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「王宮から知らせが来まして、明日第二王子殿下がこちらに来られるそうです」
クライドの言葉にびっくり仰天。でもなぜかクライドはそれほど焦っていない。セラフィーナが階段から落ちて未だに意識不明なんて王家にバレたら大ごとでしょうに。……バレてるけど。
「!!!セオドリック総団長が!お前は……!それを先に言え!」
リック兄様が来る。
コリーンの知らせで私に起こったことは伝わっていると思う。それなのに未だに私たちがこのお屋敷に留まっているので不審に思ったのでしょう。
十中八九リック兄様は怒っているわ。
「今、セオドリック殿下をおもてなしする準備を進めておりますが、ご主人様も確認をお願いいたします」
「おもてなし?そんな事よりセラフィーナ殿下の現状を知ったら無事では済まないぞ。いや、知ったから来たのだろう……もちろんお咎めを受ける覚悟はできているが……」
青くなったユージーンをクライドは不思議そうに見る。
「セオドリック殿下は厄介者の王女がどう過ごしているか確かめに来るのでしょう。階段から落ちて意識が無いと知れば喜ぶかもしれませんよ。あ、でもそのままここに置かれても困りますから王女様は是非とも連れ帰っていただきましょう。ご主人様はこれを機に婚約解消を申し出てくださいね。良かったですね、引き取り手が来てくださって」
ユージーンはいきなりクライドの胸倉をつかみ上げた。
「ぐっ!か……かはっ!ご主……人……様……何を……」
「いいか、よく聞け!セラフィーナ殿下との婚約を解消するつもりは一ミリたりとも無い。俺は今回の件に関してお咎めを受ける覚悟はしているがセラフィーナ殿下との結婚をあきらめるつもりは無いんだ。……彼女が無事に元の身体に……いや、その為にも今彼女を連れ帰られては……」
ユージーンはドサッとクライドの身体を投げ出した。クライドは咳き込んでいる。
「お前も今回の事では無事に済まない筈だ。覚悟しておくんだな」
ユージーンは呆気に取られて立っていた私の手を引いて歩き出した。
『ヒュー!おっさんかっけえ!』
ステラがはしゃいでいる。私もちょっと嬉しかったりする、クライドの言い草にユージーンが怒ってくれたことが。
「王女様は王宮でも蔑ろにされていたんでしょう!ここでもそうだからと言ってどうして私が罰を受けなくてはいけないんですか!冗談じゃない!勝手に押しかけてきて勝手に階段から落ちたあの女が悪いんでしょう!くそっ!あんたもそうだ!勝手に領主になって押しかけてきて―――」
後ろでクライドが喚いている。
勝手に領主になって?クライドはユージーンの事も気に入らなかったのかしら?でも執事という好待遇の職を得られたのはユージーンのおかげでしょう?もう少し彼の本音を聞きたかったが後ろを振り返ると彼は両手で口を塞いでいた。
部屋に戻ってコリーンにリック兄様が来ることを告げるとコリーンも驚いたようだった。
「どうしましょう、セオドリック殿下はセラ姫様を連れ帰りに来るのですわ。私がお手紙で王宮に知らせましたから。その後もう少しこちらに滞在することになったとお手紙を差し上げたのですが上手く理由を説明できませんでしたから」
「いや、昨日の今日だ。その手紙はまだ王宮に着いていないだろう。セオドリック総団長はセラフィーナ殿下が心配で飛んでくるに違いない」
私はクイクイとユージーンの袖を引っ張った。
「セラ」
その言葉を聞いてユージーンが真っ赤になる。
「あーその、今セラを連れて行かれる訳にはいかないから俺は何とかしてセオドリック総団長に頼み込むつもりだ」
真っ赤な顔をしてそんなことを言うからコリーンもサイラスも生温かな目で私たちを見ている。
「セオドリック総団長の件も心配だが、今は犯人捜しを優先させよう。エサは撒いて来てしまったしな」
コホンと咳払いしてユージーンが続けた。
そう、私たちは令嬢たちに私が目覚めたと偽の情報を流した。彼女たちの一人が犯人であろうと推測して。きっと犯人なら私の口を塞ぎたいはず。その為にここが無人になるという状況を作らなくてはならないわ。
その日の夕食はみんな揃ってダイニングルームで、と令嬢たちに連絡が入った。
ダイニングルームで令嬢たちを迎えたユージーンは上機嫌で、もうすぐ私が目覚める事、明日リック兄様が来るので私を連れ帰ってもらうことを告げた。
「貴方たちには不自由をさせてしまったね。それも今日で終わりだ。明日には帰っていただいて結構だよ」
ユージーンの言葉にビーンランド子爵令嬢が不満を漏らす。
「帰っていいなんて、私はお部屋から出られないことが不満だっただけよ。ユージーン、一緒に遊びに行きましょうよ。これからデートしてくれるんなら私は残るわ」
ビーンランド子爵令嬢の言葉で火が付いたようで他の令嬢たちも迷いを見せる。
「すまないが明日セオドリック総団長が来るのでもうしばらくは手が空かないんだ。それが終わったら貴方たちと楽しみたいと俺も思っているんだけど……」
にっこり笑ってユージーンが言うと令嬢たちが色めき立った。
ちなみにクライドはそれを給仕しながら冷めた目で見ている。夕方の一件でお屋敷を逃げ出すんじゃないかと思ったけど、何事も無かったように仕事をしていた。
(偉そうなことを言ったけど結局ご主人様も王女の事がお荷物だったんじゃないか)とでも言いたげな目で時折ユージーンを睨んでいた。
『おっさんダイジョブか?偶に顔が引きつってるぞ』
ステラの言う通り、にこやかな笑みを浮かべているようで時折ユージーンの口がひくひくと引きつっている。ビーンランド子爵令嬢に手を握られた時なんか特に。あら、今日は対抗して他の令嬢たちも積極的だわ。ついに令嬢たちに囲まれてこめかみまでピクピクしだしたわ。
『おい、そろそろ助けてやれよ』
ステラの声を合図に私は部屋の隅から歩き出した。
「ねえユージーン、このままサロンに移動してお酒を飲みながらお話しましょうよ」
しなだれかかるビーンランド子爵令嬢に割って入り私はユージーンに声を掛けた。
「ご主人様そろそろ」
私の声で救われたような顔をしないで欲しい。ほら、演技して。
私は見えないようにユージーンを突っついた。
「あーーっとごめんよ。こ、こ、子猫ちゃんたち。明日セオドリック総団長が来る関係で今からセラフィーナ殿下の護衛の騎士たちとヒュッテの町まで行かなくちゃならないんだ。今日はみんなで楽しんでくれ」
「んもう、ユージーンがいなくちゃ意味無いわ。それなら私は部屋に戻ろうかしら」
ビーンランド子爵令嬢に続いて他の令嬢たちも部屋に戻ることに決めたみたい。ビーンランド子爵令嬢ナイスだわ。みんなで一緒に居たら犯人は行動しづらいでしょうから。それとも彼女が犯人でみんなを上手く誘導したのかしら。
私はユージーンやサイラス、ジーニアスと馬車に乗って……本当は乗らなかったけど。乗ったように見せかけて空の馬車はヒュッテの町に走って行った。
こっそりと客間に戻る。
私の身体は念のためコリーンの部屋のベッドに寝かされている。護衛はジーニアス。
私は私が寝ていたベッドに入り(なんかややこしいわね)頭の上までシーツを被った。ステラと私では体格差があるけれどしょうがない。ユージーンとサイラスが物陰に隠れる。
暫くするとコリーンが「行ってきますね」と声を掛け部屋を出ていった。コリーンはなるべく多くの人の目に触れるように厨房に出かけ、そこで居合わせた使用人たちと世間話をしながら食事を済ませてくる予定。
もし犯人が私の口を塞ぎたいと思っているのならこの機を逃すはずがない。コリーンの動向は目を光らせている筈よ。もしこれで犯人が来なかったらしょうがない。明日にはリック兄様が来てしまうから捜査は王宮の機関に任されることになるわ。
私が元に戻る方法はまだわからない。ほんのちょっと気にかかることはあるのだけれどまだ頭の中で形になっていない。だから今は犯人を捕らえることに全力を尽くしたい。ユージーンが自分の手で犯人を捕まえたいと言ったから。
カチャ……
部屋のドアを誰かがそーっと開けた。
室内は暗い。その人は暫く中の様子を窺っているみたいだった。
誰もいないと確信したのだろう。ゆっくりと部屋に入りそろそろとベッドに近づいてくる。
私はシーツを頭からかぶっているので誰かはわからない。
けれど近づくにつれてその人が物凄く小さな声でブツブツと呟いているのがわかった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……いいえ、貴方が悪いのよ……幽霊姫がこんなに綺麗だなんて聞いていない……ユージーン様が貴方の事を気に入ったら……ユージーン様は今日も私に笑いかけてくださった……やっぱりこんな女いない方が……ごめんなさい……私はユージーン様を解放してあげるのよ……ごめんなさい……」
支離滅裂な事を呟きながらその人がシーツ越しに私の喉に手をかけた。
「そこまでだ!!」
声と同時にパッと明かりがついた。
その人物は声にビクッとし反射的に逃げようとしたけれど、素早く近寄ったユージーンに腕を掴まれ退路をサイラスに塞がれていた。
「観念するんだな、セシリー・ポロック伯爵令嬢」




