表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学園大戦ヴァルキリーズ(現行シリーズ)  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ ミッシング・リンク
17/23

◆1946年7月6日

 陰惨で他所他所しい悪党の都。立ち並ぶ街路樹に、今日も『義務不履行に死と処罰を』と書かれた木札付き腐乱死体が吊るされているここは、ドイツ軍による占領後、鮫林寺(しゃーりんじ)と改称されたバラトンフュレド(バラトン湖西岸の都市)

「このままではジョルジュ・メリエスですん」

 イルザ・ヴァレンシュタインはそんな魔境に建つげるまんスーパーアリーナの書斎で、ベッドに横たわりながら携帯端末を眺めていた。その画面内にはツタでサメ人間を完全拘束し、丸呑みを図るバラ人間——昨年八月十二日(サメ人間対バラ人間)の記録映像が映し出されている。

「でも深い場所に飛び込むのではなく、浅い所から水に慣れていきたいん……」

 彼女はナチズムZZこと、新機動国家社会主義超ドイツ労働者党(枢軸のオルフェンズ)の重要拠点を預かる傑物。しかし今はこんな風に考えていた。

『ヨーロッパ東部における大いなる戦い』

 誰一人として幸せにならない怪獣大戦争(独ソ戦)はとうとう六年目を迎えてしまったが、マルギット(注1)を挟んで続く消耗戦はグラン橋頭(注2)の攻防を経た今も続いている。

「でも私には、作る怪獣の質を守り、保証する責任がありますん」

 イルザはそんな泥仕合の中でドイツ南方軍集団から完全に独立した指揮系統を与えられ、近年は大好きな怪獣プロレス(東欧SOS)に専念する自由——大組織の——員として他にない働きを見せるからこそ与えられた対価だが——を謳歌していた。つまりナチス怪獣界隈で絶対的地位を確立している訳だが、最近は魂の最も深い領域に踏み込むような研究(創作)を躊躇っていた。加えて、天からではなく、別の世界線からアイデアもやってこない。浮かんでくるのは強烈な既視感のみ。

 怪獣一体だけでは良質な人間ドラマしか作れない!

 また、この地域における悲惨な戦闘が終わらない理由は、イルザがそんな風に考えているからだ。実際彼女はソ連軍の侵攻よりも『それらしい題材で骨組みを作り上げ、表面上は豪華な形に取り繕い、全てが見所のように仕上げたもの』を作った挙句、ピトムニ(注3)の夜よりも厳しい自己評価を下さざるを得なくなる方が深刻だと考えている。

「時々、目を覚ますのが怖くなりますん……」

 誰だって夢を見る。しかしながらその内容を誰かに語ったり、何かしらの形に残す者はいない。いたとしても全体の一割にも満たないだろう。

「楽しい夢を見ている時は特にそうですん」

 だがイルザは、心に抑制を掛けず夢の続きを見ようとする——その一割以下の存在。だからこそ突き抜けた存在となり、だからこそ今苦悩しているのだ。


 注1 ヴェレンツェ湖とバラトン湖沿いに走り、ドラヴァ川で終わるドイツ軍の防衛ライン。

 注2 エステルゴムからチャタまでの二十五キロに渡って、ソ連軍が西方に三十キロ程突出していた場所。

 注3 スターリングラード攻防戦の終盤、包囲されたドイツ軍が空輸拠点として使用していた場所。最終的にはソ連軍の攻撃によって輸送機の墓場と化した。


                  ◆


 何度呼び掛けても内線が全く繋がらなかったので、プロトサメ人間はイルザの書斎を直接訪ねていた。

「全くもう……」

 漆黒の軍服に身を包み、左上腕部にハーケンクロイツなしの腕章を巻いている彼は、ドアを開けようとするなり早速辟易する。何故なら……ライオンの背骨が入口を塞いでいたからだ。

「入りますからね」

 恐らく参考資料だろうから無下には扱えない。プロトサメ人間は丁寧な動作でそれを移動させてから入室するが、

『道具は必ず元の場所に戻すこと。シンク内に食器を放置するな。イルザを反面教師とせよ』

 壁にそう注意書きされている空間は今日も地獄。バケツの中には野生のものと思しきヤギの生首が浸され、アメリカ製オーブントースターにはパンツと靴下がこれでもかとぶち込まれている。当然、それら全てからは恐竜の糞めいた悪臭が漂っていた。

「燃えるゴミは来週なんだけど……」

 この試作型改造人間(プロトサメ人間)はイルザの副官兼愛人だが、彼女と違い一般的な価値観と最低限の良識を持ち合わせている。故にここ(鮫林寺)で誰よりも胃を痛くさせられている存在であった。

「イルザ様!」

 プロトサメ人間は気を取り直して書斎を進んでいく。彼の左右に並ぶ本棚にはギッシリと書籍が——ページが撓んでいたり、斜めに入れられていたり、或いは上下逆になっていたりはするが——詰め込まれている。また、入り切らない分は床の上に何本もの塔を建てていた。

「こちらでしたか」

 タブラ・ラサ(白紙)とは正反対の世界を彷徨った挙句、黄色い双眸の持ち主(プロトサメ人間)は浴室に辿り着いてイルザとの邂逅を果たす。ただ彼女は、どういう訳か神妙な面持ちで水風呂に浸っていた。恐らく作業が煮詰まったのだろう。

「イルザ様、ハンガリー軍の残党から連絡が入っています」

 プロトサメ人間はここに来た理由を話すが、上官(イルザ)は膝を抱えたまま「プロトが話してくださいん」と一言だけ。

「彼らは、私とは話をしないと……」

 それでも続く泣き言を受けて、イルザは水面に両掌を打ち付けた。冷たい滴が勢い良く跳ね散る。

「なら結婚しましょうん! それなら話してくれますん!」

「は?」

 プロトサメ人間は頭痛が痛くなる感覚を覚えずにはいられなかった。

 ここでの生活には——普通のことが一つもない!


                  ◆


「残ったハンガリー軍の部隊は、ブダペスト陥落後もソンバトヘ(注1)を拠点として抵抗を続けています」

 スイス(中立国)某所に聳える豪邸——その小奇麗な一室では、女性秘書が今日もJDに説明している。

 ジョン・ドゥ。

 生まれながらにして莫大な富と権力(全て)を与えられていた彼は、名無しに因むこの偽名を使ってフィクサーとしても暗躍する資産家。巨大な財力や各国関係者とのコネクションを用いて、興味深い対象をプロメテウ(注2)宜しく支えてきた。

 時にはロシア人(ソフィア)

 時にはイギリス人(レベッカ)

 時には長耳族(エルフ)

 例え大いなる矛盾を孕んでいたとしても必死で運命に抗う者の姿こそ、手元で葉を弄り回すJDがこの世界において唯一関心を抱けるものだった。

「しかしその戦力は惰弱。万が一攻勢に打って出たとしても、ソ連軍を補助するブルガリア軍もしくはルーマニア軍とまともに戦えるかどうか……」

 拳銃から手榴弾、銃剣、火炎放射器とあらゆるものが持ち出され、迷路宜しく張り巡らされた塹壕、鉄条網、陣地を巡る首都攻防戦(ブダペスト包囲戦)が終了後もハンガリー軍は戦い続けていた。尤も、第三帝国と運命を共にする以外の選択肢が最早残されていない以上当然なのだが。

「ですがその中に、一人興味深い人物を発見しました」

 女性秘書に促される形で資料を検めたJDは「ほう!」と声を漏らす。直近の支援対象だったレベッカ・ストロングホールドは先月死亡。故に今、彼は新しい存在を探している最中だった。

「確かにこれは興味深いね」

 そこに貼り付けられた写真には、修道女ことシスターの姿が。けれども彼女はどういう訳か両手に大鉈を携えて、ブダペスト包囲戦の折、フェルトヘルンハレ装甲師団——スターリングラードから脱出した第六十歩兵師団の残余が、補充と再編成の末またもや孤立地帯(ケッセル)に閉じ込められた——やハンガリー軍のラースロー大尉率いるヴァンナイ大隊、更には同軍保有の装甲列車及び装甲ワゴンと並んで奮戦した旨が記載されている。

「ただ……」

「素行は良くないようだね」

 女性秘書の歯切れの悪い言葉を受けて、JDは思わず苦笑いしてしまう。正直、資料に書かれている内容は何一つ笑えないものだ。

『サディズムという名の倒錯は、どんな魂の中にも眠っている』

 このシャロルタなるシスターは凄惨な市街戦の中、その考えに基づいて殺戮を繰り返した。標的となったのは非協力的な市民や敵前逃亡を図ったドイツ兵及びハンガリー兵だったが、首都が破壊的物量を誇るソ連軍に包囲されていた状況を踏まえると正気の沙汰とは思えない。

「シャロルタの蛮行には矢十字(注3)でさえ手を焼いていたようです」

 女性秘書は続いて、この女(シャロルタ)は標的を匿ったスイスやスウェーデンの施設までも攻撃した記録が残されていると語る。その結果彼女はハンガリー軍の憲兵隊から逮捕命令を下されるも、自重どころか返り討ちにしてその指揮官を斬首。挙句の果てに死体を裸に引ん剥いた上で街路樹に吊るしたという。

『私はただ、人の不幸と悲しみを減らしてあげたいだけなのです』

 そして市街戦の末にブダペストが陥落した時、シャロルタはこのメッセージを残して行方不明となった。一説にはルーマニア人に成り済まし、戦闘に参加した同国兵に紛れて脱出したとも言われている。

「しかし、よく逃げ果せたものだね」

 当時ドイツ軍はブダペストを救出すべく、三度に渡る大規模攻撃(コンラート作戦)を仕掛けたが全て撃退された。それ程までにソ連軍は強大だったのだ。

「一昨年の十二月にはハンガリー軍の戦車が二台、ブダペストからエステルゴム付近を通ってコマーロムへの強行偵察を行ったという記録もあります。何かしら抜け道はあったものかと」

「なるほど。それで、彼女は今どこに?」

「ソンバトヘイにいることが確認されています。間違いなく本人です」

 すぐさまモニターが切り替わり、シャロルタの写真が表示される。それは若干不鮮明ながらも、一日の食事がラード五グラム、パン七十五グラム、馬肉スープ一杯という地獄で大鉈を振るい続けた修道女の姿だった。

「では早速……」

 シャロルタにコンタクトを取るよう、JDが口走った瞬間である——彼は突然吐血した。反射的に手で口を押さえるが、赤黒い液体は構うことなく指の間から溢れ出た。

「やはり治療に専念されては……」

 女性秘書は血相を変えて駆け寄るが、

「無理だよ。月にゴルフコースがないようにね」

 そんな彼女をJDは制止する。咄嗟に吐血を受け止めた右掌が赤く汚れていること以外、その動作は普段と何一つ変わらぬ優雅なもの。

「たくさんの人生を弄んできたんだ。こうでないと帳尻は合わない」

 酷く自嘲気味にそう言ってから、JDは女性秘書から差しだされたハンカチを受け取る。そして、これまた優雅な動作で口元を拭った。

「一体どれだけの恨みを買ってきたものか……それに僕は、決して模範的な人間じゃない」

「そんなことを言わないでください……」

 不治の病がJDの肉体を蝕んでいることと、それ故に彼が後継者を探していることはこの部屋にいる二人(JDと女性秘書)しか知らない。

「乱れた生き方もしてきたからね」

 一見すると勝ち組にしか見えないJDが常に何者かを支援していたのは、実は個人的嗜好に因るものだけではない。限られた余命の自分に代わって、この後の時代を生きる者を見付け出そうともしていたのだ。

「後継者がそう簡単に見付からないのも仕方ない。だって神様は、僕に何もかも与え過ぎたんだから」

 一時はソフィア・マリューコヴァが最有力候補だったが、彼女はメカソフィアシティとハンガリー東部地方を統べたことで満足してしまった。またエルフ達とレベッカ・ストロングホールドは共に斃れたし、イルザ・ヴァレンシュタインは単なる狂人だから論外。

「本当に欲しいものが中々見付からなくても、それは仕方のないことなんだ」

 目尻に涙を溜めた女性秘書にJDは苦笑を送る。いつもと違って、彼の顔の上半分は窓外から差し込む陽光で覆い尽くされてはいない。

「そんな顔しないでくれ。死ぬのは君ではなく、僕なんだから」

「兄さん……」

 だから妹は兄の双眸に宿る、諦観と達観が複雑に入り混じった光をはっきりと視認することができた。


 注1 ハンガリー西部の都市。オーストリアとの国境近くにある。

 注2 ギリシャ神話に登場する、人に火を与えた神。

 注3 サーラシ・フェレンツ率いるハンガリーの極右政党。


                  ◆


 メカソフィアシティの名で呼ばれるソ連の決戦機動要塞都市はバラトン湖南東三十六キロ——見緩やかな起伏が連なる草原だが、実際は小さな沼沢や水溜りだらけの大湿地帯である、ザルビッツ運河とシオ運河の合流地点に存在していた。

『永遠に無理!』

『ソフィア王国よいつまでも!』

 その全周は赤ペンキでこのように書かれた対爆コンクリート防壁及び地雷原で囲まれ、更に対空機関砲・高射砲・地対空ミサイルという防空コンプレックスも備えている。また内側には、ウラル山脈から疎開してきた軍事工場や各種施設が立ち並んでいた。極め付けは大破したガングート級戦艦から取り外され、現在は旋回可能な状態で配置されている、二連装三十・五センチ主砲塔等の瞠目すべき防衛システム。

「ぁ……っ……ソフィア様……っ」

 アノニマはそんな要衝の一角——司令部の一室でベッド上に四つん這いとなり、昨年九月十九日(メカソフィアの復讐)と同じような責めを受けていた。

「そんなに……されたら……」

 湿っぽい吐息を漏らすアノニマは頭を動かす。紫の瞳が見つめた先には、メカソフィアシティの最高司令官(ヴェルホーヴヌイ)であるソフィア・マリューコヴァ少佐が、その唇を以って自分の尻を愛撫する姿。

「ふぁっ……!」

 切なげな響きと共に、アノニマは小さく仰け反ってしまう。ほとんど何もしていないのに軽く達してしまったのだ。

「今は二人の時間。貴方は私だけを見て……」

 艶やかな黒髪と赤い双眸を持ち、更に改造したソ連軍の将校用制服から腹部と太腿を露出させているソフィアは、スペクタ(注1)としての特殊な能力を何も持たぬ一方、他の追従を絶対に許さないバイタリティと執念だけで事実上の国家運営や独自勢力としての生存圏確立、更には経済基盤の安定化までも成し遂げた精神的超人である。加えてピークォド(注2)の乗員宜しく多様な人種で構成され、このメカソフィアシティに駐留するキーボルク大隊のボスでもあった。

「ああ……ソフィア様……っ」

 一方、左胸に赤い星が描かれたマイクロビキニを纏う、銀髪と端正な顔を持つアノニマは、同性同士でありながらもソフィアと『装具帯の恋』で結ばれているスペクターである。時には日本刀を振るって、時には専用のエグゾスケルトン(強化外骨格)を纏って、内外全ての敵から彼女を守ってきた。

「私も貴方しか見ていないから」

 愛しい相手との時間を楽しむソフィアはそう言って、肉感に溢れたアノニマの臀部を鷲掴みにする。続いて揉み拉き、かと思えば中央を押し広げるかのように左右へ引っ張った。

「ぁあっ……」

 黒いクロッチ——真ん中に、濃い一本筋が浮かび上がっている——の左右には淫らな肉の盛り上がり。それら全てを徹底的に濡らしているのは汗やソフィアの唾液だけではなかった。真新しく熱い蜜も含まれている。

「可愛いお尻……私のだけの素敵なお尻……」

 ソフィアはこれも昨年九月十九日(メカソフィアの復讐)宜しく、左手でアノニマの同臀部を鷲掴みにしたまま、無防備な右側に自分の顔を押し付けた。そして目を瞑り、汗の臭気に酔い痴れながら激しく舌を動かす。

「いけませんソフィア様……そんなことをしては……」

 アノニマは切羽詰まった様子で訴えるが、

「どうして? こんなにも素敵なお尻なのに……」

 ソフィアは限界まで密着した肉の間から、やはり昨年九月十九日(メカソフィアの復讐)と変わらない二つの音……荒々しい鼻息と、唾液が攪拌(かくはん)される音を響かせていく。

「やっぱり最高ね」

 しばし尻を愛撫した後、ソフィアは顔を離す。そして一度上体を起こした上で舌を伸ばし、右掌や同手首に残った相手の汗を愛しげに舐め取った。

「ぁっ……ソフィア様……」

「まだまだ終わらないわよ?」

 ソフィアは再び上体を倒すと、まずはクロッチの中央を人差し指で撫でる。

「——ぁっ!」

 次に、荒々しい動作でアノニマのビキニパンツを脱がせた。予想していた通り、股間から引き剥がされた布面には粘性の橋が複数作られている。

「可愛い声をたっぷり聞かせてね」

 中指にたっぷりと唾液を塗したソフィアは、今か今かと挿入を待ち侘びている淫裂周辺へ愛撫を開始する。まずは花弁をなぞるように触れ、頃合を見計らってアノニマの中に押し入った。愛しい相手の内壁を傷付けないよう、十分気遣った動作で。

「ぅっ——!」

 中指が根元まで入り切った瞬間、アノニマの肢体は微震した。間髪入れず指が動き出し、銀髪鬼(アノニマ)を快楽の坩堝へと誘う。

「火星にぃ……っ!」

 そこからは洪水と濁流のようなもので、早々にアノニマは限界に到達。思考がショートし、目の中で火花が散り、視界はホワイトアウト。

「火星に農場ができちゃうぅぅぅううっ!」

 喉奥から響き渡った嬌声が湿気の多い空気を激震させ、激しく痙攣した肢体は糸の切れた人形宜しくベッドに崩れ落ちる。アノニマが臀部を上げて突っ伏したシーツの上は、今や大小様々な染みでいっぱいだった。

「相変わらず早いのね。だけど、そういう所も大好きよ」

 最早銀髪機(アノニマ)は口を半開きにして、涙と鼻水も垂れ流し状態。ソフィアはそんな彼女に顔を近付けると、汗ばんだその頬に軽いキスを送った。


 注1 ナチスに立ち向かう、一人につき一つの様々な特殊能力を持った少女達。

 注2 ハーマン・メルヴィルの『白鯨』に登場する捕鯨船。


                  ◆


「さて……」

 秘め事から七分十二秒後——ソフィアとアノニマは、メカソフィアシティ内にある戦車墓場にいた。ここは要するにスクラップヤードで、爆発のせいで全てのハッチが吹き飛んだSU‐85自走砲や黒焦げになり、両キャタピラをだらしなく前方に伸ばすT‐34中戦車が何両も転がっている。

「それでご用件は?」

 ソフィアは今、ヤークトパンター駆逐戦車の錆び切った残骸の上に椅子を置き、それに腰掛けている。一方アノニマはそんな彼女のすぐ横で腕組み。

「貴方にとってプラスになる提案をしたいと思っています」

 尽く破壊され、捻じ曲がり、朽ち果てた場所にはもう一人いた。跪いて忠誠をアピールするシスターことシャロルタだ。

「プラスになる提案?」

 ソフィアは怪訝な表情を浮かべた。彼女はてっきり、昨年ブダペスト包囲戦で勇名を馳せたシャロルタが無条件の恭順(ソ連側に寝返る)を求めてソンバトヘイからやってきたとばかり思っていたからだ。だからこそ来るという連絡を受けた時に、コシュート・ラヨシュ連(注1)の紹介状も準備したのだが……。

「貴方、面白いこと言うのね」

 アノニマが訝しむ一方、ソフィアはそう言って足を組み直す。続けろ、という意思表示だ。メカソフィアシティの絶対的王者は、このドモブラン(戦士)が何を言うか気になり始めていた。

「イルザ・ヴァレンシュタインを討ち、その首を貴方に献上致します」

 シャロルタは顔を上げるが、深く被ったウィンプルのせいで頭髪や目元までは窺えない。

「世迷言を! 絵本プロレタリ(注2)か貴様!」

 激昂したアノニマの声がすぐに響き渡る。不信が怒りとなって発露していた。

「その見返りとして私達がすることは?」

 しかしソフィアは冷静に問い掛けた。

「相互不干渉の確約」

 するとシャロルタからは即答が。恐らく、最初からこれ以外を求めるつもりはなかったのだろう。

「いいわよ。やってみなさい」

 アノニマは「いけませんソフィア様!」と戸惑いの声を上げるも、言われた側(ソフィア)はそれを制す。イルザ率いる鮫林寺とはこれまで何度も戦ってきたが、不可逆的な損害を被る可能性もあり、ここ最近はお互い大規模な直接攻撃を控えているのが現状だ。しかし、敵であることに変わりはない……手を汚さず(リスクを冒さず)に排除できるなら最高ではないか。

「誠に感謝の極み」

 礼を口走るシャロルタの目元は引き続き窺えない。だがソフィアもアノニマも、彼女が白い歯を零していることに気付いていた。

「必ずやイルザの首を献上させて頂きます」

 それが、何かしらの喜びに起因するものということにも。


 注1 ハンガリーの反ファシスト武装組織。元捕虜や転向者で構成されている。

 注2 文字が読めないため、絵でしか理解できない貧しい労働者を指す。


                  ◆


 輸送用ヘリ(Fa223)で鮫林寺を飛び立ったイルザとプロトサメ人間は、途中キューベルワーゲ(注1)に乗り換えて目的地——バラトン湖西岸の小村に到着した。

「こちらへ」

 小村に足を踏み入れるなり、先行していた友軍兵士が二人を出迎えた。彼らが案内してくれた先に転がっていたのは蠅の集る腐乱死体。当然ながら酷い悪臭を放っており、取り囲む者達(ドイツ兵ら)は不織布マスクを装着しているにも関わらず短間隔で咳き込んでいた。

『面白いものが見付かった』

 献金の見返りに、怪獣による捕食被害(コラテラル・ダメージ)の黙認や調査協力を約束してくれているバラトン湖西岸の漁業関係者から先日そんな連絡があった。故に今回、イルザとプロトサメ人間はどれ程のものかと視察に訪れた次第。

「うっ……」

 腐乱死体に近付いたプロトサメ人間は思わず吐きそうになってしまうが、

「ほほん」

 対照的にイルザは大急ぎでゴム手袋を装着すると、しゃがみ込んでそれに手を突っ込む。その動作には何の躊躇も感じられない。

「おおんっ……おおおおんっ……」

 イルザは、鮫林寺がバラトン湖に不法投棄しているゴミを——例えば、怪獣の死体等——食ったせいで怪物化した猿から臓物を引き摺り出す。そして心臓、肺、肝臓、腸の順に検める。その結果、どうやら肉体が急激過ぎる変化に耐えられず死亡したことが判明した。

「しかし一体誰がこんなことをん……」

 ふと口走ったイルザに心の声ながら『お前だろ』という突っ込みを入れつつも、プロトサメ人間は差し出された血まみれの右手にナイフを渡す。勿論、肌が直接触れないよう注意しながら……。

「しばらく掛かりそうなので、皆さんは一服なさってください。あっ、私はエラ呼吸なので遠慮しておきます」

 受け取ったナイフでイルザが死体の腹部に切れ込みを入れ、不快感たっぷりの粘着音を響かせつつ左右に開く一方……プロトサメ人間は手持ち無沙汰な兵達に煙草を差し出す。それもアメリカ製の高級品を。

「ん?」

 それを受け取った兵士らはこれ幸いとばかりに立ち去ったが、イルザが飽きるまでの間、読書を始めたプロトサメ人間はあることに気付く。

「この名前……初めて見た気がしないな」

 彼が手にしているのはダンテ・アリギエーリの地獄篇だ。そして妙な既視感を覚えてしまった名前とは、作中に登場する黒い悪魔達の総称である。

 その名は——マーレブランケ。


 注1 ドイツ軍の小型軍用車両。オープントップの車体を持つ。


                  ◆


 三時間後、視察を済ませたイルザとプロトサメ人間は、もう一度輸送用ヘリ(Fa223)に搭乗してバラトン湖——サメ人間に遭遇する可能性が高いため、敵の兵士達から『サメ回廊』と呼ばれている——上空を進んでいた。

「警報!」

 突然機内に緊急警報が鳴り響いたので、プロトサメ人間はすぐさま席を立って操縦席に急ぐ。ここは味方が制空権を保有している筈だが……。

「どうしました?」

「未確認機に追尾されています!」

 上ずった口調でパイロットが口にした通り、レーダーに映っている機影は急速接近中だ。この速度は恐らくジェット機……鹵獲された自軍の機体(Me262)か、それともレンドリースの援助品にミーティ(注1)が追加されたのか。いずれにしても気持ちのいい話ではない。

「回避します!」

 パイロットが操縦桿を倒した直後、厚いキャノピーのすぐ向こう側を追跡者が高速で駆け抜けていく。一方、携帯端末で六月七日の攻防戦(ネロハイドラ襲来)を再見中のイルザは大きく体を傾けた。

 違ったか……!

 プロトサメ人間は苦い表情を浮かべる。鹵獲された自軍の機体(Me262)やミーティアの方が余程マシだった。輸送用ヘリ(Fa223)の前で大きく右旋回しているのは、飛行形態のキーボルカではないか!

 身長二・五メートル、ナノメタルの赤色を白銀の巨体に走らせ、左右前腕部にそれぞれ二連チェーンソーとジェットハンマーを取り付けているこのサイボーグ怪獣は、撃破したサメ人間の死体をベースとしてメカソフィアシティが開発したもの。しかも皮肉なことに、現行——つまり今襲ってきたのは昨年八月十二日(サメ人間対バラ人間)の大決戦で半ば自滅した一号機と、イルザが秘密裏に返還した二号(注2)残りカス(残骸)を組み合わせた三号機である。

「イルザ様! 敵機です!」

 こういうことになるから二号機の残骸を返すなと言ったんだボケという言葉を堪えつつ、プロトサメ人間はイルザに携帯端末を仕舞わせる。そして狭い機内を移動し、右側のキャビンを開けて外を確認。

「——ッ」

 両腕部を真後ろに向け、両足の裏面と尻尾の先端部からスラスター噴射を行うキーボルカは早くも旋回を終え、こちらに機首を向けているではないか!

「フレ(注3)を!」

 危機を察したプロトサメ人間の叫びと、キーボルカから万華鏡宜しく火の帯(ミサイル)が広がるのは同時だった。輸送用ヘリ(Fa223)から無数の輝きが放出され、緩やかな半円を描く誘導弾は機体ではなくそちらに吸い込まれていく。直後立て続けの大爆発が起き、それに前後して発射側(キーボルカ)がメインローターの真上を通過する。

「くそっ!」

 恐るべき速度——プロトサメ人間が悪態をつきながら左キャビンに移る頃には、キーボルカは再旋回を済ませてこちらを向いていた。そのまま突っ込んでくる!

 戦うしかない。

 即決したプロトサメ人間はドアガンことMG42軽機関銃に取り付くと、重たいチャージングハンドルを思い切り引き絞った上で猛連射。布地を切り裂くような発射音と共に無数の七・九二ミリ弾が撃ち出され、殺到するミサイル群を相次ぐ爆散に追い込んだ。

「イルザ様!」

 その爆炎から飛び出したキーボルカが今度は機体の真下を通過すると、プロトサメ人間は右キャビンまで慌ただしく移動しつつ、携帯端末で呑気に自撮り中のイルザを怒鳴り付ける。

「このままでは撃墜されます! お力添えを!」

 続いてスコープが付いた対戦車ライフル(PTRS1941)を床から外して押し付けるが、当人は「弓しか使ったことないですん……」と困惑する有様。

 だが、それでもイルザはプロトサメ人間と肩を並べて右キャビンからの攻撃を手伝ってくれた。右側にもう一丁用意されているMG42軽機関銃と彼女の構えた対戦車ライフル(PTRS1941)は、四度目の急接近を図るキーボルカ目掛けて無数の弾丸を放つ。

「やった!」

 その一発である十四・五ミリ弾がキーボルカの装甲の間に入り込み、小爆発を起こす瞬間をパイロットは目撃する。続いて白煙と共に機体から引き剥がされた部品が回転しながら湖に落着し、幾つかの水柱を立てる光景も彼は視認した。

「イルザ!」

 しかしキーボルカは構わず突っ込んできた。だからプロトサメ人間はイルザを庇うようにして押し倒す。彼女だけでも守りたかったからだ。だが左キャビンの向こうに見えた光景は、輸送用ヘリ(Fa223)の真上を通過したサイボーグ怪獣がそれ以上攻撃を行わず、煙を吐きながら東に撤退していく様子であった。

「プロト……色々な意味で重いですん」

 どうやら命拾いしたようだが、自分達の今の状態に気付いたプロトサメ人間は急に気恥ずかしくなって飛び退く。そしてイルザに手を差し伸べると、慣れない仕事を済ませた彼女を再びシートに座らせた。

「間もなく鮫林寺です。それまでは大人しくしていてください」

 その後シートベルトの金具を締めたプロトサメ人間は、大きく安堵しながらも一つ疑問を感じていた。

 キーボルカはあれ位で諦めるようなサイボーグ怪獣ではない……と。

 昨年九月二十二日(メカソフィアの復讐)の鮫林寺でも証明されているように、キーボルカは全兵装を喪失し、腹部を大きく抉られ、口からオイルをぶちまけようが構わず戦い続けるサイボーグ怪獣なのだ。

「何者かの意思を感じる……」

「どうしましたん?」

 プロトサメ人間は「いえ、独り言です」と上手く取り繕ったが、キーボルカが攻撃中止を命令されて撤退したようにしか思えないという疑問は消せなかった。


 注1 イギリス空軍のジェット戦闘機。

 注2 キーボルカ二号機は昨年九月二十二日(メカソフィアの復讐)の鮫林寺襲撃作戦で撃破された。

 注3 赤外線誘導兵器用の囮。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ