7話―「もう一度言います。 僕はしっかりとらんを小学生に、椿を高校生に育て上げました。」
こんにちは、腎臓くんです(*'ω'*)
後3分後には出勤しないと遅刻します( ;∀;)
急ぎます( ..)φ
あの意味分からん作戦を受けてから1年――。
僕は先生の約束を果たし、現在は1週間前に受けた冒険者資格の合否を待っていた。
「ただいま~」
「おかえりー。 最近は毎日帰ってこれるね。 今日は休憩時間もらえた?」
1年経った椿はなんだか色気が増し、顔が少し母親に似てきた気がする。
昔から似ているなぁ。 とは思っていたのだが、だんだんとほんとに似てきて不思議な気持ちがする。
そういう僕は、まさかの誰にも似ていない。
椿には「パパと性格が瓜二つ」と言われるのだが――。
自分では全く思っていない。
僕はスーツを脱ぎながら答えた。
「あったよ。 あったんだけどさ、無いことに慣れちゃっているからさ。 逆にいらなく感じちゃうんだよね」
「あはは、なんかわかる気がするー」
そこにお風呂から出てきたビショビショのらんが素っ裸で走ってくる。
「おかえり~! せんおにいちゃん! へへへへ」
「こらっ! らん! タオルで拭いてからここに来なさい!」
「たすけて~! せんおにいちゃーん!」
素っ裸のらんは僕に抱き着く。
僕はビショビショのらんを抱き上げ洗面所に向かう。
らんのケタケタと笑う声に、椿のお腹をすかせる家庭料理の匂い。
ここ1年は1度も電気とガスは止まっていない。
ああ。
すべてが向上した。
ありとあらゆるすべてが――。
ここは半年前に引っ越したアパートの1部屋。
前回はワンルームで築100年以上のゾンビ物件だったが、今回は1DKで築65年の老人物件。
人で例えるなら死後放置された遺体の上で暮らしていたのが、かろうじて生きている老人に仮住まいという感じだろうか。
非常に成長できたと思う。
がんばっているね! お兄ちゃんっ! と自分の頭を撫でてあげたい。
「そうだ、今日お兄ちゃんのあれが届いたよ」
「あれって?」
僕はらんの身体を大きなバスタオルで包み、ドライヤーで髪の毛を乾かす。
「それ、テーブルの上に置いてある封筒。 『冒険者資格の結果表』って書いてあったよ」
「えっ――ほんとですか――」
僕はドライヤーを置いて、ダイニングに向かう。
テーブルの上には、これでもかってほど薄い封筒に目が釘付けになる。
ん?
あれ、え、うそでしょ。 信じられないほどうすっぺらいんだけど――。
まさか――落ちた?
え、落ちた?
落ちた? 落ちた? 落ちた?――。
落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた? 落ちた?――。
「落ちた」という強烈なワードが快走列車のごとく頭の中を走り回る。
「――ちゃん。 お――ちゃん。 おにいちゃん――。 せんおにいちゃんってば!」
「ハッ! ごめんなさい! ごめんなさいっ! まだ居させてくださいッ! まだ半年なんですッ!」
僕はテーブルに突っ伏して、両手を合わせて誰かに謝罪する。
さすがに心配になったのか、らんは僕の身体を強く揺さぶる。
「いま、こきゅうとまっていたよ。 だいじょうぶ?」
「家賃、家賃、家賃……え、もう? もうここ出んの? やだっ、いやだ! 早すぎる、それは残酷過ぎるって神様……神様……。 靴の裏でも舐めます、脇の裏でも舐めます。 ほんとうに、あれ? え、神様の脇の裏ってどんな味なんですか?」
以前の環境に戻ってしまう恐怖で壊れてしまったようだ。
「せんおにいちゃん、ちょっとまっててね」
らんが小さい手ではさみを持って封筒の口を丁寧に切る。
「ねぇ、つばきおねえちゃん。 これなんてよむの?」
手に取り確認する椿。
「ん? ああ! ねぇ! ねぇってば! ねぇ! おいっ! いいかげん起きろッて!」
蹴り飛ばされる染。
「あはんっ」と声が漏れ、足は崩れてオネェさん座りになる。
「合格だって! 合格! お兄ちゃん! 合格!」
「ご、ご、合格、は? 合格? え、ソレはオイシんデスカ?」
「おい、ほんとうに落ち着けって。 冒険者資格にご・う・か・く、だよっ?」
「ボウケンシャシカクニ、ゴ、ゴう、ごうか、く。 えええぇぇぇェェェッ!」
「さっきから言ってるじゃない」
僕は椿の手にある通知書を勢いよく奪い、一文字一文字改めて確認する。
「本年度 3月26日。 防衛省 陸軍 第15部隊前線歩兵隊 隊員及び隊長 黒糸染殿。
これより冒険者資格を認定し、深海及び未知の開拓に従事することを許可する。 冒険省 会長 未不可 前より」
緊張の糸がほどける。
「やっ、やった……やりきったのか、僕……」
現実か妄想か分からず呼吸が浅くなる。
だが、すぐに現実だと分かった。
目の前に――僕以上に喜んでくれる2人がいるからだ。
「おめでとう、お兄ちゃん。 頑張ったね!」
「せんおにいちゃん、おめでとうっ! へへへ」
2人は僕に抱き着きながら喜んでくれる。
まるで自分が合格したかのように。
ここまで喜んでくれるのは、今年僕にとっても、家族にとっても絶対に負けられない年だと深く理解してくれていたからだろう。
今年僕は冒険者資格を取得できなかったら防衛省の実績がなくなり実質「クビ」になっていた。
そんな中で家族を養わなくてはいけない長男としてのプレッシャー、先生が繋いでくれた信頼を裏切りたくない想い、初戦を指示したまたま乗り切ったことで部隊の隊長を任命され、リーダーとして活動した責任の重圧。
吐きそうなほど重い枷にまみれ、確実に結果で返さなくてはいけない1年だった。
もし返せなかったら、冒険者になりたいと言えなかった日々の僕に戻ってしまう気がした。
それだけはしたくない。
やっと、自分と向き合えたのに。
やっと、家族と向き合えたのに。
やっと、言えたのに。
僕は一生後悔すると思っていたから、1年だけ本気で頑張れた。
自分の本気に家族の力が加わり乗り越えられた壁であった。
「うおおおおおッォォォォォオオオオオオ!」
自分の身体が驚くほど雄たけびをあげた。
僕は、僕は――「冒険者になれた」――。
ご愛読ありがとうございました(*'ω'*)