◆1983年12月1日
ここは、勝者を妬み敗者を笑うことでしか自分を守れぬ人々御用達の学園大戦ヴァルキリーズ——その舞台ことアルカの南部に広がるグレン&グレンダ社直轄区域。
『文化を知らぬ愚か者は美食の真実を知らぬ。毎日の美食があればこそ、今日も生きられるのだ』
看板にそう記されている高級レストランは、そんな場所の一角に建つ。使用を許されているのはグレン&グレンダ社の関係者かそれに準じる者だけだが、今日貸し切っている三名は条件を全て満たしていた。
「いつもありがとうございます」
テーブル上には炭火焼きのパン、肉の脂を振り掛けたマッシュポテト、そして山盛りのロシア・ケーキが所狭しと並べられているが、エーリヒ・シュヴァンクマイエルは一切食べようとしない。
「本当に……」
左目を眼帯で覆い、男子用のそれが公式には存在しない故女子用セーラー服に身を包んでいる彼は、ただ向かい側に腰掛ける人物へ感謝の言葉を送るのみ。
「えっ? 私、何かしてあげたっけ?」
一方感謝された側は素っ頓狂な声を上げる。
「色々と良くして頂いているので……その……戦車とか」
女装美少年からそう続けられたビッグ・マザーは、骨ごと噛み砕いたマトンを飲み込んでから「ああ」と一言。
「やりたいからやってるだけよ」
苦笑しながら赤ワインをグラスに注ぐこの女は、胸元に菱形の鋭い切れ込みが入っているだけでなく、横の部分も大きくカットされて豊満が左右に少なからず露出、スリットからは太腿どころか、足の付け根までも見えそうな黒いドレスを纏っている。
「お礼を言ってもらうようなことじゃない」
続いて鮮血のような色合いのワインを一飲みしたビッグ・マザーは、学園大戦ヴァルキリーズという殺人ゲームと、それに関わる諸々全てを創造したグレン&グレンダ社の頂点だ。加えて、エーリヒが前線指揮官のような役割を担っているマーレブランケの大口スポンサーでもある。
「ですが……」
エーリヒは困惑してしまう。ビッグ・マザーの配慮によってソ連本国でも秘密兵器扱いのT‐64中戦車や意思を持っているかの如く敵に吸い込まれて炸裂する誘導砲弾を大量に供与されていなければ、ゼーロウ3の決戦はマーレブランケの敗北で終わっただろう。正直感謝してもし切れない。
「結納品か嫁入り道具だってこの間言ったじゃん」
次の瞬間、釈然としないエーリヒの左頬が何者かの指先で一撫でされる。
「ひうっ!」
エーリヒは思わず飛び上がる。しかし、撫でた張本人——ノエル・フォルテンマイヤーは見るだけで胸焼けしそうなマッシュポテトを口いっぱいに頬張った。
「エリーったらさぁ」
そしてテウルギストとも呼称されるアルカ最強のGROMは、口内がマッシュポテトだらけでも構わず喋る。
「せっかく私達と一緒になったのに、ホントつれないんだよ?」
収まりのやや悪い彼女の髪は金色でショートカット、赤い瞳には爬虫類じみた縦スリットが走っている。また、素晴らしい豊満を備えている百八十センチ超の長身は今日もM1ローブではなく非番用の恰好だった。頸部に黒いチョーカーを巻いて、リング留め式のビキニのすぐ上でブラウスの下部を結んだ所謂スクールガールのそれである。腹部は大きく露出しており、その下には短いチェック柄のスカートと、丸出しだけはやめてとエーリヒが懇願したが故のショートスパッツ。
「ちょっとノエル……!」
「まどろっこしいわねぇ。さっさと襲いなさいよ」
今日この場所を貸し切っている三人の関係性は極めて情報過多。
『セックスとはそれ即ち、結婚に対する神からの祝福である』
この古臭い考えに固執しているエーリヒと、キス以上の進展を拒み続ける彼の童貞を如何にしてもう一度奪うか以外、世界に対する関心をほぼ失ったノエルは煮え切らぬやり取りを日々続けている。
『あの子のことを、お腹を痛めて産んだ子供と思っているのは本当よ』
加えてノエルは、かつてそんな風に語ったビッグ・マザーのクローンだ。採算度外視で作り出された彼女は髪型以外、オリジナルと何一つ変わらない双眸の色、身長、そして声を有している。
「ママはああ言ってるけど?」
「義母さんも焚き付けないでください。親子の会話じゃないですよ……」
実は今日、親子は久々の対面を果たした。しかし両者のやり取りからは距離感というものを何一つ感じない。むしろ離れている時間が長かったからこそ、より親密になっているような印象さえ受ける。
「ちょっとトイレ」
その時突然、ノエルは立ち上がった。そして誰の了承も得ないまま用を足しに向かってしまう。
「どうしてそんなに若いのか……貴方も気になっているんでしょう?」
その後ろ姿を見送るしかないエーリヒは「もう!」と呆れ声を漏らすが、一方ビッグ・マザーは突然そんな風に切り出す。
「えっ……?」
「気にして当然よ。だっておかしいもの」
エーリヒは気まずそうな表情をするが、切り出した側は苦笑い。
「それは……気にならないと言ったら嘘になりますが……」
驚くべきことだが、ビッグ・マザーは半世紀以上前の記録映像と一切変わらぬ若々しい姿を今なお保っている。普通に考えたらおかしい話——誰も訊かないし訊けないが、彼女は一体何歳なのだという疑問をエーリヒも確かに抱いている。
「これはね、おとぎ話なんだけども……」
どうしたらいいか困っているエーリヒを他所に、ビッグ・マザーはグラス内で波打つ赤波を見ながら語り始めた。
注1 第二次世界大戦後、世界を事実上支配するようになった多国籍企業であるグレン&グレンダ社が考案した娯楽戦争。
注2 世界の最果てに存在する地。学園大戦ヴァルキリーズの舞台となる場所で世界各国を模したフロントが各地に存在している。
注3 ヴァルキリーの中から極めて低い確率で誕生する少女達。各種ローブ及びエグゾスケルトン、フライトユニット等を用いた戦闘が可能。
注4 GROMが纏う特殊な戦闘スーツ。現在はこちらが主流となっている。




