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 今回の騒動の発端は二か月半前。


 私が十八歳になって半年過ぎた頃、国王であるお父様が青薔薇宮を訪れた事に端を発すると私は思っているの(あ、お父様やお母様、お兄様たちは月一ぐらいで訊ねてきてくれるので疎遠ではありませんよ)


「セラフィ……またそんな恰好をして……」


 出迎えた私の恰好を見てお父様がため息をつく。

 私はいたるところに汚れが付いたローブのような簡易な服を着て、ん?頬を指さされてごしごしと袖で拭いた。

 私の専属侍女のコリーンが頭を下げた。


「申し訳ありません、陛下」


「いやいい、お前たちのせいではない。セラフィは夢中になると何も聞こえなくなる病らしいからな」


 お父様の言葉に私はちょっとむっとした。


「今、いいところだったんです。それで何の御用ですか?」


「父が愛娘に会いに来るのに理由なんか……」


「では忙しいのでお引き取り下さい」


「セラ!セラフィ!そんな冷たい事を!……い、いや、用ならある!とても大事な用だ」


 そうしてお父様はちょっと居住まいを正し威厳のある声で言った。


「セラフィーナ第二王女、そなたの縁談が決まった」


「……は?」


 たっーぷり間をおいて私は聞き返したわ。


「だからそなたの縁談が―――」


「お父様はお嫁に行かなくてもいいって言ったじゃないですかーー!!」


 ぜえはあと肩で息をしながら私はお父様を睨む。


「しかしなあセラよ……本当に生涯一人でいる訳にもいかんじゃろう。結婚は良いものだぞ。わしは王妃と結婚してお前たちを授かってとても幸せじゃ。王妃は結婚したての頃なんぞ……」


「ストーーップ!!」


 お父様の話を強制的にぶった切る。何が嬉しくて両親の惚気話を聞かなくてはならないのかしら。


 コホンと一つ咳をしてお父様は言った。


「これは決定事項だ。そなたとユージーン・ドゥルイット侯爵との婚約は既に結ばれた。結婚式は一年後じゃ」

 

 本人不在で?不満そうな私の頭を撫でるとお父様は帰って行った。帰り際に言った「ギリギリ行き遅れにはならないな」という呟きを私の耳は聞き逃さなかったわよ。


 この国の貴族の令嬢の適齢期は概ね十七歳から二十歳。二十二を過ぎると行き遅れと言われるらしい。もっとも私は四十になろうが五十になろうが結婚する意志は無かったので適齢期という言葉は無縁だと思っていたわ。


 ……相手は誰だっけ?ユージーン・ドゥルイット侯爵?


 そこで私は大事なことを思いだした。

 試作の途中だったわ!!


 私は急いで奥の部屋に戻る。

 その時には婚約の話も相手の名前も頭から消し飛んでいた。









「セラ!セラフィ!」


 しつこく呼ばれて私はいじっていた物体から顔を上げた。


 これは魔具と呼ばれる物。魔力を動力として動く道具なの。

 この世には、人には魔力というものがある。魔力は誰もが持っているけど体力とは違いその量は個人の資質によるものが大きい。平民より貴族の方が多い傾向にあり、王族の魔力は膨大らしいわ。かく言う私も。

 魔力本体で出来ることは無いけど、魔力は魔具を動かす動力になる。


 この魔具というものに私は取りつかれている。

 三歳で文字を習い本を読み始め、魔具の魅力に取りつかれた私は魔具に関する本を読み漁ったわ。おかげで大人が読むような難しい本を六歳で読めるようになり十歳の頃には自分で魔具を作ってみたいという欲求を抑えきれなくなった。

 頭が痛い、お腹が痛いなどと仮病を使いお母様がセッティングしてくださったお茶会を欠席しまくり、静養のためにと王宮の端の青薔薇宮に移り、私は私付きの侍女や護衛騎士を泣き落とし諸々で懐柔するとこっそり魔具作りを始めたの。


 はい、すぐばれました。試作品に魔力を入れすぎ暴走して爆発したので。


 真っ青な顔でお父様やお兄様たちが駆け付けてきた。お母様は気絶したそうよ。こっぴどく叱られた私を庇ってくれたのはお嫁に行ったお姉様だった。

 私は危ない事をしない、護衛とベテラン魔具師を部屋に待機させることを条件に細々と研究を続けることが出来たの。


 風向きが変わったのは十五歳の時。私が作った魔具が大当たりしたの。

 魔力を流すと温風が出る魔具。最初は大型で魔力も沢山必要だったわ。それでも暖房器具として王宮や貴族のお屋敷の主要な部屋に設置された。暖炉の火だけでは同じ部屋でも暖炉に近いところだけ暑く遠いところは寒い。この魔具を併用することで暖房効率が驚くほど上がったのよ。


 私はその後も研究を重ね小型化、軽量化、そして消費魔力の軽減化に成功した。これを基にした髪乾器(濡れた髪を乾かす機械)服乾器(洗濯物を乾かす機械)などは爆発的に売れ、温風が出る魔具に続いて冷風が出る魔具も開発しこれも大当たり。夏場に部屋を涼しくするだけでなく小型化した冷却箱は夏場の腐りやすい時期に生鮮品を運ぶのに役立っているわ。


 そして温風や冷風が出る魔具を更に軽量化し温風布、冷風布というものを作り出したの。これをどう使うかというと甲冑の内部に張り付けるの。真夏や真冬の甲冑を着ての行軍は地獄のようだというわ。真夏は甲冑の内部は蒸れに蒸れ、太陽に照らされた甲冑は暑いなんてものではなく、逆に真冬は金属の甲冑は酷く冷えるらしい。私が開発した温風布、冷風布は騎士団や各領地の騎士、兵士たちにとても感謝されたらしいわね。


 最初の温風機の開発で私はプロの魔具師となった。

 護衛騎士は常に置くように言われたけれどベテラン魔具師の監視は必要なくなった。そして私は王宮の第二王女に与えられる予算を全て断ったの。魔具が大当たりして私に莫大なお金が転がり込んできたから。魔具の開発者にはその商品の儲けの一部が入るような法律になっているのよ。

 第二王女の予算を断ったばかりか私はこの儲けの一部を国に進呈している。その引き換えに第二王女としての社交や公務を免除してもらいお嫁に行かずとも良いとお父様から許可を貰った。

 まあ、社交はともかくどうしても外せない公務はあると思っていたし結婚に関してはしないというのは無理かもしれないとは思っていたけれど……それにしても本人の同意無しに会ったことも無い人といきなり婚約なんて……




「セラ、婚約の話、父上から聞いた?」


 パート兄様の言葉に私は頬を膨らませながら頷いた。パート兄様、エセルパートは王太子としてお父様の政務を支えているの。凛とした雰囲気の奥様と二人の子持ち。


 私の膨らんだ頬を突っつきながらリック兄様が言う。


「まあそう拗ねるな。父上はセラの事をずっと心配していたんだ」


 リック兄様、セオドリックは騎士団総団長。可愛らしい奥様とハイハイをしだした愛娘がいるわ。


「でも……だって……会ったことも無い人と婚約が決まったとか……お父様は横暴すぎるわ!」


 苦笑を浮かべながらパート兄様が言う。


「事前に話すと逃げられると思ったんだろう。相手からセラを嫁に欲しいとお願いされたらしいぞ?」


「え?それは嘘よ!私の噂を知っているでしょ?会ったことも無いのにどうして?あ、そのなんとかっていう人は物凄い年上とか素行に問題があるとか……えーっとまったくモテないとか借金があるとか……」


 プッとリック兄様が吹き出した。


「父上がそんな相手とセラを結婚させるわけないだろ。ユージーン・ドゥルイット、二十六歳。元は子爵家の三男だけどな。ついこの間侯爵に叙爵された男だ」


「え!?もしかして……ドラゴンを倒した英雄?」


 私の相手は世間に疎い私でさえ知っているような有名人だった。




 ユージーン・ドゥルイット。元の名前はユージーン・ギルモア。ギルモア子爵の三男らしいわ。彼は救国の英雄なの。

 数か月前、この国を厄災が襲った。アイスドラゴン。全てを凍らせるブリザードを吐き出す巨大なドラゴンよ。ドラゴンは数百年に一度人の世に姿を現す大型魔獣。中でもファイヤードラゴンとアイスドラゴンは最強最悪と言われこのドラゴンが現れればその国が亡ぶと言われていたわ。ただしドラゴンが現れるのは数百年に一度であり半ば伝説と化していたので魔具が発達した今の世では国が亡ぶほどではないのかもしれないけど。


 ともあれそのアイスドラゴンが我が国に現れ、国中がパニックに陥ったの。騎士団がすぐに討伐に向かったけどそれまでに三つの村と一つの町がドラゴンによって壊滅状態になっていた。私たち魔具師もより強力な武器の開発を急かされた。


 騎士団も苦戦するアイスドラゴンとの戦い。そのアイスドラゴンを倒したのが当時中隊長だったユージーン・ギルモアだと聞いたわ。


 彼の名前は瞬く間に有名になり、二十六歳という若さ、精悍な美貌、もちろん卓越した身体能力と強さで彼は王国中の女性のあこがれの的になったとメイドのデイジーから聞いた。


 王国中のあこがれの的というのは誇張し過ぎじゃない?とデイジーに言ったのだけど、精悍な男らしい美貌に加え妻どころか婚約者も居たことが無く女慣れしていない無骨なところが貴族女性に受けて、今回の働きで一足飛びに侯爵の位を叙爵されるに及んで彼は今結婚したい男ナンバーワンだという。


 どうしてそんな男が私の婚約者なのかしら?

 はい、決定!これはお父様が彼に売れ残りそうな私を押し付けたに違いないわ。褒美として王女を下賜するとか言って。余計なお世話だわ。



「ユージーンはいい奴だぞ。ちょっと女慣れしていないけどな」


 これは騎士団を束ねている第二王子リック兄様の言葉。


 いい奴でも何でも関係ないわ。幽霊姫を押し付けられるなんて彼もいい迷惑でしょう。


 案の定、それから二か月たっても彼から何の音沙汰も無かったもの。




 



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