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白燕石奇譚  作者: 檀 瑠里
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 いつもならば騒がしく陽気な王禁が酒場でひとりしんみりと安酒を飲んでいるのをみて、呼び出された弟の弘が声をかけた。

「いったい何をそんなに悩んでいるんです。さてはお役目で何か失敗しましたか?そんな顔で飲んでいたらさほどうまくもない酒が余計不味くなりますよ」

「うまくもない酒はどう転んでもうまくはならんさ。…娘の結婚が駄目になったのだ。何しろ相手に死なれてしまっては、どうにもできん」

「…ああ、政君のお相手が亡くなったのでしたね。うちの(やつ)にしても、血の繋がった姪の縁談がダメになったっていうので落ち込んでますよ。私も心がけてはいますが、これという年頃の男はすでに相手がいるんですよねえ。」

「ダメだダメだ。ちいっとも良い返事がこない。それに嫁入り道具として用意した娘の裁縫箱に燕が糞をしていったというのだ。踏んだり蹴ったりだ」

王禁はがぶがぶと酒を呷った。

「兄さん…」

「何が踏んだり蹴ったりなのだ?」

隣で王禁のやけ酒を呆れたように見ていた男が声をかけた。

「娘の許嫁が死んじまって縁談がダメになり、極めつけにご丁寧にも燕が嫁入り道具に糞をしていった、っていう話さ」

「そりゃ災難なこったな…。だが待てよ、縁談がダメになったってのは不運とは限らないかもしれんぞ。今上帝の許皇后、覚えているか?許嫁に死なれて困っていた許平君が、皇家宗室の生まれでも謀反人の孫っていうんでこれまた結婚相手のいなかった男と結婚してみたら、あらびっくり。『あれよあれよというまに夫は皇帝陛下に!あらやだ、いつの間にか自分まで皇后陛下になっちゃった!』てやつさ」

「変な(シナ)を作るのやめろ。気持ち悪い。それに許皇后は殺されちゃったじゃないか」

「まあまあ、それを言っちゃあいけないぜ。娘が皇后陛下になったっていうので父親まで封侯されたというのがミソで、たしか平恩侯だったっけ?父親の身としては羨ましいじゃねえか。燕の糞だって、ウンがつく、でいいことが起こる知らせと思えば平和なものだろ」

「そうか、いや、そうなのか?」

「だいたいな、おまえさんの娘が特別な子だって聞いたら、こちらが探さずともいい縁談が舞い込んでくるもんさ。たとえば、そうだな。『許婚を失って意気消沈していた娘のところに白い燕が飛んできましてね』」

「白い燕?なんで燕なんだ?それに白い燕なんているのか?」

「うるさいやつだな。俺はあいにく燕と雀の他に知っている鳥がないんだよ…。雀じゃそこらにいて有り難みがないし、普通の燕じゃ特別感がないってもんだろ。まあ、いいから黙って聞け、例え話なんだから。『…嫁入り道具の宝石箱を膝の上に乗せ、窓辺ではらはらと』…いいか、『はらはらと』だからな。奥ゆかしさを出さないといかん。ぼたぼた涙を流してたらいい話なんか来やしないからな。…『はらはらと涙を流していた娘のところへ白い燕が飛んできて、その中に白い石を落としていきました。ぱかりと二つに割れたので見てみると、なんと…』」

「なんと!?」

「ちょっと待て、いま考える」

「いや、待てんから早く考えてくれ。…でも考えている最中にすまんが、また白なのか?あと燕が持ってくるような石なら小さすぎて割れないと思うんだが」

「そこはおまえ、突っ込んじゃいけないところだろ。せっかく話をめでたくしてるんだから察してくれ。話の元は糞だったんだ、白い糞じゃ話にもならないから変えてるんだぞ。ああじゃあこれでどうだ?『どうやって運んだのか、なんと指の爪ほどの大きさのその白い石を娘が手に取ってみたら、それはひとりでに割れてそこにはなんと-母天地-と書かれておりました』」

「なんで『母天地』なんだ。この際『皇后』の方が目出度い気がする」

「いや、『皇后』だと反逆罪になっておまえの首がとぶ。あまりに直接的だろ、娘婿が皇帝になるってことだぞ!?」

「ああ、そうか。『母天地』の方がまだ穏便だな。でも字を見せろと言われたらどうする」

「うるさいやつだな、それはこう言ったらいいじゃないか。『不思議に思った娘が石を合わせてみると、ぴたりとくっついて元通りになりました』…ですからその文字をお見せすることはできません、ってね」

「そりゃあいい。やってみるか」

 王禁は早速その気になると、呆れて止める弘のいうことも聞かず善は急げとばかりにすぐさまそれなりに見栄えのする白い石を用意した。そして男の親指の爪ほどもある大きさのそれを絹で包むと、娘に言い含めて宝石箱の中へと大事に仕舞いこませたのである。

 それからというもの王禁は、宴会へ顔を出しては「めでたい話」を会費がわりにいい酒をご馳走になりながら、仕事帰りに酒場に寄っては安酒を(あお)りつついい気分になりながら、身振り手振りを加えて白い燕と白い石の話を毎日吹聴して回るようになった。


 すると三月(みつき)もしないうちに、その噂を聞きつけたらしい「さるお方」の使いを名乗る人物が、王禁の家の門を叩いたのである。 

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