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白燕石奇譚  作者: 檀 瑠里
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 王賀の息子である王禁は、中央からの覚えはよろしくないものの地元・魏郡では尊敬され慕われる父の後ろ姿を見て育った。

 20歳を迎えて「稚君」という(あざな)を与えられ成人すると、それと同時に魏郡の李氏の娘のひとり、凰との婚約が整えられた。まだ幼い相手が年頃になり花嫁修行が終わるまでの間、都・長安に出て人脈を広げつつ世間を学ぶことが認められ、王禁は期間限定ながらも王禁は謳歌する時間を手に入れた。

 だが世の中の(ことわり)のごとく楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまうもので、いざ故郷に戻らねばならないとなったとき、立派な父に多少の息苦しさを感じていた王禁は、

「結婚までは故郷には戻らない」

としらばくれて、そのまま皇帝のお膝元で仕事を見つけることにしたのである。幸いにも自堕落な日々を過ごす間に少々齧った法律の知識が役に立ち、三卿九卿のうち刑罰を取り扱う廷尉の属吏のうちになることができた。

 だが「いつかは俺は!」を口癖にする意気軒昂な男ではあったが特に自力でのし上がっていってやろう、という気概があるわけでもなかったので、一番位の低い廷尉史の仕事を凡庸とーそれこそ罷免されないギリギリの線でーこなしながら、酒と女を日々の糧にしながら毎日を過ごしていた。


 そんな王禁が心待ちにしていたのは、解決が困難であったりしがらみが強すぎるような事件が地方で起こることであった。地方の官吏では歯が立たない案件があると、長安からその地に無関係な役人が差し向けられるのである。事件解決に向けて責任をとらねばならない身分であったならば失敗した場合のことを考えその重圧に耐えられず逃げ出していたかもしれないが、ただ言われたことをするだけの立場の万年廷尉史であったので気楽なものである。なんと言っても中央ではどんなにイけてない役人であったとしても、地方に行けば長安から派遣されてきた「お偉いさん」に大変身で

きるのである。そうでなくてもなかなかの男前で気前の良かった王禁の周りには黙っていても女たちが群がり、その中には気っ風の良い女もいたりして大層いい思いができた。そのことに気づいてからというものの、王禁は地方での事件には人一倍熱心に取り組むようになった。下っ端の廷尉史が派遣されるような事件は1年の内に何度も起きるわけではなかったが、いざそういうことがあると王禁は率先して名乗りをあげるほどであった。

 それを周囲に「役得」と(うそぶ)きながら、王禁は事件となるといそいそと真面目な顔をして上役に付き従い地方へ出張っていった。だがひとりで長安を発ったのに帰りには必ず誰かを連れて帰ってくるその有様に、地方で事件が起きると王禁の家族が増える、と同僚たちが下世話な冗句をいうほどであった。


 仕事が忙しい、と言っていつまで経っても戻ってこない王禁に痺れを切らした親たちが、あるとき強行手段にでた。六礼に従えば婿が嫁を迎えに行くのが正当であるがその作法に従っていてはいつまでも婚姻が成り立たない、と嫁を長安に送り込むという通常とは異なる形式で届出もそこそこに結婚を成立させてしまったのである。

 流石に相手の家のこともあるので王禁も渋々ながら年貢の納めどき、と観念したらしく、しばらくの間は女遊びも少しはおさまったかのように思われた。


 程なくして王禁と李凰の間には男児が生まれ、その子は「鳳」と名付けられた。だが、知らない地で慣れない子育てに追われる妻に自分を放って置かれるような気持ちになった王禁は、ついに悪い癖を出してしまい、家内の出自のそれほどよくない女たちに手をつけてしまったのである。

 医療もまだ発達していなかった時代であり、赤子の生存率というのは決して高いものではなかったから一族を盛り立てるためにも多くの子どもが生まれることが望まれていた。だから妾を持つことは容認されていたし、節度のある限りはさほど批判されるものではなかった。李凰も正妻として鷹揚に構えて認めるべきと頭の隅で理解していたが、それぞれが「君侠」という女児と「曼」という男児を生んだ上、あまつさえ一緒に生活するようになると、嫉妬をうまく隠すことが難しくなってしまい、それとともに家庭の中の空気は緊張をはらんだものになっていった。


 夫婦仲が怪しくなりつつある中、ある晩のこと李凰は月が自らの懐に入ってくる夢を見た。

何事だろうかと訝しむうちに、また妊娠していることに気づいたのである。

本始3年(前71年)、李凰が女児を出産すると、王禁はその子に「政君」という名をつけた。

顔立ちが整った、大人しくも可愛らしい娘の存在に、李凰は夫婦としてやり直していこうと決意したのだが、こじれ始めた夫婦というのは、片方だけの努力だけではどうにも修復ができない。


「あなたとはもうやっていけません!」

 正妻にするという約束で嫁いできたにもかかわらず、いつまでたってもきちんとした手続きを取ってももらえないうえに女遊びのやまない王禁に対して李凰が堪忍袋の緒を切らし、家から飛び出し魏郡に戻ってしまったのは、王政君にとって実弟である王崇が生まれてすぐの頃であった。李凰は、自らの妊娠中に王禁が外で子どもが生ませていたということを、次男・曼の母親である女からしたり顔で知らされたのである。出産後の不安定な時期に、夫の裏切りをよりにもよって他の女から聞かされたことに、李凰は外聞も憚らず悋気(りんき)を爆発させ怒り狂った。

 王禁は慌てて役所に届出て体裁を整え誠意を見せようと動いたが、時すでに遅し。李凰は2男1女を王家の籍に残し長安に置いて行くことに同意すると、「放」の一字が書き込まれた離縁状を受け取るなりその足で届け出て王禁との悪縁を断ち切ってしまった。そして間もなく河内の荀賓という男と再婚してしまったのである。


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