7話 任務
三人を乗せた馬車は茜色の夕焼け空の下、アウリッヒ王国の国境を越えた。
商業が活況を呈し、貿易によって国を潤すアウリッヒ王国は、隣国のノモナーガ王国と固い同盟で結ばれている。
「お父さんここって、ノモナーガとは全然違う街並みなんだね!」
馬車に揺られながら、ルティーナは目を輝かせた。ノモナーガ王国とは異なり、軒を連ねる店の賑わいは、彼女にとって新鮮な驚きの連続であまりにも興奮する様は、まるで初めて都会にやってきた田舎娘のようだった。
「気持ちはわかるけれど、馬車から身を乗り出すのは危ないし……それと……少し恥ずかしいから、やめてね……」
アンナは少し窘めるように言った。
それに落ち込むルティーナを見たバルストは任務が終わったらこの町で、新しい服を買ってやると約束し元気づけるのであった。
しばらく街を馬車で移動すると、大きな薬局が目に入って来た。それはドリネ薬局といい依頼者の薬師が経営している店であった。
バルストは店の前に馬車を止め、2人を残したまま店の中に入って行った。
「ごめんくださいっ、ギルドの依頼で参りましたバルストと申しますが、ドリネさんはいらっしゃいますでしょうか?」
バルストが声をかけると、すぐに中から一人の男性が現れた。
「いらっしゃいませ」
「あなたが、剣豪バルスト様ですか? お会いできて光栄です。ギルドから連絡を受けております」
と、数十年前の話しに謙遜しながらも、仕事の依頼について説明を受けるのであった。
――任務の内容――
[ノモナーガ王国→薬師ドリネ]
・1週間後に上級回復薬を100本納品する
[薬師ドリネ→ギルド]
・上級回復薬の基となる薬草は、『バルデランの森』に生息する。
・弱小とはいえ発生する魔物からの護衛を依頼。
・納品数に必要な量の薬草採取には、三日を要する予定。
諸事情で、三日未満で完了または三日以上要しても報酬は変わらないものとする。
・銀の冒険者2名または金の冒険者1名以上の職業戦闘系の冒険者を希望。
[報酬]
・金貨25枚――日本の価値で言えば25万ぐらいの価値であろう。ちなみに、この大陸では共通通貨が採用されており、銅貨50枚=銀貨10枚=金貨1枚となる――
薬師の名前はドリネ=ヴァイデル。妻ミリアと2人で薬局を経営しつつ、上位薬草を定期的に採取し回復薬を作り王都へ納品などもしているらしい。
二人はバルスト夫婦と同い年くらいではあるが子供は居ないそうだ。
バルストは今回の任務に自分の家族も同伴させてほしいと懇願し、同意を得ることができた。決め手はルティーナであり子供が居ない2人はとても愛らしく思えたからであった。
「小さな戦士さんだね?」
「おばさん、抱っこしてもいいかなぁ? 今いくつなのなぁ? 10歳ぐらいかな?」
ルティーナは抱っこされる前に、気まずそうに答えた。
「じゅ、19です……」
抱っこしようとしたミリアは硬直し、周りは重い空気に包まれた。
ドリネはあわてて話しを切り替えるように『バルデランの森』まで馬車で2、3時間かかるため明日の早朝から出発したい意思を伝え、今から一緒に夕食をしないかと誘うのであった。
そして、5人は楽しく夕食をとり、早めに床に就くのであった。
そして翌朝、日が昇る前に採取に必要な道具とドリネ夫婦の野宿用の一式をバルストの馬車へ積み込み、『バルデランの森』へ出発するのであった。
その旅路は、ドリネとミリアはルティーナの愛らしさに夢中で常に話しかける幸せそうな姿を、暖かく見守るバルストとアンナであった。
「(あなた、ルナを連れて来てよかったわね)」
「(そうだな、やっぱりワシの娘は最高に可愛いからのぉ)」
「ねぇねぇミリアおばさん! 薬草ってどんな形をしているの?」
「うふふ、薬草にもいろいろあるんだけどね、上級回復薬になる薬草は……」
とりあえず馬琴の入れ知恵で、ルティーナは薬草を一緒に集めるを口実にして、うまく依頼主に溶け込むことができた。
(薬草採取に使えるカンジってあるのかな?)
(試してみたい漢字はあるよ)
(楽しみだなぁ……でも魔物が出てこないかなぁ)
(こらこら不謹慎だぞルナ)
「あれが『バルデランの森』ですよね? ドリネさん」
「そうです。バルストさんお手数ですが森の入口で野営の準備を先にしますので、良さそうなところで止めてください――」
会話が終わる直前、突然、馬が騒ぎだしたと思う間もなく、バルストは馬車を飛び降り、剣を構え先頭に立った。
アンナはルティーナとドリネ夫婦に魔物が来ましたと伝え、馬車から降りないように指示するのであった。
しばらくすると、女性の声が迫りながら響いてきた。
「あああぁぁぁ~助けてぇくださいぃ~~っ」
目前には、魔物に追われている一人の少女が、こちらに向かって走って来くるのであった……。
たわわすぎる胸を大胆に揺らしながら……。
目のやり場をなくすバルストであったが、すぐに掛けより自分の後ろに隠れるように伝え、迫りくる1匹のデフルウ――狼の魔物――と対峙するのであった。