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「えーと……ここら辺にあったぞ」
ユージーンの執務室。部屋の片隅の木箱が積み上げられた一角。その木箱をごそごそ探ってユージーンは一抱えもある鉱石を取り出した。
ガチャ。
何の前触れもなくドアが開いた。
執務室にクライドが入って来て私たちを見てギョッと足を止めた。
「何の用だ?クライド」
「あ、執務室に明かりがついていたのでご主人様が何のお仕事をされていらっしゃるのかと」
嘘だわ。執務室のドアは重厚な木の扉で小窓も無い。ドアが閉まった状態では明かりがついているかどうかわからないもの。それにクライドは部屋に入ってから私たちに気づいてギョッとしたのよ。まるで誰もいないと思っていたように。
「特にご用が無ければ私は失礼します」
そそくさとクライドは退出していった。
「クライドってこの部屋に自由に出入りしているの?」
「以前はな。俺がこのお屋敷を下賜されてからここに来るまではクライドに管理を任せていたんだ。この領地を与えられてまず代官のアンガスと顔合わせした。その時にクライドを紹介された。クライドを執事として雇うことにしたけど俺は王都で騎士団の方の引継ぎで忙しかったからこの屋敷の管理や使用人の人選なんかは全部クライドに任せっきりだった。騎士団の仕事が一段落して一か月の休暇をもぎ取ってその間に侯爵としての仕事を最低限でも覚えようとここに来たんだ」
「それじゃあクライドはお屋敷の各部屋の鍵を持っていたって不思議はないのね」
それでも主人の執務室に勝手に入るのはどうかと思うけど。
「いや、屋敷の管理については任せているけどここの鍵だけは返してもらった。その、この部屋には宝物を飾ったから」
「宝物?」
宝石や高価な置物でも置いてあるのかと私がキョロキョロ見回すとユージーンは恥ずかしそうに正面の壁を指さした。
「レイジング・アロー……」
ユージーンの赤い顔が移ったように私の頬も赤くなった。
『おーい、早く戻ろうぜ。あたし眠くなってきた』
(あ、ごめんねステラ)
私たちは急いで客室に戻りその後私は魔具作りに没頭した。
ステラは寝ているようで静かだったから私は思う存分集中することが出来た。
翌日台風がやって来た。
騎士団一個師団を従え騎馬でやって来たリック兄様は屋敷の人間総出で出迎えた私たちの前で馬を下りた。私たちは一斉に頭を下げる。
つかつかと歩み寄る気配がした。
ガツッ!!
ドサッ!!
驚いた私たちが顔を上げると口の端が切れたユージーンが地面に尻もちを突いていた。
「ひっ!」
ビーンランド子爵令嬢が引きつったような声を出した。
ちなみにセシリー・ポロック伯爵令嬢は護送されて王都に向かっており二人の令嬢は今朝早々にこの屋敷を発ったのだけどヴィオラ・ビーンランド子爵令嬢だけは残った。彼女は未だにユージーンの恋人のように振舞い、何度ユージーンに断られてもめげない。ある意味凄い令嬢ね。
私は思わずユージーンに駆け寄ったがユージーンがそれを制した。
「ユージーン、何か申し開きはあるか?」
リック兄様のこんな冷たい声は初めて聞いたわ。
「いえ、ありません」
ユージーンは口の端の血を拳で拭って立ち上がると深々と頭を下げた。
ユージーンの隣にコリーン、サイラス、ジーニアスが進み出て頭を下げる。
「セラ姫様の御身をお守りすることが出来ず申し訳ありませんでした」
「お前らの罰は王宮に帰ってからだ。その前に……」
リック兄様の態度とコリーンたちのやり取りをポカンと見ていたお屋敷の使用人たちはリック兄様に鋭く見据えられて揃って顔を青くした。
「我が最愛の妹セラフィーナに不敬な態度をとったのはこいつらか」
リック兄様の圧が強くて皆一言も発することが出来ない。ああ、メルサさんの足が生まれたての小鹿みたいになっているわ。
私は気の毒になって声を上げようとした。この屋敷の中でも特に失礼だったのは執事のクライドとメイド長のアンジェラだわ。他の人は指示されてしかたなくといった感じだったり、下級メイドや下男たちはそもそも交流がないもの。
「リッ―――」
コリーンに口を塞がれた。彼女は黙って首を横に振る。今は黙っていろと言うことなのだろう。
『うわっこわっ!誰だこの怖いおっさん』
ステラから見ると二十歳以上はみんなおっさんなのかしら、と思いながら説明した。
(リック兄様、セオドリック第二王子よ)
「お前たちの罰も後ほどだ。まずはセラフィーナを王宮に連れて帰る。コリーン、案内しろ」
コリーンに命令してリック兄様は屋敷の中に入っていく。
と、足を止めクライドたちを振り返って言った。
「ああ、逃げ出そうなんて思うなよ。この屋敷は今から騎士団の監視下に置かれる。それから代官のアンガスを呼んでおけ」
コリーンに案内されてリック兄様がお屋敷に入っていく。
リック兄様の後ろに二名の護衛騎士、その後をサイラスとジーニアス。一番最後を歩くユージーンに私は駆け寄った。
「ユージーン、ごめんなさいリック兄様が……」
「いや、殴られて当然だ。今こんな事態になっているのは俺の責任だ」
私たちはリック兄様の後をついて客室に向かう。
外でブツブツと呟くクライドやアンジェラの声が聞こえた。
「何故だ、何故セオドリック殿下はあんなに怒っているんだ?王女の事を嫌っているんじゃなかったのか?」
「知らないわ!私はあなたに言われたから王女様に意地悪をしたのよ。私のせいじゃないわ」
「何言ってるんだ!お前だって―――」
リック兄様が客室に入っていく。
皆に続いて私も入ろうとすると扉の外に控えていたリック兄様の護衛騎士に止められた。
「メイドは入室できません」
ユージーンが焦って言う。
「彼女は……その、セラフィーナ殿下とぶつかったメイドでいわば当事者なんだ。だから通してくれないか」
私も「お願いします」と頭を下げたけど駄目だった。
「ユージーン!!早く来い!」
中からリック兄様の声が聞こえ、私の目の前で無情にも扉が閉められた。
私はじりじりと扉の前で待っていた。
暫くして扉が開きリック兄様が顔を出した。
「馬車をエントランス前に付けろ。騎士を六名連れてこい」
バタバタと扉の前の騎士が駆け出していく。
中から「セオドリック総団長、待ってください!」とユージーンの声が聞こえた。
六名の騎士が部屋の中に入ると。普段片側の扉がロックされている客間のドアのロックを外す。両開きのドアが全開に開け放たれた。
「行くぞ、せーの!」
私は私の身体がベッドごと大量の布団に包まれて騎士たちに担がれていくのを茫然と眺めていた。
騎士たちは「慎重に運べ!」「そっちが下がっているぞ」と声を掛けながら階下までベッド(イン私の身体)を運んで行く。
ハッと我に返りその後を追う。
ベッドを追いかけて外に出るとエントランス前に幌付きの荷馬車?(ただしなんか豪華になっている)が待っていた。
騎士たちはその馬車にえっちらおっちらベッドを運んで行く。
え!!待って!連れて行かないで!
駆けだそうとして後ろから肩を掴まれた。
「無理だ。俺たちもセオドリック総団長を説得しようとしたけど全く耳を貸してくれなかった」
ユージーンに続いてコリーンも首を振って言う。
「セオドリック殿下は今とても怒ってらっしゃいます。王宮に帰って落ち着けば耳を貸してくれるかもしれません」
それは駄目よ。今ここに居る人たちでは私が王宮の本宮に入る許可を出すことが出来ないわ。私の身体が青薔薇宮でなく本宮に運ばれてしまったらステラである私が私の身体に会うことが出来なくなる。
今。ここで食い止めなければ。
「諦めきれないわ!!」
私は叫んで駆け出した。
騎士たちがベッドを荷馬車に積もうとしている。そこに駆け寄って私はベッドに飛びついた。
騎士たちは完全に意表を突かれたようだった。
ステラは十三歳の少女だ。子供だと思って警戒していなかったのだろう。
私が飛びついたことで今まさに荷馬車に乗せようと持ち上げていたベッドのバランスが崩れた。
「うわっ!落ちる!」騎士が叫んだ。
ゴッツーーン!!
セラフィーナとステラの身体は地面に投げ出されていた。
但し布団がクッションになって怪我は無さそうだ。
「セラ!!セラフィーナ!!」
セオドリックが焦って駆けつける。騎士たちは青くなって周りを取り囲む。
遅れてユージーンやコリーンたちも駆けつけた。
「いたたたた……」
セラフィーナが頭を押さえながら起き上がった。
「セラ!!意識が戻ったのか!!」
セオドリックが歓喜の声を上げた。
ユージーンたちも駆け寄る。コリーンは涙を流していた。
差し出したセオドリックの手をパンと叩いてセラフィーナが言った。
「いってーなコノヤロウ!馬鹿になったらどうしてくれるんだ!!」




