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 さかのぼる事四か月と少し前。

 新しくドゥルイット侯爵領となった山間の盆地の小さな町の役所の奥まった一室。代官の執務室でアンガスは頭を抱えていた。


 今日からこの町ヒュッテの丘の上にある王族が持っていた別宅の改装工事が始まっている。ドゥルイット侯爵のお屋敷として下賜されるからだ。


 どうして困っているのか、きっかけはほんの出来心だった。

 山間のひなびた小さな町、誰もが見向きもしないような片田舎の代官など何の楽しみも無い。実直に勤めていても出世などする見込みも無い。妻も子供も地味で平凡でこんな田舎の暮らしにも満足しているような面白みのない性格だ。そんな時、この土地の唯一の特産である響澄石の採掘量が落ちた。慌てて他の鉱脈を探す。程なく新しい鉱脈が見つかり安堵したときに鉱山責任者のクライドが言ったのだ。


「このまま見つからなかったことにして新しく採掘した分は二人で山分けしよう」と。


 クライドはどこからか流れてきた男でいつの間にか鉱山の責任者まで上り詰めていたちょっと得体のしれない男だ。

 結局アンガスはその誘惑に負けた。しかし原石の響澄石を大量に加工工場に持ち込めば不審がられる。別の場所に保管して少しずつ持ち込んだ。その辺のごまかしは役人と鉱山関係者を数人買収してつじつまを合わせた。全てクライドの入れ知恵である。大した実入りではないがちょっとしたへそくりがあるのは悪くなかった。

 原石は最初は町はずれの小屋に隠していたが、小さい町なのでバレそうになり他の保管場所を探す必要があった。そんな時クライドが言ったのだ。


「誰も立ち入らない大きな保管場所があるじゃないか」


 二人で王族の別邸に忍び込んだ。その奥まった一室に隠し部屋があることに気が付いたのは幸運だった。誰も立ち入らない王族からも忘れられたようなさえない土地の別邸。ここに隠しておけば安全だと思えた。


 その後、体裁上続けていた新しい鉱脈探し、なんと希少な宝石の鉱脈が見つかった。当然これも着服した。運が向いて来たとアンガスは有頂天になった。宝石を闇で引き取ってくれる業者もクライドが紹介してくれた。後ろ暗い人達をクライドはよく知っていた。



 儲けた金でアンガスは山の麓の大きな街、シャウニーに別宅を持った。同じ王領でありながら広大な農地と様々な特産物で潤うこの土地はアンガスの憧れだった。シャウニーも大きな活気のある街だった。王都に比較的近くよそ者が多く訪れるこの街ではアンガスが別の名前で大きなお屋敷を構えても人目を引かなかった。王都の商人という触れ込みで大きなお屋敷を構え、高価な調度品や宝石などを買い集めた。


 いつか代官の地位など投げ出して行方をくらまし、若い綺麗な妾を囲ってここで暮らすのがアンガスの夢だった。

 それにはまだ資金が足りない、もう少しもう少しと横領を重ねていたアンガスに寝耳に水の情報が届いた。この土地が救国の英雄であるユージーン・ドゥルイット侯爵に下賜されたと言うものだった。


 気づいたときにはお宝の隠し場所は領主の館として改装工事が始まろうとしていた。どうしてこんな鄙びた土地が英雄に下賜されることになったのか。国王を恨みたい気持ちだった。ドゥルイット侯爵が領地経営になれていないからと引き続きアンガスが今の職を引き継ぐことになったのがせめてもの救いだった。領主が領地の視察を行えば鉱山のことに気が付かない筈がない。一刻も早く逃げ出したかったが、お宝はどうにかして持ち出したかった。



 頭を抱えていたアンガスだったがこの土地を訪れたユージーン・ドゥルイット侯爵と会って気持ちが変わった。ユージーンは朴訥な青年でアンガスに自分は領地経営のことなど何もわからない、是非力を貸して欲しいと頭を下げた。そうして騎士団の方が忙しいととんぼ返りをした。こんなチョロい領主ならもう少しごまかせるのではないかと欲をかいた。

 とりあえず領主の館にはクライドを執事として送り込むことにした。クライドが執事の経験があると言ったのだ。クライドの父がさる貴族の執事を長年務めていたのだ。代替わりした途端、主の金をちょろまかして解雇された過去をクライドは黙っていた。


 領主の屋敷の模様替えが終わり隠し部屋がバレなかったことに安堵し、クライドが屋敷を見張っている。一安心したのもつかの間、第二王女とドゥルイット侯爵が婚約したとの通達が来た。そのこと自体はどうでも良かったが、第二王女の婚姻に当たり麓にある広大な王領も下賜されることになった。その為、領地が広がるドゥルイット侯爵領は専任の領主代理を置くため、アンガスはその傘下に入るようにとの知らせが届いたのだ。

 冗談じゃない。領地のことなど何もわからない若造ならごまかせても熟練の領主代理が来たらアンガスの悪事など一瞬でバレる。再びアンガスは頭を抱えた。


「婚約をぶち壊そう」


 クライドが言った。


「第二王女は引きこもりで王家の方々にも嫌われている我儘な姫だそうだ。社交にも出せない醜女だとも聞いた。大方我儘を言って英雄の婚約者に納まったんだろう」


 どうやって?と思ったが間もなくチャンスが訪れた。王女がこの領地の屋敷に遊びに来るというのである。クライドがニヤッと笑った。


「俺が怒らせて王都に追い返してやるよ。わがまま王女などちょっと失礼な態度をとれば怒って王宮に帰るだろう。なあに心配いらない。危害さえ加えなけりゃ大した罪にはならないさ」


 念のため見目麗しい年頃の令嬢も招いてドゥルイット侯爵とイチャイチャしているところを見せればスッキリ婚約破棄となるだろう。醜女の我儘姫を押し付けられずに済んでドゥルイット侯爵も感謝するんじゃないか?ドゥルイット侯爵に好意を持っている令嬢には何人か心当たりがある。領主になった時に彼の身辺は調査していたから。


 意外だったのはドゥルイット侯爵が王女を丁重にもてなすようにと気遣いを見せたことだ。てっきり押しかけ婚約者の王女を忌々しく思っていると考えていた。ドゥルイット侯爵がいると王女を怒らせる計画が上手くいかないかもしれない、慌てて偽の理由をでっちあげ彼を引っ張り回した。その間にクライドが上手く王女を怒らせて王都に帰らせるだろう。



 しかしその計画も上手くいかなかった。なんと王女が階段から落ちて昏睡状態なのだという。クライドは何をしていたんだ……万が一王女が死んだりしたら王宮から調査が入るかもしれない。

 アンガスはまず新しい鉱山を隠ぺいすることにした。鉱夫たちに十分な手当てを与えとりあえず一か月閉山する旨を伝え遠方に送り出した。慰労だと言って保養地に行くよう手配したのだ。とんだ散財だった。付近は立ち入り禁止区域にした。様々な手配をして飛び回っていたら今度は第二王子から呼び出しだ。クライドは何をしているんだとまたまた頭を抱えたくなった。


 様々な手配を終えて領主の屋敷に駆け付ける。第二王女は意識を取り戻したようでホッとしたが、第二王子までが屋敷に滞在し、自分も缶詰めになってしまった。大丈夫、鉱山の隠ぺいは済ませた筈だと自分を納得させ怪しい態度を見せないように心がけた。


 しかしクライドとは早急に話し合う必要がある。屋敷は常時騎士が見回っており密談できる環境に無かった。あの執務室を除いては。執務室は例の隠し部屋がある部屋である。クライドはこの部屋のスペアキーを用意していた。一度密談中にドゥルイット侯爵と第二王女が入って来て肝を冷やしたことがあるがドゥルイット侯爵は怪しまなかったようだった。なんとも甘っちょろい若造である。彼が領主ならもう少し私腹を肥やすことが出来たのだが、第二王女との婚約は解消されないようで、その上クライドは不敬を働いたと解雇されそうである。

 これ以上私腹を肥やすのは諦めて隠し部屋に置いてあるお宝だけを回収して行方をくらませた方が得策だろう。


 執務室でアンガスはクライドと密談を重ねた。


 セラフィーナの作った魔具により会話が全て保存されているとも知らずに。



 アンガスとクライドは王都に連行された。

 しかしアンガスはその前に運命の出会いをしていた。

 ビーンランド子爵令嬢。まだ二十歳をいくばくか過ぎたばかりのコケティッシュな美女である。彼女はこんなおじさんにも優しく笑いかけてくれた。何度か庭園を散歩したり共にお茶を楽しんでアンガスは彼女に切り出した。「実は私には隠し財産がある。代官の地位など捨てて君と一緒に暮らしたい」彼女は一瞬躊躇したもののアンガスが重ねて「贅沢な暮らしを約束する」と言うと恥ずかしそうに頷いた。


 王都に連行される前日、アンガスはビーンランド子爵令嬢に隠れ家の存在を告げた。そこで待っていて欲しいと。屋敷の鍵を預かったビーンランド子爵令嬢は嬉しそうに頷いた。



 王都に連行され大した罪にはならなかったものの代官の地位は失った。それは構わない。どうせ雲隠れするつもりだったのだから。引継ぎと称し一か月も役所に缶詰め状態だったのは大変だったが、ほとぼりを冷ます必要があったので構わなかった。どうせクライドも一か月の強制労働だ。


 引継ぎが終わり晴れて自由になった次の日、アンガスは行方をくらました。もう戻るつもりは無い。あと十日ほど様子を窺って領主の屋敷に忍び込みお宝を回収したら二度とこんなうらぶれた町に戻るつもりは無い。大量の解雇者を出して領主の屋敷は閉鎖されている。下働きの数人が屋敷の維持のために昼間出入りするだけだ。それは容易に調べることが出来た。


 あと数日だ、あと数日で若い娘との甘い生活が待っている。妻にも子供にも未練はなかった。


 


 お読みくださってありがとうございます。

 次回最終話です。午後に投稿します。

 

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