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白燕石奇譚  作者: 檀 瑠里
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 一度ならず二度まで嫁ぐ前に結婚相手を亡くした政君は、しばらく呆然とした日々を過ごしたあと、それから毎日毎晩涙にくれた。

「け、結婚前に、2回、2回も、あ、相手が亡くなる、なんて。き、きっとわたしが悪いんだわ」

しゃくりあげてはそう言って嘆き悲しむ政君に、実兄である王鳳は肩を撫でながら慰めた。

「相手が病で亡くなるのは何もおまえのせいではないよ。病が悪いのであって、おまえが悪いわけではないんだ」

「で、でも」

「いいや、おまえのせいでは絶対にない。それにきっとこれには何か意味があるに違いないよ」

「だ、だって、ふ、二人も、なんて、き、聞いたことが、ないわ」

「だから言っているだろう、おまえにもっと相応しい相手がいるのだよ、きっと」

そんな兄妹二人の様子を柱の陰から見ていた父・王禁は、政君にかける言葉を思いつくことができずそっと踵を返した。


 供の者も連れずに一人で邸の外に出て、行くあてもなく眉を顰め腕組みしながら長安の街をふらふらと歩きながら、王禁は王鳳の言葉を何度も頭の中で繰り返した。

ーきっとこれには何か意味があるに違いないー

本当にそうなのか?

本当に、何か意味があるのか?

あるのだとしたら、一体何の意味が?

 夕闇が迫るころになっても答えはでず、だからと言って流石に酒場に行ってくだを巻く気にはなれなかった王禁は、よく当たると近頃評判になっている清河南宮出身の占い師・西門施君のもとへと足を向けた。


「娘のことで相談がありまして」

 おずおずと王禁は話を切り出した。

西門施君はずいぶんと萎れている男の様子に心の中で揉み手をしながらーしめしめ飯のタネが来たぞーと舌なめずりしながら姿勢を正し、至極真面目な顔をして客に向かって頷き返した。

「娘さんのこととは、縁談に関わることですか?」

 一見(いちげん)で飛び込んでくる客が親であって、更に娘のことを占い師に意見を求めるとき。これはほぼ間違いなく縁談がらみで、更に大なり小なりの問題を抱えたものであることが多かった。当てずっぽうというよりも経験からくる質問をしたまでだが、王禁は目を丸くして尋ねた。

「なぜ、わかるのです?」

「それがわからぬようでは、わたしの仕事はできませんよ」

余裕たっぷりでもっともらしく答えると、王禁はほっとため息をついてから身を乗り出した。

「娘の、結婚相手が続けて亡くなったのです。…それも、2度も」

「それは、お悩みになられたことでしょう」

「娘は、結婚できるのでしょうか」

「まずは、ご息女のお生まれになった日を教えていただきましょうか」

「はい、娘が生まれましたのは元平元年の…」

王禁は12人いる子供のうちの、王政君の生まれた日を思い出そうと必死に頭を捻った。



 西門施君は自らの書き付けた紙を見つめ、そして王禁の顔を見比べて首をひねる、ということを何度か繰り返してから口を開いた。

「御息女の縁談が纏まるのは、18歳の時と出ております」

「18…、ですか」

「今は、16歳でいらっしゃいますな」

「はい…。まだ(こうがい)したばかりだというのに、もう2回も縁談がだめになりまして…」

「それは、御息女のお相手が正しくなかったのです」

「はあ、つまり今まで纏めようとした縁談相手は娘の本当の結婚相手ではなかったのでうまくいかなかった、ということですか?」

「そういう、ことのようですな」

「では、娘は結婚できるということですね」

「もし宜しければ」

と西門はまた書き付けに目を落としてから、それをじっくりと見返して口を開いた。

「お嬢さんのお顔を拝見する機会をいただけないでしょうか」

「…はい?」

「いえ、不思議な卦が出ているのでそれを確かめたいのです。正しく(うらな)うには、情報が多い方が良いのですが、どうされますか」

「はあ…まあ、構いませんが」


 翌朝、王禁は善は急げとばかりに、

「こんな泣き腫らした恥ずかしい顔で人に会いたくない…!」

と外出を拒む政君を引きずるように連れ出すと、再び西門施君の邸の門をたたいた。

西門施君は政君の真っ赤な鼻と涙の跡がまざまざと残っている腫れぼったい顔に内心ギョッとしたようであったが、それを隠すかのようににっこりと微笑んだ。

「これはこれは、お美しいお嬢さんですな」

「…」

恥ずかしげに顔を伏せてしまった政君と胡乱げな表情を浮かべた王禁を前に、うおっほん、と大きく咳払いをしてから西門施君はしかつめらしく口を開いた。

「それでは(うらな)わせていただきましょう」


西門施君はしばらくのあいだ()めつ(すがすが)めつしながら政君の顔をじっくりと眺めていたが、幾度かぱちぱちと瞬きをしてから王禁にゆっくりと向き直った。

「御息女は、非常に富貴な相をお持ちでいらっしゃる」

「ほう、そうですか。我が家は特に富貴、というわけではありませんから、これからなるということですね」

「そういうことになりますな」

「では、どのくらい、と伺ってもいいものでしょうか」

西門施君はごくりと唾を飲み込み、政君の顔をもう一度観察しその瞳を覗き込んでから王禁をみた。

「言葉にはできぬほど…そう、とても尊貴な身分に立たれることになるようです。ええ、誰もが思いもしないようなくらいの」

3人の間に沈黙が降りた。その沈黙を破ったのはやはり王禁であった。

「だめになってしまった縁談より、良い縁談があるものでしょうか」

「御息女に関しては、あるようですよ。前回のご縁がどなたとのものであったにしても、それよりも更に素晴らしい縁談があるようです」

「こちらから働きかける必要はありますか?」

「良い知らせは向こうからやってくるものです。今は静かに待たれるのがよろしいようですな」

王禁は口を開きかけ、そしてまた閉じた。

 自分が考えうる限りの高い身分である皇子との婚姻が成らなかったのに、娘はなぜか富貴な身分になるというのである。

 更に高貴な身分である男性となるとこの世にはあと2人しかいない。

皇太子か、もしくは皇帝その人である。

 

 王禁は耳の中で聞こえ出した心臓の激しい鼓動に動揺し、膝の上で拳を握りしめた。

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