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「やあやあやあ、お呼びくださってありがとうございます!!」
えらく浮かれたような声でリック兄様の部屋に入ってきたのはくたびれた感じの中年の男の人。
くたびれた感じなのはもじゃもじゃの髪の毛とよれよれの服装だから。本人はいたって元気な声を上げたわ。
「ダドリー・ウッドマン卿よく来てくれた」
リック兄様、ユージーンが彼と握手を交わす。
先ほどお屋敷の外を巡回している騎士が部屋にやって来て
「不審な人物が殿下に面会を求めています。追い返しましょうか?」
と言った時には頷きそうになったけど、名前を聞いてびっくりした。彼がこんなに早く来るとは思っていなかったから。それに不審人物に間違えられたのも頷けるわ。もじゃもじゃ髪に瓶底眼鏡、髭面でよれよれの服装。おまけに大きな荷物をしょっていたのですもの。
さしものステラもポカンと口を開けて彼を見ていたわ。
「早速ですが殿下、珍しい症例とは?僕の研究に関係があるということでしたが」
紅茶をぐびっと飲んでウッドマン卿が身を乗り出した。
「その前に、このことは他言無用だ。ここに居る人間以外はたとえ父上、母上でも俺が許可するまでは黙っていて欲しいのだが」
「もちろん秘密は守りますとも。僕はその珍しい症例というのに大いに興味がある。僕は僕の研究さえできれば満足なのです」
ウッドマン卿はかなりの変人ね。……人の事は言えないけど。
リック兄様の説明をふむふむと聞いていた彼は急にがばっと私の手を握った。
「ぴゃ!」
ステラが反射的に変な叫び声をあげて逃げようとしたけど、彼は私の手をぶんぶんと振って感激したように叫んだの。
「素晴らしい!なんと素晴らしいんだ!こんな珍しい現象に出会えるなんて!おお神よ!」
私はちょっとむっとした。そんなに喜ばないで欲しいわ。当事者にとっては生死にかかわる問題なのに。ほら、眼鏡がずれてるわよ。
「離せよおっさん!なに喜んでるんだよ!!」
ステラもキレ気味だわ。うん、彼は正真正銘のおっさんよ。おっさんと呼ぶことを許すわ。
ユージーンがウッドマン卿の腕を掴んでグイッと引いた。
「彼女は俺の婚約者だ。無闇に触れないでくれないか」
彼はずれた眼鏡をくいっと持ち上げて周りを見回し、みんなが白い目で見ているのに気が付いて居住まいを正した。
「手を握って済まなかった。えーっとステラ嬢、でいいのかな?中にいるセラフィーナ殿下も申し訳ありません。僕の研究が立証されるんじゃないかといささか興奮してしまいましてな。僕はここ数年魂が肉体を離れる現象について研究していたのです」
ウッドマン卿の言葉に私たちは身を乗り出した。
「きっかけは僕の妹が事故で昏睡状態になったことです。幸いにも彼女は三日後に意識を取り戻しました。僕は妹が事故に遭った時離れた場所に居たのですぐに駆けつけることが出来ませんでした。が!後日意識を取り戻した妹に話を聞くとなんと妹は三日間魂が身体を離れ色々なところを飛び回っていたようなんです!!」
ここで彼はずれてもいない眼鏡をくいッと押し上げてみんなを見回した。
「妹は三日後に自分の身体のところに帰ってくると瞬く間に魂は身体の中に吸い込まれて意識を取り戻したそうなんです!」
「ウッドマン卿の妹は夢を見ていたのではないか?」
リック兄様の問いにウッドマン卿は人差し指を立てチッチッチッと首を振って言った。
「妹は昏睡状態になっていた間の僕の行動をピタリと言い当てたのですぞ。妹は嫁ぎ先の領地に居て僕は王都に居たのに。僕は甚く興味をそそられて似たような話が無いか探し回りました。そうしたらほんの数名ですが同じような体験をした人がいたのですよ。僕は彼らからどんな状況で事故に遭ったのかを聞き取り一つの仮説を立てたのです」
リック兄様もユージーンもコリーンもサイラスもごくりと唾を飲み込んだ。もちろん私も(気分的にだけど)
ウッドマン卿は私たちの反応に満足したように話を続けたわ。彼は指を三本立てて言った。
「魂が肉体を離れる条件は三つ。この三つが上手く重なった時だと僕は思っているのです」
「三つとは?」
「一つ目は衝撃。頭部への強い衝撃です。二つ目は微雷力」
いきなり訳の分からない単語が出てきたわ。
「それは……何だ?」
リック兄様も戸惑ったような声を上げている。
「えーとですな、鉱石を擦ると埃や塵が吸い寄せられることがあるでしょう?または布や鉱石、布と布を擦るとその後どこかに触れた時にビリっとすることがありませんか?その力のことを僕は微雷力と呼んでいるのです。極々小さな雷のような力ですな」
私たちはわかったようなわからないような気持ちであいまいに頷いた。でも、今までの二つに私とステラのケースも当てはまるわ。頭部への衝撃、これはステラと私の頭がぶつかったから。それから階段から落ちた時、ステラは大量の洗濯物をもって階段を駆け上がっていたと聞いたわ。シーツや毛布など大量に。それらを巻き込んで私たちは転がり落ちた。ベッドから落ちた時も私の身体は沢山の毛布や布団に包まれていた。巻き込んで落ちたのだから激しく擦れたのではないかしら。
ウッドマン卿の説明はまだ続く。
「最後の一つは魔力です。僕の妹は魔力が多い方だった。話を聞いた人たちは皆平均以上の魔力を持っていた。人は平常時でも微量の魔力を放出しているのですが、びっくりしたり焦ったりした時にその放出量が多くなるらしい。その魔力が引き金となったのです」
ウッドマン卿の話が終わっても私たちは言葉を発せないでいた。彼の言葉は物凄く信憑性があった。私とステラのケースにも当てはまるわ。
だったらその三つを意図的に起こすことによって私たちの魂は肉体を離れる。
「魂が肉体を離れたら魂を持たない肉体ばかりになってしまうのではないか?」
ユージーンが心配そうに私を見た。
「魂は魂を持たない肉体に急速に吸い込まれる習性があるようです。僕の妹は事故のショックで魂が遠くに飛ばされた。そのまま自分の身体の近くに行けば良かったのに色々なところをほっつき歩いていたので三日もかかったのですよ。しかし、この現象は面白い。まことに面白い。僕も一人の肉体に二つの魂が宿るなど初めて見る現象です」
「では、さっき言った三つの条件を満たせばいいってことか?」
リック兄様の言葉を聞いてウッドマン卿がにんまり笑ったの。
「さようさよう。そこでこいつの出番ですな」
彼はおもむろにしょってきた大きな荷物のところに行き包みを開いた。
「「何だ?コレ」」
奇妙な物体がそこにあった。
中央に台車に乗った一抱えぐらいの箱があり、その上部に丸い石が鎮座している。丸い石の両脇、箱の上部から細い腕のようなものが延びその腕の先端は石を包むようにかけられた布の両端を掴んでいる。石からは細い管が延び、箱につながれている。そして箱の脇から出ている物は……ハンマー?これはハンマーよね。まさかこれで殴られるのかしら。箱からは他にもいくつか管が延びていた。
「僕が作った傑作、『離魂くん一号』ですな」
ウッドマン卿は満足そうに頭と同じもじゃもじゃの髭を撫でた。
早速試してみようと私たちはステラの身体が置いてある私の部屋に移動したわ。
謎の機械をセットして……って何か忘れてる。……あーーー!!!
私は急いで実験を止めるようステラに言った。
『このまま実験して上手くいっても二人でステラの身体の中に入るだけだと思うの!!』
私の意見をステラに伝えてもらうと、皆も納得した。
「そうか……セラとステラはステラの身体からセラの身体に一緒に移動した。今回もその恐れは大いにあるな」
リック兄様ががっくりとソファーに座りながら言うとユージーンもため息をつきながら言った。
「ステラの魂だけがセラの身体から飛び出してステラの身体の中に入るようにしなければいけないということですね」
そこでリック兄様もユージーンもコリーンもサイラスもステラも期待の目をウッドマン卿に向けたわ。
何と言ってもウッドマン卿は最後の希望ですもの。
「ちょっ、待ってくれ!僕だって特定の魂だけを身体から飛び出させるなんて、そんなこと出来る訳ないじゃないか!」
ウッドマン卿はじりじりと後ずさるけどユージーンは逃さなかった。
「ウッドマン卿!頼む!頼みます!あなたが最後の希望なんだ!あなたの頭脳ならできる!出来ると言ってくれ!俺は……セラを……セラフィーナを取り戻したいんだ!」
うーん……と眼鏡をクイクイしながらウッドマン卿は考え込んだ。私も考え込んだ。




