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王宮に帰って一か月。私はやっと平穏な生活を取り戻しつつある。
まず帰って来て数日間はドゥルイット侯爵のお屋敷で起こったことの報告。
リック兄様、私、ユージーン、コリーンやサイラス、ジーニアスなど何回も話を聞かれたわ。
そうして私とステラの入れ替わり(ではないけど)に関しては伏せられることになった。まあそうよね。こんな荒唐無稽な話、当事者でなければ頭を疑うところだわ。なのでこのことを知っているのは王族以外は宰相など一部の人たちだけ。お父様たちは信じてくれたけど、何故王宮に帰って来て自分たちに頼らなかったのかと叱られもした。うーん、でもあの時点で戻ったらお父様たちはパニックになっていたと思うわ。ステラはお父様に会ったらうっかり「ちょび髭のおっさん」とか言っちゃいそうだもの。叱った後でお母様は私を抱きしめ「辛かったわね」と涙した。お父様にいたっては号泣だったわ。
「そのステラという少女にも会って直接話を聞きたかったがのう」
お父様が言っていたけど私とステラのことが伏せられることになったのでステラを王宮に呼び出す口実は無い。ステラとぶつかったことで私の命が助かったので褒美を与えるという名目で呼び出すことも出来るけどステラが嫌がっていたので無理強いはしたくなかったの。結局恩賞はステラの雇い主であるユージーンに託された。
ウッドマン卿の発明『スーパー離魂くん一号』は封印することになった。この魔具は危険すぎるので。ウッドマン卿は嘆くんじゃないのかしらと心配したけど彼は意外とさばさばしていたわ。
「僕は僕の研究が立証されたことで満足ですよ。この研究は普通の人には何の役にも立たないことはわかっていましたからなぁ。また新しく夢中になれるテーマを探すとしますかな」
もちろん彼にも恩賞は与えられたわ、内緒で。彼は恩賞よりも魔力研究所の永久研究員という立場を得たことの方が嬉しそうだったわね。
次に気が重い話なんだけど。
一足先に王都に連行されていたセシリー・ポロック伯爵令嬢は死罪になったわ。
彼女が牢に収監されポロック伯爵夫妻が呼び出された時、ポロック伯爵夫妻は彼女の犯行をまったく信じなかったそうよ。
「娘は気が弱くて優しい子だ、そんな大それたことを起こす筈がない」「娘は気が弱いから誰かに冤罪をかけられたんだ」でも彼女が私の首に手をかけたことはユージーンがはっきり見ているわ。彼女の自白もあり伯爵夫妻はがっくり肩を落とした。ポロック伯爵家は男爵家に降格。既に子爵家に嫁いでいた彼女の姉だけは「ああ、ついにそんな大それたことを起こしてしまったのね」と納得したそうよ。
クライドとアンジェラは王女に不敬を働いたとして罰金と一か月間の強制労働。ドゥルイット侯爵のお屋敷に残っていた使用人たちは下級メイドや下働きの下男、コックなどを除いて全員解雇。私に対して意地悪を楽しんでいたメイドもいたけど申し訳なさそうに陰で謝ってくれたメイドもいた。そういうメイドにはユージーンに紹介状を頼んでおいた。
アンガスは大した罪にならなかったわ。彼は私に不敬を働いたわけではないし。嘘をついてユージーンを連れ回していたけどそれはドゥルイット侯爵家の問題。
あと、令嬢たちを手紙で呼び寄せたのは誰かという問題なんだけど、結局あの手紙を書いたのはクライドだったわ。クライドはアンガスの指示だったと言っているけどアンガスは否定しているの。手紙を書いたのはクライドなんだけど封蝋の印とか適当でこれで騙される令嬢たちもどうかと思ったわ。
という訳でアンガスは罪には問われなかった。ただしユージーンは彼を解雇した。出向先のドゥルイット侯爵家に解雇されたので王宮の官吏に戻ることも出来るけど、戻っても閑職。彼は迷わず退職することを決めたそうよ。ただし、新任の領主代理に業務を引き継ぐために領地のお役所に一か月間缶詰になった。
新任の領主代理は四十代くらいの生真面目そうな人。この人は物凄く優秀で、見たまんま生真面目。元は宰相の片腕として働いていたのだけど身体を壊して療養していた。お父様は私の降嫁に合わせて彼をドゥルイット侯爵家の家令としてユージーンに紹介するつもりだったみたい。
「このくらいの領地の方がリハビリにはちょうどいいですよ」と領主代理を快く引き受けてくれた。代官の経験もあるそうだから彼に任せれば安心ね。
やっと周囲が多少落ち着いてきた今日この頃。
「セラ姫様、ドゥルイット侯爵が見えられました」
コリーンに言われていそいそと彼を出迎える。ユージーンは王都に帰って来て忙しくしているのだけど時間を見つけては青薔薇宮を訪ねてくれるの。
「セラ!今日やっとドレスが届いたんだ!早速持ってきた」
ユージーンが大きな箱を抱えている。彼はここに来るたびにプレゼントを持ってきてくれる。髪飾りだったり、置物だったり、ぬいぐるみだったり様々な物を。
「そんなに毎回プレゼントを持ってきてくれなくてもいいのよ」
彼に言ったんだけど、ユージーンはその途端ばつが悪そうな顔をした。
「う―……あー……その、前の分なんだ」
意味がわからなくてもう一度訊ねたんだけど渋々打ち明けてくれた話によると、婚約が決まった直後はユージーンはすぐにでも私と会いたかったらしい。だけど騎士団の方が忙しくなかなか会えなかった。いきなり第一師団長に抜擢されて上手くいかないこともあった。そんなこんなでユージーンはちょっと自信喪失気味になった。それでちゃんと騎士団の第一師団長の仕事も侯爵としても一人前にならないと私に会う資格なんかないと思い込んだらしいの。だけど婚約は決まったのに何もしないわけにはいかない。それで手紙を書いた。……貰ってないけど?
「出そうとは思ったんだ。だけどいざ出そうとしたらいきなり顔も知らない男から手紙を貰っても気持ち悪いんじゃないかとか書いた内容が変じゃないかとか色々気になって来て……」
「つまり出さなかったのね」
「……ごめん。それで次は贈り物をしようと……」
「貰ってないわ」
「うん、だから今渡してる。……いや、贈ろうと思って買ったんだ。だけど君の趣味じゃ無かったらとかいきなり贈り物だけ届いても気持ち悪いよなとかいろいろ考えて……」
それで贈られない贈り物と出されない手紙が部屋の中に溜まっていくだけだったらしいわ。それに比例してユージーンの顔がどんどん暗くなっていくのでリック兄様に「セラと上手くいっていないのか?」と声を掛けられたんだって。
リック兄様もびっくりしたでしょうね。上手くいっていないどころかまだ会ってもいなかったなんて。
リック兄様はお父様が顔合わせの機会を設けたと思っていたし、お父様は騎士団の関係でリック兄様が取り持っただろうと思っていたみたい。
それで大慌てで王宮のサロンで顔合わせが行われたらしいの。
「顔合わせをするぞとセオドリック総団長に言われたときはまだ俺は君に相応しくないと思っていた。だけど総団長に『第一師団長も侯爵も板につくには十年かかるぞ。そのころにはセラは立派な行き遅れだ。セラと一緒に頑張ればいいだろ』と言われたんだ。ああ、ありのままの俺でもいいかな、好きになってもらえないかなとその時思ったんだ」
私はユージーンに近づいて肩に手をかけると伸びあがって頬にキスをした。
「ありのままのあなたが好きよ」
みるみるユージーンの瞳に涙が盛り上がってきた。
ちょ、ちょっと待って!泣くなんてズルい!そんなに大きな身体でアイスドラゴンを倒しちゃうくらい強いのに泣くなんて……私の心臓がキュンキュンしすぎて持たないわ。
私はユージーンの涙がこぼれるところは見ることが出来なかった。その前に凄い力で抱きしめられたから。
そうして暫く抱きしめられた後、二人の顔が近づいたところでコリーンの咳払いが聞こえた。
ハッとして周りを見ると……サイラスとジーニアスはそっぽを向いていた。メイドのデイジーは顔を隠していたけど、指の隙間からしっかりこっちを見ていたわ。
「コホン、ケホン。あー、三か月前じゃなくて今贈り物を貰えてよかったわ」
うん、大好きなユージーンからの贈り物はこんなにも嬉しい。今回の事件が起こる前にユージーンから贈り物だけ貰っても少しも嬉しくなかった。面倒だと思ったかもしれない。だからユージーンからの贈り物を嬉しいと思える今貰うことが出来て本当に良かった。




