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学園大戦ヴァルキリーズ(現行シリーズ)  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ バリカドイ
13/23

◆1983年11月23日

〈攻撃開始!〉

 午前十時——どんよりした小雨模様の下で、バリカドイは今やソ連フロントの深くまで侵入しているマーレブランケへの反撃を開始する。まずはスワヒリ語でババ・ムタカティフ(聖なる父)こと、カチューシャロケットによる準備砲撃だ。

「奴らを叩いてくれ!」

 慌てて塹壕に飛び込んだ外国人義勇兵は無線を掴むなり報復射撃を要請するが司令センターからの返事が届く前に、チーフテン戦車とM113装甲兵員輸送車の大群が濃い硝煙の中から現れた。重なり合って響く轟音!

「う、動いてやがる……」

「ガラクタの筈じゃなかったのかよ!」

 さながら白亜紀の恐竜か何かのように、放置されたままの焼死体を踏み潰して進むチーフテン戦車。それを目撃した外国人義勇兵らは、各々MG3軽機関銃のチャージングハンドルを引いたり、RPG‐7の先端に細長いダイヤモンド型の弾頭を装着しながら困惑する。バリカドイの機甲兵力は全て使い物にならないと聞いていたし、事実三日前にはトーチカだった筈なのに……。

 不意を突かれる形となったマーレブランケは、この後一時的に総崩れとなってしまった。


                  ◆


〈諸君! 害虫駆除の時間だ!〉

 午後になり天候が回復すると、マーレブランケのMi‐24攻撃ヘリはそれこそ水を得た魚のように暴れ回った。その恐ろしい攻撃は、アフガニスタンのムジャヒディンに対するものと何ら変わらない。

〈調子に乗るなよ! マーレブランケが!〉

 さすれどジェットエンジンの爆音と二十ミリ機関砲の射撃音が響き渡った刹那、空飛ぶ悪魔(ハインド)は火を噴きながら回転して墜落——巨大な火の玉となった。

〈やった!〉

〈馬鹿な!〉

 この戦争におけるF‐14戦闘機の初戦果を目の当たりにした両軍は、対照的な反応を見せた。地上にいるバリカドイのヴァルキリー達は拳を突き上げ、一方でマーレブランケの外国人義勇兵らは、戦車部隊の件に続いて激しく動揺した。

〈奴らの猫が生きてるぞ!〉

 Mi‐24攻撃ヘリは全機フレ(注1)を撒き散らしながら、文字通り猫に見付かったネズミとして逃げ惑う。フェニックス空対空ミサイルこそ『主砲』としては搭載されていないが、バリカドイのF‐14戦闘機はホーク地対空ミサイルを両翼下に一発ずつ吊り下げて、紛れもなくこの空を飛んでいるのだ!

〈誰の……誰の差し金なんだ!〉

 不幸にも逃げ切れなかったヴァルキリーはそう口走った直後、愛機ごとF‐14戦闘機に撃墜される。即座に肉片一つ残さず焼き尽くされた彼女は、何も知らぬまま一生を終えた。

 蘇ったバリカドイの猫に食われたのはMi‐24攻撃ヘリだけではない。J‐7戦闘機もSu‐22M攻撃機も、まるで生態系の頂点から蹴り落とされるかの如くこの後仲良く叩き落とされてしまった。


 注1 赤外線誘導兵器用の囮。


                  ◆


「あの雑用係に助けられるとはな……」

 バタフライ・キャットの下方を十機のAH‐1攻撃ヘリ―十一月二十日とは違って、今日はロケット弾等、本来あるべき武装をしこたま搭載している——が通過していく。F‐14戦闘機やチーフテン戦車等と同じく、あれも『書類上では米国フロントの非常勤雑用係』の支援で再生されていた。

「昨日の勝者は今日の勝者にあらず。今日の敗者は明日の敗者にあらず。戦場の常であり、勝負の掟だ」

 滞空しながら戦況を見守るバタフライ・キャットは六月十一日(コールド・ギア)及び十月二日(イルジオン)と同じ言葉を口にする。ようやく反撃らしい反撃を食らってマーレブランケは酷く泡を食っているようだ。どんな経緯で手に入れたのか……北京農園は、AH‐1攻撃ヘリ二個飛行隊分(十六機分)の予備パーツ及びTOW対戦車ミサイルも、その他諸々と共に着払いで一昨日送り付けてきた。

『北京農園の少女達は、イスラエル独立のために戦ったハガナーの一部のように、無法者民兵組織として際どい所業を働く傾向がある』

 また、グレン&グレンダ社の一部からこう評価されている組織は、ベルギー人メカニックも併せて派遣してくれた。その結果、僅か二日間で戦力を回復させることができたバリカドイは、今日こうして反撃を行えた次第。

「しかし——」

 これまた支援によって飛べるようになったF‐4戦闘機がマーベリック空対地ミサイルを発射する様子を見つつ、バタフライ・キャットは目を細めた。言葉の端々からは苦いものが滲んでいる。

「気持ちのいい話ではないな」

 バタフライ・キャットはマリアを憎悪しているが、北京農園の二人組(レアとサブラ)に対する感情もそれと大差なかった。レアには口約束の末「言った・言わない」を何度も繰り返されて多大な精神的苦痛を味わわされているし、そのせいで度々死亡した自分に対する謝罪もない。そしてこの件に関する感情の収まらなさから学級(注1)を指揮してのバシール・ジェマイエル国際空港襲撃作戦を請け負(注2)も、サブラから返り討ちにされてしまった経験さえある。

 今回のバリカドイに対する様々な支援も、善意や良識に因るものでないことはバタフライ・キャットも重々承知していた。大方、北京農園の元締め……つまりイスラエルが、イラクと戦うイランに軍需物資を売っているのとベクトル的には同じだろう。つまり体良く利用しているのだ。

「戦士と常人の根本的な差異は!」

 しかしバタフライ・キャットは一旦、自軍は支援されて強くなったことだけを考える。まずはマリアを、マーレブランケを倒さねばならぬ。

「戦士が何もかも挑戦と受け止めるのに引き換え、常人は何もかも恩寵か呪いと受け止めるところにある!」

 故に十月五日(イルジオン)と同じ言葉を口走りつつ彼女は急降下していく。武装は、右手に黒いダクトテープで上下二連式に無理矢理組み合わせたB‐10無反動砲。そして左手には、AKM自動小銃という強大なもの。これも十月二日(イルジオン)と同じだった。

「私は常人ではない! 戦士だ!」

 そして撃ち出された八十二ミリ砲弾は、地上でチーフテン戦車との撃ち合いを演じていたT‐64中戦車を捉え、見事爆発に追い込んだ。


 注1 バグで構成された武装組織。

 注2 依頼したのはグレン&グレンダ社のフランス支部である。


                  ◆


 アルカは人間を知り、世界を知るに適切な場所だね。

 戦線の後方で行っていたグレン&グレンダ社からのインタビューを切り上げて鉄火場(最前線)の移動司令部……M3ハーフトラックに馳せ参じたエーリヒは、ノエルがしばしば改変した上で申し述べる、イマヌエル・カン(注1)の引用を思い出さずにはいられなかった。

 M3ハーフトラックの周囲は、全く酷い有様である。副官のように落ち着いて行動している者も多いが、ヴァルキリーの中にはヒステリックに大笑いする者や取り乱して叫ぶ者、中には許可も得ていないのに重要書類を燃やしている者さえいた。グレン&グレンダ社はそう作ろうと思えば、感情の起伏が少ないようにも彼女達を作れる。だが戦場ならではの恐怖や狂気等を演出するために、意図的な欠陥を生産時に与えているのだ。だから哀れな命乞いもするし、時には半狂乱で戦うし、またある時はパニック状態に陥って逃げ回りもする……。

「後方にも敵の戦車部隊が」

 エーリヒが座布団を敷いた椅子に腰掛けるなり、彼のすぐ後ろに控える副官が耳打ちしてくる。正面の敵は外国人義勇兵が踏ん張ってどうにか押し留めている状態だが、新たな問題が発生したらしい。

「このままでは包囲されます」

 しかしエーリヒはアルゼンチン製のプカラ攻撃機が——最近マーレブランケに配備された、所謂COIN機——F‐14戦闘機に他愛なく叩き落とされる模様を見ながら「大丈夫だよ」と首を横に振る。

「僕の大先輩(ロンメル)が北アフリカでやったのと同じ戦法だから」

 しかし内心では、バタフライ・キャットも伊達に場数は踏んでいないね……と感じていた。まずは本物のチーフテン戦車やM113装甲兵員輸送車でこちらに強烈なイメージを植え付けてから、舞い上がる砂塵によって、まるで機甲兵力に見えるオートバイ部隊を後方へと差し向けるとは!

「よし、このまま押し返す」

 まずノエルを急行させてオートバイ部隊を殲滅したエーリヒは、続いて砲兵の支援を受けつつ正面でも逆襲に転じた。

〈マーレブランケ用の酸素はないぞ、カシス(注2)共〉

〈空軍はどうしたんだ! 総力戦だぞ!〉

 やがて双方の攻撃ヘリが飛び交う中激しい戦車戦が展開されるが、血みどろの勝利を掴み取ったのはマーレブランケだった。乗員の練度と経験には大きな差があったし、何よりT‐64中戦車はここでも圧倒的な性能を発揮したのである。

「水入りか……」

 しかし雨脚が再度強くなったので、エーリヒはそれ以上の攻撃をバリカドイに加えることができなかった。

「みんな、本当にお疲れ様」

 そして敵軍が戦闘を続行せず撤退し始めたと告げられた時、エーリヒは大きく息を吐いてひとまずの安心を享受した。正直——現在の状況でこれ以上戦うのは色々と厳しかったからだ。

「今は色々と立て直す必要がある……」

 追撃しないよう指示を出したエーリヒは、事の重大さを認識していた。マーレブランケが強大な存在となる中で失われた命の大半は敵のものだったが、今日はこちらにも少なからぬ犠牲者が出た。それも十月五日(イルジオン)のチェルノボー(注3)のような特殊な形ではなく、通常兵器同士のぶつかり合いで生じたのである。

「——ッ」

 直後エーリヒは胃の内容物が凄まじい速度で喉を駆け上ってくるのを感じたが、堪えることは叶わず嘔吐してしまった。


 注1 十八世紀から十九世紀にかけて活動したドイツの哲学者。

 注2 捕虜となった後、ソ連側に転向した日和見主義者の元ファシストを指す。

 注3 グレン&グレンダ社が開発したGROM用の強化ユニット。


                  ◆


「僕達の正しい人生は、僕達の苦悩や努力を理解できない連中によって理不尽に否定されてしまうのか……またしても……!」

 数時間後——司令センターに戻ったエーリヒは、自販機が何台も立ち並ぶ休憩スペースで一人項垂れていた。

『バリカドイの反撃は大きな反響を呼んでいます』

 休憩スペースのモニターに今現在映し出されているのは、優美な風景ではなくグレン&グレンダ社公式チャンネルの十五番スタジオからの報道番組。

『これまで完全勝利を重ねてきたマーレブランケにとって、初めての損害らしい損害が発生したのです』

 撃墜されたプカラ攻撃機の残骸や黒焦げ状態のT‐64中戦車、更には『日本の友人が無料で送ってくれた、最も信頼できる戦闘車両』こと装甲ブルドーザーが横転している醜態を見た瞬間、エーリヒは悔しさで奥歯を噛み締めずにはいられなかった。そして、バリカドイのヴァルキリー達は補給不足故、仲間の死体から武器を剥ぎ取って使う……という類の与太話は、仮に真実だったとしても、最早過去の出来事に過ぎないのだと確信する。

「このままじゃいけない……」

 エーリヒは一九四一年の十二月(モスクワの戦い)、吹き溜まりの氷雪に半ば覆われたドイツ兵の凍死体や放棄された短機関銃、そして馬の死骸が一八一二年(ナポレオン敗退)の再現という印象を人々に与えた故事を思い出してしまう。こんな状態が続けば、マーレブランケの絶対的な立ち位置——世界平和も危うい。

「高いよ?」

 苦悩するエーリヒに対して、一九六八年六月二十日(暴力の王国)のマリア宜しくコーヒーを差し出してくれたのはノエル・フォルテンマイヤーだった。M1ローブではなく非番用の恰好だから、彼女も司令センターに戻っていたらしい。

「ありがとう」

 紙コップの中身を一啜りしたエーリヒが、それを傍らに置くや否や、

「エリーはよく頑張ったよ」

 ノエルは彼を優しく抱き締めた上で、まだコルダイト火薬の臭いが残る頭髪を何度も撫でた。彼女は四肢切断と人体損壊という、このアルカにおいては極めて市場価値の高い得意分野を有するが、それはあくまでも一面に過ぎない。むしろスカートの中を確認しなければ美少女にしか見えない少年との関係こそ、テウルギストの真髄である。

「ノエル、一つお願いしていいかな?」

 エーリヒがそう言った直後、ノエルは「いいとも」と体を離して、少年の頬に手をやり、可愛らしい顔を上げさせる。そして目を瞑り、唇を近付けていく。

「誰が裏で糸を引いているか、君から調べてほしい」

 しかし返ってきたのは湿った感触ではなく、真摯な頼みだった。

「自由に動ける君にしかお願いできないから……」

 見方によっては自然の摂理に干渉した人間が物事の均衡を崩すという、初期の核実験にも似た邪悪でもあるノエルは、マリア直属のためマーレブランケの指揮系統には組み込まれていない。つまり独自行動が事実上許されている。

「——ッ」

 そんな特異存在(ノエル)は襲い掛かるようにしてエーリヒの唇を奪った後、いつも通り赤くなった彼の耳元で囁く。

 任せて、と。


                  ◆


「お見事でした!」

 夕方基地に戻ったバタフライ・キャットは早速声を掛けられ、今年九月中旬(アウェイクニング)のバグと同じく、砂塵まみれの顔に血と涙で縦縞を描いた顔をそちらに向ける。

「貴方はマーレブランケの不敗神話を崩壊させました。是非我々にも協力させてください!」

 猛烈な勢いで彼女に歩み寄ってきたのは、グレン&グレンダ社フランス支部の人間であった。

「それはどうも……」

 若干気圧されながらも、バタフライ・キャットは彼と握手する。この社員とは初対面だが、バシール・ジェマイエル国際空港襲撃やアゴネシア包囲戦といったグレン&グレンダ社絡みの依頼は毎回フランス支部を通じてオファーされていたため、そこまで身構える必要はない。

「あれを! あれをご覧になってください!」

 さも当然のようにバタフライ・キャットと並んで歩き始めた社員は、滑走路の一角を指差す。

「ノルマンディ・ニーメ(注1)か?」

 怪訝な表情を浮かべるバタフライ・キャットの視線の先には、赤い星——ソ連フロントのマークが描かれた状態で整然と横並びしているシュペルエタンダール攻撃機が。しかも駐機中の全ての機体が、右翼の下にエグゾセ空対艦ミサイルを吊下(ちょうか)しているではないか。

「我々は攻撃、偵察、目標の選定、補給ポイントの確認等、バリカドイにおいて『あらゆること』を協力させて頂きます」

 社員は続いて、制服や認識票、その他身分証明書の全てを偽造したフランス人パイロットと技術者数十名がシュペルエタンダール攻撃機の運用に関わることをバタフライ・キャットに告げる。つまり表向きは、バリカドイのヴァルキリーがあの機体の操縦と整備を行う形となるのだ。

「本当ならば最新型のミラージュ(ミラージュF1)をお渡ししたかったのですが、生憎フセイ(注2)が先約済みでして……」

 社員は心底申し訳なさそうに言うが、バタフライ・キャットはそれを無視して「あのミサイル(エグゾセ)もセットでしょうか?」と問う。

「勿論です。フォークランドで使われたものと同じタイプですよ」

「わかりました。ありがとうございます」

 取り急ぎ納得できる回答を得られたバタフライ・キャットは最後に、根本的な疑問を叩き付けることにした。

「何故我々を支援するのですか? これには、ビッグ・マザーの大いなる意思を感じません」

「兵器は使うために、高い金を出して作るものです」

 しかし社員は即答した上、一切の澱みなく続けた。

「持っていて嬉しいコレクションではありません。あの御仁は、どうにもそれを理解できないようで……」

「なるほど」

 バタフライ・キャットは一通り聞いて、アルカは勇敢な英雄的行動の代わりに残虐行為が横行し、非常識が常識となる場所なのだと再認識する。しかし彼女は「フランス人らしい言い草ですね」とは吐き捨てなかった。

 犬以下の腐った考え方としか思えなかったが、そのお陰で自分達は、マリアをシェフィール(注3)の二の舞にできるのだから。


 注1 第二次世界大戦中、ソ連空軍と共に戦ったフランス人部隊。

 注2 イラクの大統領。独裁者として知られる。

 注3 イギリス海軍の駆逐艦。フォークランド紛争で撃沈された。


                  ◆


「中華料理? タイ料理? それともイタリア料理?」

 午後五時を過ぎたネクロスペース(死の宇宙)では、今日の夕食をどうしようか考えているビッグ・マザーが行ったり来たりを繰り返していた。現在はせり上がったままの巨大プラットフォームにて展開されるその様子は、死者達の魂に対する最低限の配慮や、常識的な尊重など微塵も存在せぬ黙示録的光景である。

「もしもし? 大した理念も苦悩もない、権力を持った凡人だけど……今日の夜デリバリーをお願いできるかしら?」

 七分十二秒後——ビッグ・マザーが内線電話越しに告げた刹那、保安部隊員が一人現れる。

「マザー、最新の衛星写真が届きました」

 彼から見えるのは、背中の色の濃い部分だけが本体とは別素材で、スカートと縫い付けられている……初期型GROMのフライトユニットの機関部そっくりなドレスの後ろ側のみ。

「ご苦労様。モニターに出してちょうだい」

 肩越しに振り向いて感謝を述べたビッグ・マザーは、ほとんど玉座と言っても差し支えない椅子に腰掛けた。

「さて、出てくるのは鬼か蛇か……」

 直後モニターに映し出された衛星写真を見て、ビッグ・マザーは唸る。今日の午前中バリカドイが反撃したのは知っているが、マーレブランケはその後、ソ連フロントより大規模な撤退を開始したようだ。

「あの(マリア)は本当のことを言っているみたいね」

 実はマリアからも考えがあるので一時撤退する旨を知らされていたが、彼女が虚偽の戦況報告を行う可能性も少なからずあったため、ビッグ・マザーは会社が保有する寿命型の偵察衛星を前倒しで回収した次第。

「着地点としてはこの辺りじゃないかしら?」

 ビッグ・マザーは足を組み直しつつこう考えた。アルカでの戦いは勝利条件と敗北条件の達成以外にも、本物の戦争の停戦のような形で、双方が協議した末に終了となるパターンも多い。そういう場合、現在先代のバタフライ・キャットが身を置くキャロライン兵団(傭兵部隊)が、判定負けを呑み込む条件として契約した勢力との関係解消を求められる……という事例も有名だ。

 バリカドイを懲罰した。

 マーレブランケの不敗神話を崩壊させた。

 仮にここで手打ちにしても、お互いこのような形で勝利を主張できる。双方のファンもこれに準じた反応を示すだろう。

「無理か」

 そこまで考えた後、ビッグ・マザーは正気に戻ったような口調で呟く。自分が仲裁すればマーレブランケ——マリアは交渉のため、全ての作戦行動を停止してくれるだろう。

「先に殴り付けておいて停戦など、断じて応じられません」

 しかしその場合、バタフライ・キャットが怒りに震えつつ言うであろう主張をビッグ・マザーは代弁する。これは一見すると譲歩に見えるが、突如先制攻撃を仕掛けた側が停戦交渉の開始を迫るようなものだからだ。加えて、高次元意識(ビッグ・マザー)とマーレブランケがスクラムを組んでいることも彼女は察しているだろう。

「我々は報復のため、マーレブランケの領内(米国フロント)に逆侵攻します」

 ビッグ・マザーは再び代弁する。間違いなく、バタフライ・キャットはこうも言う筈だ。長い間煮え湯を飲まされてきた彼女にしてみれば、千載一遇の機会を逃す道理はない。それに北京農園や、品性下劣な連中(フランス支部)の支援だって受けている。

「だけどね子猫ちゃん、復讐ってそんなに甘くないわよ?」

 ビッグ・マザーはそれ以上思案するのをやめて、手にしたグラスを揺らす。

「最初は甘くて美味しいけど……すぐに苦くなって、吐き出したくなる」

 波打つワインの色は、まるでこれからの流血を暗示しているかのようだった。


                  ◆


 夜を迎えたソ連フロント某所——マーレブランケの手の届かぬ、バリカドイの後方基地では搬出作業が続けられていた。

「これだけの支援があれば、百回はマーレブランケを叩き潰せるわね!」

 後方基地を一望できる高台に立つ同軍のGROMは、マークを全て塗り潰したC‐130輸送機から木箱が運ばれていくのを指差す。あれの中身は勿論、北京農園からの贈り物(武器弾薬)だ。彼らからの物資は全て、最前線に送り届けられる前に一旦この場所に集められている。

空飛ぶ悪魔(ハインド)だってもう怖くない!」

 弾薬や予備パーツと共に多種多様な兵器が供与されているが、一番人気なのはMANPAD(注1)のスティンガーミサイル。バリカドイ側のGROM達は米国製のこれを、揃って『ハンバーガーの発明以来、この世に登場した最高の逸品だ』と評している。先日まで使っていたストレラ(SA‐7)やレッドアイなど、最早出来損ないの玩具としか思っていない。

「感謝するわよ! グリンゴールド中佐!」

 バリカドイのGROMはすぐ右隣に立つ人物に感謝するが、された側は「何を仰っているのですか?」と返すのみ。

「私はさすらいのセキュリティ・コンサルタントであるS中佐。サブラ・グリンゴールド中佐とは、姉妹同然の間柄にある親友同士に過ぎません」

「そ、そうですね……」

 バリカドイのGROMは、思わず噴き出しそうになりながらも堪える。彼女は誰がどう見てもサブラ・グリンゴールドだ。さすれど、本来ここにはいない筈となっているため、機密保持という理由で『S中佐』を名乗っている。こういう時(ブラックオプス)はいつもこうらしい。

「わた……いえ、グリンゴールド中佐はこの件とは関係ありません。くれぐれもお忘れなきよう」

 そう言いながら眼鏡を直すサブ……S中佐は、いつもの装備——ターボファン付きの前進翼式フライトユニットとガリル自動小銃、そして南アフリカ共和国製チェストリグ(予備弾倉入れ)——に身を固めて、バリカドイのGROMと共に秘密の搬出作業を見守っている最中だ。

〈こちらオレフ6。荷降ろし完了、これより離陸する〉

 万事が順調かと思われた作業だったが、今まさに飛び立とうとしたC‐130輸送機が突如攻撃を受け、四つあるエンジンの一番右外側から火炎を噴き出した瞬間から全てが狂い出す。

「ああ……っ!」

 バリカドイのGROMが一歩踏み出すのと同時に、C‐130輸送機の後部がガクンと下がる。逆に機首は天を仰ぎ——つまり真上を向いてしまい、すぐさまエンジンが悲鳴を上げ始めた。

〈こちらオレフ6! 墜落する! 墜落する!〉

 直後C‐130輸送機は、離れる筈だった大地へと吸い込まれた。そして耳を聾する轟音と共に、夜空を真っ赤に染め上げる巨大な火の玉に……。

「え、偉いことになっちゃった……」

 惨劇の一部始終を目撃したバリカドイのGROMが青くなる一方、

「何も問題はありません。あの機体の積荷は全て降ろしてあります」

 サブラは良く言えば事務的な、悪く言えば他人事の姿勢を崩さない。ファンは偶然拾った書類を中国語と勘違いしたせいで、組織を北京農園という名前にしてしまった『S中佐』を愛しているが、彼女の本質は冷酷な歯車である。

「この基地は前線の遥か後方にあります。こんな場所にまで攻撃を仕掛けてくる輩を、私は一人しか知りません」

 サブラ——『イスラエルで生まれた、生粋のイスラエル人』をその名に冠するGROMは、誰が殴り込んできたかを早くも察していた。因縁浅からぬあいつに違いない。

「私が対処します。貴方は引き続き搬出作業を」

「えっ? えっ?」

 バリカドイのGROMが困惑する一方で、サブラは銀色のフライトユニットに装備されているターボファンをどちらも縦にして離陸した。

「やっぱり悪い鳥がいた!」

 セミロングの髪を靡かせつつ急上昇したサブラは、ある程度高度を取った瞬間八月二十五日(アウェイクニング)とは立場を入れ替える形で、ノエル・フォルテンマイヤーの蹴りを背中に叩き込まれる。

「——ッ!」

 そして八月二十五日(アウェイクニング)のノエルと全く同じように大きく体勢を崩すも、すぐさま持ち直したサブラは彼女に冷たい視線を浴びせる。

「皆殺しの雄叫びを上げて、戦いの犬を解き放つ!」

 ノエルはその先で上半身を右方向に捻り、両手と右足は真っ直ぐ伸ばし、一方左足は少しだけ曲げた状態で双眸から光を放つ。中継されていないにも関わらず、大見得を切った決めポーズ!

「お久しぶり……でもありませんか」

 やはり因縁浅からぬあいつだった。M1ローブとフライトユニットを装備しているノエルは、ポーズを解くのと同時に対戦車ライフル(PTRS1941)をサブラに向ける。つい先程、C‐130輸送機を仕留めたそれを。

「死んだ子に再登場されても困るんだよね」

 満月の下、どちらも青い輝き(マナ・エネルギー)を放出しつつ睨み合う二人は、これまでに何度もお互いを完全否定してきた。両者の関係は、学園大戦ヴァルキリーズ最大最悪のタブーと言われるマリアとエレナのそれを遥かに上回る闇。そして最高レベルの閲覧権限所有者だけが知っていることだが、かつてマリア・エーリヒ・ノエルの殺害及び封印を指揮したのは他ならぬサブラなのだ。

「生きてるとは思わなかったよ。確実に殺したつもりだったんだけど!」

 大抵の敵は歯牙にも掛けないノエルでもサブラだけは別だ。彼女の何もかもが気に入らないが、特に苛立つのは自立した思考と、世界を変える力を持っている癖に、それを生かさず歯車に甘んじている点だ。

大切な存在(レア・アンシェル)の脅威となる人殺しが復活した』

 どうせ全く気付いていないだろうが、これを理由にして一九八三年九月一日(アウェイクニング)に領空侵犯の挙句、アゴネシアの孤立地帯(ケッセル)まで殴り込んできたのも恐らくは自分の意思なのだ。大方、レアがふと呟いた懸念を「そうしろ」と解釈したに違いない。

「どうやって生き延びたのか、教えてもらえないかな?」

 続いてノエルはサブラに対し、率直な疑問をぶつける。九月十三日(アウェイクニング)——特殊な出(注2)故に再生能力を持つ自分と、『最強のGROMではなく、最終的に最強となるGROMを創造する』を目的として作られたサブラは、お互いの肉体を極限まで壊し合う死闘を演じた。

「もう一度殺す時の参考にしたいからさ」

 そしてノエルはエーリヒと共闘して、血戦の末にサブラのコアユニットである心臓を破壊し、ようやく彼女を殺した筈なのだが……。

「申し訳ありませんが、それについてはお答え致しかねます」

「だろうね。元から期待してないよ」

 直後ノエルは対戦車ライフル(PTRS1941)を発砲するが、十四・五ミリ弾を容易く回避したサブラはスラスターを最大噴射させ、

カディーマ(前進)!」

 ガリル自動小銃を撃ちまくりながら、左上腕部を鋭いブレードに変化させつつノエルとの距離を詰める。イスラエルが核兵器と並ぶ国土防衛の最終手段として作り上げた、質量保存の法則を無視する恐るべき流体金属(サブラニウム)とプレトリアンの特殊能力も有するコアユニット(心臓)の組み合わせこそがサブラ・グリンゴールドだった。

「やっぱり嫌いだ君……ッ!」

 そして血液循環系の中枢器官さえ残っていれば無限に復活できる彼女を、最も多く損壊してきたのは何を隠そう、今この瞬間対戦車ライフル(PTRS1941)の機関部で斬撃を受け止めたノエル。

「マリーは君達の国(イスラエル)が好きなのに!」

 接触点からの激しい火花に視界を奪われながら、ノエルは叫ぶ。末端の連中(北京農園)こんなこと(敵勢力支援)ばかりしているが、マリアは先代の頃よりイスラエルを好いているし復活後も今年の九月後半(ダークホーム)、わざわざ外遊まで行っている。

「大佐の知識は断片的なものに過ぎません。つまり迷惑ということです」

 けれどもサブラは先代のマリア・パステルナークが一九六八年七月八日(暴力の王国)、消耗戦(注3)の最中小競り合いが起きただけにも関わらず、イスラエル軍がゴラン高原のシリア軍に対して大規模な攻撃を仕掛けたと発言したことを覚えている。母国の極右メディアが尾ひれを付けて発信したそれを、グレン&グレンダ社各国支部の広報担当者共々信じ込んだ挙句、あたかも事実であるかのように拡散されるのは迷惑以外の何物でもなかった。

「それに武器の供給は、グレン&グレンダ社でさえ行っています」

 ごちゃごちゃ抜かすなと言わんばかりに、サブラはブレードと化した左前腕をより強く押し込んでいく。五月二十七日(コールド・ギア)にこの目で確認したことだが、グレン&グレンダ社は賊と呼称しても差し支えないバグ共に対して、廃棄する予定だったドラムマガジン付きのMG34軽機関銃や、Flak38こと単装二十ミリ機関砲を二束三文以下で売り払っている。これはビッグ・マザーが実権を再掌握する前の出来事だが、管理者がこんな有様なのだから!

「そして今回も、私を待っているのはノンアルコールのシャンパンとケーキだけです」

「言ってなよ!」

 サブラは対戦車ライフル(PTRS1941)ごとノエルを両断しようと試みるが、彼女は打ち物を投げつつ横回転——斬撃を空振りに終わらせると、上半身を全部叩き付けるかの如し手刀を振り下ろす。

「いっ……!」

 しかしダメージを受けたのはノエルの方だった。皮一枚で繋がった右前腕部が、まるで振り子のように半円を描く。

「面の皮が厚いとよく言われますので」

 手刀の軌道を即割り出したサブラは、頭を少し傾けた上で直撃地点を限界まで硬化させた。そして文字通りの『鉄面皮(フツパー)』だけでなく、ノエル自身の勢いすらも利用してその右手を破壊したのである。

「お次はリミッターの解除ですか?」

「いいや」

 ガリル自動小銃の銃口を向けてきたサブラに対して、ノエルは三秒前千切れた右前腕部を同上腕部の断面に押し付けつつ否定する。フォトンジェノサイダ(注4)で再び焼き尽くしてやるのも悪くないが、今日はそこまでやる必要はない。

「その木は見えるけど森までは見えない所——進歩がないよ、君」

「——ッ?」

 ネジを嵌め込む要領で何度も左右に動かされたそれが筋肉及び神経の再結合を果たし、再び動くようになった瞬間——爆音が響き渡る。

〈回避機動を取りながら低空侵入! ターゲットを確認!〉

 そして空爆が行われるのと、肌に走る傷が接着剤を流し込まれた模型のパーツ宜しく消滅、M1ローブの該当箇所もどういう訳か修復されたのは同時であった。

「本命は向こうでしたか」

 全弾投下したマーレブランケのSu‐22M攻撃機が、綺麗な編隊を組んだまま離脱していく姿。そして、一瞬にして火炎の地獄と化した後方基地。その二つを立て続けに見たサブラは察する。今宵のノエルは空爆が行われるまで、こちらを引き付けておくことが役割だったのだと。

 ならば話は早い。

 ブレードを通常の左手に戻したサブラは、躊躇うことなくノエルに背を向けてスラスターの最大噴射。地上にはまだ、多くの仲間達が残っているのも関わらず離脱を図った。

〈十分だよ。ノエルもそろそろ引き揚げて〉

 ノエルは「待て歯車(はぐる)マンッ!」と追い掛けようとするが、自らもスラスターを最大噴射する前にエーリヒからの通信が届く。

〈警告にはなったからね〉

 思わず前のめりになっていたノエルは我に返り、続く言葉を聞きながら地上を見やる。四機分の爆弾を落とされた後方基地は酷い有様で敵骸(したい)だらけ、集まった物資も、全て焼き尽くされたと考えて問題なさそうだった。

〈あの(レア)は賢い。僕達のメッセージをちゃんと受け取ってくれるよ〉

 今回の攻撃は北京農園に対して、マーレブランケは北(注5)のような政治的制限は設けないという意思を送るためのものだった。つまり『関わろうとするな!』をレア・アンシェルに伝えることができれば十分なのである。それが、ノエルからバリカドイの支援者が一体誰なのかを知らされても、この戦争が三つ巴の様相を呈する事態は望まないエーリヒの落とし所であった。

「じゃあ、今度はエリーの番だよ。帰ったら一緒にシャワー浴びようね」

〈えっ!〉

 困惑の声が聞こえてくるが、ノエルは構うことなく無線オフ。そして、爆撃を終えて帰還していくSu‐22M攻撃機の編隊を追った。


 注1 携帯式地対空ミサイル。

 注2 採算度外視で作られたビッグ・マザーのクローンがノエルである。

 注3 第三次中東戦争後、イスラエルとエジプトの間で行われた長期戦。

 注4 リミッター解除後のノエルが使える、マナ・エネルギーの全方位放射攻撃。

 注5 北ベトナムに対する米軍の爆撃。


                  ◆


「潰してやる」

 遥か高みにある玉座から、エレナ・ヴィレンスカヤがマリアを見下ろしている。

「貴方だけは絶対に許さない」

 酷く蔑んだ声を放つ彼女のプラチナブロンドの髪と旧型ローブは変わらないが、肌は白で、瞳は赤い。

「貴方は今の私にとって、人間扱いするのも憚られる虫同然の輩です」

 刺すような眼差しは、エレナ一人からだけではない。後方に控える、何万もの仲間達からも然りであった。

「そうか」

 しかし今のマリアは、一九六八年六月二十五日の先代とは違い、許しや助けを乞うたりはしなかった。たった一人、みすぼらしい恰好で地べたに座り込んでもいない。堂々たる面持ちで立っている。

「二枚舌のクズが……!」

 更に十七年前、自分が浴びせた言葉をそっくりそのまま返されても、マリアは絶望の黒いナイフで心を深く抉られたりはしなかった。

「貴方は過去の自分が犯した取り返しのつかない愚行を、一生悔みながら惨めに生き続けなければならない。私と同じように一生苦しむのです」

 それでもエレナは、マリアを責め続けて——。


                  ◆


「そうはならんよ」

 次の瞬間現実に戻った(目を覚ました)マリアは、開口一番そう呟く。

「眠っていたか」

 座ったまま周囲を確かめた彼女は、ここはマーレブランケの司令センター内にある、自分の執務室なのだということを確認した。見ていた夢は十一月二十日と同じように、先代の記憶の残滓がまた悪さをしたのだろう。

 どれ、やるか。

 今日のマリアは一九六八年の六月二十五日とは違って、崩れ落ちるようにしてトイレに駆け込み、跪いて大便器へ嘔吐することはない。その代わりに、前線をエーリヒとノエルに任せた上で朝から行っていた作業——グレン&グレンダ社が販売する、玩具やグッズの監修——の仕上げを済ませていく。

「胸が大き過ぎないか……?」

 引き続き問題なく作業は進んだが、中国人イラストレーターの設定画に基づくサンプル用フィギュアを見た時、マリアは唸った。自分の胸部が、ノエルよりも大き……長くなっていたからだ。しかしすぐに修正点を纏め始めたのは、彼女が先代と違って、精神の地獄にはいない証拠である。タスクフォース・リガという精鋭を率いていても、常に何かに怯えていた一九六八年(暴力の王国)とはやはり違うのだ。

 サンプル用フィギュアの箱のすぐ下に挟まっている、対バリカドイ最終決戦の計画書もまた、それを如実に表していた。

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