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昼食後、私たちは四人の令嬢の部屋を大階段に近い部屋から順番に訪ねることにした。
私たちとはユージーン、サイラスの二人。コリーンとジーニアスは私の身体を守っている。私?私はまずは令嬢の部屋の前で待機。サイラスがドアを少し開けておいてくれたので中の様子はわかる。
一人目はヴィオラ・ビーンランド子爵令嬢。
「ユージーン!待ってたわぁ。ねえ、私部屋にいるのもう飽き飽きしちゃったの。出かけましょ」
部屋に入って早々ユージーンの腕にぶら下がろうとするビーンランド子爵令嬢を何とか避けながらユージーンは彼女に言った。
「ヴィオラ、もう一度セラフィーナ殿下が階段から落ちた時にどこに居たか教えてくれ」
「ええーー、部屋にいたって言ったじゃない。前の日ちょーっと飲み過ぎちゃってまだ寝てたのよねえ。そうしたらさあの女……じゃなかった王女様が階段から落ちたって言うじゃない?本当は見に行きたかったけど支度が間に合わなくって見られなかったのよねえ。残念!」
私は呆れてポカンとしただけだったけど背中しか見えないサイラスから物凄い怒りのオーラが漂ってくるわ。
お母様が怒った時は冷気が漂ってきたけど、サイラスが怒ると暑苦しい空気が流れてくるのね。
『この女クソだな』
ステラの言葉に吹き出しそうになる。そのおかげか怒りは湧いてこなかった。
ビーンランド子爵令嬢はサイラスをチラッと見て「こわぁい」とユージーンに抱き着いた。
それをべりっと引きはがしながらユージーンは話を続ける。
「ヴィオラ、不敬が過ぎるぞ。それにセラフィーナ殿下は俺の婚約者だ。俺の前で婚約者を馬鹿にするような発言はしないでくれ」
「んもう、ユージーンは真面目なのねぇ。大丈夫よ、引きこもり姫は王様たちにも嫌われているんですって。あばら家に追いやられてドレスや宝石も買ってもらえないんですってよ。ユージーンもこんな婚約嫌なんでしょ、頭打って寝たきりなら婚約破棄出来るんじゃない?」
「ヴィオラ……婚約破棄を狙ってここまで押しかけて来たのか?」
ユージーンの声が低いわ、地の底を這うように。ビーンランド子爵令嬢は気づいていないみたいだけど。
「あら?だってユージーンがお願いしてきたんじゃない。王家に押し付けられた幽霊姫が領地に押しかけてくる。何とか婚約を解消したいから急いで領地に来てくれって。お手紙貰って急いでここまで来たのよぉ。ふふっユージーンはやっぱり私が好きだったのね。子爵家の三男じゃあ私の相手には不足だったけど、今のユージーンなら結婚してあげてもいいのよ」
「手紙?」
再び引っ付いたビーンランド子爵令嬢を引きはがすこともせずユージーンは考え込んでいる。
私は「失礼します」と部屋の中に入った。
「ご主人様、セラフィーナ殿下の意識が戻られたようです」
「そうか、殿下の意識が。それで殿下は?」
「一度意識が戻られて再び眠ってしまわれたようで……あ、それでも『もう大丈夫だ。数時間後に再び目覚めるだろう』とお医者様が仰いました」
そこで私は声を潜めた。潜めたと言ってもビーンランド子爵令嬢に聞こえるくらい。
「一度目覚めた時に突き落とした犯人を見たとおっしゃったそうです」
「何!?ではやっと殿下を殺害せんとした犯人を捕らえることが出来るな!」
『キモっ!あたしはこんなスカした喋り方しないぞ。おっさんの演技の方が酷いけど』
ちょっと腹立つけどステラの意見に私も賛成。ユージーンのセリフは棒読みなんだもの。それでもビーンランド子爵令嬢は気づかなかったよう。
彼女は「セラフィーナ殿下の意識が戻った」と聞いたときに「あら残念。寝たきりで居ればいいのに」と呟いた後は私たちの会話に関心がないふりをしていた。
振りなのか、本当に関心が無いのかはわからないけれど。
その後更にしなだれかかるビーンランド子爵令嬢を引きはがしつつ私たちは部屋を辞した。
そうして残り三名の令嬢の部屋でも同じような事をした。
三人とも手紙を貰ってここに来たと言っていた。
ここに来て他の令嬢も居たことに驚いたらしいわ。彼女たちは自分がただ一人ユージーンに頼られたと思っていたしユージーンが押し付けられた婚約を解消したら自分と婚約してくれると思っていたみたい。
ここに来て当てが外れたけれどユージーンが戻ってきたら自分が選ばれるかもしれないと希望は持っていたみたいね。
彼女たちは騎士団に魔獣を討伐してもらったり、騎士団に身内がいたりして以前からユージーンと知り合いだったと言っていた。ユージーンは覚えていなかったけど。これはあれね、子爵家の三男だった時には歯牙にもかけなかった人が英雄で侯爵になったら途端に親しい人に思えてくるってヤツね。彼女たちは親にも発破をかけられてここに来たみたい。
それなのに私が大階段から突き落とされる事件があって、部屋に軟禁状態になってしまったので今は一刻も早く王都に帰りたい、帰る許可をくれとユージーンは懇願されていたわ。
特に三番目に訪れたセシリー・ポロック伯爵令嬢は憔悴して目の下の隈も酷く「もうここには居たくないのです」とさめざめ泣いていた。
「セラフィーナ殿下が目覚められたのであと一日で帰れますよ。犯人でなければ」
ユージーンが言うと彼女は顔を引きつらせて叫んだ。
「引きこもり姫がどうなろうと私には関係ありませんわ!私は無関係よ!」
四人の令嬢たちに話を聞いて私はへこんでいた。
みんな私のことを何だと思っているのかしら……
わかっているわ『嫌われ者の引きこもり姫』よ。
今までは嫌われ者結構。その方が周りが五月蠅くないし研究に専念できるからかえって都合がいいわ、などと考えていた。だけどそれは社交をしていなかったから。
つまり酷いことを言われたり軽んじられたり人々に嘲笑されたりしても直接私の耳には入ってこなかったから。面と向かって馬鹿にされれば腹が立つし、軽んじられたり嘲笑されればへこむ。
「俺はセラフィーナ殿下がとても魅力的な女性だというのをわかっている。わかっているが俺も君が馬鹿にされるのは不愉快だ。だが本当の君を皆がわかったら求婚者が殺到して……いや、もう俺と婚約をしているんだから……しかし万が一君が心を奪われるような男が……」
ユージーンが真剣に悩んでいるのを見て心が温かくなった。彼が本当に私を好きでいてくれて求婚してくれたんだということがよく分かったから。
「セラよ」
「え?」
「セラかセラフィと呼んでくれる?殿下もいらないわ。婚約者なんですもの」
私がそう言った時の彼の表情をなんといったらいいのかしら。心がむず痒いようなキュッと痛いようななんとも言えない気持ちになって私は彼から顔を背けて足早に私(の身体)が待っている客室に向かった。
セラフィーナの客室に戻る途中クライドに捕まった。
「ご主人様、お探ししましたよ。また王女様のお部屋に行くんですか?連日王女様のお部屋に入り浸られては困ります」
「殿下は未だ目を覚まさないんだ。婚約者として心配するのは当然だろう。それに殿下はこの屋敷で怪我をされたんだ。このままでは俺を含めお前も咎を受けることを覚悟していた方がいい」
ユージーンの言葉にクライドは薄ら笑いを浮かべた。
「真面目なところはご主人様の取柄ですね、押し付けられた厄介者の王女様ですのに。王女様はご自分で階段から落ちられたのですよ。こんな事態になって私共の方がいい迷惑ではありませんか」
「クライド!なんてことを言うんだ!事故ではない、彼女は誰かに突き落とされたんだと聞いただろう」
「ああ王女様の従者がそんなことを言っていましたね。嫌われ者の引きこもり姫の従者の言うことなど誰も信用しないでしょう。王女様は噂にたがわず我儘でしたからね。このお屋敷でも勝手な振る舞いをなされて私たちも苦労していたんです。その挙句に勝手に鉱山に行くなどと言って階段から落ちる。はぁ……全く迷惑だ。ご主人様、一刻も早く婚約を解消して王宮に引き取っていただきましょう」
クライドのあまりの態度にユージーンの血管が切れそうになっている。
サイラスが一足先に部屋に戻っていてよかった。サイラスがいたらクライドは一刀の元に切り殺されていたわ。
私は後ろからそうっとユージーンの服の裾を引っ張った。クライドはもう少し泳がせていたい。
クライドはやっぱり私を王都に帰そうとしている。この婚約を無くそうとしているように見えるわ。それがどうしてなのかわからない。最初はユージーンが私を嫌っていてその意向をくんで私たちに嫌がらせをしているのだと思っていた。でもそれは違ったわ。自分の主人が意に染まぬ結婚をしようとしているのを見かねて阻止したいというような忠義でもない。大体クライドはユージーンがこの領地を賜った時に代官のアンガスに推薦されて執事として雇ったばかりだと聞いた。そのアンガスとクライドはユージーンを騙してこのお屋敷から連れ出し、その隙に私に嫌がらせをして王都に帰そうとした。その目的が何なのかわからないのよ。
だから、クライドやアンジェラの私に対する態度を聞いてユージーンが怒り、すぐにでも首にしようとした時に止めた。彼らの目的がわかるまでもう少しこのままでいましょうと言ったの。
『……』
(どうしたの?)
ステラが何か考え込んでいるようなので声を掛けた。言葉を発しなくても雰囲気でわかるものなのね。
『うーん、このおっさんどっかで見たんだけど思い出せないんだよな』
(呆れた……執事の顔ぐらい覚えておきなさい)
『馬鹿にすんなよ、執事様の顔ぐらいあたしだって知ってる!そうじゃないんだよ、前から思っていたんだ。ここで会う前にどっかで見たって。……思い出せないけど』
クライドは尚もぐちぐちと言っていたがユージーンが「お前は愚痴を言うために俺を探していたのか?」と聞くとやっと本来の目的を思い出したようだった。
「王宮から知らせが来まして、明日第二王子殿下がこちらに来られるそうです」