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セシリーは大人しく控えめな女性である。―――世間的には。
セシリーの二つ上の姉は自分の意見をはっきり言う子で幼い頃は姉の言いなりだった。ある時父親が二人の娘に髪飾りを買ってきた。青い花の髪飾りとピンクの花の髪飾り。セシリーはピンクが良かったが、姉が先にピンクがいいと主張した。セシリーは青でいいのかいと聞かれその場は良いと答えた。喜んで姉が部屋から出ていった後セシリーはポロポロと涙をこぼしいつも姉の言いなりにさせられていると控えめな表現で両親に訴えたのだ。
あくまでも控えめに済まなそうに。両親はセシリーの言い分を完全に信じた。偶には妹に譲ってあげなさいとピンクの髪飾りはセシリーのものになった。
味を占めたセシリーは似たような方法で自分の欲求を満たしていった。どこにでも自分の意見をはっきり言ってリーダーになるような存在はいる。セシリーはその陰に隠れ優しそうな顔をして時には被害者を装い時には理解のある相談役のふりをして様々な物を手に入れてきた。
唯一手に入らなかったのが婚約者だ。ポロック伯爵家はどこと言って特徴のない伯爵家である。困窮しているわけではないが目立つ功績も無い。そんなセシリーの元に寄せられる縁談は同程度の伯爵家かそれ以下の爵位の見た目も平凡な男たちとの縁談しかなかった。セシリーはモテる。セシリー基準では。今まで周りにいた男たちは口々に言った。「セシリーといると癒される」「セシリーは控えめで男を立ててくれる」「結婚するならセシリーのような女の子だよな」
でも求婚してくれるのは平凡な見た目のうだつの上がらない男ばかり。もっと私に相応しい男がいるはずよ。そんな事をずっと思っていた。
ユージーンを知ったのは領地に魔獣が出て討伐に来てくれた時だ。精悍な男らしい美貌のユージーンを一目でセシリーは気に入った。だけどユージーンは子爵家の三男で騎士爵しか持っていない。見た目は合格だけどお呼びじゃないわ。私を好きになったのに可哀そう。魔獣討伐のお礼を言ったセシリーにはにかんだように笑うユージーンを見てそんなことを思った。
ユージーンがドラゴンを倒し救国の英雄になってセシリーは再びユージーンの事を思い出した。ユージーンはセシリーの結婚したい男ナンバーワンに躍り出ていた。
何とかもう一度繋がりが持てないものかと考えていた時にユージーンから手紙が届いた。
ああ、彼はやっぱり私のことが好きだったのね。王家に押し付けられた引きこもり姫から彼を救わなければ。そんな思いで領地のお屋敷にやって来た。
着いてみると自分のほかに三人も令嬢がいる。その内の一人、ヴィオラ・ビーンランド子爵令嬢はユージーンの名前を呼び捨てにして既に恋人のようにふるまっていた。
だけど、セシリーは気にならなかった。彼女のようなタイプは何度も陥れてきたのだ。ヴィオラを持ち上げるふりをしてセシリーはヴィオラを蹴落とすネタを集めていた。(ユージーン様が帰ってきたら彼の心は私のものだということがはっきりするわ)そんな風にほくそ笑んでいた。
「どうしてセラフィーナ殿下を突き落としたんだ」
厳しい顔のユージーンに向かってセシリー・ポロック伯爵令嬢はポロッと言った。
「敵わないと思ったからよ」
ユージーンのこの問いかけは五回目。
四回までは彼女は同情を誘ってみたり巧みに嘘をついたりして自分に有利な証言をしていた。私やコリーンに意地悪されて追い詰められたと泣き崩れたりもした。
でもユージーンは絆されも騙されもしなかったわ。つい本音が漏れたように彼女は先ほどの言葉を口にした。
「ねえ、幽霊姫は馬鹿にしていい存在でしょ。王様にも王太子様にも嫌われているって聞いたわ。二目とみられない醜い顔だって!なのになのにあんな綺麗な人だなんて……狡いわ!!」
私はこのお屋敷に来て二日目にはベールを着けることを止めた。
さんざん彼女たちに容姿を馬鹿にされることに疲れてしまったから。もういいや、馬鹿にするんなら面と向かって馬鹿にしてちょうだい!そんな気持ちで素顔をさらして歩いたし、不当に貶められたことには反論した。コリーンは喜んで王宮に帰っても馬鹿にした人たちを見返してやりましょうと言ったけど、私は相変わらずお茶会も夜会も出たくなかったから聞こえないところでの悪口は放っておくつもりだった。
「狡いわよ!王女っていう地位も持っていて強引にユージーン様の婚約者になったくせに見た目も綺麗だなんて!だから弱みを握ろうと探ってたのよ!」
彼女はタガが外れたように叫び続けている。
「あの時は……あの時は……偶然幽霊姫が階段の上で一人になって……だから……怪我でもすればいいと思ったのよ!顔に傷がついたり身体に障害が残ればいいと思って……殺すまで考えていた訳じゃないわ!!」
あの時、護衛のサイラスとジーニアスはお屋敷の外に居た。私はコリーンと部屋を出て、階段の上まで来た時に帽子を忘れたことに気が付いたの。
「ここでお待ちください。すぐに取ってまいりますわ」
そう言ってコリーンが部屋に戻ったところだったわ。
「……その時は殺すつもりでは無かったとしても今は殺すつもりだっただろう」
押し殺した声でユージーンが言う。静かな口調だけど物凄く怖いわ。
「俺は見た目だけでセラフィーナ殿下を好きになったわけじゃない。もし顔に傷が残ってもそんなことはセラを諦める理由にはならない。大体この婚約は俺が陛下に願い出たものだ。ずっと好きでやっと婚約を申し出る身分を手に入れたのだから」
ユージーンの言葉を聞いてポロック伯爵令嬢はがっくりと膝をついた。もう泣く元気も無いみたいだった。
彼女はサイラスに腕を掴まれて部屋を出た。
お屋敷の外にヒュッテの町に滞在していた騎士を三名待たせてある。彼女はこれからその騎士たちに連れられて王宮に向かう。
私とユージーンの手紙を持たせるので彼女の罪は王宮で裁かれることになる。
王族を殺そうとしたのだから軽い罪になる事はない。彼女の家族にもお咎めがあると思う。出来るだけ軽い罪にして欲しいと手紙には書いたけど。
罪の一端は私にもあるから。私が引きこもり姫とか幽霊姫とか言われることを放置していたから。その方が研究に専念出来ていいとセラフィーナが人々に軽んじられるような土壌を作ってしまったから。だからと言って人を傷つけたり貶めたり、ましてや殺そうとするなんて許せないことだけど。
私が落ち込んでいるのがわかったのかユージーンが心配そうに私を見た。
「セラ、その……守れなくてすまなかった。でもこれからは絶対俺が守るから。もう間違いは犯さないから」
ユージーンのせいじゃないのに。彼がいないところで起きた事なんだから。
ユージーンは私を抱きしめようとしてハタとその手を止めた。
『あっぶねえ!あたしを抱きしめたらホントの変態だぜ!』
「あーーくそ!早くセラを元の身体に戻したい!そうしたら力いっぱい抱きしめて……」
ユージーンがガシガシと頭をかいているところにコリーンが戻って来た。
部屋の中の微妙な空気を感じ取ったのかスンとした目をユージーンに向けた。
「まさかセラ姫様に変態行為を―――」
「してないしてない!その、あれだ、セラが落ち込んでいたから慰めようと……あ、そうだ!セラが作っていた魔具はどうなったんだ?完成したのか?」
焦ったようにユージーンが話題を変えてきた。本当に何もしていないからそんな目で見ないであげてコリーン。
「完成までもう少しなんだけど」
私は作りかけの魔具のところに行った。
「材料が足りないの。響澄石が欲しいのよ、原石のままで」
だから鉱山に行きたかったんだけど今回の騒動で行けるかどうかも怪しくなってしまったわ。
「響澄石?執務室にあるけど?」
ユージーンから思ってもみない返事が返ってきた。
「え?え?響澄石よ?加工品じゃなく原石のままよ?」
「ああ。響澄石はこの領の唯一と言っていい特産品だろ。執務室にでっかい原石が置いてあるんだ」
ユージーンの執務室には二回入ったことがあるけど気が付かなかったわ。
「必要なら明日持って来て―――」
「今すぐ欲しいわ!!」
私は前のめりに言った。
それがあれば今夜中に魔具を完成させられるかもしれない。
「セラ姫様、夜更かしは―――」
「お願いコリーン!今夜しかないの!明日はリック兄様が来ちゃうのよ。事態がどう転ぶかわからないわ!」
「まずはセラ姫様が元に戻る方法を考えることが先でしょう。元に戻って落ち着いてから魔具は作ればいいのではないですか?」
「そんなに待てないわ!お願い!」
必死の懇願にコリーンは諦めたようにため息をついた。
もちろん魔具作りは心躍ることだけど、そればかりではないの。今の状況が不安だったのよ。ステラの身体の中に私とステラの意識が同居しているという見たことも聞いたことも無い状況。元に戻れるかどうかもわからない。私の身体は刻一刻と衰弱していくわ。冬眠のような状態になっているからまだ衰弱は目立たないけどこの状態が何か月も続いたら?元に戻れる方法がわかっても私は戻る身体がなくなってしまう。
犯人探しに夢中になって不安は心から追い出していた。でも犯人がわかった今、またじわじわと不安が心に湧いてくる。それにステラだって。
『あたしは大丈夫だから。姫様いい人だしさ』
馬鹿ね。私には強がらなくていいのに。
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