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白燕石奇譚  作者: 檀 瑠里
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「『母天地』か…」

 黙り込んでしまった王皇后の額に視線を留めたまま、皇帝は一人つぶやいた。


現実主義者であると知られている皇帝は、巷でよく語られているという「瑞兆」だの「めでたい噂」のことなどそれほど重視していなかった。「瑞兆」を見るのも人であるなら「めでたい噂」を生み出すのもしょせん人なのだ。めでたい噂などだけで世の中が回るならば食事に事欠く者や病に苦しんだり、妻子を失って悲しむ人間などいてはおかしいはずだが、残念なことに現実はそうではないことが良い例であった。

 信じたいものには信じさせておけば良いが、ただ一方でそれらの現象を盲信したがる類の人間たちがいることも知っていたし、そのような者たちがそれらの噂を使って人をどのように動かそうとするかも承知していた。

 腕をくみ顎を撫でながら考え込んだ皇帝に、王皇后は頷いた。

「はい。『皇后』とでも書かれていたというならば不敬罪で罰することもできましょうが、『母』ですからなんとも抽象的ですし。それに加えて『天』ともありますと天帝からの祝福があるやに思えますでしょう。そのような娘に下賜金を与えて話をなかったことにしたり、他の縁組を考えるのは(はばか)られるような気がしまして…」

「確かに、な。…だが、他に縁組を考えるのが(はばか)られるというのならば、なぜ皇太子にその娘を与えようと思わなかったのだ?あやつが独立してからかれこれ3年ほど立つが、まだ子供が生まれたという話を聞かぬ。その娘御に『天』はともかくとしても『地』において母になってもらっても良いと思うがな」

「…殿下はすでに独立されてすでに愛妾とも言える方がいらっしゃいますし、陛下の側近で御息女を皇太子殿下のお側へと考えておられる方がいるという話も耳にしております。そのような中に、天地の母になるなどという瑞兆をもつ娘を入れるというのも考えものかと…」

「確かにそうかもしれん。あやつは女たちの争いを捌ける器ではないようだからな」

 半ば吐き捨てるように言った皇帝に、王皇后は冷たい刃を首元に突きつけられた気がして身を竦めた。


皇帝が考えているであろうことに思い至ったからである。


 晴れて独立した皇太子の後宮に暗雲が立ちはじめているようだ、というのがつい最近になって未央宮の宮廷雀たちの間に流れる醜聞の一つに加わった。それでなくても閉鎖的な宮廷では男女間のーー特に皇族のーーいざこざは皆が舌なめずりして待っている話題であった。

 当然のことながらその噂はあっという間に広がり、

ーー皇太子の寵愛を独り占めしている愛妾に対し後宮の女たちが嫉妬を燻らせ不穏な動きをし始めているようだーー

と、王皇后にしたり顔で耳打ちするものすらあり、後宮を執り仕切る立場の皇后としてひと波乱起きそうな予感に頭を悩ませていたところであったのだ。

「…故に、掖庭宮に納れることにしようかと思っているのですが」

王皇后は内心に秘めた憂いを皇帝に悟られぬよう細心の注意を払いながら口を開いた。

「掖庭に?私がその娘を召し出すのか?」

「敢えてお薦めは致しませんが、陛下がそのようにお望みでしたら」

「ははあ、なるほど。そういうことか」

皇帝は目を細めて皇后を見やった。

 望むなら召し出しても良いが、望まないのならば召し出さなくても良いということは、後宮という女の園に閉じ込めて一生を過ごさせるーーすなわち飼い殺しにすると宣言しているのも同然である。

「子を生まぬのであれば母にはなれず、母になれぬのならば「天地母」になどなり得ない、ということだな」

王皇后は皇帝の覗き込むような視線から逃れることで同意を示した。


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