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学園大戦ヴァルキリーズ(現行シリーズ)  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ アフターマス
2/23

◆1984年2月13日

〈あの子にこんな仕打ちをするなんて!〉

 狼狽した母からの電話は、午後二時に午前中の事務仕事をようやく終えた修が昼食をどうするか考え始めた時に入った。

〈貴方なら……会社の中にいる貴方なら、久を助けられるんじゃないの?〉

 矢継ぎ早にそう言われたものだから、修は「だからさ……俺にもできることとできないことがある」といつも通り辟易した。母は久が廃墟の中にある、屋根があちこち失われて仕切り壁すらない野戦病院にぶち込まれ、そこで足のむくみや発熱、黄疸に苦しんでいるのはないかと疑っていた。

「気持ちはわかるけど、とにかく落ち着いて母さん」

 実を言うと修は、久が送ってきた手紙を預かっている。そこには『カバール(陰謀団)レプティリアン(人型爬虫類)と手を組んで、世界を陰から操っていることが絶対許せない』と荒っぽく記されていた。だが修はこの件を、兄が不衛生な水を飲んだことによる体調不良を抱えながらも構わず最前線に戻ったという不確定情報も含めて母には話さなかった。理由は至極単純である——話せる訳がないからだ。

「何かわかったら連絡するから。それじゃ母さん、まだ仕事があるから」

〈ちょっと修!〉

 やがて修は一方的に通話を打ち切る。母はまだまだ話し足りない様子だったが気にしなかった。まともに相手をしていたら何時間あっても足りない……。

「全部わかってるんだけどさ……」

 そして修は受話器を置くなり、いつものように項垂れてしまった。


                  ◆


〈親愛なる戦友達よ!〉

 グレン&グレンダ社の放送環境(ネットワーク)が整った直後、ソ連フロントと米国フロントの境界地帯にマーレブランケのプロパガンダ放送が流れ始めた。

〈君達が置かれた状況は絶望的だ!〉

 米国フロント側(西方)の陣地に置かれたイギリス製スピーカーを通して高圧的な声が届けられたこの瞬間——一月二十四日(ペイバック)から本日まで辛くも生存することができた、本当に希少な囚人兵の脳裏に忌まわしい記憶が蘇る。

〈今すぐ武器を捨てて投降したまえ。捕虜は誠意を持って遇し、戦闘が終了次第真っ先に帰還させる〉

 二百人収容の建物に詰め込まれた七百人。

 オイルサーディンの缶詰のようになった部屋。

 たった二分しか与えられない食事の時間。

 あの頃刑務所に収容されていた彼らは、全員著しく痩せ細っていただけでなくいつも絶望の表情を浮かべていた。

〈このままではディエンビエンフーの二の舞だぞ!〉

 また、人手不足故一部の囚人達は看守の横暴に加担していた。どんな野蛮人もあれ程自分を乱暴に扱った試しはない。

「いよいよ最後か……」

 各々の過去を呼び起こすという最後の一押しを加えられた囚人兵達は、錆びたモシン・ナガン(旧式小銃)を置いて投降し始める。みんな心身共に限界を迎えていた。

「悪いがここにあるのはジェノサイド(虐殺)だ! ノーサイド(相互理解)じゃない!」

 しかしマリアのそれと同じ仕様のスカルバラクラバ(骸骨が描かれたマスク)で顔の下半分を覆っている外国人義勇兵達は、そんな彼らをMG3軽機関銃の掃射で温かく出迎えた。


                  ◆


「シュツルム・ゼータの奴ら、あまり来ませんね……」

 鉄火場(最前線)の移動司令部ことM3ハーフトラック——金網状の屋根型装甲で上面を覆っているせいで、義勇兵達から『BMP‐3』とか『新型のBMP』と密かに呼ばれている——の車上で副官が呟く。ただ、正直来られても困るし受け入れるつもりも毛頭なかったが。

「全部隊、準備完了しております」

「大佐に代わり命じる!」

 それは各部隊にそう呼び掛けつつ立ち上がったエーリヒも然り。バリカドイの戦力を少しでも削るため自分達がシュツルム・ゼータと名付けた囚人兵に投降を促し、彼らが受諾したら射殺するよう命令を下したのは他ならぬ彼だ。

瀝青(れきせい)の池から浮かび上がろうとする者を、その鉤爪で責め立てるんだ!」

 彼が言い終えるのと同時に、スピーカーから流れる音はプロパガンダ放送からマーラーの交響曲第一番『巨人』の第四楽章に切り替わった。昨年冬の侵攻(バリカドイ)でも使われた、シンバルの強烈な一撃から始まるそれに。

 覚悟はできているか?

 そして始まる激しい準備砲撃。眩い閃光によって軍旗に描かれているマリア・パステルナークの横顔はあたかも生きているかの如く照らし出され、そのことをマーレブランケの戦士達に問うているかのように見えた。


                  ◆


〈狼狽えるな!〉

 敵機甲部隊の突破攻撃を阻止せんと、バリカドイの陣地後方からは二十二連装百四十ミリ多連装ロケット砲を車体後部上面に無理矢理搭載したMT‐LB汎用軽装甲牽引車が全力射撃。

〈一人も通してはならんぞ〉

 前線でも、砲塔の上面に航空機用の二十三ミリ機関砲(ガンポッド)を無茶苦茶な形で追搭載しているBMP‐2歩兵戦闘車がT‐55中戦車やPT‐76水陸両用戦車と共に抵抗を開始。だが鋼鉄の大津波を押し返すことは叶わず、マーレブランケの戦闘車両は粗朶(そだ)を使って塹壕を強行突破していく……。

ラジコン(ドローン)も全て投入しろ!〉

 けれどもバタフライ・キャットは怯むことなく反撃を命じて、生え抜き組にも少数だが配備されている徘徊型弾薬(自爆ドローン)を全力投入!

〈駄目です! 貫けません!〉

 だがマーレブランケのT‐64中戦車は砲塔上面を、2S1自走榴弾砲はそれに加えて車体上面までも金網で覆っている(屋根型装甲装備だ)から無意味だった。徘徊型弾薬(自爆ドローン)を脅威と認識したエーリヒは独ソ戦の末期、成形炸薬弾に苦しんだタンキスト(戦車兵)達の知恵を拝借。現代風にアレンジし、自らも参加した突貫工事で今回具現化させた。

〈残弾……いえ、残機ゼロ!〉

 結果、バタフライ・キャットの徘徊型弾薬(自爆ドローン)は戦果らしい戦果を挙げられぬまま消え去った。破壊できたのは金網及びそれを支える金属製のフレームだけであり、マーレブランケの鉄獅子自体は一匹も欠けることがない。

〈だからキーボルカを渡せと言ったんだ!〉

 それを知らされた彼女はポケットから剥き出しの錠剤を取り出し、幾つか口に放り込んで噛み潰した。覚醒効果を持つ薬物ことモダフィニルだ。これを飲むと尿がドクダミによく似た臭いとなるが、対価として強い覚醒効果を得られる。

〈奴らをゼロ化(処刑)してやれ!〉

 こうして、一時的ながら不安の心を取り除いたバタフライ・キャットは反撃を改めて命じる。暴虐と死に屈するつもりなど——彼女には毛頭ない。


                  ◆


〈B(注1)を自分の故郷だと思って戦え!〉

 アルカという、生死が極限まで単純化された世界の戦い。それはバリカドイのPT‐76水陸両用戦車やT‐55中戦車、更には最近ビッグ・マザーの配慮により新しく供与された西ドイツ製レオパルト戦車が石炭屑集積場(ボタ山)に構築されたマーレブランケの堅牢なる陣地に突進したことで激化する。

〈全てのレプティリアン(人型爬虫類)を殲滅せよ! 小児性愛者の横暴を阻止せよ!〉

 玉石だけでなく東西も入り交じっているバリカドイの戦闘車両は、白骨めいた白樺や痩せ細った松を押し潰して進んだ。そのキャタピラが凄まじい量の金属で埋め尽くされた大地に跡を残していく。

〈来た!〉

〈発砲を許可する。撃ちまくれ!〉

 間を置かず、マーレブランケ側の陣地から焼けた金属が解き放たれた。地獄の交響曲——猛烈な応戦が始まったのだ。

レオパルト(新顔)もいるぞ〉

〈構うな。狼の口に豹が入ってくるだけだ〉

 地上部隊支援のため駆け付けたマーレブランケのガゼル攻撃ヘリ——敵勢力も同機を使用しているため、敵味方識別用の白黒の帯をノルマンディ上陸作戦時の連合軍機宜しく描いた——は稜線や木に隠れつつの待ち伏せという形で、豹ことレオパルト戦車の車載機銃や民兵が操作するMANPAD(注2)の射程外から狩りを始める。

〈そら行け!〉

 これは想定通りの運用だったが故、放たれたHOT対戦車ミサイルは相次いで素晴らしい戦果を挙げる。どれだけ高性能な戦闘車両であっても、空から攻撃を受けてはひとたまりもない……。

〈死者だけが背中を撃ってこない!〉

 やがて長距離機動砲兵たるハインド——Mi‐24攻撃ヘリも戦闘に加わった。

〈死者は親の仇を取ろうとする子供を産むこともない!〉

 しかしながら、スタブウィングから撃ち出されたスパイラル(9K114)対戦車ミサイルが一両のMT‐LB汎用軽装甲牽引車に突き刺さった瞬間である。

〈ひっ……光!〉

 誰も予想していない事態が起きてしまった。


 注1 フロント同士が戦闘を行う場所、バトルフィールドの略称。

 注2 携帯式地対空ミサイル。


                  ◆


「核……?」

 大地を激震させる凄まじき大爆発と眩い閃光の後、立ち昇ったキノコ雲を見てエーリヒは絶句する。彼の目は大きく見開かれていた。

〈状況を確認しろ!〉

〈損害報告はまだか?〉

 M3ハーフトラックには各部隊からの通信が一斉に押し寄せた。誰もが驚愕し、パニックを起こし掛けているのが窺える。

「では……ありませんね」

 しかし副官は冷静だった。すぐさま「多分」と付け加えたが。


                  ◆


〈大いなる覚醒は間近に迫っている!〉

 イガーツ・スツォーの民兵達は、押し寄せるマーレブランケの機甲部隊相手に全く退かなかった。つい先程も車両運搬式即席爆発装置で戦況打開を試みた程。

〈ピザ屋の地下だけでは満足できないか! 秘密結社の手先(ブラックハット)め!〉

 とある民兵は共に進むMT‐LB汎用軽装甲牽引車同様、五トン以上の爆薬を無理矢理車内に詰め込んだT‐55中戦車の中で叫び散らす。古生物(マンモス)の糞と同格の骨董品を操縦しているのは彼一人だけ——この部分についても、並走する車両と同じ——だ。

〈小児性愛者め!〉

 四方八方から銃砲弾やロケット弾が飛んでくる。怖くて仕方ないが、ピザ屋の地下で虐待されたり、他国に売り飛ばされる子供達の地獄めいた悲しみを思えばどうということはない。マーレブランケの司令センターを吹き飛ばそうと試みて捕えられ、去勢された挙句に死んだ仲間の件も然り。

〈特攻してくるぞ! GROMにレーザー照射させろ!〉

誘導砲弾(クラスノポール)を叩き込め!〉

 爆発と煙だらけの世界を進む中、無線の混信が聞こえてきた。逃げねば確実に死ぬ……だが、まだ鉄パイプでギアを固定し脱出する頃合ではない。

〈俺は戦う! 子供達のために戦うぞ!〉

 故に民兵は前進続行。そして彼は他の車両運搬式即席爆発装置共々、誘導砲弾(クラスノポール)の直撃を受けて消滅した。


                  ◆


〈嵐は……嵐はもうすぐ吹き荒れるんだ! そうすればカバール(陰謀団)の連中はみんな拘束されて、軍事法廷で死刑を宣告される!〉

 彼らの脳内では、自分達を痛め付ける今日の攻撃はマーレブランケにとってのカイザーシュラハ(注1)だ。人身売買組織と繋がっている悪党共は、逃れようのない終焉を目前にして、なおも無意味な悪あがきをしているに過ぎないと。

子供達に自由を(フリーダム)! 子供達に自由を(フリーダム)!〉

 だから彼らは各種対戦車火器を全弾使い切ってなお、昔ながらの集束手榴弾や工兵用爆薬による破滅的抵抗を試みた。

〈ここが踏ん張りどころだ!〉

 間近に迫ったイベント——カバール(陰謀団)のメンバーが全員逮捕され、正義が支配を取り戻し、このどうしようもない世界に救いが訪れることを確信しているから。


 注1 第一次世界大戦の末期に行われた、ドイツ軍最後の大攻勢。


                  ◆


「度し難いな……」

 陣地内から民兵達の戦いを双眼鏡越しに見守っていたバタフライ・キャットは思わず背筋が寒くなるような感覚を覚えた。彼らの戦いはライヒスターク(ドイツ国会議事堂)死守を命じられた武装親衛隊(SS)のフランス人やノルウェー人を彷彿させる凄まじさだ。

〈我々は戦い続けるぞ!〉

 塹壕に隠れ潜む民兵はマーレブランケの戦車や装甲車といった標的を定めると死角から車体の後部によじ登り、梱包爆薬をそこに置いてから再び元いた場所(塹壕)に飛び込む。一見簡単そうに見えるが、敵は四方八方目掛けて撃ちまくっているし随伴歩兵だっている。正直自殺行為以外の何物でもない。

〈一致団結して共に進もう!〉

 当然ながら全員が成功する訳でもなく、肉塊となる者も多い。しかし民兵らは全くお構いなしだ。憶するどころかT‐64中戦車と並走しながら右側面に対戦車手榴弾を叩き付ける者や、掃射しながら進むZSU‐23‐4自走式高射機関砲のキャタピラの前に地雷を投げ込んで始末しようとする奴さえいた。

「まともじゃない」

 そういった珍百景を相次いで見せられたから、バタフライ・キャットは早々に双眼鏡を降ろした。建前上は友軍ということになっているイガーツ・スツォーの陰謀論者が何を言っているのか、何をしたいのか、彼女には全くと言っていい程理解できない。

 アドレノクロム。

 イガーツ・スツォーの連中曰く、カバール(陰謀団)とかいう悪の組織は無垢な子供達を日々拷問しているそうだ。そして、その時に分泌されるアドレナリンを抽出してこの向精神薬を作っているらしい。

「何も確実なことがないぞ!」

 世界中の大物政治家やセレブ達はそれを飲み不老不死を維持しているそうだが、バタフライ・キャットからすれば噴飯するしかない戯言だ。

「陰謀論とやらを垂れ流した馬鹿は、聞き手のおよそ半分が標準以下のIQしか持っていないことに気付くべきだった」

 だから彼女は、まだ戦っている民兵がいるにも関わらず撤退することにした。

 あんな奴らと関わっていたら、こっちまでおかしくなる!

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