210話 |怒《いか》ル|長明《ながあき》
ウエンディとサーミャとエリアルはルティーナが島に着くまでの間、足場がままならない船上で海の魔物との戦いが始まっていた。
一見不利な状況ではあるが、ウエンディの豊富な戦闘知識のおかげで、ルティーナが不在でも魔物より優位な状況で船を守り切れている状況であった。
「サーミャちゃん、せっかく魔法を充電したんだから、時間止め魔法はいざという時まで使わないで、水竜の操作だけに集中しててね」
「あぁ、5倍の威力だから集中力がハンバねんぇ、確かに他のことしてる余裕はねぇな……」
「エリアルちゃんは、前方の魔物が水面に顔をだしたら風の斬撃で攻撃に集中してっ」
「わかりました」
「私は、左右前方に回り込んだ敵を蹴散らしますっ! 『ライトニング・スプラッシュ・コンバイン』っ『ツイン・エクスプロージョン』っ! 3連打っ」
「(さすが、魔導師団長だけの事はあ――)」
ドゴォォォォォォォーンッ
船底から、大きな衝撃音と共に船揺れが発生し、後方に船体が傾き沈み始めるのであった。
「な、なんだ今の揺れはっ! あたいが水竜で守っているはず」
デクーシャが水竜を避け、密に船の真下から接近し、船底に体当たりし、ルティーナが硬化させた船をも亀裂を入れるほどの衝撃を与えていた。
ウエンディはサーミャに水竜で船の底を攻撃するように指示し、一瞬隙ができる後方にエリアルを向かわせた。
「船体の揺れが激しくなってエリアルちゃんが辛いかもだけど、頼める?」
「だいぶ、足場に慣れたので大丈夫です」
ウエンディは攻撃をやめ、船の周りを『フリーズ・ゲージ』で凍らせ始めるのであった。
ルティーナが【浮】を船に施しているため沈むことはないが、氷による浮力と防御を強化した。
あたりの海と船の周りを凍らせたことで、サーミャは水竜で船底だけに防御を集中させる。
しかし、船の周りで浸食している氷の上に2匹のデスパトクオが這い上がり船に近づいてくる。
「次から次にっ……洗脳で行動を強要されているとこんなに魔物は厄介なのか――」
「それはないわよ、サーミャちゃん。私が合流するまではわからないけど、今は集団洗脳をされている様子はないわ」
「ある程度は、ここに導かれたかもしれないけど、これは魔物の本能よ」
「(! 闇魔法の気配がわかるのか? マホさんと同じ力?)」
「(とは言え、サーミャちゃんにこれ以上、魔力を使わせたくないし……私も長くは)」
その頃、ルティーナはシャルレシカの指示する方向に進み、島まで1kmまで接近し、暗闇の中でも島を目視できたのであった。
ルティーナは、万が一にも『マジックシール・ストーン』が使われていた場合、上陸してもサーミャ達が転移できなければ意味がないため、シャルレシカに広範囲でなく自分たちの居る場所で魔法が使えかどうか判定するように指示した。
(あれが八丈島? この世界に唯一残った……2つの火山が重なった島)
(あの2つのコブみたいなのは、火山なの?)
(俺のいた時代の話だけど、地形変動が起った後はどうなっているのかま――)
「! ルナっ! この先に魔物が……」
「もう、海の奴はいいわよ?」
「いえぇ、島にぃ……あれ、消えちゃったぁ?」
(やっぱり『マジックシール・ストーン』……ということは、島には洗脳されてない魔物も居るってことか)
(ねぇマコト、魔物が消えたって場所、今、鈍く光ってたよ?)
(?)
しかし、魔物が消えた理由は馬琴の予想とは違っていた。
長明は、事前に数匹のデフルウを島でうろつかせていた。
夜間目が利くデフルウは、飛来してくるルティーナ達を見つけたことで、『近づく人間を見つけたら爆発する』という条件にした『カース・ストーン』の首輪をつけさせてられていたため為、爆発したのであった。
――その爆発音に、長明が気付く。
「! この島に接近する物が居るはずが……まさか、ルナリカ……空を飛べる情報は聞いていたが、この広大な海を空から探し当てたというのか?」
「――くそっ、あと2日だったのに……このままでは儀式が」
「ここでロザリナを失うと、今度こそ俺の何十年かけた計画がパーになってしまう! クソガキめ!」
長明の頭の中は、ルティーナがどうしてここを把握したのか? なんらかの『能力』でロザリナを認識しているのか? 自分の想定を超えた出来事に焦っていた。
自分の手駒は証拠隠滅でモルデリド王以外すべて失っている中、別の場所に逃げることもできなくっていた。
「俺もこの首飾りは着けたままにしておかないと……とりあえず、ロザリナの所へ――」
「ルナぁ、この辺りは魔法が使えないですぅ」
「ありがと、反対側に着陸するわ」
(あとは島に降りるだけなのに……そうとうデカい石か、複数個……効果範囲を考えると、あの森は間違いなく魔物の巣窟だな)
「ルナぁ、待ってくださいぃ~、そこに2匹ほどぉ何か居ますよぉ」
「地上戦ならなんとでもなるわ、それに武器も補充されたしね」
一方、ウエンディ達が乗っている船の周りを凍らせ防御に徹してしまったため、氷の圧迫でデクーシャのつけた船底の亀裂の損傷が圧迫されてしまい、次第に足場から水が噴き出し始めた。
これ以上、氷魔法を使うと自分たちの足元まで凍ってしまうため、ウエンディも時間稼ぎの限界に焦り始めた。
「母さんっ! あんたも魔力を使い過ぎだっ! あたいも戦う――」
「だめよっサーミャちゃんっ! あなたは温存しなきゃっ駄目なのっ!」
「私とエリアルちゃんで耐えるから、あなたは転移の準備をして!」
「くっ、(ルナっ、まだかっ)」
一旦、サーミャは水流を解除した瞬間、狙っていかのように船の底に潜んでいたデルイーホが、潮を噴き上げるのであった。
その勢いで船は水面から、高々に舞い上げられてしまう。
「「「きゃぁー」」」
「皆、あたいに捕まれっ!」
「――みんなっ、無事?」
「お、遅ぇよぉルナぁ~……ギリギリすぎだぞ」
空中に舞い上げられた時に、サーミャはハーレイの顔を頭に浮かべて転移を決断したが、その瞬間に手首が輝きだしルティーナへ転移することに切り替えたのであった。
「ありがとうございますウエンディ様。本当に……」
「いいえまだまだよ、リーナちゃんを助け――」
ウエンディは無事に島に皆を送り届けることができ安心したことで緊張感が途切れて膝を落としてしまった。
「(なぁルナ、母さんもう限界なんだ……あたいの魔力を温存するために)」
(素直じゃないなミヤは)
「ウエンディ様、ここからは私たち3人で大丈夫です」
「で、でも」
「ここまで2人を連れてきていただいただけで十分、貸しは返していただきましたので」
「それに調べたところ、この先は魔法が使えない場所が多いんです」
「ここからは私とエルで、ミヤとシャルを守りながら行かなければなりません」
「……確かに、逆に脚を引っ張りそうね」
「ごめんなさい、私は先にハーレイ様のところに帰るわね。みんなもちゃんと戻ってきてね」
「「「「はいっ!」」」」




