6話 能力《チカラ》
ルティーナはアンナに疑われないように外出しては実験を繰り返していたが、今日は朝から雨が降り続いていた。
馬琴はちょうどいい機会だと、この一週間近くの実験で、理解した『能力』についてまとめることにした。
・最初は、手のひらに12cm(おそらくルティーナの手の大きさ故か)の漢字が描画される。
・漢字は画数が多ければ多いほど、描画に時間――1秒で五画――を要するが、画数に比例して効果も増大する。
つまり、【火】よりも【炎】の方が、単純に2倍の威力があるが、描画にはさらに約1秒を費やす必要がある。
・手のひらを別の対象物に接触させると転写が可能となる。
そのまま触れたままで、念じ続ければ漢字を大きくする事が出来る ――1秒毎に2倍、4倍、8倍と指数関数的に増大する――。
ただし、直径が1kmを超える大きさになると漢字が破綻して消滅してしまう。
一度、転写すれば物の大きさを超えても効果の範囲を維持できる。
・漢字は『起動』と意図すれば、その意味に準じた内容が具現化ないし事象化する。
『停止』と意図すれば、その状況は止み、解除される。
どのような漢字でも描くことができるが、必ずしも意味と具現化が都合よく一致するとは限らない。
・漢字は、触れた手のひらの中心から広げるか、手の平から外向きに向かって広げるかを指定できる。
・漢字は左右いずれかの手のひらに浮かべることができ、触れた物(固体)に対して転写することができる。
ただし、砂や液体や気体には直接転写はできない。
・一度描いた漢字の上に、さらに漢字を重ねて描くことも可能で、2文字が重なった状態となる。
ただし、『起動』する前に、漢字を描いた物が損壊してしまった場合は、そのまま漢字は消失してしまう。
・起動している間に具現化により、たとえば「水」や「霧」のように無から発生した物は消えずに残る。
すでに存在している物を変化させた場合は、起動前の状態に戻る。
ただし、変化して損壊した場合はこの限りではない。
・漢字はいくつでも描くことができ、消えない限り、残り続ける――その限界は不明である――。
漢字を描いた順序ではなく、自身が指定した漢字の『起動』『停止』を自由に操ることができる。
漢字は転写直後は、馬琴の目には何が書いてあるか視認できるが、ルティーナにはぼんやりと光っているようにしか見えない。
いざ出来事を整理してみると、使い方を誤ればかなり危険な『能力』かもしれないと、認識を改めルティーナに正しい使い方をさせる先生になると誓う馬琴であった。
それを聞かされたルティーナも遊び半分でなく、冒険者になってこの『能力』を正しく使うことを誓うのであった。
――そして翌朝、ノスガルドからバルストが慌ただしく帰ってきたのだ。
「アンナ~、帰ったぞ! 早速、支度をして出かけるから手伝ってくれ!」
「あなた、そんなにすぐに……旅から帰ったばかりで、寝ていないのでしょう?」
「任務だ! 任務! 久方ぶりに、良い条件の単独案件をもらえたんだ! 疲れたなどと言っておれん!」
バルストはルティーナの頭をなでながら、満足そうだった。
その任務の内容を問うルティーナ。
任務の内容は1人でも出来る薬師の薬草回収の護衛であった。しかも王国経由の高額案件であり、ちょうど任務明けに偶然張り出さた任務を取れたことに気分が上がっていたのであった。
アンナも、任務地が『バルでランの森』と聞きアンナもノモナーガ王国の同盟国の森つまり『バリア・ストーン』の効果が効く場所を知り、大した魔物は現れないとことに安心するのであった。
そんな喜ぶバルストを横目に、馬琴はルティーナに合図を送った。
「あ、あのねお父様! ルティーナ、お父様の活躍を見てみたいなぁ~」
「『バルデランの森』って、弱い魔物しか出ないんでしょう? それなら、何かあっても、お父様が守ってくれるわよね?」
とバルストに擦り寄るルティーナであった。無論、別の目的があってのことだが……。
上機嫌な上、自分の活躍がみたいと愛娘に言われては断れないという心理を見事に馬琴に突かれてしまい、1つ返事で了承してしまう。
しかし、それを見たアンナは危険な目に遭わせたくないと止めようとするが、譲れないバルストも絶対守ることを誓い、それであればアンナも同伴するように促すのであった。、
最初は拒んでいたアンナも、ルティーナのキラキラする瞳に見つめられては断ることができなくなり、やむなく了承した。
「ルティーナはね、お父さんやお母さんみたいに将来は冒険者になりたいの」
「そうかそうか、ルティーナにも色々な世界を見てみせてやるからな」
――結局、三人で出かける支度を始めるのであった。
バルストは借りてきた馬車に荷物とルティーナ達を乗せ、依頼主のもとへ直接移動するのであった。
「ルティーナ、その恰好、様になっているじゃないか! まるで冒険者のようだぞ!」
ルティーナは、バルストに訓練されていた頃の防具を身に着け、10歳の誕生日に贈られた愛用の短剣を腰につけていた。
「あと、お父様、これも持って行っても良い?」
と、風呂焚き用の薪の山から、15~30cmほどの大きさで形が良く、薄めの木片を十数枚ほど選び、馬車に持ち込んでいた。
「(そんなもの、何に使うかわからんが……)邪魔にならぬようにするのじゃぞ」
(ところでルナ、こから街まで馬車でも5,6時間かかるって……乗り物は馬車だけなのかい?)
(そうね、私みたいに飛ぶなんて無理だしね)
「は~い」
――これから、この家族の運命が転落する危険な旅路が始まるとは、誰もこの時に知るすべもなかった。