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ホールの王族の入場口のすぐ後ろ、私はユージーンとそこで待っていた。
あー緊張するわ。夜会なんて出たことないんですもの。ブリジットお義姉様とパトリシアお義姉様が「大丈夫よ、何か言われたら私たちがフォローしてあげるわ」と言ってくださったけど社交なんかしてこなかった私は何が良くて何が悪いのかこう言われたら裏の意味はこうとかまったく何にも分からないんですもの。ベールをしていないから表情も丸見えだし。
うー、ユージーンは余裕なのね。さっきから身じろぎもしないわ。私なんてそわそわしっぱなしなのに。
ちょっと癪に障って私はユージーンの顔を覗き込んだ。私がこんなに緊張しているんだから言葉ぐらいかけて欲しいわ。
「ユージーン」
「な、な、な、何だ?」
堂々とした立ち姿のままユージーンはギギギと目だけ何とか動かして私の方を見た。
え?ユージーン、緊張しているの?私より酷くない?落ち着いて立っているんじゃなくて固まっていたのね。顔まで固まっているわ。
「ねえユージーン、貴方夜会って」
「正真正銘初めてだ。田舎育ちの子爵家三男坊には社交界なんてはるか遠く自分とは関係ない世界だからな」
うわっ……それでいきなり壇上から登場とか酷すぎるわ。
「セラ、ど、ど、どうしよう。手と足が一緒に出たらコケるかもしれない」
私の緊張がどっかに飛んでったわ。
「ふふっ大丈夫。その時には」
「その時には?」
「一緒にコケるわ。『引きこもり姫』とか『幽霊姫』とかいろいろ言われてきたんですもの『迂闊姫』とか『すってんころりん姫』の名前が追加されても痛くもかゆくもないわ」
「ははっ、それなら俺も救国の英雄とか言われるより『すってん騎士』とか言われる方が気が楽だな」
二人で笑いあっていると戸口に控えた従者に促された。
差し出されたユージーンの手を取ってまばゆい光の中に足を踏み出す。緊張はもう感じなかった。
お父様が私が魔具師のティアだと紹介した途端、ざわめきが起こる。そうよね、戸惑うわよね。あ、レイジング・アローのことまで言っちゃうの?
「そうか、アイスドラゴンを倒したのは俺とセラの共同作業だったんだな」
ユージーンが嬉しそうに私を見るから私も嬉しくなったわ。二人で微笑みあっていると盛大な拍手が起きる。一応皆に認められたと思っていいのかしら。
拍手が静まるのを待ってお父様が再び口を開いた。
「マライア・ファーシヴァル子爵令嬢、サマンサ・ブラウト男爵令嬢、ヴィオラ・ビーンランド子爵令嬢前へ」
え?それってユージーンの領地のお屋敷にいた令嬢たちよね。お父様何をするつもり?あそこであった事は全て話してはいるけれど。
三人の令嬢たちが前に出てくる。みんなすごく青い顔をしているわ。ファーシヴァル子爵令嬢とブラウト男爵令嬢は今にも倒れそうよ。
「そなたたちはセラフィーナを階段から突き落とし既に収監されているセシリー・ポロック伯爵令嬢と共にドゥルイット侯爵の屋敷に滞在していたそうだな」
お父様の問いかけにも答えることが出来ずただ震えて立ち尽くしている。なんだか少し可哀そうになってきたわ。嫌味は言われたけど危害を加えられたわけではないし、私を馬鹿にしていたのはこのホールに集まっているほとんどの貴族も同じでしょう。
「そなたたちにはセラフィーナが大層な歓待を受けたらしいが、そなたたちはこの二人を見てどう思う?似合いの二人とは思わぬか?」
お父様、目が笑っていないわ。隣のお母様も扇で口元を隠しているけど冷気が駄々洩れだわ。
お父様に何を聞かれても三人は黙って俯いているだけ。たまりかねて宰相がお答えしろとせっつくと二人は震える声で「とてもお似合いでいらっしゃいます」と答えたわ。
もう終わりにしましょうとお父様に声を掛けようとした時ビーンランド子爵令嬢がキッと面を上げて「直答してもよろしいでしょうか」と言ったの。
「よい、許す」
「ありがとうございます。セラフィーナ殿下とドゥルイット侯爵はとてもお似合いでいらっしゃいますわ。わたくしドゥルイット侯爵のお屋敷でセラフィーナ殿下のお顔を初めて拝見して見惚れてしまいましたの」
よく言うわ。それにしてはずーっとユージーンに纏わりついていたような気がするんだけど。
「セラフィーナ殿下はお綺麗なだけでなくいつも毅然とした態度でいらして、そうかと思えば突然野趣あふれる切り返しでわたくしはこの方には敵わないと感じましたの」
ん?それってステラの事じゃない?ビーンランド子爵令嬢はステラにやり込められた時に負けたと感じたの?
「とても敵わないと感じた愚かな女のつまらない嫉妬でセラフィーナ殿下には不敬な事を申してしまったかもしれません。でもお心の広いセラフィーナ殿下なら許して下さるでしょう?」
そこで彼女は私を見た。うーーん、まあいいか。これ以上ユージーンに纏わりつかなければどうでもいいわ。
私はにっこり笑って言った。
「そうね、遠くから私たちの幸せを祈って下さるなら」
お父様は苦笑して彼女たちに「下がってよい」と言ったわ。
彼女たちは表向きにはただ私たちがお似合いかどうか聞かれただけ。でも、彼女たちが私にどういう態度をとったのかはみんな感づいているわ。そしてそれを王家がどう思っているのかも。自分がやらなくてよかったと胸を撫でおろしている人も多いのではないかしら。
きっと彼女たちとその家は他の貴族との付き合いを断られる。お父様は彼女たちを見せしめにしたのね。可哀そうだと思うけれど積極的に助けたいと思うほどでもなかった。
その日の夜会は多くの人に取り囲まれた。
魔具の事をべた褒めしてくる方もいれば「美しい姫君、どうか一曲」と手を差し出してくる方もいる。ユージーンが蹴散らしたけど。そしてみんな「お似合いのお二人だ」とほめそやしてくる。
とっても疲れた。滅茶苦茶疲れた。愛想笑いで顔が引きつりそうだったわ。
「あー疲れたわ!当分夜会なんか出たくない!」
早々に夜会を辞して青薔薇宮に帰り叫んだ。
おっといけない。ユージーンの為に社交頑張ると決意したばかりなのに。
「あーそうだな!俺も疲れた。社交は苦手だ。俺も当分出たくない!」
お互いに顔を見合わせて吹き出した。ドゥルイット侯爵家大丈夫かしら。でもユージーンとはきっと仲良くやっていける。やっていきたい。魔具ばっかり作ってる変わり者の妻になりそうだけど。
そんな疲れたお披露目の夜会の一週間後。
ドゥルイット侯爵家の領地のお屋敷で。
それは深夜に起こった。
今はユージーンは王都に居り、執事やメイド長が捕らえられ沢山の使用人が解雇されたお屋敷はしんと静まり返っている。
昼間は下働きのメイドや下男が数名出入りしてお屋敷の管理をしているが、夜間には鍵が閉められ無人になる。その無人のはずのお屋敷に数名の男たちの影があった。
男たちは肩にズタ袋を背負い、そーっと屋敷の玄関から表に出る。数歩歩き始めた時だった。
「全員手を上げて地面に膝を突け!!」
突然の大声と共に魔具灯が数カ所で灯される。
気が付けば男たちは屈強な騎士たちにぐるりと周囲を取り囲まれていた。
その先頭に居たユージーンは膝をついた男たちに向かって言った。
「アンガス、クライド、観念するんだな」




