痛みを自覚しながら生きるしかなかった異形なのだ。それでも耐えられたのは、むしろ楽しんでしまおうとさえ考えられるようになれたのは、いつも傍にあの少年(エーリヒ)がいてくれたからだ。

「ノエル! ノエルーッ!」

 それから七分十二秒後——マーレブランケの本隊がノエルの元に駆け付ける。

「今そっちに行くよ!」

 腹部の再生を済ませたノエルを車上から確認したエーリヒは、停車し切る前にM3ハーフトラックから飛び降り、全速力で彼女に走り寄る。

「無事で良か……」

 エーリヒを抱き締めたノエルは彼が言い終える前に唇を奪う。少年は最初こそ驚いたような様子だったものの、すぐに目を閉じて身を委ねた。

「やれやれ」

 それを見た副官は、呆れながらも嬉しそうな様子でマーレブランケの全部隊にBFからの撤退を命じた。

 恐らく、エーリヒはそれでもノエルを抱かないだろう。だが副官は、そんな奴だからこそ彼の背中を支えたいと思っていた。

 そして、こうも思っている。

 あの二人ならいつか、まるであの頃のように戻れると。

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