3話 漢字
ルティーナは、喉の渇きを潤そうと寝床から降りようとしていたが、その試みは思わぬ形で中断される。
ベチ~ンッ!!
体を支えようとした腕に全く力が入らず寝床から豪快に転落してしまった。
勢いよく床に顔をぶつけてしい、悶え苦しんでいたが、その時、彼女の手のひらには【水】の漢字が浮かんでいた。
とりあえず床の上で仰向きにひっくりかえり、両親が助けに来てくれるまで天井を見上げて給水はあきらめるのであった。
しかし、その期待はかなわず両親は気づいていない様子で、全く戻ってくる気配はなかった。
(後10分もしたら、アンナさんがご飯を持ってきてくれるだろう、もうすこし我慢――)
馬琴はルティーナをなだめようとしたその時、視界にはいった手元の床の異変に気がついた。
【水】
(水……漢字……が描いてある? 模様じゃないよな……既に床に描かれていた? しかし日本語は無いはず)
(マコト、何をまた訳のわからないことを言ってるの?)
馬琴はルティーナに、床の上に【水】が描かれていることを説明したが、彼女は床の模様だと興味が全くないのであった。
(偶然よ、自分の世界が懐かしくなっちゃってなんでもそう見えちゃうんじゃないの? それより私は水が飲みたいの~)
(確かにルナの言う通りかもな、正直、どうにでも見え――)
馬琴が、失笑しようとした瞬間、【水】の描かれた場所から本物の水が床から噴出し始めたのだ。
それに動揺するルティーナ。
水びたしになりながら必死に、水を止めようと模様のあった場所を必死に背中で塞ごうとするのであった。
(ぎゃ~! こんなに水を求めてないわよぉぉぉぉ~マコトなんとかしてぇぇぇぇ~)
(これ、ミズとか言ってたわね? あなたの仕業なの?)
(えっ! 俺じゃねぇしっ!)
だが水の勢いは止まらず部屋は水浸しになり扉からあふれだそうとしていた。
(とにかく何とかしなさいよ!)
(どうやって噴き出したかもわからねぇのに、止めるなんて! そもそも俺って、意識しか存在――)
そうこう言い合いをしている内に、突然、水の噴出は止まるのであった。
(と、止まった? なんで急に? さっきまで……幻だったのか? 【水】の模様もなくなってる?)
(あ、あのぉマコトさん……幻なわけないじゃん! 私ぃ水浸しなんですけどぉ……へっくち……)
さすがに、ルティーナの部屋から異変に気づいた両親が、あわてて部屋に飛び込んでくる。
「え、なに? 部屋が水だらけ?」
まるで、池でおぼれているようなルティーナの姿に、言葉を失うバルストとアンナであった。
ルティーナは偶然にも水分補給ができたので、喉の渇きが解消され、かぼそい声ながらも返答ができた。
「ぞ、……そごか――ら……水が、……ふ、吹き……だじて――」
「ルティーナ、無理にしゃべらなくてもいい! そんな所から水が吹き出すわけがないだろ?」
「あなた! もしかして、この前の大雨の時に、屋根裏に雨水がたまってたんじゃないの?」
「え、雨漏り? ……それでこんな事っで……うーん、そう考えるのが妥当なのか?」
部屋が水浸しになった原因はバルストのせいにされ、その場の出来事は2人だけの秘密にするのであった。
「あなた! 早く私の部屋に運んでちょうだいルナが風邪をひいちゃうわ!」
(着替えかぁ――あぁ~っ!)
(どうした? ルナ)
(うかつだったわ! マコトの目線に入らないように上向いとかなきゃ……)
(え……ところで、先程からなんで天井ばっかり見てるのぉ? ルナさん――)
(はぁ? マコトぉ気付きなさいよっ! あなた視界が共有されてるのよ鏡なんて見られないわよっ!)
(え……そういうこと? あはははは……俺、子供には興味――)
その後、2人が大喧嘩したことはいうまでもなく、アンナは、そのまま着替えさせたルティーナを自分の寝床に寝かせ、準備していた食事をとらされるのであった。
食後、寝床から天井を見つめながら、水が噴出した理由を考えていた。
(さっきのやつって魔法なんじゃないのかい?)
(ん……全く違うわねえ)
(この世界の魔法って、詠唱を唱えたり、魔法石を媒介にして発動するんだよ。だから、全く異質よ)
2人はいろいろ試したい好奇心はあったが、母親の寝室では行えない行為だと理解していた。
(ふぁ~っ、そろそろ眠くなってきちゃった)
(あ、独り言はやめてよね! 眠れないから)
(そうか……気を付けるよ……って俺は寝られるのか?)
馬琴の苦悩も始まったばかりだ。