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階段から落ちて二日。
メルサさんが「ゆっくり休むんだよ」と部屋を出ていってから私はこんがらがった頭を整理することにした。
まず一つ目の問題は、私がステラというメイドの身体の中に入ってしまっていることだわ。
私は問題点を紙に書き出し……たりは出来なかった。この部屋、紙も筆記用具も無いんですもの。
しかたなくベッドに寝っ転がって考える。
私は、私セラフィーナの意識がステラというメイドの身体の中に入ってしまっていると認識した。
私は自分がセラフィーナだという認識をしているし今までの記憶もある。ステラという娘が頭を打って自分はセラフィーナだとありえない妄想を抱いているわけではないと確信できるわ。
ではステラという娘の意識はどこに行ってしまったのかしら?そうして私の身体はどうなっているのかしら?
なぜ私の意識がステラの中に入ってしまったのか?どうやったら戻るのか?など疑問は尽きないけどまずは私の身体が現状どうなっているかを確かめる必要があるわ。もしかしたらステラは私の身体の中にいるかもしれないし。
その他にも私を突き落したのは誰?とか婚約をどうやって解消するかなど考えることはあるけれど、それは全て後回しにしましょう。
あっ!大事なことを忘れていたわ。開発中の魔具……あともう少しで完成なのに……
私はこの問題を後回しにするのが一番残念だわ。
この姿のままでも魔具の開発を続けられるならステラという平民のままで魔具師として生きていってもいいかと考えるほどに……
そんなことを一瞬は考えたけど私はお父様やお母様、お兄様方を愛している。結局セラフィーナという存在を愛しているのでまずは私の身体がどうなっているか確かめようと動き出したの。
時刻は真夜中。屋敷中の人はもう寝ている筈ね。
私はこっそり部屋を抜け出してセラフィーナが滞在していた客室に向かった。
「ひっ!」
出そうになった悲鳴を必死に飲み込む。だって立っていたの、サイラスが。
真夜中だというのに私の護衛騎士のサイラスが周囲を睨みつけながら客室のドアの前に仁王立ちしていたのよ。
どうしよう?出直すべきかしら?でもサイラスがいついなくなるかなんてわからないし……いっそ私がセラフィーナだと打ち明けてみる?
グルグルと迷っていたら「そこにいるのは誰だ!!大人しく出てこい!」と鋭い声が飛んできた。
うー……仕方がないわ。一か八かサイラスに打ち明けてみよう。
私がおずおずと柱の陰から出ていくとサイラスはきょとんとした顔をした。
「なんだ?この屋敷のメイドか?ここはお前のようなものが来て良い場所ではない。即刻立ち去れ」
「あの~サイラス?その……ちょっと信じられないかもしれないけど―――」
私は皆まで言わせてもらえなかった。
サイラスの顔が鬼の形相に変わり腰の剣に手が伸びた。
「なぜお前は俺の名前を知っている?お前は誰だ?メイドではないのか?」
「ちょ、ちょっと待って、それ!その剣から手を放して!説明するから。わ、私はセラフィーナなの!」
サイラスは剣から手を放すどころかスラリと抜いて私に突きつけた。
「俺の名前だけでなく姫様のお名前まで呼び捨てにするとは!不敬であろう!!さてはお前が殿下を突き落したのか?ひっとらえて白状させてやる!」
「ち、違うから!お願いだから話を聞いて!」
駄目だ……サイラスは融通が利かない直情型だったわ(巷では脳筋というらしい)凄く真面目で変わり者王女の私にもゆるぎない忠誠を誓ってくれているのだけれど。
万事休すと思った時、後ろから声が聞こえた。
「何の騒ぎだ?」
「ドゥルイット侯爵閣下」
サイラスが目礼をする。
ドゥルイット侯爵!私をこんなところに呼び寄せた元凶!
私はキッと彼を睨もうとして思いとどまった。サイラスが耳を貸してくれない今は彼が最後の頼みの綱だわ。彼は曲がりなりにも私の婚約者。そしてここは彼の屋敷。彼がセラフィーナを見舞いたいと言えばサイラスは拒むことが出来ない筈。
「ドゥルイット侯爵、お話があります!」
私の言葉に彼は怪訝そうな顔をする。
「君は……我が家のメイドだろう?君とぶつかったおかげでセラフィーナ殿下は命を落とさずに済んだと聞いた。君は寝ていなくていいのか?」
ドゥルイット侯爵の言葉にサイラスが目を丸くする。でもその手は油断なく剣を構えている。
私は侯爵を引っ張った。
「侯爵、こちらへ」
何が何だかわからない侯爵を引っ張って私は私がいるはずの客室から十分離れると侯爵に真剣な目を向けた。
「ドゥルイット侯爵、信じられないでしょうが……私はセラフィーナです」
「……は?」
そうよね。意味わからないわよね。私も未だに夢じゃないかと疑っているし。
「もう一度言います。私は外見はステラというメイドですが中身はセラフィーナなのです。どうしてこうなってしまったのかはわかりません。階段から落ちて目が覚めたらステラの中に居たのです。私は私の身体が今どうなっているか確かめたいのですが」
「ちょっと待ってくれ。君がなんだって?」
「だから!第二王女のセラフィーナ―――」
「頭を打っておかしくなったのか?」
やっぱり信じてもらうのは無理かしら……そこで私はハッと閃いた。
「私がセラフィーナだという証拠にお父様、国王陛下の秘密を教えますわ」
「……陛下の秘密?」
「お父様は最近薄毛に悩んでいて鬘にしようか増毛法を試そうか迷っているのです!」
私はどやぁと彼を見たがいまいち反応が薄い。
「じゃ、じゃあお母様、王妃様の秘密も。お母様は最近黒曜劇団の新人イケメン俳優メンティーの隠れファンになってこっそり絵姿を集めているのです!お父様にバレたら面倒くさいのであくまでこっそり」
まだ彼は微妙な顔をしている。
「うーん、ではこれは?リック兄様が最近嵌っていることは愛娘のフィービーちゃんの足の裏の匂いを嗅ぐことなんです!」
「……セオドリック総団長が幼児の足の裏の匂いを……」
そこで彼は首を振って私に言った。
「申し訳ないが、君の言っていることが真実かどうか俺には確かめる術がない。だから君をセラフィーナ殿下と認めることが出来ない」
「!!」
何てこと!そりゃあそうだわ。そんなこと聞いてもお父様もお母様もリック兄様も認める訳ないし……ただ王家の恥部をさらしただけになってしまったわ……私は顔を青ざめさせるべきか恥ずかしくて赤らめるべきか迷った。
「しかし、君の言っていることが嘘と決めつけているわけでもない。一番は君の話し方だ。ステラは下級メイドでそんな口調では話さないから。ほかにも気になる事はあるんだが……ともあれこんなところで立ち話で済ませる内容じゃないだろう。君さえよければ俺の執務室に来て話をしないか?」
ん?信じてくれるの?私の顔色のことで迷っている場合ではないわ!もちろん私は即答で彼の執務室に行くと言った。
まだ信じているわけではないと彼は言ったけど、耳を傾けてくれるだけでも御の字。私はホッと息を吐きながら彼の執務室に向かった。
「さあ、入ってくれ」
執務室の鍵を開けて彼が促す。
私は室内へ一歩足を踏み入れ正面の壁を見ると……
「レイジング・アロー!!」
私は驚いて正面の壁に駆け寄った。これは私が作った魔具だわ。
アイスドラゴンが襲来した際、私たち魔具師も強力な武器を作ることを求められた。それで開発した矢なのよ。急遽私が作ったのは三本の矢。その一本がここに飾られている。私が作った後増産したかもしれないけどここにあるのは私が作ったものだわ。
驚いて振り返るとドゥルイット侯爵が私の前で膝をついていた。
「……貴方はセラフィーナ殿下だ。私はあなたの言うことを信じます」
え?何が起こったの?どうして侯爵は急に信じるように?
戸惑う私に彼は更なる爆弾をぶつけた。
「貴方は魔具師のティア嬢でしょう?この矢がレイジング・アローだと一目見てわかるのは開発者のティア嬢しかいない。そしてティア嬢の正体はセラフィーナ殿下だ」
「……知っていたの?」
「はい、ひょんなことから。あ、騎士団の中で殿下が魔具師のティアだと気づいている者はおりません」
「黙っていてくれる?」
「命に代えても」
いや、そんな御大層なものじゃないから。ばれたら周りがうるさくなって研究しづらくなるって程度の秘密だから。
「……俺がアイスドラゴンを倒せたのはこれのおかげなんです。本当は俺は救国の英雄なんてものじゃなくてこの矢こそがもっと評価されるものなのです。アイスドラゴンを倒した矢は失ってしまいましたが残りの矢を譲ってもらってここに飾ることにしたんです」
なんか恥ずかしい。矢は武器でしかない。その矢をどう使うかは使い手次第だからやっぱり彼は救国の英雄なのだわ。
結局執務室に入って早々、彼は私のことを信じてくれた。今は真夜中なので私の身体に会いに行くのは明日にしようと彼が言うので私は彼と別れてステラの部屋に帰った。
彼の印象がチグハグ過ぎるわ。今の彼は真剣に私のことを心配しているように見えるし、誠実そうに見える。何より私の言うことを信じてくれた唯一の人。
それとも社交をしてこなかった私は人の裏の顔を見抜くことが出来ないのかしら。