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「ユージーン、何か気になる事はあったか?」
「いえ、領地経営は順調に行われているように感じました」
リック兄様とユージーンが私と食事を共にしているのは執務室での様子を私にも聞かせる目的があるから。だから私は二人の話を注意深く聞いていた。ステラは食べることに集中していたみたいだけど。
「俺は領地経営の事はまったくわかりませんし、書類など初めて見る物が多かったですけど不自然は感じませんでした」
ユージーンの言葉にリック兄様が頷いた。
今のところアンガスの説明におかしいところはないみたい。元々この領地は山間で農産物は多くない。後は林業と狩猟、そして響澄石の鉱山。特筆すべき産業も無いけれど、何とかそれなりの生活が送れるくらいの収益はある。山間部で気候の変動も激しく自然災害も多いのでその備えも必要で、毎年かなりの割合がそれらの費用に充てられ税を払ってしまうと領地の収入としてはカツカツと言ったところだった。
「ユージーンはアンガスに連れまわされていくつかの村を訪れたのだろう?領民の様子はどうだったんだ?」
「どこの村でも歓迎されましたよ。質素な生活ぶりでしたけど食べる物も不足しているほど貧しいと言った印象は受けませんでした。アンガスは意外と慕われているようでしたね。いくつかの村で相談事を持ち掛けられていましたから」
ユージーンは考えながら言った。流石に就任したばかりの領主に困っていることを相談した村は無かった。領民たちにとってユージーンは救国の英雄というお客様で領地を切り盛りしているのはアンガスだという認識なのだろう。自分一人がよそ者のようでいささか寂しくもあったがアンガスが領民に頼りにされている様子はうかがえた。
「アンガスが怪しいというのは俺たちの考えすぎか?」
リック兄様がもアンガスに対する認識を改めたようだった。
『響澄石の鉱山についてはどうだったのかしら』
私はステラに通訳を頼んだ。私が鉱山に行くと言った時クライドはどうしても行って欲しくなさそうだったわ。それがクライド自身の考えなのかアンガスの指示なのか。
「ああ、鉱山だけはちょっと不自然さがあったな」
リック兄様が説明してくれた。
響澄石の産出量はここ数年半減していた。それなのに鉱山にかかる経費はむしろ増していたのだそう。
その理由についてアンガスは「新しい鉱脈を探しているのです」と説明した。一応理屈は通っているわ。響澄石はこの領唯一の特産物だし。ただ今まで大した利用価値は無いと思われていたけど、これから響澄石の需要は跳ね上がると私は考えている。私の作った魔具が大当たりすればだけどね。
「なあ、外に出ていいか?もう部屋に籠っているの飽きちゃったんだよ」
ステラが食事を終えてユージーンに話しかけた。
うーんとユージーンは悩んでいる。ステラは活動的な少女らしい。口調はガサツだけど毎日キビキビと働き仕事ぶりは評価されていたようね。そんな少女がずっと部屋に籠っているのはつらいものがあるでしょう。私なら魔具の研究さえしていられれば何日も引きこもれる自信があるのだけれど。でもステラを野放しにするのも大いに不安だわ。
「俺と一緒に庭を散歩するのでもいいか?」
「いいよいいよ!やったー!」
ステラは喜んですぐにでも出かけようとする。食事の給仕の後は部屋の隅に控えていたコリーンが近づいて「上着をとってまいりますから少しお待ちください」と部屋を出ていった。
さて出かけようという時にユージーンは執務室に上着を忘れてきたことに気が付いた。
「俺も上着をとってくる」
「じゃああたしも一緒に行くよ。ユージーンの上着をとってそのまま庭に行けばいいだろ」
執務室の鍵を開けて室内に一歩入る。
途端にユージーンが緊張するのが横に居てわかったわ。
「ここで何をしている!」
ユージーンの声に室内にいた二人はパッと立ち上がった。
「これはこれはご領主様、もう仕事再開のお時間ですかな?たしかもう一時間後と記憶しておりましたが」
アンガスの愛想笑いにも反応せずユージーンがもう一度言ったわ。
「ここで何をしていた」
「その……ペンを無くしまして。ここに落としたのではないかと探していたのです」
アンガスに続いてもう一人クライドも口を開いた。
「私はそのお手伝いを」
二人はユージーンの執務机の後ろ、壁際にしゃがみこんでいるように見えたわ。ちょうど飾ってあるレイジング・アローの真下ぐらいね。
「鍵がかかっていた筈だ。どうやって入った?」
ユージーンの問いかけに二人は首を振る。
「いえ、鍵はかかっていませんでした。ご主人様がかけ忘れたのでは?」
しれっとクライドが言うけれどそれが嘘なのはわかっているわ。ユージーンが鍵を開けて私たちは室内に入ったのですもの。
それに入室したときに二人が小声で言い争っていたのも気になるわ。全部が聞こえたわけではないけれど「お宝」「逃げる」「ほとぼり」「欲をかくから」そんな言葉が聞こえたの。やっぱりアンガスとクライドは繋がっているわ。そして何かを隠している。
「ユージーン、早く庭に行こうぜ」
ステラに促されたユージーンは上着を羽織るとキッとアンガスとクライドを見た。
「いいか、絶対に絶対にレイジング・アローに手を触れるなよ!」
ユージーンの剣幕にアンガスとクライドがこくこくと頷く。ペンは後で探せとユージーンは二人を執務室からおいだした。そうして私たちは庭に向かった。
ユージーン、違うから。気にするところ違うから。
季節は秋。少し肌寒いけど空気は澄んでいて野趣あふれる庭園は季節の花だけでなく果物の木など種々雑多に植えられていると聞いたわ。
庭につくとステラは急に駆け出した。
「あ!待て!」
ユージーンが急いで追いかける。
ステラは暫く走った後、柿の木から熟した柿を一つもいで袖で拭くとかぶりついた。
「……ステラ」
ユージーンが頭を抱えてしゃがみこむ。私も頭を抱えたいわ。
「美味いぜ。ユージーンも食べるか?」
「いや、俺はいい。ステラ、お姫様は急に走り出したり柿をもいでかぶりついたりしないんだ……」
「そうなのか?散歩って何をするんだ?」
「……俺もよく知らないけど」
「ここの庭は柿だけじゃなくてイチジクや栗の木なんかもあるんだ。春は野イチゴやサクランボ。あたしは小さいころから仲間とよく忍び込んで……」
ステラは急いで口を押さえた。でもユージーンは違うことが気になったみたい。
「ステラの家はこの近くなのか?」
「そうだよ。この丘を町と反対側に下った辺り。お屋敷に勤めている下級メイドは大体この近くの奴らだよ」
柿を食べ終えてまた袖で口を拭こうとするのでユージーンがハンカチを差し出した。
ユージーンの質問で記憶を刺激されたのかしら。ステラは急に「あっ!」と声を上げた。
「思い出した!執事様とさっき一緒に部屋にいた奴、どっかで見たと思ってたん―――」
「あらぁユージーン!!」
甲高い声を上げて駆け寄ってきたのはビーンランド子爵令嬢だわ。この人まだいたのね。
「ねえユージーン。ここから北に馬車で二時間ほど行ったところにきれいな湖があるんですって!行ってみない?」
「行かない。ヴィオラ、何度も言うけど俺はセラと婚約したんだ。君と出かけるつもりは無い。君も他の令嬢と一緒に帰れば良かったんだ」
「んもう、ホント真面目なんだから」
ビーンランド子爵令嬢はユージーンの腕を取ろうとして失敗してさもいま気が付きましたと言うように私を見た。
「あーら、引きこも……じゃなかったセラフィーナ殿下、お加減はもうよろしいんですか?」
今、態と言い間違えたわね。でもステラに嫌味が通じるかしら。
「ん?あたしは元気だよ?」
「昨日まで意識が無かったのでしょう?私、とぉっても心配していましたのよ。ユージーンのお相手は私がいたしますから引き続きベッドに引きこもられてはいかがかしらぁ」
「ねえ、ケバいおねえさん、あたしこの間から不思議だったんだけど何で喋るときそんなにクネクネするんだ?」
ステラの言葉にユージーンが吹き出した。
「な!な!ケバいって……し、失礼じゃありませんこと!」
「え?だって失礼な事ならケバいおねえさんの方がいっぱい言ってるじゃないか」
きょとんとしてステラが言い返す。
「ははは、その通りだ。ヴィオラ、お前の態度も言葉もセラフィーナ殿下に対して失礼極まりないぞ。使用人たちがセオドリック殿下に厳重注意されたのを見ていただろう?」
「わ、私はユージーンがこんな引きこり姫を押し付けられて可哀そうだから!ユージーンの事を心配していたのよ!」
「それなら心配無用だ。俺は縁談を押し付けられたんじゃなくてこっちから申し込んだんだからな。どうしてもセラフィーナ殿下と結婚したかったのは俺の方だ」
そう言って私を甘く見つめるから私の方が動揺してしまうわ。
「ユージーン、姫様がめっちゃ照れてる」
ステラが小声で呟くとユージーンが嬉しそうに私を見た。その瞳の奥、私の存在を確かめるように。
「な、なによ!もうユージーンなんて知らないわ!あんたなんかこっちからお断りよ!」
ビーンランド子爵令嬢はもうしなを作ることも止めてドスドスと去って行った。
去り際にちゃんとこちらに聞こえる声で嫌味を言うのも忘れない。
「引きこもり姫じゃなくてもはや変人姫ね!野猿のような言葉使いだわ!」
あのしつこいビーンランド子爵令嬢を撃退したことは褒めてあげたい。だけど私の別名に〝野猿姫〟が追加されるかもしれないわ。




