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一週間後、社交シーズンの始まりの夜会で私たちは婚約のお披露目をする。
私とユージーンが婚約を結んだことは三か月以上前に文書で通達されている。私は今まで社交もしてこなかったし、お披露目なんかしなくてもいいと思っていたの。私は魔具にしか興味が無かったから旦那様になる人が愛人を囲っても構わないし、王家との繋がりが欲しいだけの政略結婚でも構わないと思っていた。私に構わずただ私が魔具作りに没頭することを放っておいてくれる人ならば。
今回の事件があってユージーンの事を好きになって私の考えは変わった。
ちゃんとユージーンの隣に立ってユージーンを支えていきたい。
魔具が好きなのは変わらないわ。これからも魔具師として仕事をしていきたい。それと同時にユージーンの妻として周りに認められたいと思ったの。だから引きこもりを返上して苦手な社交もちょっとは頑張りたいなと思ったし、ユージーンがハズレの嫁を貰ったと言われないように『引きこもり姫』『幽霊姫』の名前を払拭したいなあと思ったの。
夜会に出るとお父様に告げた時、お父様は小躍りして喜んだ。
「そうか!すべてわしに任せておけ」
なにを任せるのかわからないけれどとりあえずお願いしますと言っておく。
お母様もお兄様たちも凄く喜んでくれた。私はみんなに心配かけていたのね。でも私の好きなようにやらせてくれた。よその国では国王や王妃、王子や王女が気軽に会わない国も多いと聞くわ。家族なのに他人行儀な言葉で話す王族もあるみたい。私は恵まれているのね。
「ごめんなさい」と「ありがとう」を伝えるとお母様がしみじみ言った。
「セラが魔具を作ることが一番の幸せならそれを精一杯やらせてあげるのもいいのかしらとは思っていたのよ。ドラゴンの襲来というハプニングはあったけど今は政情は安定しているし、他国との付き合いも悪くないわ。でもね、ずっと一人では生きられないわ。特にあなたは規格外の王女だからあなたとずっと寄り添っていける人と一緒になって欲しかったのよ」
私がお母様に抱き着くとお母様は私の頭を撫でながらにんまり笑って言った。
「やっぱりあなたたちにはお互い良く知り合う時間が必要だったのね。旅先での思いがけない事故、逆境を乗り越えてより強く結ばれる絆、深まる愛……素敵ですわねぇ陛下」
「そうじゃな王妃よ。覚えているか?隣国に使節として二人で赴いたとき」
「覚えていますわ。陛下は隣国の社交界でもとてもご令嬢におモテになられて。それでも私の傍を離れず―――」
「何を言う、あれはそなたのほうが狼どもに狙われていたのであって―――」
二人は私そっちのけで過去の思い出話という惚気タイムに突入したので私はその場からそーっとフェードアウトしたわ。
社交シーズンの始まりの夜会。
この夜会には王都に居るほとんどの貴族が参加する。
王宮の一番広いホールは雅やかに飾り付けられそこここで着飾った紳士淑女が挨拶を交わす。
久しぶりに旧交を温め近況を報告し合う人々も多いが何と言っても一番の話題は第二王女セラフィーナについての事だった。
アイスドラゴンがこの国を襲いいくつかの町や村が壊滅的な被害を受けた。そのことは人々の記憶にまだ新しく、国が滅んでしまうのではないかという恐怖もまざまざと思いだされる。襲われた地域の領主は復興の為今回の夜会には参加していなかったし、王太子のエセルパートもその領地への視察の為今回の夜会は欠席する旨が伝えられていた。
恐怖が人々の記憶に新しいのと同時にそれを倒した騎士団、特にユージーン・ドゥルイット侯爵に対する感謝の念もひとしおであり、その若き救国の英雄が王家の『引きこもり姫』と婚約を結んだことに不満を持っている貴族は少なからずいた。
「幽霊姫などと婚約を結ばされてドゥルイット侯爵様はかわいそうですわ!」
「王家もどうして厄介者の姫を英雄殿に嫁がせようとするのだろう」
「引きこもり姫が我儘を言ったに違いありませんわ!人柄の良い王家の方々にさえ疎まれているのでしょう?」
「今まで夜会など出たことも無い引きこもり姫が侯爵夫人など務まるわけがない。それならうちの娘の方が……」
「何を言う、それならうちの娘だって!」
セラフィーナを害そうとしたセシリー・ポロック伯爵令嬢の事件と処遇、ドゥルイット侯爵領でセラフィーナに不敬を働いたとして執事とメイド長が罪に問われたことも概要ではあるが通達されていた。
「わたくしはポロック伯爵令嬢は嵌められたのだと推察しておりますの」
「彼女は大人しくてそんな恐ろしい事をするようには見えませんものね。きっと醜い引きこもり姫が彼女に嫉妬して冤罪を被せたのではないかしら」
「ドゥルイット侯爵家の使用人だってきっと引きこもり姫が敬愛する主の妻になるのが耐えられなかったのですわ」
人々ががやがやと噂話に興じる中、高々と王族の入場が告げられる。
初めに王妃を伴った国王、その後ろに王太子妃のブリジット、続いて第二王子妃のパトリシアをエスコートしたセオドリック。エセルパートがいないことを除けばいつもの風景だ。
人々は面を伏せ王族を出迎えた。
しんと静まったホールで国王が挨拶を述べる。
「皆の者よく集まってくれた。今年も皆の顔を見ることが出来た事嬉しく思う」
国王は集まった貴族の顔を見まわした。
「今年我が国に未曽有の災害が訪れた。アイスドラゴンの襲来である。だが騎士団の迅速かつ勇敢な働きにより大きな被害を出さずに済んだ。我が国の勇猛なる騎士たちは国の誉れである。もちろん被害が全くなかったという訳ではなく失われた命も少なくない。それらの領地や民には王家も援助を惜しまぬつもりだ。だがアイスドラゴンは倒され脅威は去った。そのことを今日は皆で祝いたい」
国王の言葉に盛大な拍手が巻き起こる。
一つ咳払いをして国王は続けた。
「そして勇猛なる騎士の中でも最も勇敢に戦い見事アイスドラゴンを仕留めたユージーン・ドゥルイット侯爵がわが愛する第二王女セラフィーナと婚約を結んだことは更にめでたきことである。今まで夜会に顔を出さなかった第二王女であるが、ドゥルイット侯爵との婚約を機に皆に披露したく思う」
今度の拍手はまばらだった。貴族たちは皆戸惑った顔をしている。
「ドゥルイット侯爵様可哀そうですわ」とか「またベールを着けて出てくるのか」といった声もちらほら上がる。王族のいる壇上には届かない小声であるが。
国王が招くように上げた左手、奥の方から一対の男女が現れた。
人々が一斉に息を呑む。純白のドレスに包まれ、式典用の雅な騎士服を纏ったユージーンにエスコートされて出てきた女性はとても可憐で美しかった。
父親である国王の髪色と同じアッシュブラウンの髪は一見地味だがセラフィーナの陶器のような肌にとてもよく映え柔らかな印象を与えた。母である王妃とよく似ていた第一王女は派手な美人だったが、その面影を残しつつ少し童顔な第二王女は愛らしい可憐な美女である。特に印象的なのはぱっちりと大きな紫色の瞳だった。少しの仕草で色を変える紫の瞳は野に咲く菫のようにもアメジストの高貴なきらめきにも宵闇が迫る一瞬前の最後の光に照らされた空のようにも見えた。
「美しい……」
誰かがボソッと呟くのが聞こえた。
「誰だ醜い王女だと言ったのは」
「だが、何故セラフィーナ殿下はベールで顔を隠していたんだ?」
人々の間にざわめきが広がっていく。
「我が娘、第二王女のセラフィーナと婚約者のユージーン・ドゥルイット侯爵である」
国王の隣まで歩み寄った男女は国王の挨拶に合わせて優雅に礼をした。
「さて、セラフィーナは今まで社交界に姿を現していなかった。それゆえ様々な噂の的となっておった。わしを始め王家の者たちは末の娘であるセラフィーナを可愛がっておったが社交の場ではあえて口にしなかったため不快な噂を流されたことも数多い。実はセラフィーナは魔具師のティアとして魔具の開発をしておったので一切の社交をしてこなかったのじゃ」
国王の発言は衝撃的だった。魔具師のティア。どの貴族も名前だけは知っている。彼女の発明した魔具は人々の生活を豊かに便利にしたのだ。その魔具を目の前の可憐な美女が発明したというのだろうか。
「ドゥルイット侯爵がアイスドラゴンを倒した際、使用した武器はレイジング・アローという灼熱の風を巻き起こす矢だ。それは魔具師のティア、いやセラフィーナが開発した魔具である。二人の活躍によって未曽有の恐怖は取り除かれた。なんとも似合いの二人だとわしは思うが、皆はどうじゃ?」
今度こそ割れんばかりの拍手が起こった。
その拍手を聞いて壇上の二人は顔を見合わせ微笑み合った。
その幸せそうな微笑みに人々はなお一層の拍手を送った。
夜にもう一話投稿します。




