13
「いってーなコノヤロウ!馬鹿になったらどうしてくれるんだ!!」
セオドリックの目が点になる。今、今セラフィーナは何といった?
セラフィーナは立ち上がろうとしてよろける。何日も寝たきりだったのだから足腰が弱っているのだ。
「セラ!危ない!」
セオドリックは慌ててセラフィーナを抱きかかえた。
「離せよ!キモイんだよこのおっさん」
セラフィーナの言葉はセオドリックを打ち砕いた。
「キモイ……おっさん……」
その場に崩れ落ちたセオドリック。その後ろからユージーンたちが近づいた。
「……もしかしてステラか?」
「あ、変態のおっさん!そうだよ。見ての通りあたしがステラ……って、ありゃ?あたしが倒れている……」
ユージーンもコリーンもサイラスでさえ茫然としていた。
セラフィーナが起き上がった時には歓喜の思いが沸き上がったのに塔の天辺から一気に突き落とされた気分だ。
しかも美しく可憐なセラフィーナの口から紡ぎ出される言葉は衝撃なんてもんじゃない。
「ステラはこんなに口が悪かったのね……」
コリーンがポツンと漏らすとユージーンは頭を抱えた。
「俺はずっと変態のおっさんと呼ばれていたのか……」
それからハッと気づいたように一斉に倒れているステラを見た。
「セラ姫様!!」「セラ!」
ステラを抱き起すユージーン。しかし一向にステラは目を開けない。
その様子を茫然と眺めていたセオドリックはまた理解できない言葉がセラフィーナの口から出るのを聞いた。
「あっ!姫様目が覚めたみたいだぞ」
セラフィーナ(中身ステラ)の言葉にユージーンは抱き起したステラを見る。
「違う違う。姫様はこん中だ」
セラフィーナ(中身ステラ)は自分の胸を指さした。
ん……んう……いたた……目を覚ますと私はステラを抱きかかえたユージーンを見ていた。
ハッ!私の目がステラを見ているということは私は元に戻ったということ?
『ユージーン』
呼んだつもりなのに声が出ない。その代わり私の唇は違う言葉を紡ぎ出した。
「あっ!姫様目が覚めたみたいだぞ」
え?どういうこと?手を動かそうとしても動かない。それどころか身体のどこを動かすことも出来ない。私の身体は勝手に動いて「違う違う。姫様はこん中だ」と自分の胸を指さした。
『ステラなの?ステラが私の中にいるの?』
「そうみたいだよ、姫様。二人で姫様の中に入っちゃったみたいだ」
私はがっくりと崩れ落ちた。……崩れ落ちる身体が無いので気分だけだけど。
「とにかく部屋に戻ろう。ゆっくり考える時間が必要だ」
ユージーンの提案で全員で私の客室に戻った。ステラの身体は私が寝ていたベッドに寝かされ騎士たちに担がれえっちらおっちらと運ばれていった。
「おい、丁寧に運べよ!大事なあたしの身体なんだからな!」
ステラ、お願いだから黙ってて……騎士たちが妙な目で私を見ているわ。引きこもり姫に新たな噂が追加されてしまうのではないかしら。
リック兄様は廃人のようになってふらふらと私たちの後をついてきた。
「セラが……俺のことをキモイと……おっさんだと……」
ごめんなさいリック兄様。私はそんなこと思っていないから。元に戻ったらちゃんとフォロー……って本当に元に戻れるのかしら。
私は今までのステラの立場になって物凄い恐怖を感じていた。
自分の身体を自分の意思で動かすことが出来ない恐怖。私はステラに黙殺されてしまえばこの世に存在しないことになってしまう。私の意思を伝えるも伝えないもステラの自由。ステラが「姫様は自分の中からいなくなった」と言ってしまえば私はこの世のどこにも存在しないことになってしまう。
もちろんステラの事は信用しているわ。それどころか尊敬している。この子は今まで同じ恐怖に耐えていたのだわ。それも私より酷い状況で。私は今までの経緯があるからどういう状況かも理解できるしステラが信頼できる少女だとわかる。でもこの子はまったく訳がわからない状態で会ったことも無い私に身体の主導権を握られていたのね。……ステラは強い子だわ。口は悪いけど。
「……本当だったのか……俺はユージーンがセラに怪我をさせた言い訳に訳の分からない話をでっちあげたんだとばかり……」
リック兄様、ユージーン、ステラは私が元居た客室でソファーに座っている。
騎士たちはステラの身体入りのベッドを元の場所に設置した後、部屋から出ていった。彼らは二名を扉の前に護衛として残し残りは階下で使用人たちを監視している。
部屋の隅にはサイラスとジーニアスが立っていた。
「俺はこんな荒唐無稽な言い訳は思いつきません」
「……そうだな。俺も今でも信じられないんだ。このセラを見なければ」
ユージーンの言葉に頷いてリック兄様が私をチラッと見たのが気配で分かった。
なんで気配しか感じなかったかというと私の目は目の前のお菓子にしか向けられていなかったから。
「んーー美味い!これこれ!このお菓子をもう一度食ってみたかったんだ」
『ステラ!ステラ!お願い!そんなに頬張らないで!ほら、食べかすがこぼれているわ!あっ!カップは鷲掴みにしないで!』
「うーん、姫様五月蠅い……」
思わずこぼしたステラの言葉にリック兄様とユージーンが物凄い速さで反応したわ。
「「セラは何といっているんだ!?」」
「あー、お菓子を頬張るなとかきれいに食べろとか?」
その言葉にがっくりする二人。
「おっさんたち……気を落とすなよ」
その言葉に更にガックリする。
「セラの姿で〝おっさん〟と呼ばれると胸を抉られるな……」
リック兄様があまりに哀れなので私はステラに言った。
『ステラ、おっさんは止めてあげて』
「え?なんて呼べばいいんだ?」
『リック兄様はこの国の第二王子なのよ』
「あ、そうか。姫様の兄さんだもんな。じゃあ王子サマでいいか」
『ユージーンはこの屋敷の主よ。貴方だって知っているでしょう?』
「だって一度全部の使用人を集めて紹介された時会っただけだったんだ。あ、そうか〝ご主人様〟だ」
リック兄様とユージーンは私とステラの会話を黙って聞いていたけれど(多分実際はステラがブツブツと独り言を言うのを聞いていただけだと思う)ステラが〝ご主人様〟というとユージーンはグッと胸を押さえる仕草をした。なんか顔が赤いわ。
「〝ご主人様〟って呼ばれるともう夫婦になったみたいだ……」
ユージーンの言葉でハタと気づいた。
『ステラ!〝ご主人様〟は止めて!名前!そう、名前で呼んで!』
「名前?ユージーンか?」
おっさんおっさん言ってたけどちゃんと名前覚えていたのね。
ともあれ呼び方は一応落ち着いた。
「どうして今度はセラ姫様の身体に二人の魂が入ってしまったんでしょう?」
お茶を入れた後後ろに控えていたコリーンが疑問を呈した。
「二人の頭がぶつかったことは確かだな」
「めっちゃくちゃ痛かった」
リック兄様の言葉に頷いてステラは頭を撫でた。
「でも二人の頭をぶつけてみたけど何も起こりませんでした」
ユージーンの言葉にサイラスが「もう一度ぶつけてみましょうか?今度は俺が」とか言うから私は急いでステラに『絶対に止めさせて。死ぬから』と伝えた。
ユージーンがみんなに問いかけた。
「ここでぶつけた時と、階段から落ちた時、ベッドから落ちた時、何が違っていたんだ?」
みんなでうーんと考えてみたけれどわからない。
「魂が身体を離れるなんて聞いたこともありませんからね」
サイラスがそう言った時、リック兄様はハッと何かに気が付いたようだった。
「いや待て、聞いたことがある。確かそんな荒唐無稽な事を研究している変人学者がいたぞ」
『リック兄様!その話を詳しく!』
私はつい叫んでいた。リック兄様には聞こえないんだけどね。
リック兄様は暫く考え込んでいた。
「ダニエル……ダッド……ダドリー……そうだ!ダドリー・ウッドマンだ。王立魔力研究所の学者」
その名前は私も知っているわ。ダドリー・ウッドマンは魔具師でもある。昔は魔力測定器や魔力灯などを開発して高名な魔具師だったのだけど、近年は夢物語みたいな研究にとりつかれて過去の栄光は地に落ち魔力研究所を首になるのも間近だと言われている人だわ。
「その人にセラを見てもらったらどうでしょう?」
ユージーンの提案にリック兄様は頷いた。
「そうだな。我々よりは何かいい案があるかもしれない。早速手紙を書いてここに来てもらおう」
「え?セオドリック殿下、王宮には帰らなくてよろしいんですか?」
コリーンが聞くとリック兄様はため息をついた。
「セラを連れて帰るつもりで来たけどな……コレ、連れて帰れると思うか?」
リック兄様が死んだ目で私を見ている。いえ、ステラね。
「ん?」とステラはリック兄様を見たけど「クッキーのカスが口の端についてるぞ」と言われごしごしと袖で口を拭いた。
『きゃあ!ステラ!袖でなんか拭かないで!』
私は悲鳴を上げたけど、みんなの目は残念そうにこちらを見ている。
「セラ姫様もあのへんてこな機械に夢中な時は袖でよく拭いていましたからワンチャンいけるかもしれません」
コリーンの言葉に私は(気分的に)真っ赤になる。
『ち、ち、違うわよ!あれは作業着だから。そう、作業着の時は袖で拭いてもいいのよ!』
ってステラ以外誰にも聞こえないんだけど。
「いや、無理だろ。今セラを連れて帰ったら父上は卒倒するだろうし母上のブリザードが王宮中に吹き荒れるな」
リック兄様の言葉にコリーンもサイラスも顔を青くして頷いたのだった。




