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学園大戦ヴァルキリーズ(現行シリーズ)  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ ミッシング・リンク
19/23

◆1946年7月7日

「はぁっ……アノニマ様……っ」

 日付が変わった頃、アノニマの恰好をしたソフィアは昨年九月二十二日(メカソフィアの復讐)と全く同じ体勢——メカソフィアシティの一室で壁に両手をつき、肉付きの良い臀部を突き出している——をしていた。

雌犬(スーカ)!」

 そんな彼女に痛烈な罵声を浴びせたのはこれも昨年九月二十二日(メカソフィアの復讐)と変わらない、ソフィアの恰好をしたアノニマ。

「はぁっ……ぁっ……ノニマ……ッ」

「アノニマ『様』だろう?」

「はいっ……アノニマ様ぁっ……」

 二人は現在、立場を逆転させた情交の真っ最中。これは元々素晴らしき自由の対価として凄まじきストレスを常時抱えていたソフィアのガス抜きを目的としていたが、彼女の中で長年燃え続けていた強い怒りと絶望が鎮まった今は、むしろアノニマにこそ必要なものだった。

「いつも一人で全部決めて……私の気持ちなど、まるで考えないで……!」

 実際、アノニマの口調はロールプレイのそれではなく本心に因るもの。彼女はシャロルタに関する件を『発生を待つばかりの事故』と考えており、だからこそ昨日、最終的にソフィアから中止命令が下されたものの独断でキーボルカを出撃させてしまったのだ。

「そ、そんなことは……ぁっ」

 アノニマは上体をソフィアの背中に被せ、肩や首の後ろを愛撫する。その都度、ソフィアは「あっ……」と切なげな嬌声を漏らした。

「そうだ。お前は自分のことしか考えていない」

 続いてビキニパンツの内部に左手を滑り込ませたアノニマは、すっかり濡れたその内側——敬愛する上官の秘め所——を弄り始める。中指が湿り切った内壁を何度も何度を撫で回した。

「いつもこうやっているんだろう?」

 アノニマは続いて、ソフィアの右胸を弄り始めた。黒いビキニの生地越しでも明確に硬くなっていることが窺えるその先端部分を親指と人差し指で挟んだかと思うと、間を置かず中指の腹を用いて慈しむ。

「逝け」

「——ッ!」

 激しい責めを受けて、早くもソフィアは今宵最初の頂に達した。被虐の悦びは極上の燃料になっていたようだ。

「もっ……もっと……」

 荒い呼吸で肩を上下させながら、ソフィアは更なる快楽を懇願する。秘め事が始まってからまだ然程時間が経っていないにも関わらず、紅潮した彼女の全身は酷く汗ばんでいた。絨毯には濃い染みが幾つも浮かんでいる……。

「躾のなっていない犬だな。はっきり聞こえる声でちゃんと頼め」

 しかしアノニマは蔑むような視線をソフィアに叩き付ける。辛辣な言葉の数々だけではなく、これにもまたロールプレイではない生の感情が込められていた。

「ちゃんと頼まないと、豚を連れてきてお前を犯させるぞ」

「はいっ……」

「何をしてほしいんだ? 言ってみろ」

 流石にそこまではしないだろうが、アノニマの口調には真実味がある。だからソフィアは自分の尻肉を両手で押し広げ、切なげに収縮を繰り返す中央部と蜜にまみれた秘部を銀髪鬼(アノニマ)に見せつけた。

「淫乱な雌犬、ソフィア・マリューコヴァにもっと快楽を与えてください。私はアノニマ様の奴隷……いえ、アノニマ様専用の便器です。どうぞ、好きなようにお使いください……」

「おお……」

 この地球上において、唯一自分しか見ることを許されない淫靡な光景。それはアノニマの溜飲を大きく下げ、彼女が抱えていた澱みを少なからず霧散させた。

「たっぷり可愛がってやる。壊れるまで止めないからな」

「はいっ……ソフィアを壊してください」

 直後、部屋に金具を取り付けるような音が響き始める。それで鼓膜を叩かれたソフィアは、興奮と期待感をより強いものに変えていく。今からホンモノ以上に逞しく、黒光りする『それ』が自分の中に侵入してくるのだ。

「アノニマ様の所有物(もの)だって、早く思い知らせてください」

「そう急かすな」

 慣れた動作で『それ』を装着したアノニマは、最早一秒間も待っていられないソフィアの前で舌なめずりした。

「存分に思い知らせてやるから」

 さあ、土星に牧場を作る時だ。


                  ◆


「うう……」

 予定より遅れて鮫林寺に戻ってきたプロトサメ人間は、キューベルワーゲンを降りるなり大きく息を吐いた。

「つ、疲れた……」

 彼とイルザは昨日キーボルカに襲われた後、一旦別の占領地域に輸送用ヘリ(Fa223)を降着させてから、陸路でここまで移動してきた次第である。上官がふぐ調理師の免許しか持っていないため、ここまで長途運転してきたのは正当進化形(サメ人間)と違って人とサメの遺伝子比が七対三となっている試作個体(プロトサメ人間)だった。

「うええええええええええええええええええええええええええええええええん」

 にも関わらずイルザは、キューベルワーゲンから降りるや否や手近なゴミ箱に駆け寄る。そして激しく嘔吐し始めた。プロトサメ人間は安全な運転を心掛けた筈だが、彼女は酷い車酔いを起こしてしまったのだ。

「全く……」

 プロトサメ人間はイルザの背中を蹴り——いやいや、優しく摩ってあげようと考えて歩き出すが、直後鼓膜を叩かれた。戦車隊のキャタピラとエンジンの音が重なり合って聞こえてくるではないか。

「えっ」

 振り向いた刹那、視界に入ってきたのはコロンナ・デ・フェレア・ヴォロンタ。

「どうして」

 両脇に追加装甲(シュルツェン)を取り付け、七十五ミリ砲だけでなくネーベルヴェルファー(ロケットランチャー)も装備したズリーニィ突撃砲や、ブダペスト包囲戦でも活躍した百五ミリ砲搭載の同突撃榴弾砲、更にはトゥラーン重戦車に無理矢理ドイツ製の百五ミリ榴弾砲を積んだアールパード自走砲。それらが銃剣戦力こと歩兵を伴って進んでいた。

ホンヴェド(ハンガリー軍)にまだこんな戦力が……?」

 一九四四年後半からの凄惨な殺戮劇によって、ハンガリー軍の戦力は全盛期の一割近くまで減少させられたとプロトサメ人間は認識していた。しかし目の前を進む部隊は戦いに疲れた様子もなく、皆元気でさっぱりした服装。

 自分は間違っていたのだろうか。イルザから悪い影響を受けて、現実を正しく認識できなくなっていたのだろうか?

 ハンガリー軍は消耗などしておらず、この後地平線に希望の光が射すかの如し一大転機——消耗戦に辟易するソ連軍に逆襲を仕掛けると言われてもプロトサメ人間は納得してしまいそうだった。昨日、鮫林寺に連絡してきたのはこの辺りの事情が関係しているのかもしれない……しかし!

「嫌な予感がしてきた……」

 確かにソンバトヘイのハンガリー軍から連絡は入っていたが、彼らが鮫林寺に合流する話までは決まっていない。つまりどこかの馬鹿が自分に相談しないままゴーサインを出しやがった訳だ。

「や、やっぱり……」

 縦隊を見守る憲兵に話し掛けたプロトサメ人間は、差し出された命令書を見た瞬間、わかってはいても白目を剥きそうになった。

「急いでハンガリー兵全員の身分確認を! それと、彼らの銃火器は全て預かるように!」

「りょ、了解!」

 プロトサメ人間は予想通りイルザのサインが書かれた命令書を持ち主(憲兵)に返すと、最優先の指示を与えてから彼女を探した。

どうして開けたんです(何すんのやアホ)?」

 そしてマイマイカブ(注1)宜しくゴミ箱に頭を突っ込んで引き続き嘔吐中の当人に語り掛けるが、彼は『自分は成魚(大人)なのだ』と自分に言い聞かせた。そうしないと蹴りの一発でもやはり入れてしまいそうだったからだ。

「夜にまた閉めればいいですん」

「ああ……」

 イルザから返ってきたのは既定路線の回答。だからプロトサメ人間は実際の所、質問した時点で結論に辿り着いていた。

 今日もろくでないことが起きると……。


 注1 カタツムリの殻に頭を突っ込んで捕食する昆虫。


                  ◆


「ん?」

 げるまんスーパーアリーナの司令室でレーダーを見つめていたオペレーターの一人は、接近してくる機影に気付いた。その数は十から十五。

「接近中の機体に告ぐ。そちらの所属と目的、官姓名を明らかにされたし」

 機種を照合するとハンガリー空軍のスツーカ(急降下爆撃機)及び戦闘爆撃機(Fw190F)だったが、今日の予定には入っていないためオペレーターは呼び掛ける。

〈こちらは現在、特殊作戦に従事中。イルザ・ヴァレンシュタインの許可を得てそちらとの合流地点に向かっている〉

「特殊作戦……?」

 返事がなかったため同じ文言で呼び掛けるとそう返されたが、特殊作戦なんて寝耳に水だ。ハンガリー軍の地上部隊が鮫林寺に合流する話は聞かされているが、空軍も然りとは知らされていない。

「では、規定の高度まで降下してくれ」

 それでも一応同盟国の航空機を無下にはできないので、オペレーターは編隊を誘導しようとする。

リデールツ(亡霊)より全機。時間だ。作戦を開始せよ〉

 しかし相手はそんな物騒なことを言い出した。

「作戦? 作戦とはなんだ! おい!」

 そして通信は一方的に切られてしまう。

「管制指示に従え! 繰り返す! 管制指示に従え!」

 オペレーターは血相を変えて何度も呼び掛けたが、相手方のパイロットからはそれ以降何も返ってこない。代わりに聞こえてきたのは、忌々しくも——決して自分達に対しては鳴らされることのなかったスツーカ(急降下爆撃機)のサイレン音。

 今まさに、昨年九月二十二日(メカソフィアの復讐)以来およそ一年ぶりとなる攻撃が始まったのだ。


                  ◆


〈滅殺!〉

 司令室の大型モニターには、つい先程鮫林寺に侵入した敵スペクター(シャロルタ)が大鉈を振り回し、半円の軌道上で鋸人間を両断する様子が映し出されている。

〈撃滅!〉

 ならばと言わんばかりに火器人間達がロケット弾を発射するも、シャロルタはワイヤー付きの得物を今度はプロペラ宜しく高速回転させて無力化してしまう。「技術的特異点(シンギュラリティ)……!」

 昨年九月二十二日(メカソフィアの復讐)同様、げるまんスーパーアリーナの司令室で戦闘を指揮するプロトサメ人間——彼は忌々しげに吐き捨てながらも、万が一に備えてイルザをフラック・トゥルムこと高射砲塔に移動させたのは正解だったと悟る。

「お前は早過ぎる。なのに自分から近付いてくるのか……!」

 今日の防衛戦は数で勝る自軍優勢で進む筈。しかしシャロルタだけは例外的にこちらの部隊を圧倒するだろう。もしかすると彼女を起点として戦局が覆される可能性すらある。しかし問題はそこではない——この世の理から逸脱した存在が突如現れた。それが最大の問題なのだ。

 技術的特異点(シンギュラリティ)

 シャロルタは先程プロトサメ人間が口走った通りの存在だ。自分を含むナチス怪獣軍団の異形は例外なく、枢軸側に味方した数少ないスペクターである彼女の細胞をイルザ達がリバースエンジニアリングして作られた。全ての始まりとなる大いなる母(ビッグ・マザー)。それこそがあのシスターなのである。

『怪獣にはなるが、何故怪獣になるかは不明』

 だが、イルザでさえその結論に辿り着くのが精一杯だった。ナチス怪獣界隈の頂点を以ってしても、ブラックボックス(シャロルタの細胞の謎)を解析することは叶わなかったのである。

「私が出ましょう」

 最早選択の余地はない。故にプロトサメ人間は司令室を出た。

「やってみせるさ。あの女(アノニマ)にできて私に不可能な道理はない」

 これから自分が行うのは、キーボルク大隊の銀髪鬼(アノニマ)と全く同じことだ。戦って守る。ただそれだけ。

「失って困るものでもない……」

 そしてプロトサメ人間は自分にそう言い聞かせた。確かにシャロルタの存在は貴重だし、もしかするとこの星で最も希少な知的財産かもしれない。

 だが……。

 持て余すだけの神の力なら、そんなもの持っていない方が幸せなのだ!


                  ◆


 スツーカ(急降下爆撃機)の第一撃に呼応する形で、地上では鮫林寺の中枢深くまで入り込んだハンガリー軍の四号戦車及びティーガー重戦車等——全車揃って砲口を真後ろに向けている——が味方を装うのを止め、一斉に砲塔を百八十度回転させた。

セラム・バ・ティギル(戦いによる平和)!〉

 そして戦車兵の掛け声と共に至近距離での砲撃が開始された。不幸にも近くに停車していたトラックや、これまた射程距離内で空を見上げるライントホター(地対空ミサイル)が相次いで撃破されていく。身分確認を行おうとしていた憲兵隊も消し飛んだ。

〈今度こそ……今度こそ完璧な戦場にするんだ!〉

〈あの狂人に罰を与えてやる! 待っていろよイルザ!〉

 シャロルタに指揮され、彼女と共通の目的——イルザ殺害の見返りとしてメカソフィアシティに不干渉を約束させる——で攻め込んだハンガリー兵の大多数は元々、第一及び第二技術大学突撃大隊所属の学生達だった。ブダペスト包囲戦を辛くも生き延びるも、歴史的敗北を引き摺る彼らはヴァンナイ大隊の生き残りやKABSZこと東部戦線同志(注1)から鍛えられ、今日過去の清算を求めて鮫林寺に馳せ参じた。

〈来るぞ! 地下からだ!〉

 ズリーニィ突撃榴弾砲の車長が警告した直後、火器人間が高速エレベーターで多数射出された。

『撃チ殺セ』

 相次いで着地した火器人間は、四眼式カメラアイでハンガリー兵を捉えるなり三連装ガトリング砲による弾幕を展開。凄まじい量の弾丸を浴びて無数の人体が弾け飛んだだけでなく、比較的装甲の薄い四号戦車が何台も蜂の巣に変えられた。

「からくり人形が!」

 ハンガリー兵もやられっ放しではなかった。放たれたパンツァーファウス(注2)が火器人間の右肘に命中——コード数本だけで上腕部と繋がる形になってしまった三連装ガトリング砲はコントロール不能となり、素早い縦一回転の挙句持ち主をズタズタにしてしまう。

〈敵の増援だ! 注意しろ!〉

 やがてハンガリー軍が厚い装甲のパンター中戦車を前面に押し出すと、先程と同じ高速エレベーターから今度は鋸人間が射出された。

『豚ハ死ネ』

 その一機は射出された後急降下し、思わずパンツァーシュレッ(注3)を向けてきたハンガリー兵を着地しつつ蹴り倒す。続いて、彼の頭部を右足の裏と地面の間で強烈に圧迫——すぐに頭蓋骨が砕け、鮮血と共に目玉が両眼窩から飛び出す。

「くそっ!」

 違うハンガリー兵は、背後に鋸人間が降り立ったと察する否や弾かれたように振り向く。そして得物を構えようとするが、不幸にも携えていたのはゲバウエル機(注4)だったため、八ミリ弾が撃ち出される前に彼は右腕を切断されてしまった。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 断面から夥しい量の鮮血が迸り、ハンガリー兵はショック死してしまう。だが次の瞬間、加害者(鋸人間)の腹部から熱いオイルまみれの先端部分——大鉈のそれ——が飛び出したのである。

「撃殺!」

 直後その持ち主は火花散らす残骸を左側に投げ捨てつつ、続いて右手に携えたパンツァーファウストを発射。放たれた成形炸薬弾頭は火器人間に吸い込まれて爆発を引き起こした。

 大鉈を持ったシスターこと、シャロルタが中枢部に到達したのだ。


 注1 東部戦線帰りの退役軍人で構成された団体。

 注2 ドイツ製の使い捨て式対戦車無反動砲。

 注3 ドイツ製の対戦車ロケット擲弾発射機。

 注4 トルディ軽戦車やトゥラーン重戦車の車載機銃を歩兵用に改造したもの。


                  ◆


「抹殺!」

 爆炎から飛び出したシャロルタは、撃ちまくりつつ後退する火器人間目掛けて斬撃——続いて、着地と同時進行でその左腕部を付け根から切り離す。

『コレハ死ヌ』

 直後、友軍機が爆散する様子を目の当たりにした別の火器人間は全ての武装を切り離し、背を向けて逃走(後退)を図る。

「何もかも無駄だった!」

 しかしながらシャロルタはそれを許す気など毛頭なく、再度大鉈を振り上げて襲い掛かる。間を置かず更に一機が袈裟斬り刑となり、斜め二分割された機体が相次いで地面を叩いた。

「私が力を貸しても、あいつら(ナチ共)はろくなことに使わなかった!」

 まだ終わらない。彼女は両手を広げて突進すると急機動の繰り返しで射線から逃れつつ、まだ生き残っている火器人間との距離を詰めていく。そして、右手の大鉈をブーメラン宜しく投擲——それは相手の顔面に突き刺さり、オイルと金属部品を派手にぶちまける。

『居住区画』

 そして仰向けに倒れた火器人間の顔面から「返してね」と大鉈を引き抜いた時、シャロルタは自分がそう書かれた看板を背にしていることに気付いた。

『撃チ殺セ』

『撃チ殺セ』

『撃チ殺セ』

 思わず足を止めた彼女に対して、両断されることなく、なおも生き残っている火器人間は全機三連装ガトリング砲と高威力のロケット砲を浴びせてきた。

「——ッ!」

 当然シャロルタは軽々と全弾回避したから、空振りの機関砲弾とロケット弾は無防備な居住区で炸裂してしまう。

 昨年九月二十二日(メカソフィアの復讐)と同じ誤射!

 道徳という言葉は残念ながら機能せず、シェルターに向かう人々の命が一瞬で失われる。そして無定形かつ、血生臭い湯気の立ち昇る塊が幾つも作り出された。

「へえ……そういうことするんだ」

 たちまち聞こえ始める、重なり合う悲鳴。それで鼓膜を叩かれたシャロルタは少しだけ悲しげな表情を浮かべると、大鉈を投擲して二機撃破。

「必殺!」

 続いて三機目の懐に潜り込み、まずは左の大鉈を右から左へ——それで敵機の上半身と下半身を分断した後、今度は下から縦一閃。

『撃チ……』

 得物ごと右腕部を失った火器人間は腹部から火花を撒き散らしつつもロケットランチャーを向けてくるが、逆手に持たれた大鉈で串刺しにされる方が早かった。

「ほら……やっぱりみんな、まだ子供じゃないの」

 ひとまず手近な敵部隊を全滅させたシャロルタは居住区に目を向けた。そこに広がっていたのはソ連空軍の爆撃に加えて地上軍からの砲撃まで落着するようになったブダペストと大して変わらない光景。違うのは味方の誤射によって惨劇が引き起こされたことと、暖房用の材木や石炭が不足していないこと位だろう。

「生物が陸に上がってから、まだたったの四億年。それで神様の力を手に入れるなんて烏滸がましいとは思わない?」

 ブダペスト包囲戦の折、シャロルタが非協力的な市民や敵前逃亡を図る兵士を殺戮したのは物事の帳尻を合わせるためだ。永遠の命を持つ自分は運命から絶対逃れられないのに、限りある命の輩が自己保身に走るのは許せなかった。

「土台無理な話なのよ」

 しかし自身の問題は結局解決しなかった。シャロルタはそれに失望しながらも何かしらの道を求めて、他の部隊と共にソンバトヘイに逃げ込んだ次第である。

「さて、イルザは……」

 シャロルタの前方に何かが降り立ったのは、感傷に耽るのはまだ早いと彼女が思った時だ。

「新手?」

 大きく目を見開いたシャロルタの前で、立ち昇った粉塵が薄くなっていく。

「貴様の行くヴァルハラはないぞ」

 正義のヒーロー宜しく膝を折って上半身を屈め、地面に右拳を突き立てているプロトサメ人間がそこにいた。

技術的特異点(シンギュラリティ)……!」

 自ら戦場に出撃したプロトサメ人間は、その体勢のまま顔を上げ、いつもとは別人のような口調でそう言い放った。


                  ◆


前哨基地(ナジ・マグネシュ)での戦闘から四日が経過するも、デュテリオスの姿は確認できず〉

 キーボルク大隊のLa‐7戦闘機がバラトン湖上空で哨戒飛行中。この機体の目的はナチス最強の怪獣をいち早く発見することだが、幸か不幸かまだその姿は確認されていない。

〈これより帰投します〉

 当然だ……デュテリオスことサメ人間は七月三日の戦闘(ソフィア対超ソフィア)でキーボルク大隊から凄まじき猛攻を受けて、完膚なきまでに叩き潰されたのだから。それでも哨戒を行っているのは万が一に備えてのことである。

〈水中より八時の方向に未確認物体が急速に接近中、類別不能。目視確認せよ〉

 そろそろ燃料が心許ないためパイロットは帰投しようとしたが、メカソフィアシティの地下司令部から連絡が入ったのはまさにその時だ。

〈魚だろ?〉

 愚痴りながらもキャノピー越しに湖面を覗いた瞬間、パイロットは大きく目を見開く。二等辺三角形(ヒレ)が獲物——突然変異したオオサンショウウオだ——追っているではないか!

〈どうした応答しろ!〉

 地下司令部からの無線に応答するのも忘れて、パイロットは思わずその光景を凝視してしまう。必死に逃げるオオサンショウウオは大きく口を開けて背後より迫るサメ人間を一度は回避したものの、それから十秒と経たぬうちに真下からの第二撃で捕食された……。

〈応答しろ! どうしたんだ!〉

〈もっ……〉

 そして口を閉じたサメ人間が重力に身を任せて水中に舞い戻るのと、ようやく我に返ったパイロットが応答するのは同時。

〈目標はデュテリオスと確認! 繰り返す! 目標はデュテリオスと確認!〉

 パイロット——今日は輸送用ヘリ(Fa223)ではなくLa‐7戦闘機を操縦するブラン・クランダーの声は酷く上ずっていた。

〈目標は鮫林寺方面に向かって移動中! クソッ……もう再生しやがった!〉

 ブランは改めて思い知らされた。やはりこの戦争は、ゲーリン(注1)がゲッベル(注2)のズボンを穿けるようになるまで終わらないようだ。


 注1 ドイツ空軍の最高司令官。肥満体で知られる。

 注2 ナチスドイツの宣伝相。細身で知られる。


                  ◆


 勾(注1)片手にイルザがやってきたのは鮫林寺の高射砲塔——ベルリンのティーアガルデンやフリードリヒスハインに建つものと何も変わらぬ第一世代型——その指揮塔(L塔)である。ここで油を売るのが天才的頭脳を持つ一方、野戦指揮官としての才能に乏しい彼女の役目だ。

『夜の静けさの中で粉々に砕け散った』

 壁にそう書かれた管制室に着くなり、イルザは中央の椅子に腰掛けた。そして背もたれと一体化しているヘッドギアを動かし、頭の上半分を覆う。

「システム起動ん」

 イルザが口走るや否や、彼女のいる指揮塔(L塔)だけでなく、猛砲撃による衝撃波を防ぐため、離れた場所に建てられている砲戦塔(G塔)にも通電が行われた。レーダーや各種管制システムを備えた前者と、ハリネズミのように重武装した後者は高度な全自動化を実現していた。それ故にフラック・ベビー(高射砲坊や)こと空軍補助員の少年達やV兵(注2)、従順な支援(注3)らの姿は一切見当たらない。

〈イルザ・ヴァレンシュタインと照合しました。データリンクを開始します〉

 間を置かず響き渡る、無機質な電子音声。それは鉄筋コンクリート製の巨大な防衛建造物がイルザのコントロール下に置かれ、それこそ手足宜しく動くようになったことを意味していた。

「狙うのはん……」

 イルザは静かに呟きながら目を閉じる。

「爆装している機体ですん」

 半秒後大きく目が開かれた瞬間、モニター上で蠢く機影——ハンガリー空軍のスツーカ(急降下爆撃機)戦闘爆撃機(Fw190F)赤い丸で囲まれた(ロックオンされた)

『最も洗練された火砲』

 まずはヒトラーがそう評した百二十八ミリ連装高射砲が火を噴いた。正方形(G塔)の四隅から勢い良く撃ち上げられた砲弾は接近する航空機のすぐ近くで近接信管を作動させ、まだ爆弾を残している機体を纏めて消し飛ばす。

〈全機、散開して攻撃! 高射砲塔(あれ)は多方向からの攻撃には対処できない!〉

 砲撃の衝撃で管制室が揺れ、腹にも音が響いてくる中、混線がイルザの鼓膜を叩く。しかし彼女は口元を緩めるのみ。

〈なっ……!〉

 イルザが上唇を舐めてからコンソールを操作すると、今度は無数の張り出し(燕の巣)に配置された二十ミリ四連装対空機関砲と三十七ミリ連装対空機関砲が一斉射撃を開始する。その弾幕は濃密かつ意思を持っているかのように動き回り、急機動を繰り返すスツーカ(急降下爆撃機)戦闘爆撃機(Fw190F)を次々に叩き落とした。

〈近付けるのかよ!〉

〈だが選択肢はない!〉

 それでも数機は肉薄に成功して高射砲塔に二百五十キロ爆弾やロケット弾等を当てることができた。けれども分厚いコンクリート壁——建設に従事した捕虜が作業完了後殺害され、内部に塗り込まれたという噂さえある——をぶち破るには至らず、その表面をほんの少しだけ削り取るのが関の山だった。


 注1 サメ人間の携帯式コントロール装置。日本製。

 注2 本来前線では戦えない負傷者や兵役不適格者。

 注3 ドイツ軍に協力するクロアチア人、ロシア人捕虜、ワロン人等。


                  ◆


〈このままだと全滅させられるぞ!〉

 合流を装ってソンバトヘイからやってきたハンガリー軍の部隊は、リーダー(シャロルタ)がイルザをぶち殺すまでの時間稼ぎが任務だった。しかし今、鮫林寺で戦う彼らはベルリン市民が『世界で一番安全な棺』と評した巨大建造物からの砲撃で急速に数を減らしている。

〈負傷者の数はもうすぐ、戦える者の数を上回るだろう!〉

 そんな泣き言が無線に混ざるのも仕方ない。ハンガリー軍は高射砲塔の内部にある七十二トンの弾薬庫を破壊するどころか、俯角がマイナス三度までと浅いが故、距離を測定した上で落下するよう放たれる百二十八ミリ砲弾の凄まじい雨を浴び続けていた。地上を這い回る目標を狙い撃つことは、国家社会主義の莫大な搾取・屈辱・破滅のシンボルにとっては航空機の迎撃よりも遥かに容易らしい。

〈うわっ!〉

 たった今もユニバーサルキャリア——同盟国のイギリスから供与されたものにDShK38重機関銃を取り付けてソ連軍が運用した後、今度はハンガリー軍から鹵獲・再運用されている——が直撃弾を浴びて木っ端微塵に。

〈駄目だ! どうしようもない!〉

 要塞的機能を遺憾なく発揮する高射砲塔は、仮に鮫林寺が焼け野原になっても破壊されず、佇立してその役割を果たすかのようだった。

〈諦めるな! シャロルタがイルザを殺るまでは……!〉

 ハンガリー兵らは諦めなかったが、高射砲塔の前方にはラーコシ(注1)さながらのトーチカ——長砲身の七十五ミリ砲を搭載しているものもあれば、主砲を撤去しマキシム重機関銃を一丁だけ装備した代物もある——やQ列車が布陣。特に無蓋列車を原型として開発され、MG34軽機関銃や二十ミリ四連装対空機関砲、更に八十八ミリ高射砲を山程搭載する移動式対空陣地こと後者は線路上を縦横無尽に動き回り、地上部隊相手に一九四三年八月一日(タイダルウェーブ作戦)の悪夢を再現していた。

〈俺達は城の丘で一度死んでるんだ! 今更死がなんだ!〉

 それでもハンガリー軍は無謀な攻撃を強行したから、当然鮫林寺の一角は骸で埋め尽くされた。戦いは最早、戦闘と呼べる代物ですらなくなっていく。

 例えるなら、それは——命の味がするミートパイの製造だった。


 注1 ハンガリーとユーゴスラビアの国境地帯に作られた防衛ライン。


                  ◆


「私と一分以上互角に戦えるとは……!」

 シャロルタの一閃を受け止めたプロトサメ人間は、不本意ながら感嘆するしかなかった。彼は両手を交錯させ、肘に付いたヒレで大鉈を防いだが——半秒でも遅れていたら両断されていた可能性すらある。

「結局はこうなるのよ」

 一方、シャロルタはハンガリー軍部隊の全滅を察していた。どうせこうなると予想はしていたが、やはりそうなった!

「こんなことばかりが繰り返される!」

 シャロルタはもう、一人残って絶望するのも誰かに利用されるのも嫌だった。

『名前もないような小さい村で、こっそりと生き続ける』

 それが彼女の辿り着いた答えであり、イルザの首を手土産としてメカソフィアシティの不干渉を取り付けようとした最大かつ唯一の理由だ。尤も彼女に従ったハンガリー兵達はそれらしい諸々(偽情報)しか教えられていないが。

「だけど……私は……ッ!」

 シャロルタは喉から声を絞り出す。それは彼女が抱える、決して逃れられない苦しみに起因していた。

 誰かに愛してほしい。

 誰かを愛したい。

 人間にしか与えられていない、笑える程陳腐な感情をどうしても捨てられない苦しみだ。

 また一人ぼっちになる。

 また辛い思いをする。

 だけどまた人を好きになって、子を産みたいと思う。

 そして同じ結末がやがて訪れ、また絶望することになる。

 これが何度も繰り返されるし、自分はそこから抜け出せない。不老不死という誰もが望むものを望まずして与えられた結果、限りある生——人が当然のように持ち合わせるものを絶対手に入れられないが故。

「こんなに辛いのなら……こんなにも……心が苦しいのなら……」

 シャロルタが発する言葉は、まるで心から溢れ出た血で記されているかのようだった。しかし——。

「私は感情のない怪物に生まれたかった!」

「ほざけ!」

 最後の言葉を聞いた途端プロトサメ人間は激昂する。間髪入れず前蹴りを放ち、強引にシャロルタとの距離を取った。

「その物言いは!」

 そして足元に落ちていたMP40短機関銃を拾い上げ、

「私に対する最大の侮辱だ!」

 すぐさま構えると猛連射しながら突進した。こういったもの(野蛮な武器)は普段使わないがシャロルタを殺せるのなら構わない。数秒前の発言は、子供を作れない『怪物のような人間』にとっては到底許し難いものだったからだ。

「貴様が技術的特異点(シンギュラリティ)であろうと!」

 シャロルタの右横を駆け抜けたプロトサメ人間はMP40短機関銃を投げ捨てて振り向き、今度は両腕部のヒレを展開しつつ肉薄!

「気を熟さぬ登場は許さん!」

 そして交錯斬撃(クロスアタック)を仕掛けたが、それはシャロルタの大鉈で防がれた。さすれど予想していた動きだったので、プロトサメ人間は両手を大きく外側に広げながら飛び上がる。

「しまっ……」

 その僅か〇・五秒後、落下と同時並行で繰り出されたプロトサメ人間の手刀がシャロルタの頭頂部目掛けて急接近。

「——ッ」

 白刃取りの要領でそれを受け止めるというシャロルタの試みは失敗。何故なら自分そっくりの少女が、敵に馬乗り状態でナイフを振り下ろす姿を突然幻視した

からだ。そのせいで反応が遅れ、両掌がぶつかり合った刹那——手刀が食い込む。

「うあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 プロトサメ人間が手を抜いて後退した直後、文字通り頭をかち割られた格好のシャロルタは絶叫する。それは世界を揺るがす響きだった。

「終わりだ」

 左右に別れた頭を両手で押さえ込むシャロルタ。それを見たプロトサメ人間は勝利を確信するが——。

「なっ……」

 ウィンプルを失い、金髪と爬虫類めいた縦スリットを持つ赤い瞳が露となったシャロルタは、覚束ない足取りで後退しながら深呼吸を何度も繰り返す。すると驚くべきことに、猛スピードで頭部の傷口が接合されていくではないか。更には溢れ出る血液まで止まってしまう。

「ご覧の通り死なないのよ、私。死ねないと言いたい気分だけどね」

 脳を含めた諸々の接合が終わるとシャロルタは両手を放す。

「良かったら殺してくれない?」

 そして露骨な嫌悪を向けてくるプロトサメ人間に、諦観と絶望が入り混じった視線を返した。

同類(化け物)か……!」

 さて向けられた側は、つい先程からずっと感じている不快感が——鏡に映った自分を無理矢理見せられているような——最大値に達したことを悟る。

「そうよ同類(化け物)よ!」

 それはシャロルタも同じだったらしい。頭を元通りにした彼女は、鉄臭い唾を撒き散らしながら肯定した。以心伝心というやつだ!

「だから殺しなさい! 殺しなさいよ! さぁ!」

 シャロルタは力強く踏み出したかと思えば、瞬時にプロトサメ人間との距離を詰め切ってしまう。最早得物はないが、徒手空拳だけで襲い掛かってくる。

「殺して! お願いだから殺して! もう嫌なのよ! 耐えられないのよ!」

 凄まじいスピードで連撃を繰り出すシャロルタは血涙を流していた。それこそ、傷口から溢れ出すかのように。

「お願いだから! ねぇ! 殺してちょうだいよぉっ!」


                  ◆


大いなる母(ビッグ・マザー)か」

 安全な中立国(スイス)に建つ、埃一つない豪邸——その一室でJDは揺るぎない事実を噛み締めていた。

 求めていたものが遂に見付かった。

 部屋に置かれたモニターには、激しく損壊したシャロルタの細胞組織が猛烈な勢いで再生していく模様が映し出されている。また机上に置かれた資料は、偶然手に入れた奇跡の力を、本人承諾の上でナチスが利用した証拠でもあった。

「全て彼女の劣化コピーに過ぎなかった訳だ。彼ら(ナチ)も案外大したものではないね」

 実に嘆かわしいとJDは感じていた。北アフリカで偶然見付けたエネルギー・コアなる未知の結晶体をエグゾスケルトン(強化外骨格)の動力源位にしか使えていないことも含めて、伍長(ヒトラー)とその取り巻き連中のセンスのなさには目眩がする。

「僕に残された時間は少ない。きっと、僕が『それ』を見ることはないだろう」

 一人語り始めたJDは、心の中で「だから君に託そうと思う。永遠の命を持ち、決して死ぬことのない君に」と続けた。

「何もかも君の思い通りにしていいよ。嫌になったら全てを投げ出して、誰かに押し付けてしまっても構わない。その後に戻るのも君の自由だ」

 死に物狂いで運命に抗おうとする人間達の勇姿はJDの心を熱くした。だから可能であれば、その素晴らしさを一人でも多くの人間に知ってもらいたいと彼は考えていた。

「学園大戦ヴァルキリーズ——全て君に託すよ、大いなる母(ビッグ・マザー)

 狼の世。羊の皮を被った、狼達の世である。


                  ◆


「ならば望み通り殺してやる」

 散乱する鋸人間や火器人間の残骸、そしてハンガリー兵の死体——それらから耐え難い悪臭が立ち込め、今やコルダイト火薬のそれすら加わった空気をプロトサメ人間は揺らす。

「貴方優しいのね」

「抜かせ!」

 揃って構えた両者は、全く同じタイミングで地面を蹴った。

「——ッ」

 直後大鉈の一閃が空振りに終わった刹那……シャロルタの背中からプロトサメ人間の右腕が飛び出した。当然ながら血まみれで、その五指には真新しい肉片がこびり付いている。

「必……殺……ッ!」

 しかし貫かれた(シャロルタ)はゲボッと吐血しながら、激痛に耐えつつプロトサメ人間の鶏冠(とさか)を掴む。続いて彼の頭部を無理矢理動かすと、無防備となった肩口目掛けて大鉈を振り下ろした。

「くっ……」

 逃れようのない一撃を受けたプロトサメ人間は苦悶するが、お返しとばかりに右腕をより深く突き入れて報復。

「瞬……殺……ッ!」

 一方のシャロルタも負けじと刃を食い込ませたから、ここに地獄の我慢比べが始まってしまった。二人の足元は瞬く間に赤黒く染まってしまう。

 そして間を置かず、両者は鮮血を撒き散らして後方に倒れ込んだ。


                  ◆


「結局……死ねないか……」

 七分十二秒後、意識を取り戻したシャロルタは腹に空いた大穴を押さえながら立ち上がる。

「こんなになってるのに生きてる。やっぱり私はまともじゃない……」

 死んではいないものの、出血多量で気を失っているプロトサメ人間を放置してシャロルタは歩き出す。覚束ない足取り……何度も崩れ落ちそうになりながらも、それでも前に進む。

「そう……貴方もいたのね」

 少し歩いた時、シャロルタは流れていく黒煙の中から二種の遺伝子比が三対七、タンパク質だけで全て完結し、骨肉で成り立っているにも関わらず機械の要素も兼ね備える境界線上生物が現れたことに気付く。

 頭部は後ろに角が二本生えたホホジロザメのそれ。

 張り出した先端に目と鼻腔が存在するシュモクザメ頭の右手。

 左手はブレード状の長い(ふん)を持ったミツクリザメの頭。

 尻尾の先にはヨシキリザメの尖った頭が二つ。

 背中から伸びる四本の茶色い触手の先端部は揃って、古代ザメとして知られるラブカのグロテスクな頭部。

 様々な軟骨魚綱(なんこつぎょこう)板鰓亜綱(ばんさいあこう)が合体した外見をしている、身長二・五メートルの怪物——サメの遺伝子を組み込んだ受精卵を欧州各地から強制連行した女性達の子宮に戻し、胎内である程度成長させた後、シロワ(注1)のような共食いを経た上で無理矢理出産させるという狂気の果てに生まれたデュテリオスことサメ人間だ。

「貴方もさっきの子(プロトサメ人間)も、みんな私の子供みたいなもの」

 シャロルタが静かに語る一方、サメ人間は咬筋筋膜(こうきんきんまく)を激しく震わせながら人がまだ、小動物だった頃を無理矢理思い出させるような甲高い咆哮。しかし彼女は口内から勢い良く飛び出してきた人肉の欠片や、生臭い唾液をまともに浴びても一切取り乱さなかった。

「だけど私は貴方達の親にはなれなかった。だから私が、貴方達に嫌われるのは当たり前なの」

 これから自分は咬傷なんて生易しいものではない制裁を受ける。だが失われた手足も、焼けた皮膚も、破壊された臓器も、望まずして与えられた呪いのせいで数時間もあれば元通りになるのだ。つまり何の意味もない。

「そして貴方達にもまた、帳尻を合わせる(私を否定する)権利がある」

 シャロルタは慈しみさえ感じさせる表情でサメ人間を促す。それを受け取ったからなのかはわからないが、おがくず混じりのラテックスを分厚く塗ったような皮膚を持つサメ人間は頭部を開いた。

「さあ」

 そしてシャロルタが頷きを送った直後、その中にあるウバザメ頭から放たれたどす黒い奔流(暗黒怨念寄生虫)が彼女を覆い尽くした。


 注1 ネズミザメ目シロワニ科に属するサメ。繁殖形態は胎生。


                  ◆


 夜を迎えた鮫林寺には静寂が訪れている。随所に転がるズリーニィ突撃砲及び同突撃榴弾砲の残骸や、激しく損壊したハンガリー兵の死体が片付けられるのは早くても明朝だ。

『鮫とは交わる魚である』

 最高司令官(イルザ)その副官(プロトサメ人間)が、事後処理よりも漢民族の優れた感性を具現化させることを優先したからである。

「もう……遅いですん」

 プロトサメ人間がようやくシャワー室から出てくると、イルザは羽織っていたバスローブを鬱陶しげに脱ぎ捨てる。げるまんスーパーアリーナの一室に褐色の肢体が現れた。

「——ッ」

 部屋に差し込む月明かりを浴びたことで、イルザの肉体には素晴らしき陰影が描かれている。だから、嫌という程見慣れた筈のプロトサメ人間は思わず生唾を飲み込んでしまった。

「来てん……プロトん……」

 イルザは壁に背を預け、筋肉の凹凸が浮かぶ下腹部に指先を走らせた。それを見たプロトサメ人間は自らもバスローブを脱ぎ捨てて彼女に近付いていく。彼の怒張は既に限界まで屹立し、先端からは先走りの滴すら窺えた。

「ぅぁ——」

 イルザの前で跪いたプロトサメ人間は、先程彼女の指先で撫でられた下腹部に舌先を走らせる。直後、愛撫を受けた(イルザ)は小さく仰け反った。

「あぁっ……プロトん……ッ」

 頬を染めたイルザは左右に動くプロトサメ人間の頭を左手で押さえるが、その行動を嫌がって制止する程のものではない。むしろ推奨するかのように、彼女は彼の頭を何度も撫で回した。

「ふぁっ……ぁっ……」

 すっかり唾液まみれになった下腹部から、臍の周囲へと愛撫が移行する。まず見事な腹筋の盛り上がりに舌先を這わせたかと思いきや、今度は穴の中に先端を捻じ込もうと——無理矢理ではなく、本当に捻じ込んだりもしない——する動作。

「ああ……切なく……なっていますんっ……」

 次第に呼吸を荒くしていくイルザは、古代ギリシャの哲学者アリストテレスが紀元前四世紀に記録した光景を再現する中で、自分の花園が早くも疼き出すのを感じていた。染色体構造等が原因で着床までは至らないが、それでも受精のため、子宮がプロトサメ人間の愛で満たされる瞬間を待ち侘びて。

「イルザ」

「……っ」

 直後、一旦立ち上がったプロトサメ人間はイルザとキスを交わす。互いに舌を絡ませ合い、鼻息が漏れる音で鼓膜を叩かれながら一滴でも多くの唾液を相手の口内に送り込もうと試みる。前者はその過程の中で後者の広背筋をこれでもかと撫で回し、一方後者は前者の臀部を適度な力で揉み拉いた。

「ふぁっ——」

 粘膜の橋を作って唇が離されると、プロトサメ人間は「失礼!」と言いながらイルザをお姫様抱っこ。

「なんだか今日のプロト、凄く積極的な感じがしますん……」

 若干乱暴な動作でベッドに横たえられたイルザは、間髪入れず自分に馬乗りになったプロトサメ人間を見上げつつ言う。

「あっ……いえ、すみません」

 情交時に限っては呼び捨てかつ対等な言葉遣い。そんな暗黙の了解はあったが、プロトサメ人間は思わず素に戻ってしまう。

「今日イルザ様の命が脅かされたことで、私の本能が刺激されてしまったのかもしれません」

「なるほどん。それは子孫を残す本能ですん」

 プロトサメ人間の生々しい発言を受けてイルザは苦笑したが、彼が血の通った生物であることに内心喜んでもいた。

「それではん……っ」

 だからイルザは、彼を安心させるため大きく両足を開いた。プロトサメ人間が自分の所有物(もの)であるように、自分もまた、プロトサメ人間の所有物(もの)であることを伝えるためだ。

「ひゃっ」

 しかしプロトサメ人間はイルザに覆い被さって、もう準備万端の蜜穴に怒張を突き入れることはしなかった。代わりに彼女の右足へ熱い視線を送り——まずは左手で肉感的なその太腿を、間髪入れず右手で同足首を掴んだ。そして無防備な踵や指の裏を舐め始めたのである。

「もうっ……プロト……変態……ッ」

 そんな風に言われようがプロトサメ人間は構わない。ただ一心不乱にイルザの右足を舐めるのみ。それこそ皺の一本一本に唾液を塗していくような徹底ぶりで、彼の怒張はその行為を経てますます大きくなっていた。

「プロトぉ……」

 一方イルザは決して嫌な気持ちではなかったが、このままだと半永久的に足を舐められる気がしたので、自然な動きでプロトサメ人間の拘束から逃れる。

「プロトのはち切れそうなクラスパー(サメちんぽ)、早く挿入()れてほしいのんっ……!」

 そして四つん這いになると、肩越しに蠱惑的な眼差しを送りながら、蠢動する秘口を自分の指で大きく押し広げた。その際に口走ったのは一秒でも早い挿入を促すため、わざと下品に彩った言葉。

「わかった」

 愛しい(イルザ)の意向を察したプロトサメ人間は、満を持して彼女の汗ばんだ肉体に覆い被さる。そして限界まで肥大化した自らの分身を秘裂へと押し入れた。怒張全体がたちまち熱い感覚で包み込まれていく。

「——ぁっ」

 間を置かず一番奥(子宮口)が突かれると、イルザはシーツを掴み、ほとんど百八十度に顔を向けてしまった。汗ばんだ腹部が描く、美麗なアーチ!

「イルザ……ッ……愛してる……ッ!」

「私も……私も……んっ!」

 六月七日(ネロハイドラ襲来)の午前三時過ぎと同じ体位(正常位)で繋がった二人。プロトサメ人間は今回も匂い立つイルザの左腋に鼻の先端を押し付け、イルザもまた、彼の舌が汗の滴や毛の剃り跡を舐め回す感覚を楽しむ。

「ふあっ……」

 やがてイルザの視界は真っ白に染まり、思考もスパークした。自分の奥深くに打ち込まれた怒張が、何度も何度も脈打つのを感じながら……。

「あぁっ……イルザ……ッ!」

 プロトサメ人間はそんなイルザに限界まで腰を打ち付け、ひたすら溢れ続けるコンデンスミルク調の濃い液体を中に注ぎ込もうとする。しかし今日は避妊具(コンドーム)を装着——生殖ではなく、ただ快楽だけを目的とした交わりという事実に基づいた興奮を楽しむため——していたから無意味だったが。

「プロト、大好きですん」

 続いて繋がったまま口付けを交わした後、イルザは息を荒げつつ素直な感情を口走る。

「どうしたんですか? そんな急に改まって」

「私のために戦ってくれたプロト、凄く素敵でしたん」

 ふとイルザの視線は泡立った結合部から、プロトサメ人間の肩に移る。今日の戦闘後、彼女が最優先で手術した箇所だ。傷口は完璧に縫合され、僅かな跡すら残っていない。それは本気を出した証拠だった。

「例え、未来(子供)を作れなくても……イルザ様は私の大切な人です」

 こういう時でもないと……と思い立って、プロトサメ人間もまた素直な感情を吐露した。彼は今ぬるま湯めいた感覚に満たされながらも、子供を作れぬ自分に未来はないという事実を噛み締めていた。この点だけ見れば、シャロルタの方が余程幸せだったのではないかとさえ感じる。

 どういう訳か、上半身がウバザメの頭部に変わっている老婆。

 頭がなく、首筋と右肘にサメの頭が付いている成人男性。

 人魚のように下半身がサメになっている、両腕部がヒレの赤ん坊。

 ライトアップされて室内に浮かび上がる大型カプセルには、乱暴な形でヒトを霊長の座から蹴り落とせる最強怪獣(サメ人間)の開発過程で、イルザが試行錯誤した証たる実験体が液浸標本として漂っている。これだってシャロルタというスペクターの細胞から不完全なリバースエンジニアリングを行った二次創作に過ぎないのだ。

「だから」

 けれどもプロトサメ人間はそう前置きした上で、汗ばんだ肉体の中に根元まで収まっている陰茎をゆっくりと引き抜く。

「貴方とは、こんなもの(避妊具)なしで繋がりたいのです」

 そして役割を終えた緑色の薄膜(ゴム)を外した。未来を残せないとしても、不届きな日々を過ごしていい理由にはならない。プロトサメ人間は力の限り生き、全力でイルザを愛するつもりだった。

「——ぁっ」

 内容物のせいで大きく撓んだ避妊具(コンドーム)がゴミ箱に放り込まれるが、イルザからの返答はなし。代わりに彼女は、四つん這いになってプロトサメ人間の男性器官を頬張った。長さと硬さを両方維持しているため一瞬えずいてしまったが、それに構うことなく自分の口内と舌で汚れ切った剛茎を清めた。

「ほら、綺麗になりましたん。さあん……」

 汚れがなくなると、イルザは反り返る剛茎に頬を擦り合わせた。文明の利器が一切介在しない、獣のような交わりの開始をプロトサメ人間に伝えるために。


                  ◆


「間違いありません。これは『彼女』です」

 鮫林寺の一角で、数名のドイツ兵がライト片手にシャロルタを——サメ人間の暗黒怨念寄生虫を浴びたせいで、無残な肉塊となっている——取り囲んでいた。

「死んでいるように見えますが……生きています。確実に」

 しかし発しているのはドイツ語ではなく英語。その理由は単純で、JD配下の傭兵達が鮫林寺に潜入するため武装親衛隊(SS)に成り済ましているからだ。

「よし、回収しろ」

 そんな彼らを率いるJDの女性秘書もまた、ドイツ軍の制服に身を包んでいた。

「急げ!」

 一行は無駄のない動作でシャロルタを容器に押し込めると、トラックに乗って素早くその場から立ち去った。

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