245話 分断
黒竜に伝えた『過去に帰す』という条件は、検討されることすらなく却下され、この世界を破壊することを宣言されてしまう。
もう馬琴達に残された選択肢は、封印して破壊するしか手段がなくなってしまった。
しかし朝時が裏切ったことで、それができないと実感した彼女達は、戦っても勝算もない中、そびえ立つ黒竜の姿に震えが走り始めていた。
「あ~駄目じゃねぇか」
(やつの言い分には一理ある……か)
(関心している場合じゃ――)
「わかっているではないか?」
(くそっ交渉決裂だ)
(マコトぉ、どうすんのよぉ! 戦うしかないってこと?)
「世と戦う? 面白い事を言う娘だな? 」
(朝時君に頼るしかないのに……あいつ、何を考えてるの)
「むっ、そこの黒髪の娘にも別の意識が……」
「アサトキクン? 頼る? ここに居ない――そうか、姿を消している奴が居るのかっ! 貴様ら、最初っから、俺を騙し討ちするつもりだったのだな」
「ち、違うわ! 落ち着――」
黒竜は、そもそも人間が空を飛び、自分を苦しめた『勇者』という存在が2人の女性に憑依して自分を再び討伐しようとしている現実に怒りが頂点に達してしまう。
しかしリュウゼやリュウガを倒した実力を持つ彼女達に対して油断や驕りは一切なく、集団で対峙は不利とみた彼は、口から炎のブレスをルティーナ達がかたまっている場所へ撒き散らすのであった。
4人は攻撃を回避のため、ばらばらに飛翔するしかなかった。
そして煙や爆風で当たりは見えなくなった。
ルティーナはとりあえず、地上に降り自分の作った漢字の縄張りで息をひそめることにした。
「(姿を消していれば竜に意識介入されないって聞いといて正解だったぜ)」
「(さぁて――)」
その様子を地上で隠れて見ていた朝時は、ルティーナの元へ魔法を解除し近づくのであった。
「げほっ、げほっ!」
(マコト、みんなと分断されちゃったよ)
(シャルが巻き込まれてなければいいが)
(タイヘイが人質にしてるなら、守っ――)
「よぉ、里美ぃ!」
「た、タイヘイっ! あなた!」
朝時は、眠ったままのシャルレシカを地面に転がしたまま剣を突き立て、馬琴にチョーカーを外すように要求した。
しかし、ルティーナは黒竜との交渉が決裂した今こそ、朝時の魔法が必要だと説得をするのであった。
「はいはい、この首輪を外してくれたら俺が封印でもなんでもしてやるよっ」
「っつても、どうせ大した条件じゃねぇんだろ? とは言っても何が起こるかわかんねぇからな」
「もうっ! 時間がないのよっ」
「だから! 外せっつってんだろ!」
2人は口論にやっきになり、魔の手が迫っていることに全く気付いていなかった。
一方、ルティーナ以外の3人は空高く逃げていたため、粉塵の外で互いを認識しあい合流していた。
見えなくなった竜に対して、ルティーナも見えなかったことから地上に降りたと判断したため、煙が晴れるまで、うかつに空中から攻撃が出来なかった。
だが、そこへ残っていたデルグーイからの攻撃が始まり、3人はそれぞれで迎撃をすることにした。
皆が心配する中、ルティーナと馬琴と朝時の終わりのない不毛な会話が続いていた。
「あなた、わからないの? マコトはあなたを殺すつもりなんて全くないののよ! それ以前に、あんなに酷い目にあわされたのに、一緒に元の世界に連れて帰ってあげる気なのよ!」
「信じられるかぁ~! 俺の……俺の誉美を奪ったやつにぃぃぃ~っ!」
「もうっ、そんなんだから、あんたはモテないのよっ!」
「こんなことをしている間にトモミさん、いえエルが死んでもいいって言うの?」
「今度は誉美を盾に使う気か! くそっ」
「本当に、この首輪は俺にとって実害はないんだろうな?」
「ないわよ! ただあなたが裏切らないようにするための飾りだったのよ! いい加減、信じてよ!」
「ちっ、わかったよ、じゃあシャルレシカは返してやる」
(良かった……)
「あんな奴、怖くもなんともねぇ! とっとと封印して、お前の『能力』で粉砕しちまえ!」
「とにかく、奴を探せ! 見つけたら15秒の時間稼ぎをしなっ! 俺は姿を消して封印魔法を詠唱するっ」
とりあえず協力的になった朝時に安心したルティーナは、シャルレシカを近くの岩場に避難させた。
そして地上に仕掛けてある漢字の何個かを遠くにあるものから順に、こっちに近づいてくるように『起動』して自分たちがこの場所にいることを知らせるかのように誘導し始めた。
「(ふん、誰が封印なんてもったいないことをするものか! 洗脳に決まってるだろ……)」
「(しかし、何故、馬琴はさんざん洗脳魔法の使い方を確認しておきながら、竜を封印することにこだわったんだ?)」
「(まぁどうでもいい、待ってろよ竜! お前はこれから俺の最強のしもべに――)」
「――た、タイヘイっ! 後ろっ!」
「!」
「ほぉ、貴様がアサトキクンか? 世を洗脳するだと? お前もソレが使えるのか? そして、この世界を自分のものにしようと?」
「確かナガアキも、俺に使ってきたが自分の魔力では操作しきれないと騒いていたぞ」
(やはりそうか……ナガアキもやっていたんだな……だから封印に踏み切ったのか)
「隠れている奴がいるとはわかっていたが、娘達よりくだらない人間だったとはな――」
「(で、デンゴ……心が読まれ――)」
竜は爆風の煙に巨体を隠しながら気配を消し、ルティーナと太平が居た場所に偶然出くわし、2人の喧嘩を眺めていたのだった。
さすがに余裕でいた朝時も、目の前に迫る黒竜の巨大な顔に恐怖し体が硬直してしまう。
その一瞬、彼は何も抵抗することもできず無残にもルティーナの目前で捕食され絶命するのであった。
「ぐわーっ! や、やめ――――……」
「キャーっ! タイヘ――」
(こんな巨体が気配を消して……近づいてくるなんて)
(シャルが起きていてくれたら……太平……馬鹿野郎っ!)
「けっ、美味しくないな人間という生き物は……」
(こんなに近づかれては、ルナには防御する手段が――)
「さらばだ、勇者の意思を持つ小娘よ!」
ルティーナは煙の中から突如勢いよく振りかざされた尻尾に薙ぎ払われた。
それは一瞬の出来事であり、馬琴がルティーナを固くする余裕もなく、悲鳴を上げながら岩壁に叩きつけられ、黒竜を見つめながら血まみれで意識を失ってしまうのであった。




