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戦士の顔

 そこは水晶すいしょうの住処のある森。

 その奥は、滅多に村人も立ち寄らない木々の生い茂った天然の要害。

 潘紅玉はんこうぎょくは水晶の手作りのテントのところまで来ると馬を止めた。


「ここがお嬢さんの家?」


 潘紅玉は馬を下りると、下り方が分からず困惑している水晶に手を差し出しながら問う。


「はい……一応」


 水晶は潘紅玉の手を取り、王子にエスコートされる姫のように馬から下りた。


「ここも村からそう離れてないし、そのうち賊共が探しに来ると思うけど、お嬢さん……」


「水晶です」


「水晶ちゃんか。綺麗な名前。家族は? いるなら一緒に黒双山こくそうざんに行きな」


 水晶は家族という言葉を聞き目を伏せた。

 潘紅玉は腕を組み暗い顔になった水晶を見つめている。

 森を抜ける風が潘紅玉のオレンジ色の髪と赤いマントを揺らしている。撈月甲ろうげつこうだけ纏った美しい身体がやはり場違いだ。女である水晶でさえ、その妖艶な身体を見続ける事は出来ずに目を逸らす。


「家族は……いません。私が物心つく前に死んだそうです」


「ごめん。だからここで1人で暮らしてるんだね」


 潘紅玉は申し訳なさそうな顔をして水晶から目を逸らす。


「いいんです。それより、潘さんは黒双山に行けって言いますけど……ここから黒双山までどのくらいあるか知ってますか?」


 潘紅玉は水晶の質問に顔を顰め首を傾げる。


「いや……それが、私はここがどこだかも分からない……」


「え?」


 今まで堂々としていた潘紅玉が急にモジモジし始めたので水晶は一瞬自分の目を疑った。だが、やはり、目の前のオレンジ髪の女は恥ずかしそうに髪の毛を弄り始めた。


「実は私……方向音痴……みたいで」


 先程村で水晶が“南東”と言った時もまるでピンと来ていなかったし、ここ崔霞村さいかそんから約250里 (1000km)以上離れた臨州りんしゅうの黒双山に向かえと10代半ばの少女に簡単に言ったりするものだから水晶は薄々感づいてはいた。


「さっきの村は崔霞村という村で、黒双山へは西へおよそ250里です。崔霞村から黒双山への間には峨山賊に占領された村もいくつかあります。……そこを私1人で抜けて黒双山まで行くなんて……無理です」


 潘紅玉は水晶の話を聴いて頭を掻きながら目を泳がせている。


「潘さんは、どうして崔霞村へ? その格好でどこへ行こうとしてたんですか?」


「私は……撈月渠ろうげつきょに行こうとしてたんだけど……道に迷って……たまたま崔霞村に辿り着いた……」


 水晶は顎に手を当てる。潘紅玉の言ってる事が理解出来ない。

 撈月渠とは、かつて嶺月国れいげつこく撈月ろうげつと戦った時の撈月の拠点となった要塞がある谷の名だ。しかし、今はそこには何もないはず。潘紅玉自身はその撈月の戦士達が身に付けていた鎧である“撈月甲ろうげつこう”を身に付けている。この国でそんな格好をする事がどれ程危険なものか、水晶より幼い子供でも分かる。

 つまり、潘紅玉という女は、ただ頭のおかしい露出狂か、撈月の密命を受けて動き出した本物の戦士のどちらかだろう。


 しかしながら、先程賊から命を助けてくれた事は事実である。水晶は後者である事を信じさらに質問する。


「どうして撈月渠へ? 潘さんは本当に撈月の戦士なんですか?」


 潘紅玉は頷くと腰に括り付けていた雑嚢ざつのうからクタクタになった手紙を取り出した。


「私の所に見知らぬ女がこの手紙を持って来たの。ここにはこう書いてある。“穢れた月を再び水底みなそこへ沈め泥を落とす時が来た。我らは輝く月をすくわん。集結せよ。約束の地・撈月渠へ。賈南天かなんてん”」


「それ……確か、その昔、撈月の首領・賈美嬢かびじょうが同志を募った文章ですよね?

 “再び”ってところと“集結せよ~”ってところだけ違いますけど……」


「そう。この文章は200年前、撈月の反乱を起こす時に賈美嬢が書いた文章を使ったもの。差出人の賈南天て人は私も知らないけど、おそらく賈美嬢の子孫。この手紙が来たから私は撈月渠に行く事にしたのよ」


 水晶は潘紅玉が差し出した手紙を隅々まで観察すると、今度は潘紅玉の目を見た。


「……な、何?」


 じっと見つめられた潘紅玉は恥ずかしそうに顔を赤らめる。先程賊から救ってくれた時の勇ましさは消え去り、今は普通の可愛い女の子になっている。


「潘さんはこの手紙を信じるんですか?」


「信じるよ。だからこうして道も分からないのに1人で撈月渠を目指してる」


 潘紅玉はきっぱりと言い切る。


「だって、撈月の首領・賈美嬢の一族は根絶やしにされて子孫はいないはずですよ? こんなの、何かのイタズラですよ。そもそも、どうして潘さんの所に手紙が届いたんですか?」


「……それは、私も撈月の子孫だから」


「え!?」


 水晶は思わず声を出して驚いた。空いた口を手で覆う。


潘僑零はんきょうれい。撈月の1人。私はその子孫。撈月のメンバーは首領以外名前は公表されていなければ一族も殺されていないの。それをどこで知ったのか、私の所へ賈南天は手紙を出した」


「……そ、そうだったんですか……いや、でも、賈美嬢の一族は皆……」


「生きてたの。賈美嬢の娘の賈蝶姫かちょうきが。その末孫がきっと賈南天なのよ」


 水晶は真剣に語る潘紅玉を見つめる。その目は嘘は言っていない。しかし、それでも潘紅玉自信が騙されていない事の証明にはならない。


「水晶ちゃんには関係のない話だから別に信じなくてもいいよ。申し訳ないけど、私は黒双山まで送り届ける事は出来ない。撈月渠に行かないと。賈南天が待ってるから」


 潘紅玉は手紙を雑嚢にしまうと水晶に背を向けた。


「ごめんね。何とか生き延びて」


「え……ちょっと……」


 馬に跨ろうとする潘紅玉を水晶が呼び止めようとしたその時、森の奥に何か動くものが見えた。


「おい! そこのお前達! 何者だ!?」


 それは粗末な鎧を付けた峨山賊の男達。数は5人。全員が馬に乗り槍を担いでこちらに近付いて来る。


「女だ! ははは! こりゃいい! 腹も尻も丸出しだ」


 賊の1人がゲラゲラと笑った。その目は獲物を見つけた野獣のようだ。


「水晶ちゃん。下がって。もう少しだけ守ってあげる」


 水晶は言われるままに腰から剣を抜き放った潘紅玉の後ろの木の陰に身を隠した。

 剣を抜いた潘紅玉の顔はまた勇ましい戦士の顔に戻っていた。

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