◆1983年12月1日
「どう? 面白い話でしょう?」
おとぎ話を語り続けたビッグ・マザーはここで、ワンクッションを入れるべくワインを一啜りした。
「本多猪四郎の映画じゃないんですから……」
一方、エーリヒは「確かに面白いお話ですが」と前置きしつつも苦笑いする。
サメの怪獣?
バラの怪獣とドラゴン怪獣?
果てはサイボーグ怪獣?
そんなものはスクリーンの中だけの作り物だとエーリヒは思っていた。確かに日本製の特撮映画はどれも素晴らしいと思うが、どれだけリアルだろうとリアルそのものではない。
「それに、僕の知っている歴史とも違います」
エーリヒはそれなりに戦史というものを学んできたつもりだが、メカソフィアシティや鮫林寺なんて聞いたこともない。加えて、第二次大戦中のハンガリーのそれらしい与太話にも心当たりなし。
「あら? そうかしら?」
しかしビッグ・マザーは、ほんの少しだけ内容量の減ったグラスを置くとプレトリアンを例に挙げた。あれは実際にナチスが作ったものでしょう——と。
「確かに……」
それを聞いた瞬間、エーリヒは思わず言葉に詰まった。言われてみれば確かにその通りで、通常の技術体系から完全逸脱したGROMやヴァルキリー、そしてマナ・エネルギー等の諸々がビッグ・マザーの語る胡乱な記憶と何らかの繋がりを有していることを完全否定するには、現状根拠があまりにも少な過ぎる。とても肯定できない一方、確実に間違いとも言い切れないのだ。
「ヴァルキリーもGROMも、私からすればサメ人間やキーボルカの紛れもない眷属だと思うわよ?」
ビッグ・マザーは十五年前同様、チェコのハリネズミやアスパラガス——縦に突き立てられた、空挺攻撃阻止用の錆びた鉄道レールがあちこちに見受けられる窓外を見やる。彼女の口振りは、おとぎ話ではなく事実に基づいて語るそれだ。
「でも……ヴァルキリーやGROMは……」
頭脳明晰であるが故に、最高レベルの閲覧権限を与えられていても、それ即ち全てを知っている訳ではないのだとエーリヒは悟っていた。だから彼らは思考を掻き乱されてしまうが、
「曲りなりにも正しい人間に管理されています」
それでも唯一の視覚器官である右目に力強い光を宿らせて持論を展開した。
「もう、エーリヒったらお上手ね。ノエルちゃんはまだ戻らないから、もう少しだけ話しましょうか」
言わば義理の息子から、差し当たり及第点の回答を返されたビッグ・マザーは嬉しそうに笑う。
「パッチワーク満載の三文小説を」
そして、再びおとぎ話を語り始めた……。
注1 日本の映画監督。一九五四年の『ゴジラ』で有名。
注2 マナ・エネルギーとの触媒の役割を果たす寄生虫。GROMは一部を除く全員が体内に潜ませている。
注3 アルカにおける娯楽戦争の中心的役割を担う人造人間。マーケティングの都合上全員が十代の美少女の姿をしており、人格も疑似的なものである。
注4 ノエルがビッグ・マザーの複製体である情報は、最高レベルの閲覧権限を持つ者しか知らない。




