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学園大戦ヴァルキリーズ(現行シリーズ)  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ アフターマス
1/23

◆1984年2月11日

 希望なき時代。

 相変わらず勝者を妬み敗者を笑うことでしか自分自身を守れぬ救い難い人々は、アルカという小世界を舞台にして行われる、美しき人造人間同士の娯楽化された限定戦争——所謂『学園大戦ヴァルキリーズ』——だけを唯一の癒しとしていた。

 狼の世。羊の皮を脱ぎ捨てた、狼達の世である。


                  ◆


 阿納修(あのう しゅう)の仕事場は、アル(注1)の南部……グレン&グレンダ(注2)が直轄管理している中立地帯にあった。十六年前(暴力の王国)と変わらぬ対戦車障害物(チェコのハリネズミ)や縦方向に突き立てられた、空挺攻撃阻止用の錆びた鉄道レール(アスパラガス)だらけの場所に建つビル!

「はぁ……」

 彼は執務室で書類を片付けながら、今日何度目かわからないため息を吐いた。

 ゼネラルマネージャー。

 グレン&グレンダ社日本支部で働く御年三十六歳の修は、その肩書きと権限を持っているだけでなく、学園大戦ヴァルキリー(注3)の花形役者たるヴァルキリ(注4)やGRO(注5)をサポートすべく今アルカに出向中の身。つまり出世街道まっしぐらで栄光を約束された逸材なのである。

「どうしたものか……」

 だが修の表情は冴えない。もうずっと、何をしていても『あること』が脳裏に浮かんだまま——本国の東京で待つ妻のように、何の不安も疑いも抱かず宝塚(歌劇)を鑑賞するようなことは到底不可能だった。

「兄さん、これ以上俺達を困らせないでくれ」

 それは陰謀論者の兄こと阿納久(あのう きゅう)が、一切相談せずアルカに渡ってしまった日が切っ掛けだ。やがて修はその事実と両親に対する罪悪感・無力感の板挟みに遭い、一人ではどうしようもない感情を常時抱く羽目となってしまった。

「兄さん……」

 結局——今日もすることは同じだった。言語化困難かつ容易に解決もできない問題をひとまず先延ばしにするため、目の前の仕事を片付ける……。


 注1 世界の最果てに存在する地。学園大戦ヴァルキリーズの舞台となる場所で世界各国を模したフロントが各地に存在している。

 注2 第二次世界大戦後、世界を事実上支配するようになった多国籍企業。

 注3 グレン&グレンダ社が考案した娯楽戦争。

 注4 アルカにおける娯楽戦争の中心的役割を担う人造人間。マーケティングの都合上全員が十代の美少女の姿をしており、人格も疑似的なものである。

 注5 ヴァルキリーの中から極めて低い確率で誕生する少女達。各種ローブ及びエグゾスケルトン(強化外骨格)、フライトユニット等を用いた戦闘が可能。


                  ◆


 マーレブラン(注1)の総本山こと、司令センターが建っているのは米国フロン(注2)とソ連フロン(注3)の中間点に位置するフリーダム・ランド。これといった特徴のない長方形の施設内にある食堂は今朝も清潔感に溢れ、ピークォド号——ハーマン・メルヴィルの『白鯨』で有名な捕鯨船——の乗員宜しく多様な人種で構成された外国人義勇兵達が行き交っている。

「この間相談した件……」

 エーリヒ・シュヴァンクマイエルはその食堂の一角で、恋人以上・夫婦未満の関係にあるノエル・フォルテンマイヤーと席を共にしていた。

「その後どうなってる?」

 左目を眼帯で覆い、男子のそれが公式には存在しないため女子用セーラー服に身を包んでいる彼は、アルカを娯楽(ゲーム)としてではなく世界平和を実現させるための場所と認識している変わり種だった。ドイツフロント在籍時の過酷な不正規戦を経て、マリアの配下で戦うことはそれ即ち、アルカによる世界平和の維持を最も円滑に実現させると考えてソ連フロントに移籍、タスクフォース・リ(注4)時代にはディアトロフ(注5)及びグリャーズヌイ特別(注6)の攻略戦を指揮した。一度死亡したがマリア・パステルナークと共にバックアップ(機密事項)から記憶と肉体を復元され、現在はマーレブランケにおいて引き続き前線指揮官(軍師)めいた役割を担っている。

「ノエル!」

「三万キロカロリー摂らないと駄目なんだよん」

 一方、テウルギスト(降霊術師)とも呼称されるアルカ最強のGROMは、見ているだけで著しく胃がもたれそうな大量の料理を引き続き平らげていく。

「でも、栄養は全部胸と身長に行くから大丈夫」

 やや収まりの悪いショートカットの金髪と、爬虫類じみた縦のスリットが走る赤い瞳。訓練からそのまま戻ってきたのか、見事な豊満を備える百八十センチの長身は今M1ローブ(特殊戦闘スーツ)で包まれている。また、足首のユニットはサンダル状態(一部装甲が外れていた)

「そう……」

 エーリヒは先日、戦力増強のため新型のMiG‐29戦闘機とSu‐25攻撃機を供与してくれとビッグ・マザ(注7)(注8)経由で相談した。だがノエルが適当な返事を返したものだから、彼は落胆のため息を漏らす。脈なしということだ。

「エリーさぁ……ママだってエリーの話ばっかり聞いてあげられないんだよ」

「それはわかってる……」

 少なからず気圧されたような顔をしつつ、エーリヒは窓越しに広がる飛行場を見やった。そこにはプカラ攻撃機が何機も翼を休めているが、一機の例外もなくその主翼や胴体、尾翼の上に置けるだけの古タイヤを置いていた。

「わかってるけど……」

 タコの足を思わせるこれは、今年一月二十五日(ペイバック)以降猛威を振るうようになった『民主化された空爆(徘徊型弾薬による特攻)』を封じるためだ。デコイ()も紛れ込んでいるし、誘爆防止のため、機体同士は真偽問わずある程度の間隔を開けられていた。

「にしし」

 マーレブランケは他の軍事支援団(MAF)やサーク(注9)とは比較にならない程良い扱いを受けている。文句なんて言えないし、今は自分達が頑張る時だ——いつの間にか背後に移動していたノエルが勢い良く抱き付いてきたのは、美少年(エーリヒ)がそんな風に割り切りを付けた、まさにその瞬間である。

「それよりもエリー、早く幼年期の終わり(初えっち)を済ませちゃおうよ」

「それは……」

 恋人以上・夫婦未満——まだ人間だった頃は散々逢瀬を重ねた分際で、

『セックスとはそれ即ち、結婚に対する神からの祝福である』

 今はこの古臭い考えに固執しているエーリヒと、キス以上の進展を拒み続ける彼の童貞を如何にしてもう一度奪うか以外、この世界に対する関心をほぼ失ったノエルの煮え切らぬやり取りは司令センターの風物詩だ。

「おはようございます、モン・コロネル(大佐殿)

 そこに副官が現れた。昨年十月十九日(バリカドイ)に格納庫で似たような光景を目撃した時同様、呆れたっぷりの冷ややかな視線を乳繰り合う二人に送りながら。

「お……おはよう。あと、僕は大佐じゃない」

「知ってますモン・コロネル(大佐殿)

 このヴァルキリーこそ副官。タスクフォース・リガ時代からエーリヒの補佐を行っている、実に食えない性格の持ち主。

「例の民兵を捕えました」

 民兵という響きを聞いたエーリヒは手を止める。

「今どこに?」

「留置場に拘束してあります」

 副官が一字一句澱みなく報告すると、青みがかった漆黒の髪と碧眼(右目)の所有者は「わかった。話してみる」と言って、プレートをそのままに立ち上がる。

「でも……」

 残されたノエルは離れていく二人の背中を見送りながら、バゲットにバターを分厚く塗りたくりつつ素朴な疑問を口にした。

「まだ話せるのかな?」


 注1 二代目マリア・パステルナークが率いる米国フロントの軍事支援団(MAF)

 注2 アルカ西部を拠点とするフロント。

 注3 アルカ東部を拠点とするフロント。

 注4 初代マリア・パステルナークが率いていたソ連フロントの軍閥。

 注5 ソ連フロントの南東に存在していたバグ達の拠点。

 注6 バグで構成された武装組織、通称『学級会』の本拠地。

 注7 学園大戦ヴァルキリーズに関わる全てを作り上げた人物。

 注8 採算度外視で作られたビッグ・マザーのクローンがノエルである。

 注9 アルカでは軍の部隊に相当するもの。


                  ◆


 あちこちに汚物や凝固した血液がこびり付いている地下の留置場は、食堂とは真逆の世界だった。それはアルカ南部の中立地帯(G&G社直轄区域)にあるビッグ・マザーの巣ことネクロスペース(死の宇宙)を彷彿とさせる。

『遂行できぬ任務はない』

『最強の者が勝利する』

『勝利の待つ場所。それが我々の居場所』

 スカー(注1)の中を覗かねば可憐な少女にしか見えない女装美少年(エーリヒ)は付け焼き刃の文面で書かれたスローガンがあちこちに見受けられる空間に足を踏み入れるなり民兵——酷い痣だらけで椅子に縛り付けられた——との対面を果たした。足元に小便の池を作っているこの捕虜は、つい先日司令センターの爆破を試みて失敗し捕えられたという。

「貴方のことは色々と聞いていますよ。だからこそ自分は、文明人らしく諸々を片付けたい」

 そんな風に言いながら、エーリヒは彼の向かい側の椅子に腰掛ける。

「幾つか聞きたいことがあります。まずはそれを教えては頂けませんか?」

 民兵の上半身は刺青だらけ。それに口元から覗く前歯を見る限り、喫煙者かつアルコールも嗜んでいるらしい。正直エーリヒが最も嫌う種類の人間だが、彼は嫌悪感を見せないよう最大限努力した。

「どいつもこいつも馬鹿ばかり……テレビのニュースばかり信じ込んで!」

 しかし民兵は憎悪の眼差しを向けてくる。

「ブラウン管越しの情報ばかり信じて、自分の目で判断しようとしない!」

 それは露骨かつ強烈なもの。武装親衛隊(SS)の隊員を捕えたソ連兵だってもう少し柔和な対応をするに違いない。

「貴方が協力してくれないと、これは厄介な問題になります」

 それでもエーリヒは紳士的な態度を貫いた。外界からやってきた上、自分達に危害を加えようとした『人間』の真意を知りたかったからだ。

「どうしてアルカに来たんですか? 貴方にとっては全く関係ないことのために、何故こんな不運な状況に飛び込んだのですか?」

 恨まれるのは慣れっこだし、憎まれて当然のことも数え切れない程してきたと思っている。だが、この民兵が自分達に向ける感情は今までに戦ったどの敵とも違うように感じられた。

「跪いて生きる位なら、立って死んだ方がいい」

 ただ議論は平行線どころか会話のドッジボール。だからエーリヒは「お互いに助け合わないと苦痛を味わうことになる」と言って副官を呼び寄せた。すぐさま、あちこち油で汚れた作業着姿のヴァルキリーが台車で何かを運んでくる。

「言っている意味はわかりますよね?」

 立ち上がったエーリヒは、多種多様な拷問具が並んでいる台上からスプーンとガスバーナーをチョイスした。無駄のない動作で後者から熱せられる前者。

「僕は貴方を助けたい。だけど上の人間(ビッグ・マザー)は許してくれないでしょう」

 十分熱し切ったことを確認したエーリヒは民兵の横でしゃがみ、化膿した傷にスプーンを押し付けた。昨年十月五日(イルジオン)と同じように!

「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 たちまち肉の焼ける悪臭が立ち込め、悪魔めいた悲鳴が留置場に木霊する。

「どうして協力してくれないんですか?」

 エーリヒは何度も何度も、スプーンで傷口の上をなぞった。

「こんなことをする必要はないし、痛い目に遭うのも貴方だけなのに!」

 まずは小さな十字、続いて緩やかな円!

「アルカに来た理由は?」

 それから七分十二秒後——人権無視の苦痛を与え続けたエーリヒは、そろそろいいだろうと判断し改めて問う。

「伝染病が流行った時は全員マスクを付けて、どこにも行かなかった!」

 しかし民兵は激しく肩を上下させ、涙目になりつつも応じない。何があっても考えを変えない様子だ。

「でも今じゃ、誰もマスクをせず出歩いている。世の中全部その繰り返しだ!」

「なるほど」

 それを受けたエーリヒは眼帯を外す。すると左目——ビッグ・マザーの意向でこの世に蘇る時、彼女やノエルと同じ遺伝子を混ぜ込まれたせいで、こちらだけ縦スリットになっている赤い瞳が露出した。

「……ッ」

 双眸のうち、人間らしさを感じさせるのは右目のみ。だから民兵は戦慄するがエーリヒは構うことなく青い手術用手袋を嵌め、更には緑色のカッターナイフも手に取る。

「君は僕のことを恐ろしい野蛮人と思うかもしれない。でもそれは違う」

 続いてエーリヒはカッターナイフの刃を展開した。これから行うことによって民兵が敗血症で死のうが、運良く生き残ったとしても男性ホルモンの性的欲求が『何もできることがない』と無言の圧を掛け続ける生き地獄に叩き込まれようが知らなかった。

「僕は、他に取るべき方法がない時は野蛮人になるんだ」

「や、やめ……」

「どの口でそんなことを言うんだ! 僕にこんなことをさせるのは他でもない、君のせいなんだぞ!」

 何が起きるのか悟った民兵は身を捩らせて逃げようとする。しかし縄の拘束は残酷なまでに硬く——エーリヒから物理的かつ原始的な方法で去勢される以外の選択肢はない事実を受け入れるしかなかった。


 注1 一方で他の外国人義勇兵は私物や各々調達した軍服を着ている。


                  ◆


 蛮行を済ませたエーリヒはその足でトイレに向かった。戻ったら色々なことをやらなければいけない。だが、その前に一つ出すものがある。

「本当に……本当にもう……っ!」

 強烈な苛立ちと怒りに支配されているエーリヒは、忌々しげに吐き捨てながらパンティを下ろす。一月二十五日(ペイバック)と同じように、一時的に飽和状態となった脳を落ち着かせるために。

「……っ……ぁっ……」

 そして間を置かず、限界まで硬くなった一物を右手で扱き始めた。エーリヒの左手には以前ノエルが「自由に使っていいよん」と言いながら渡してきた写真(チェキ)がしっかりと保持されている。

「——っ」

 淫らな水音(十数回のストローク)。エーリヒはその果てに、今日も精液をラミネート加工されたノエルの裸体目掛けてぶちまけるのであった。

「いっぱい……射精した(出た)ね……」

 ノエルのそんな声が聞こえた気がした。幻聴だと自覚していても——確かに。


                  ◆


 マーレブランケと敵対するサークル、バリカドイの拠点はソ連フロントにある戦車都市(タンコグラード)。大打撃を被ったことで一時的に空洞化した組織をキャロライン兵団(傭兵部隊)がロイコクロリディウ(注1)さながら乗っ取った後、ここに『遷都』した次第。

「入るぞ」

 イルジオンこと先代バタフライ・キャットがその司令室に足を踏み入れたのは、団長(ボス)たるキャロライン・ダークホームが今まさにティータイムを楽しもうとする瞬間であった。

「今忙しいんだけど」

 青い双眸、ポニーテールで纏められた赤い髪。そして身長百七十センチの体をジャージと迷彩ズボンで固めたGROMは当然嫌な顔をした。左上腕部に英国の国旗パッチを付けた彼女は戦力を即時展開可能な能力により、学園大戦における『個人事業主』の最も優秀かつ悪名高い見本となった存在である。

「どういうことか説明しろ」

 一方、そんなの知るかと言わんばかりに全力で書類を叩き付けたバタフライ・キャット。彼女は学園大戦ヴァルキリーズにおいて『素肌を露出している箇所が多ければ多い程、弾は当たりにくくなる』という設定を持つGROMだ。次代が現在進行形の登場人物(人気キャラ)として人気を博す裏で流転の生を送り、星も輝かぬ世界を日夜駆け回っている。

「マーレブランケは限りなく増強されている!」

 褐色の肢体をマイクロビキニだけで覆い、猫耳めいた髪飾りを付け、右首筋にその他大勢と同じ個体識別用のバーコードを刻んだ彼女は続ける。

「どうもこうも……」

 紙面には、バタフライ・キャットが申請したキーボルカ——第二次世界大戦中ソ連軍が開発し、今はグレン&グレンダ社が保管しているサイボーグ怪獣——の投入に却下の印が押されていた。押印したのは勿論、眉間に深い皺を寄せながら書類を拾い上げたキャロラインである。

「これ以上囚人(注2)で戦えるか!」

「そう怒らないでよ。大体アンタは通常兵器だけでマーレブランケの不敗神話を崩壊させたのよ?」

 体のいい左遷。今でこそ生え抜き組の寄せ集めを指揮しているが、昨年十一月(バリカドイ)、バタフライ・キャットはゼーロウ(注3)の一大攻防戦でマーレブランケの不敗神話を崩壊させた。

「もっと自信持ちなさいな」

 一時的な失態ながら、マーレブランケの敗残兵がとぼとぼと歩く姿は学園大戦ヴァルキリーズの視聴者達に大きな衝撃を与えた。アゴネシ(注4)の戦いからずっと常勝を維持していた彼らが酷い姿で引き揚げていく光景は、蛇蝎(アンチ)でさえすぐには信じられない現実であった。

「だからこそ我々の戦いは終わらんのだ」

 初めてマーレブランケの敗北を目撃したバリカドイのファン達は心から驚愕し色めき立った。しかし、その立役者は全く浮かれていない。

「奴らは野獣の巣(ベルローガ)に逃げ込んでは傷を舐め、前以上に強くなって現れる。いいかキャロライン……手負いの獣は傷付いて巣穴に逃げ込んでも、危険であることに変わりはない。奴らを追い詰め、完全に叩き潰さなければならん!」

 なおも口角泡を飛ばし続けるバタフライ・キャット。その姿はフォートナム&メイソ(注5)のクッキーに熱視線を送るキャロラインとはあまりにも対照的だ。

「私は承認や称賛を待っている訳ではない! ワルシャワと同じように、武器と弾薬を待っている!」

品性下劣な連中(フランス支部)が性懲りもなくまた助けてくれるそうよ。だから今回はそれで我慢してくれない?」

「ヴェリテ飛行隊か……」

 キャロラインがそう言ったので、バタフライ・キャットは押し黙る。グレン&グレンダ社のフランス支部は昨年十一月(バリカドイ)以降も彼女を支え続けていた。表向きはバリカドイのヴァルキリーがシュペルエタンダール攻撃機の操縦や整備を行うと銘打った上で、制服や認識票、その他身分証明書等の全てを偽造したフランス人パイロットと技術者多数がヴェリテ飛行隊として作戦行動に加わっているのだ。

「そう。今回もミサイル(エグゾセ)付きよ?」

 それは紛れもなく大きな助けであった。ヴェリテ飛行隊はゼーロウ3の戦いで一度全滅したが早々に再編成され、エグゾセ空対艦ミサイルとそれを運用可能な航空機の存在は、バリカドイと敵対する勢力にとって強い脅威となっている。

「駄目だ」

 しかしキャロラインが上手く言い包めようとしても、バタフライ・キャットはやはり納得できなかった。

「やはりキーボ——」

「失礼」

 電話が鳴ったのは、バタフライ・キャットがなおも食い下がった瞬間である。

「わかったわ。それじゃ」

 短い会話の後、受話器を置いたキャロラインは先代全裸将軍を見やる。そしていつも通りの尊大な微笑みも送った。

「真実の声が聞こえてきたわ」


 注1 カタツムリに寄生する吸虫。

 注2 キャロラインが大口パトロン(パパ活相手)との裏取引で入手した犯罪者。

 注3 マーレブランケの最終防衛拠点。

 注4 東南アジアのどこかにあるとされる国。

 注5 英国の百貨店。


                  ◆


 国防軍と武装親衛隊(SS)程ではないが、キャロライン兵団(傭兵部隊)の強者達とバリカドイの生え抜き組には確かな不協和音が鳴り響いていた。手練の前者は引き続き後者を見下しているし、後者も前者に対する不信感を今なお消せないでいる。

『武器は君の目と同じだ。細心の注意を払おう!』

 そんな事情があるものだから、バリカドイの生え抜き組は別の場所に司令部を構えていた。オーストリア国境の街(クーセグ)にあったサーラシ・バンカーをイメージして作られ、いつの間にかすっかり忘れ去られている組織のスローガンもあちこちに書いたこの施設を。地上からは公衆便所にしか見えないが、深さ二十メートルの内部には発電機及び電話、更には戦車都市(タンコグラード)との連絡通路となる地下トンネルまでしっかり備えられている。

「やれやれ……これが司令部か?」

 とはいえ部屋は二つ——たった今こんな風に愚痴りつつ出てきたバタフライ・キャットの自室と司令部が廊下で繋がっているだけ、彼女以外の関係者は近くに建つ兵舎から通っている訳だが。

「国民突撃隊じゃあるまいし」

 やがて螺旋式の階段で外に出たバタフライ・キャットは、そこで待つ新戦力(増援部隊)を見て辟易する。動いたら数秒で金属同士の激突音を響かせて、自分達の居場所を露呈しそうな集団がそこにいたからだ。

 イガーツ・スツォー。

 キャロラインが増援と称した彼らは、マーレブランケにおける義勇兵的な形で今回バリカドイの生え抜き組に加わった民兵。組織名はハンガリー語で『真実の言葉』を意味しているらしい。

「義はバリカドイにあり」

 バタフライ・キャットがどうしたものか……と悩んでいるとリーダー格の男が一歩踏み出し、笑顔で彼女に握手を求めてきた。恐らく日本人か韓国人、或いは中国人かもしれないが、彼の襟元からは和彫りが見え隠れしている。

「最近は自分の思想や信条を自由に主張できない。だからこそ、同じ考えを持つ貴方と共に戦えることを嬉しく思います」

「あ、ありがとうございます」

 バタフライ・キャットは快く握手に応じながらも、内心で「一緒にするな」と憤っていた。要するに『こいつ』や『こいつら』は、全員グレートリセットだのピザ屋の地下で性的虐待だのを信じ込んでいる陰謀論者なのだ。

 こんな世の中は間違っている!

 俺が底辺から抜け出せないのは政府の責任だ!

 私の人生が上手くいかないのは社会が悪い!

 大変嘆かわしいことだが、バリカドイを応援してくれるファンにはこのような思想を持つ、他責的で自己を顧みぬ陰謀論者が多数含まれる。社会に強い不満を持つ彼らは、バタフライ・キャット達を魅力的な現状変更勢力と見なし、経済的困窮などお構いなしの支援を続けていた。

「単に権力を維持して歴史に名を残したいだけの女が引き起こした、大規模かつ不当なこの戦争を一刻も早く終わらせましょう」

 背に腹は代えられないから、バタフライ・キャットはこんな風に明らかな嘘をあたかも真実であるかのように伝え続けた。これは彼女を支持する者にとっては真実だし、彼女もまた、自分らを支持してくれる者達に心地良さを与えることを目的として話した。しかし、そのせいでとうとうアルカでの直接戦闘に参加する馬鹿が今回出てきてしまった。お前らジョン・ヒンクリ(注1)か!

「我が国でも西側の偏った情報ばかりが垂れ流され、マーレブランケが何もかも正当化されています。カバール(陰謀団)による洗脳は断じて許せない。非現実的で希望に満ちた意思決定のプロセスと強大な権力さえあれば、奴らは物事を変えられると確信しているのです」

「ええ……」

 辛うじて愛想笑いを浮かべるバタフライ・キャット。しかしリーダー格の男は彼女の内面に気付くことも察することもなく話し続けた。

「マーレブランケには多くの日本人が義勇兵として参加している。自分は奴らを一人でも多く殺してやるつもりです」

「なるほど……き、期待していますよ」

 額に大粒の脂汗を滲ませつつ、バタフライ・キャットはふと彼の後方に視線を送る。そして、そこで掲げられている旗を見て困惑した。

 世界統一政府(OMG)ってなんだ……?


 注1 映画に影響されて大統領暗殺を試みたアメリカの犯罪者。


                  ◆


 嬉しくない増援部隊との顔合わせを済ませたバタフライ・キャットは、目眩を覚えながらも再び螺旋式の階段を使って地下に降りた。

『作業中』

 そして部屋に戻るなりそのプレートをドアに掛け、しっかりと施錠。その上で端末の電源をオンにする。

〈今日も疲れているようだね〉

 するとスピーカーから男の声が聞こえてきた。続いて課金を意味する通知音が鳴り響く……まずはチップ代わりの百ドルだ。

「ありがとうございます。疲れることばかりですよ……」

 それに応じつつ椅子に座ったバタフライ・キャットは、端末と向き合う格好になるや否や前のめりになる。

〈素晴らしい〉

 豊満な胸を強調したポーズが画面いっぱいに表示されると、更に百五十ドルが課金された。端末の向こう側にいる人間にとっては、この程度の額は小銭ですらない。

 チャットレディ。

 不本意ながら始めた副業は、今やバタフライ・キャットにとって必要不可欠な存在となっている。纏まった金額を手っ取り早く入手できるだけでなく、自分の価値を即物的に認めてもらうことが可能なのだから。

〈でも乳首は見せなくて結構。そこまでは求めていない〉

 一見退廃的にも思えるが、学園大戦ヴァルキリーズのGROMは初期の頃から個人スポンサーの経済的援助を受けていたし、卑猥な写真や夕食を共にする権利、場合によっては肉体関係という様々な形でその返礼も行っていた。

〈では横になって、尻を突き上げてくれるかね?〉

「貴方も好き者ですね……」

 やがてそんな風にリクエストされたバタフライ・キャットは苦笑する。

「どうですか?」

 だが素直に従い、更には自分から確認を取る有様だった。

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