“必然”
友達!?今、トラオムはそう言ったのか…!?
少女は驚きを隠せないでいた。無理もない、大好きな本を買う為に本屋に立ち寄り“偶然”このノベル小説を一目見てクギ付けになり、手に取ったのだ。
そして“偶然”十年ぶりに扉と出会い、
物語に入り込めた。
“本当に偶然なの?”
そんな言葉が、少女の頭の中に浮かぶ。
本当に、たまたま“偶然”というものが重なり、この主人公に出会ったのだろうか。
誰かが意図して――
いやいや、そんなことがあるはずもない。
ただの空想人物に意思などがあってたまるか…!
少女は強く頭を横に振る。
「ど、どうしたの?あいちゃん」
心配そうにトラオムは少女を覗き見る。
その顔はまるで天使のようで、不覚にも“キュンッ”とときめいてしまう。
落ち着け、ただの架空人物だ。
二次元に弱いとはいえ、三次元で好きな男の子も居るのだと少女は自分に言い聞かせる。
「本当に大丈夫?」
大きな声で“大丈夫”と返してしまう。
トラオムの瞳は、満月のように真ん丸になる。
驚かせてしまった。そう少女が思った時、少女自身も瞳を満月のように真ん丸にし、すぐさま左腕に身につけている腕時計を凝視する。
(やばい、今日は私が夕飯を作る係…。今何時!?)
“18時05分”を針が指している。
少女の顔から血の気が引くのがわかる。
それを見ていたトラオムがわたわたと慌て始める。
“帰らなきゃ”
そう少女がトラオムに伝えると、急いでドアの方へと走る。振り返る暇もなく少女はドアを開く。すると後ろから“またね”という声が聞こえたような気がした。
《野々瀬家/あいの家》
「説明しろよ。なんでこんな時間に帰ってきた?」
「何度も電話したのよ?」
あの後、物凄く急いで買い物を済まし。
家に帰った少女だったが、結局夕飯に間に合わず出前を頼むことになったのだった。
そしてその出前を食べながら、母と兄に質問攻めされているが、正直ゆっくり食べさせて欲しいと思う少女。
「はぁ?友達の家でゲームしてたら忘れた?お前が?嘘こけ。たくっ…嘘ならもっとマシな嘘つけよ…」
そう言いながら味噌汁を啜る兄に、多少怒りが湧く。
こいつはこんな時ばかり文句を言ってきて、他は無関心なくせに。なんなんだ?と思いながらも怒りを笑顔で隠す。が、口の端をひくつかせてしまう。
兄が関わってくるのは、やっぱり母の為だろうか。
このマザコンめ…!
「ゲームに集中してたからって、あいが私の電話に気づかない筈がないわ」
母はどんな根拠でそう言っているのだろうか。
確かに十年間、母の電話にはちゃんと出ているから、それを根拠に言っているのであればそうなのだろう。
「買い物する暇はなくてゲームする暇はあるんだな。あと、本を買う暇も」
兄の言葉に少女は思わず“え?”と声が出る。
すると兄は箸で少女の横を指す。
指している方向を辿ると、見覚えのある本がテーブルの上に置いてあった。
「な…んで…」
驚いて上手く声が出せない。少女は喉を鳴らす。
“あのノベル小説だ”
そう思った。けど、少女はこのノベル小説を買っていない。買う予定だった大好きな本すら買わずに買い物を済まし帰ってきたからだ。
「お前がノベル小説なんて珍しい」
“うん”と口にするのがやっとだった。
トラオムが主人公のノベル小説。
そう…タイトルは…
ーー空想少年ーー
というドイツ語をメインとしたノベル小説。
なんでここにあるのだろう。買った記憶はない。
あの後直ぐトラオムと別れ、三次元へと戻った。買う予定だった本すら買うのを忘れたほどだ。なのに…何故?
「あい?箸が止まってるわよ?」
“うん”とまた小さく頷いて、食事に戻る。
兄の呆れたため息も母の心配する声も遠くに聞こえる。いくら考えても、何度も見ても…このノベル小説が存在していることは確かだった。