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彼女に手が届くまで

ユージーン視点のお話です。


 ふわっといい香りがした。


 俺は思わず足を止めて今すれ違った女性を振り返った。

 王都にある魔具専門店。ここは魔具の販売、修理、素材の販売など魔具に関するあらゆることを取り扱っている。俺は修理に出した魔具剣を受け取りに来たのだった。


 店を出ようとした俺と入れ違いに店に入ってきた女性は後ろ姿しか見えない。その女性はカウンターの男と話をしていた。


「紫炎石とふわふわ草の根っこはあるかしら」


「ありますよ。紫炎石はちょうど入荷したところだ、運がいいねお嬢さん」


「あら良かったわ。他に入荷したものはある?」


「これこれ、宵闇ウルフの牙!滅多に手に―――」


 俺は首を一つ振ると外へ出た。高いところで一つに結わえられたアッシュブラウンの髪がぴょこぴょこ揺れるのが可愛らしかった。どんな顔をしているんだろう?後ろ姿と話し声からまだ若い女性であると察せられるが……そこで俺は苦笑した。すれ違っただけの顔も知らない人のことをどうして俺は考えているんだろう。

 答えは明白だ。あの香りが気になっているんだ。とてもいい香り。あれは彼女の魔力の匂いだ。

 

 俺は他人の魔力を匂いとして感じる。厳密にいえば鼻で感じる匂いとは違う。ただ、いつも感じる訳ではない。魔力が少ないとほとんど感じない。でも彼女の香りは鮮烈だった。魔力がとても多いのだろう。





 彼女と再び会ったのは一週間後だった。

 俺は魔具魔力省に今期、騎士団に配布してもらう冷風布の申請書を持ってきたところだった。

 いくつか並んだ受付カウンターで申請書を渡す。その時あの香りがふわっとしたんだ。

 バッと横を見ると隣のカウンターで女性が受付の男と話をしているところだった。


「だからさぁティアちゃん、王立魔力研究所の研究員になった方がいいと思うんだ」


「またその話ですか?」


「そりゃあ君ぐらい魔具が大当たりしたら食うには困らないよ?でも王立魔力研究所の研究員になれば準貴族の資格が与えられるんだよ。大丈夫、僕も推薦するから。君ならすぐになれるよ」


「私は今のままでいいんです」


「でもさあ、準貴族になれば夜会なんかも参加できるんだよ?君が夜会に参加したらきっとダンスの申し込みが殺到して―――あ、ドレスとか気にしてる?僕がプレゼントしてもいいよ。エスコートも」


「興味ないんです。それよりこの新作魔具、受け付けてもらえるんですか?」


「あっああ。書類はそろってる?うん大丈夫だね。受け付けるよ。それよりさっきの話だけど―――」


「良かったわ、よろしくお願いしますね。それでは」


 にこっと微笑んで彼女は去って行く。俺はその笑顔に見惚れた。


「彼女は?」


 受付の人に聞くと親切に教えてくれた。


「ああ、魔具師のティアさんですよ。この冷風布を発明した人ですね。意外でしょう?まだあどけない少女に見えますものね。魔具の申請の時ぐらいしか姿を現さないのであんまり顔を知られてはいないですけど」


 俺はダブルの衝撃を受けた。温風布、冷風布は俺たち騎士にとって本当に救いになる発明だった。魔具師のティアの名前は騎士なら誰でも知っている。それがあんなに可愛い女の子だなんて。彼女の微笑みが何度もちらついた。い、いや、まだ十代半ばにも見える彼女をそういう対象に見てるわけでは……見ているのか?いや決して邪な感情など持っていない。


 それから数度俺は彼女を見かけた。いや、その言い方は正確では無いな。彼女が行きそうなところ、王都の魔具専門店や魔具魔力省、暇があるとその近辺をうろついていたんだから。それでもたった数度しか彼女を見かけることはできなかったし、俺は一度も彼女に話しかけられずにいた。


 何とか知り合いになれないかな、俺に微笑みかけてくれないかなそんなことを思いながらせっせと彼女が行きそうなところに足を運び大抵の日は肩を落として帰る羽目になるのだった。その間に彼女は驚くほど変貌を遂げていた。最初は少女を脱したばかりに見えた彼女は見る度に大人の女性に成長していった。滅多に会えないから次に会った時にその成長ぶりに目を疑う。綻びかけた蕾が春の暖かい日差しで一気に花開くように瞬く間に彼女は素敵な女性へと変化していった。彼女を最初に見かけてから一年が経っていた。


 そんな事ばかりしていたけれど騎士団の仕事をおろそかにしたわけではない。それどころか張り切った。彼女に相応しい男になるんだ、知り合ってもいないのにそんなことを夢想していた。


 その甲斐あって俺は中隊長に出世した。年齢からすれば早い方だ。でもここから上に出世するのは難しいと同僚からも先輩からも言われた。子爵家の三男坊なんてそんなもんだ。でも騎士団総団長のセオドリック殿下に声を掛けてもらえたことは嬉しかった。「ユージーンは見どころあるな。頑張ればもっともっと強くなるぞ」と言ってもらえたんだ。


 中隊長でもいい。あの子をちゃんと養っていける甲斐性があれば。魔具師のティアならば既に大金を稼いでいるだろう。でも俺はちゃんと俺の稼ぎで彼女を養う甲斐性が欲しかったんだ。中隊長になって俺は何とか彼女と知り合いになれないかと具体的に考え始めた。


 彼女と会ったら「よく会いますね」と声を掛ける―――ダメだ。よく会ってなんかいない。彼女は俺の存在なんて微塵も知らない。


 彼女がコケたところを俺が助ける―――そんなに都合よくコケるか?助けたとしても「あ、すみません」「いえ」で終わりそうだ。


 いっそ暴漢に襲われたところを俺が助ける―――ダメだダメだ。何を考えているんだ!一瞬でも彼女が不幸になりそうなことを願うなんて!暴漢なんかに遭わず平穏に暮らすのが一番だ。


 それに―――俺は一つ気になっていることがあった。彼女の傍に一人の男が常にいるのだ。目つきの鋭い体格のいい男。そう、騎士のような。

 彼女と連れ立っているのではない。話をしているのも見かけたことがない。だけど彼女が入った店の戸口に、彼女が歩くときは数歩後ろを。その男の存在が妙に気になっていた。







 その日俺は慣れない場所に居た。

 騎士団総団長のセオドリック殿下にお子様が誕生したのだ。そして我が隊の騎士たちのお祝いを俺が持っていくことになった。

 セオドリック総団長は白百合宮という離宮にお住まいだ。

 俺は許可を取り、生まれて初めて王族の居住区に足を踏み入れていた。


 セオドリック総団長の元を辞し廊下を歩いていると前方から一人の女性が歩いてきた。侍女と護衛の騎士を伴いシックなドレスを着た女性は顔にベールを着けていた。

 

 会釈して通り過ぎようとした時に香ってきたのは彼女の魔力の香り。

 え?と思わず足を止めた途端、彼女が何かに躓いた。

 咄嗟に身体が動いた。コケそうになる彼女を受け止める。ベールが捲れあがって彼女の顔が見えた。


 ―――間違いない、彼女だ。だけど平民のティアがどうしてこんなところに?


「あ、ありがとうございます」


「いえ、お怪我は?」


「大丈夫ですわ。では」


 会釈をして彼女が去って行く。茫然と見送る俺の耳に信じられない言葉が飛び込んできた。


「セラフィーナ殿下、大丈夫ですか?」


「ええ、どこも痛くないわ。ありがとうジーニアス」


「セラ姫様、だからベールを着けている時には慎重にと―――」


「わかっているわよコリーン」




 彼女たちが去ってしまっても俺はその場を動けずにいた。


 あの子の本当の名前はセラフィーナ殿下。俺には逆立ちしても手の届かない存在。

 今なら納得できる。彼女の近くにいつもいた男は護衛だったんだ。騎士みたいなではなく正真正銘の騎士、護衛騎士だったんだ。





 その後セラフィーナ殿下についての噂を聞いた。『引きこもり姫』とか『幽霊姫』とか言われていることも。噂なんか本当にあてにならない。ただわかっているのはこの気持ちを押し殺さなくてはいけない事。俺は鍛錬に明け暮れた。魔獣討伐も率先して行った。







 そして数か月、あの厄災が起こった。


 アイスドラゴン襲来。その一報がもたらされた時皆の心によぎったのは『まさか』だった。

 ドラゴンは伝説級の大型魔獣。その中でも最強と言われるアイスドラゴンがどうして今我が国に?

 しかし迷っている暇もためらっている暇もない。既に二つの村がアイスドラゴンによって凍らされ全滅したという。騎士団は総出で討伐の準備に取り掛かった。




 



 そこは極寒の地だった。

 例年であれば春の柔らかな日差しと新緑が芽吹くこの土地は見渡す限り雪と氷に覆われている。

 ここに近づくにつれ馬は動かなくなり、俺たちは用意してあった犬ぞりに乗ってこの場所に到達したのだった。


「火矢を使え!」


「回り込め!」


 騎士たちは勇猛に戦うも決定的なダメージどころか傷一つアイスドラゴンに負わせることが出来ない。

 それでも何とか戦えているのは甲冑の内側に張り付けた温風布のおかげだった。甲冑の内側だけでなく兜の内側、靴の中、手袋の内側まで何重にも温風布を張り付け通常より多めの魔力を流す。そのおかげでなんとか戦えているのだ。温風布が無ければ極寒の地で寒さに一歩も動けずアイスドラゴンの餌食になるだけだっただろう。


 ただし、火矢はドラゴンに届く前に全て炎が消え、火炎を吹き出す魔具も火炎がアイスドラゴンに届く前にドラゴンの吐き出すブリザードによって消されてしまった。剣など届く筈も無くたとえ届いたとしても硬い鱗に阻まれて傷一つつけることが出来ない。


 じりじりと後退し劣勢であることは間違いなかった。騎士たちを支えているのは自分たちが負ければこの国は終わるということ、愛する人を家族を危険に晒したくない。その一念だった。


「新しい魔具が届きました!」


 その声にみんなの瞳に一瞬希望が宿る。

 それは一見何の変哲もない矢に見えた。普通の矢よりは大きく頑丈そうだ。強弓を使って射る矢なのだろう。


 ふと懐かしい香りがした。彼女の魔力だ。これはティアが作った魔具だ。


「ティアが作った魔具……」そう呟くとセオドリック総団長の目が輝いたように感じた。


「これをアイスドラゴンに打ち込むぞ!強弓を引ける者は?」


 数人が立候補した。もちろん俺も手を挙げた。

 選ばれたのは第一師団長。厳つい大柄の騎士だ。剣の腕も弓の腕も文句なく一級品。

 悔しいけれど彼に任せるしかなかった。


 第一師団長は数名の供を連れドラゴンに矢を射るのに最高の場所を探した。

 それまで俺たちは陽動する。火矢を射かけたり火炎の魔具を使ってドラゴンの注意を引く。ドラゴンはその場の敵を全て屠るまで逃げ出したりしない習性があるらしい。最強最悪の習性だが俺たちには都合がいい。空高く飛んで逃げられたりしたらなすすべがないから。


 俺たちが陽動している間に第一師団長はドラゴンのかなり近くまで迫っていた。


 今だ!俺たちは一斉に散開する。第一師団長が弓を引くのが見えた。

 飛来した矢はドラゴンの柔らかそうな腹に……いや、咄嗟にドラゴンは身を丸めたようだった。

 それでも矢は突き立ったように見えた。


 その瞬間、ドラゴンの周囲に物凄い風が巻き起こった。ただの風ではない。灼熱の烈風だった。


「やった!!」


 誰もが一瞬そう思った。


 しかし烈風が治まるとドラゴンはまだそこに居た。無傷で……違う、ドラゴンは傷ついていた。庇いきれなかった腹から血を流していたのだ。真っ青な血を。


 初めてドラゴンに傷を負わせた瞬間だった。喜んだのもつかの間だった。

 ドラゴンが物凄いブリザードを第一師団長に浴びせたのだ。至近距離から。



 第一師団長と彼の補佐をしていた数名の騎士は一瞬で凍り付いた。凍った傍から吹き飛ばされていく。

 彼らがいたところには何も残っていなかった。


「くそっ!!師団長ーー!!」


「師団長の仇だ!!」


 熱くなる第一師団の騎士たちをセオドリック総団長が諫めた。


「統率を乱すな!!」


「第一師団長は見事に戦った。彼のおかげでアイスドラゴンに初めて傷をつけることが出来たんだ。この魔具が有効であることを証明してくれた。彼の死を無駄にするな!冷静になれ!この武器をどう使ったらいいか考えるんだ!」


 俺はある作戦を思いついた。

 急いでセオドリック総団長に今の考えを話す。


「危険だぞ」


「ここに来てからずっと危険ですよ。やってみる価値はあると思います」


「そうだな。死なばもろともだ、やってみろ。援護は任せておけ。場所は?」


 俺は周囲をぐるりと見渡しある一点で眼を止めた。

 

「あの岩山で」


「わかった」


 ティアが作った魔具、レイジング・アローを一本掴み、他の矢と共に矢筒に入れる。それと強弓を背負って俺は岩山を登った。岩山と言っているが今は氷に覆われ氷山になっている。つるつる滑る氷山をナイフを突き立てながら登った。てっぺんに着き足場を固める。肝心な時に足を滑らすわけにはいかない。


 その間にセオドリック総団長はアイスドラゴンを氷山の真下まで誘導してくれていた。氷山と言っているが高い山だという訳ではない。アイスドラゴンが首を伸ばせばかろうじて届く高さだ。アイスドラゴンはちょこまかと攻撃を仕掛ける騎士たちに注意を奪われて下ばかり向いているので俺の存在に気が付いていない。


 俺の合図で騎士が一斉に引いた。と同時に俺は上から矢を射かける。

 アイスドラゴンは初めて俺の存在に気が付いたようだった。


 グインと首を伸ばす。

 俺にブリザードを吹き付けるつもりだったのか俺をぱくりと食べるつもりだったのか……

 俺の前でアイスドラゴンはぱっくりと口を開けた。


 視界一杯にドラゴンの口が広がる。


「いっけーーー!!」


 口の中に向かって俺はレイジング・アローを射た。こんな時に不思議だけどティアの魔力の匂いがした。


 矢を射ると同時に俺は後ろに身を投げた。坂道をゴロゴロと転がるというよりは滑り落ちるという感覚だった。


 後ろで歓声が上がった。


 俺は滑り落ちていたのでドラゴンの最後は見ていない。

 第一師団長がレイジング・アローを射た時、ドラゴンは固い鱗は傷ついていなかったけど柔らかい腹の部分は傷ついていた。だから最も柔らかい部分、つまりドラゴンの腹の中を狙ったのだ。


 さすがにドラゴンも腹の中で灼熱の烈風が吹き荒れては無事ではいられなかった。

 ビクンと撥ね、その辺をのたうち回り飛び立とうとしたがやがて力尽きたらしい。


 転がり落ちた衝撃で半ば雪に埋もれた俺が引っ張り起こされる頃周囲の雪や氷が解け始めていた。


 凍っていた木の氷が解けぴちゃんと雫が撥ねた。


 俺たちは両手の拳を突き上げ勝鬨を上げた。

 溶けた氷の雫なのかそれとも両の目から流れる雫なのか、どの顔もみんな濡れていた。


 

 第一師団長の死を無駄にするなとセオドリック総団長は言ったけど、彼らは生きていた。

 数百メートル飛ばされ数カ所骨折し凍傷にかかっていたけれど彼らは生きていた。彼らの命を紙一重で救ったのは温風布だった。何重にも張り付けた温風布が彼らが一瞬で凍りつくのを阻止したのだ。甲冑の外は凍っても中は間一髪で救われたのだった。


 彼らを発見したとき俺たちはまた勝鬨を上げた。

 第一師団長は身体を動かすことが出来なかったけどかろうじて親指を立てた。








 王都へ凱旋すると俺たちは熱狂的な歓迎に迎えられた。


「騎士団万歳!」


「セオドリック殿下万歳!」


「アリンガム王国万歳!」


「救国の英雄ユージーン万歳!」


 ん?知らないうちに俺は救国の英雄になっていた。




 今回の戦いの恩賞が与えられた。騎士たちはみんな沢山の報酬と勲章を授けられた。

 第一師団長は伯爵位を持っていたが侯爵に陞爵された。ただし怪我の後遺症で騎士を続けていくことは難しく騎士団は退団した。


 そして俺は彼の後を引き継ぎ第一師団長に。そしてそしてなんと侯爵に叙爵されることになってしまった。田舎育ちの子爵家の三男坊が、である。


 陛下に拝謁することになり緊張でガチガチの俺の背中をセオドリック総団長がバーンと叩いた。


「俺が付いているから心配するな。陛下は気さくな方だぞ」


 いや、総団長にとって陛下は父親だから気さくでしょうけど……そこで気が付いた。陛下は彼女の父親でもあるんだと。



 陛下は本当に気さくに俺に話しかけてくださった。だから俺はちょっと気が緩んだ。これを言っても怒られないかなと思ってしまった。


「ユージーン・ギルモア、いや、もうユージーン・ドゥルイット侯爵だったな。どうじゃ?何か望みはあるか?」


「侯爵という過分な爵位と第一師団長の地位を頂きました。身に余る光栄です」


「しかしなぁ、あのアイスドラゴンを、伝説の大型魔獣を倒したのだ。もう一つくらい褒美をやってもいいだろう。何だ?嫁か?嫁を世話するのはどうじゃ?」


 俺は目を瞑って一気に言った。


「どうかセラフィーナ殿下を!!」


「は?」


 陛下の目がまん丸になる。

 俺は平伏して言った。


「セラフィーナ第二王女に求婚する権利を頂きたいのです!どうか、どうかお願いします!!」


 陛下は暫く固まった後突然言った。


「わかった。第二王女セラフィーナとユージーン・ドゥルイット侯爵との婚約をここに結ぶこととする」


「は?え?」


 今度は俺が固まる番だった。え?俺は求婚する権利を頂きたいと言った。え?婚約を結んだ?


「ドゥルイット侯爵」


 名前を呼ばれて姿勢を正す。


「その、あの子はちょっと変わった子でな。あることに夢中になっておるというか……」


「俺は……私はセラフィーナ殿下が変わっていても全然かまいません。というか……夢中になっているというのは魔具の事ですか?」


 俺が聞くと付き添ってくれていたセオドリック総団長と陛下が「「知っていたのか?」」と目を丸くした。


「はい、偶然……あのっ、ティアの魔具にはいつも助けられて感謝しております。その、今回アイスドラゴンを倒すことが出来たのもティアの魔具のおかげです」


「そうだったな」


 セオドリック総団長は目を細めた。


 陛下は、わざわざ席を立って俺の近くに来た。いやいらっしゃった。そうして「そうか、そうか」と言いながら、いや仰りながら俺の背中をバンバンと叩いて、いやお叩きになって……ん?敬語が怪しくなってきた。


「あの子のことをよろしく頼む」


「は、はいっ!誠心しぇい意(噛んだ!)大切にいたしましゅ!(また噛んだ!おまけに声が上ずった!)」


 国王陛下は俺の手を握り上機嫌で退出された。


 ホッと一息つく俺の傍に来てセオドリック総団長が「セラを幸せにしてやってくれ。未来の弟」と言った時不覚にも泣きそうになってしまった。


 ま、それからあんな事やこんな事、いろいろあったんだけどな。










「ねえユージーンは私と話したことが無い時に求婚してくれたんでしょ?実際に話してみて『思ってたのと違うー』とかならなかったの?」


 盛大な結婚式を挙げて数か月、甘々新婚期間のある夜セラが俺に聞いた。

 俺はセラを抱き寄せながら答える。


「うーん、別にそんなこと思わなかったな」


 つむじにキスを落とし、こめかみにキスを落とし、頬にキスを落とし……


「待って待って!ねえ、いつから……その……私の事好きでいてくれたの?」


 真っ赤になりながらそんなことを聞く妻が愛おしい。ああ、妻ってなんていい響きなんだ!


「さあ、いつからだろう?気になる?」


「だって……最初の頃の私の態度って酷かったじゃない。ユージーンは私の事をよく知らないうちに私の事を好きになったんでしょ?よく知ったら嫌いになっちゃったりしないかしら……って」


「うーーん俺は君のことを嫌いになったりしないけど」


 俺は一旦キスを落とすのを止めて紫の瞳を覗き込んだ。俺のことを映しているアメジストの瞳。


「よく知る……って何だろう?セラは何年付き合ったら相手の事をよく知ったと思える?」


「え?……二、三年?いえもっとかしら?」


「長い間付き合っていても相手の事を全て知ったなんて思えないし十年経って相手の意外な一面を見ることもあるだろ。そもそも相手も自分も変化していくわけだし」


「……そうね」


「大事なのは今俺がセラを愛している事、セラに愛されている事、今後も愛し愛されるように努力していくこと」


「努力?」


「例えば不満や要望があったらすぐ話し合うこととか、二人の時間を多くとる事とか、スキンシップをかかさないとか」


「それは大事ね」


「じゃあこれからその努力をしよう!」


 俺はセラを抱き上げてベッドに運ぶ。大丈夫、まだ夜は始まったばかり。努力をする時間は沢山あるよ―――

 


 

 


 



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