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学園大戦ヴァルキリーズ(現行シリーズ)  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ ミッシング・リンク
20/23

◆1983年12月1日

 キャロライン兵団(傭兵部隊)はアルカの東部を拠点とするソ連フロントの軍事支援団(MAF)だが、その指揮官たるキャロライン・ダークホームは同西部——つまり米国フロントを根城にしていた。

「ただーいマンボウ」

 たった今キャロラインが戻ってきたアジトの中は、彼女の精神構造そのままのグロテスクだ。壁一面には裸で抱き合うエーリヒとノエルの盗撮写真が無理矢理引き伸ばされている。更にはB(注1)から密かに持ち帰った後者の肉片がホルマリン漬けで棚の一角を占拠してもいた。それだけではなく、台所に置かれた防弾及び防爆仕様の冷蔵庫内には『ハンバーグ』が眠っている。

 二重思考(ダブルシンク)

 相反する二つの考えを矛盾なく両立させる思考法に基づいて、キャロラインは敬愛しているエーリヒとノエルのため、全力で二人の前方に立ちはだかる狂信的GROMなのだ。

『大した理念も苦悩もない、権力を持った凡人から愛を込めて』

 青い双眸、ポニーテールで纏められた赤い髪、そして身長百七十センチの体をジャージと迷彩ズボンで固めた彼女は今、そう書かれた封筒を開封する。九月の(ダーク)戦い(ホーム)で世話になったビッグ・マザーから送られてきたものだ。

「カセットテープ?」

 中に入っていたのはキャロラインが口にした通りの記録媒体だ。彼女はそれをプレーヤーにセットすると、機械的な左手——上腕部から先が全て義手となっている——の人差し指で再生ボタンを押す。

 昔々……ある所に一人の少女がいました

 彼女は不老不死の肉体を持っていました

 すると、聞こえてきたのはビッグ・マザーの声。あの高次元意識もまた尊敬の対象であるため、キャロラインは神妙な面持ちで静聴する。

 五年経っても、十年経っても、百年経っても、彼女は同じ姿のままでした

 それだけでなく、どんな怪我をしてもすぐに治ってしまうのです

 彼女はたくさん、たくさん恋をしました

 だけど好きになった相手も、子供も、みんな彼女よりも先に死んでしまいます

 彼女は絶望しました

 何度恋をしても、何度子を生しても、みんな自分を置いて死んでしまうのです

 生きているのが嫌になった彼女は、体を切り刻んで死のうとしました

 でも死ねず、傷はたちまち治ってしまうのでした

 そのうち彼女は自分を守るため、もう誰も愛さないと誓います

 そんなある日、独裁者が現れました

 独裁者の国と彼女の国は同盟を結び、共に東の国と戦うことになりました

 ですが、独裁者の国は東の国との戦いで苦戦を強いられます

 そこで独裁者の国は、永遠の命を持つ彼女に興味を示しました

 彼女は快く独裁者の国に協力します

 愛したい、愛されたいという気持ちを捨てることはできなかったからです

 しかし少女は愛されているのではなく、利用されているだけだと気付きました

 再生が終わった時、キャロラインは再生機器(プレーヤー)から引き抜いたカセットテープを義手で握り潰した。真新しい指先を開くや否や、粉々になったプラスチック片がパラパラと散らばっていく。

 これは価値あるもの。

 これは破壊すべきもの。

 数秒前二つの考えがキャロラインの脳裏を掠めた。しかし彼女ははいつも通り二重思考(ダブルシンク)に基づく結論に達していた。

 これは価値あるもの。だからこそ、私の脳内だけに存在していればいい——と。


 注1 フロント同士が戦闘を行う場所、バトルフィールドの略称。


                  ◆


「じゃあ、そのシャロルタって……」

 ビッグ・マザーが一通り語り終えるや否やエーリヒは身を乗り出すが、彼女は「だからおとぎ話」と微笑むのみ。しかし、明確に否定も肯定もしなかった。

「私にとっては正直どうでもいいことよ。いつかの時代に生きていた、どこかの人間のつまらない昔話に過ぎないから」

 そうビッグ・マザーは続けつつも、その双眸には寂しげな光が湛えられていた。

「でもシャロルタが今も生きていたら、多分誰かに話したと思う。私にとってのノエルちゃんや貴方のような、最も大切な人にね」

「なるほど」

 エーリヒはグヤーシュ——ハンガリーの名物である牛肉シチューを一掬いして、それを味わいながら思案する。もしもビッグ・マザーがシャロルタなら、今なお半世紀以上前と同じ容姿であることの理由付けには十分だ。言わば『娘』であるノエルの能力(超再生能力)が『母親』から受け継がれたものという点にも整合性が与えられる。

「ごめんごめん」

 しかしながら怪獣とGROM及びヴァルキリーの関係性も含めて、エーリヒが今ここで深掘りすることは許されなかった。ノエルが戻ってきたからだ。

「ささ、食べましょう。エーリヒも遠慮しないで!」

 ビッグ・マザーはエーリヒの皿を分捕るなり、スプーンでごっそり抉り取ったマッシュポテトをそれに盛り付ける。続けてマトンを何本も芋の山脈に突き刺し、文字通りカロリーの暴力を築き上げて返した。

「ど、どうも……」

 エーリヒは視覚情報だけで胸焼けしそうになりつつも、これだけは確かだなと感じていた。それはお義母さん(ビッグ・マザー)が紆余曲折を経て今の形に落ち着き、折り合いを付けた上で現在幸福を味わっていること……。

「シャロルタの話、エーリヒにしたわよ」

「ならエリーは名実共に、私達の家族ってことだね!」

 義母のおとぎ話がどこまで本当かはわからない。口振りから察するにノエルも聞いたことがあるようだが、彼女も正解を出していない——正確には出そうともしていない様子だ。

 大切なのは過去ではなく未来。

 多分、そういうことなのだろうとエーリヒは思う。正直、ナチス怪獣大決戦と学園大戦ヴァルキリーズの何らかの繋がり(ミッシング・リンク)なんてどうでもいい。そんな風にさえ彼は感じ始めていた。

「か、家族って……」

 暗い真実を知っても仕方ないだろうし、今の自分がするべきなのは世界平和の実現という初志を貫徹すること。そしてノエルと添い遂げること。

「いただきます」

 だからエーリヒは『最悪の場合包んでもらえばいい!』と自分を納得させて、腹を壊さぬ程度に眼前の料理を食べることにした。

「後でノエルちゃんも食べるんでしょ?」

「食べませんよ!」

 それにエーリヒも、無意識だがノエルとビッグ・マザーという新しい家族との時間を幸せに感じていた。

「でも……みんなで食事すると、美味しいんですね」

 何故なら彼は——アルカに身を投じる代償として、これも義理だが育ての親と絶縁した過去を持っているからだ。


 終劇

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