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学園大戦ヴァルキリーズ(現行シリーズ)  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ バリカドイ
15/23

◆1983年11月26日

「申し訳ございません。私の力が及びませんでした」

 バシール・ジェマイエル国際空港の一室に立つサブラは、木机を挟んだ状態で向かい側に座るレアへ謝罪した。

「いいのよ」

 一方、ブラインドを下げている窓を背にしたレアは苦笑を返す。二人の配置は五日前と同じだった。

「目標は達成できなかったけど、あのマーレブランケだって無敵じゃないと証明できた。それだけでも大きいから」

 そうは言いながらも、レアは内心で苦虫を噛み潰していた。同規模かつ十分な航空・機甲戦力を持つ相手には流石に圧勝できないことは露呈させたが、逆境を力強く跳ね除けたマーレブランケに対する評価は高まっている。つまり自分達はマリアを掌の上で踊らせるつもりが、彼女の影響力をより強くする手助けをしてしまったのだ。そして疲弊したのは、バリカドイだけという有様……。

「失礼します」

 その時、一人のヴァルキリーが入ってきた。青紫色の花束——エキザカム——を携えて。

「司令官宛です」

「わかりました」

 花束を受け取ったサブラはヴァルキリーを即時退室させると、添えられていたメッセージカードを開く。

「誰から?」

「マリア・パステルナークからです」

 レアは一瞬身構えるも、すぐに落ち着いた動作で歯車(サブラ)からメッセージカードを受け取る。外部からの荷物は、徹底的な各種検査をパスしなければこの部屋まで届けられないし、何よりマリアはこのタイミングで謀殺を目論む輩ではないとも承知しているからだ。

「一体どういうつもりなのでしょうか?」

 念のため先にメッセージカードを確認していたサブラは、そこに何も書かれていなかったことを疑問に思う。

「流石はキングフィッシュ。アルカに君臨する偽りの王ね……」

 一方レアは、エキザカムの花言葉(貴方の夢は美しい)を口にする。彼女は察していた。

 マリアは全てを知っているのだ。

 バリカドイを支援することで、戦争を長期化させようとしたことも。

 それによって、マーレブランケを著しく疲弊させようとしたことも。

 最終的には双方を消耗させ、我々が漁夫の利を得ようとしたことも。

「処分致しましょうか?」

「とんでもない。花瓶に移しておいて!」

 レアが花を処分しなかった理由は単純明快。イスラエル国防軍の将校が自分を奮い立たせるため、東欧で殺された親兄弟の白黒写真を職場の壁に掲げるそれを真似たのだ。

 そうしないと、恐怖と不安でおかしくなってしまいそうだった。


                  ◆


「少しは休みなよ」

 司令センターの屋内プールで、事後処理のため端末に向かっていたエーリヒはプールサイドに現れたノエルを見て思わず生唾を飲み込む。

「私がエリーの子供を産まない限り、この戦争は終わらないんだから」

 彼女が星条旗柄のビキニ姿だったからだ。終日M1ローブを纏っていたせいで胴体以外が全て日焼けしている体は、右胸が白い星付きの青、一方左胸はパンツ同様の赤と白で覆われている。それは前から見える尻の肉や、うっすらと筋肉が浮かび上がった腹部をより強調させているようにも思えた。

「よっと」

「いやあの……」

 直後わざと臭い動作で端末が置かれたテーブルに寄り掛かるノエルも、眼前に凄まじき豊満を無理矢理突き付けられて思わず起立してしまうエーリヒもまるで覚えていないが、これは一九六八年七月十日(暴力の王国)と全く同じ恰好だった。

「あわわ!」

 そして——ノエルから逃げようとしたエーリヒは足を滑らせ、塩素臭い温水に転落する。派手に飛び散った滴が、燦々(さんさん)と降り注ぐ人工光で輝いた。

「助け! 助け……」

 もがくエーリヒは黙々とモップ掛けを進めている副官を見付けて、当然救いを求める。が、それもむなしく水中に引き摺り込まれた。彼の右足首を掴んだのは言うまでもなく、後を追って飛び込んだノエルである。

 エリー、よく頑張ったね。これはご褒美だよ。

 優しげな響きを直接脳に送られたような気がした瞬間、気が付けばノエルから顎を掴まれていたエーリヒは唇を奪われる。

 そこからはいつも通り力を抜いて、彼はノエルに身を委ねた。


                  ◆


 全身乾いた血と煤だらけのバタフライ・キャットは、覚束ない足取りで地獄を進んでいた。目に入るのは、チーフテン戦車やF‐4戦闘機の残骸ばかり……。

「負け……た……」

 バタフライ・キャットは半ば意識朦朧となりつつも、絶対に帰るのだと自分に言い聞かせる。そうしなければ、諦めて死を受け入れてしまいそうだったからだ。

「負けた……」

 自分はまた負けた。しかも九月十五日(アウェイクニング)十月五日(イルジオン)のような軍事的敗北ではなく、マリア・パステルナークという存在に対する、一人の人間としての完全な敗北を喫したのだ。

「負けた……」

 あらゆる意味でマリアは自分より格上なのだ。しかしそう思うからこそ自分は彼女より格下なのであり、更に言えば、格上や格下と考える時点で、もう絶対に超えることができないと昨日痛感させられた。

「負けた……」

 甘美だった復讐の味は、いつの間にか吐き出したくてたまらないものとなっている。しかし十数年に渡って抱え続けた感情を、そう簡単に捨てられる筈もない。

「嫌だ……!」

 それでもバタフライ・キャットは、孤立地帯(ケッセル)の薄暗い地下トンネルで出会った敗北者(バグ)達のように、湿った場所で全てを諦めるつもりはなかった。ああなったら本当に終わりだ。だからこそ今こうして、痛む体を東へと進めている。

「絶対に……!」

 勝つのは無理でも——せめて、負けないために。


                  ◆


「うわ、これ明日までじゃん……」

 グレン&グレンダ社直轄区域にある事務所内で、クリスは今日も仕事に励んでいた。彼女が扱う端末の左右には、書類が山のように積み上げられている。

『百戦百勝という訳にも参りません。むしろ私は、これ程の逆境に陥りながらも負けなかった兵士達を誇りに思います。そして、バリカドイの健闘にも心からの敬意を表します』

 部屋のモニターにはグレン&グレンダ社のインタビューに応じるマリアの姿が映し出されているが、クリスはそれには目もくれず作業を進めていく。それこそ画面の中心にいる人物とは、これまでの人生において一度の接点もなかったかのように。

 今は思い出。

 マリアやノエル、エーリヒとの関係は、今のクリスにとって過去の一ページとなっている。彼らとの繋がりはタスクフォース・リガで終わった。自分は暴力の王国の住人ではなくなったのだ。

 だが……。

 机に置かれたクリスの携帯式端末には、可愛らしくデフォルメされたマリアのキーホルダーがしっかりと結び付けられていた。


 終劇

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