5話―「先生、すみません。 やっぱり僕、就職先は――」
こんにちは、腎臓くんです(*'ω'*)
今日も腎臓くんのお話。
2年前の冬、大切な彼女に振られました。
でも僕は必死で食い止めました。
無事防ぎました。
それから1ヶ月準備しました。
当日、僕から振りました。
彼女は泣きました。
でも僕は1ヵ月で心の準備を済ませていたのでスッキリしました。
どうも、腎臓くんでした(*'ω'*)
僕は用意された席にすわる。
「で、なにか変わったか?」
「特になにも変更はありません」
「うーん、そうか」
先生は座らず綺麗な夕焼けをながめる。
「……まぁ、一応さ、黒糸の家の事情ってやつは知っているよ」
「はい?」
「あれだろ? 兄弟のためだろ? 企業に就職するのは」
「……。 いえ、自分のためですよ」
先生は数秒黙ってからまた質問する。
「本当のところは、どうなんだ?」
「……。 まあ、そうですね。 かっこよく言えば、そうなりますね」
「そうか」
最後の言葉を放った瞬間に、先生は僕に寄って頭をなでた。
「お前はほんっとーにっ、立派なやつだ!」
!?
急に頭を撫でられ身体に緊張が走った。
「あ、ありがとうございます……」
「お前はほんとに立派だよ。 ほんっとーに、すごい。 なにがすごいって、自分をそこまでぎせいにして兄弟のために頑張れることがすごいっ。 ほんっとーに、お前の担任になれて先生は良かった!」
「そう、思ってもらえて、良かったです……」
なんだろう。
僕は家族のために頑張っているのは事実。
でも、苦じゃないし、むしろ自分のためになるとも分かってやっている。
だから嫌なことなんてなに一つしてない。
でも、それでも。
先生の手は温かく、疲れ切っている僕の心に深く触れた。
今までの見えない努力を誉められた気がして、認めてもらいたかった感情を見てもらっている気がして、元に戻せないほど顔が紅潮した――。
僕は下にうつむき思わず溢れ出そうになる涙をかみ殺す。
その刹那だった――。
「……ん? 人が、溺れてる?」
その大きな手が止まる。
先生はそのままじっと動かず見ていたが、はっきりとは見えていなかったのだろう。
窓に向かって歩き、勢いよく開ける。
僕も様子が気になり、溢れ出そうになった涙を拭い先生の元に近寄る。
腕組みし首をかしげる先生を横目に、僕は目をこらした。
――確かに、人っぽい顔の何かが海に、いる?
でも、溺れているってよりは…泳いでいる? 浮いている?
なんだあれ。
僕は眉をひそめ見つめ続けた。
だんだんとくっきり見え始める。
明らかに女性の長い髪の毛が夕日の明かりに反射している。
美しく黄金のように輝くそれは、無数に光り輝く稚魚の群れのように漂っている。
なんか見覚えが……。
それはゆらゆら泳いでいると、突如、腹を夕日に向け仰向けの状態で海に潜った。
大きな尾びれがダンスをするかの如く現れ、ビタンッ! と水面を叩いて消えていった。
打たれた雫は夕日の灯で、空中に弾け宝石の如く輝いた――。
次の瞬間だった――。
叩かれた水面を中心に大きく揺れ始め、小さな波形ができる。
その波形は次第に僕達の方へと向かい大きな波に変わった。
先生は口をあんぐりと開きそれを見ている。
だんだんと大きくなる波はインジゲーターに向かってやってくる。
その大波は数秒で「津波」に変化した。
先生はやっと状況を理解できたのか、窓の下でランニングしている生徒たちに大声で声をかける。
「つッ! 津波だッァァァアアア! 校舎に上がれェェェッ!」
生徒たちはポカンと突っ立っている。
音も立てずに短時間で巨大な波になる。
間違いなくこれは災害に変わるだろう。
海辺を見張る防衛省の建物からビー! ビー! ビー! と警報音がけたたましく鳴り響く。
先生の声に戸惑っていた生徒たちもさすがに察したのだろう、駆け足で校舎の上階に上がっていく。
だが、校舎は4階建てで僕は3階にいる。
ここから見える津波の高さは既にこの学校の高さを超えているものだった。
災害に備えたいくつもの巨大なバリケードが海の中から爆音をたてて浮き出てくる。
巨大な津波を何重にもなって抑え込む。
巨大な破裂音が響くとき――
僕は驚きと同時にあることを思い出した。
昔に――大好きだった父親が話してくれた一説を――。
☩
「せん! 知ってるか? 海の深海に初めて潜ったのはたったの20年前なんだ」
「そうなの~? しゅごいね~!」
「ああ! ほんとにすごいよっ。 それまではバリケードを張って防衛しかできなかった国が、初めて『向こう』の世界に侵入したんだ!」
「へ~! しょうなんだぁ~」
「俺のさ、古い友人がこの潜水艦に乗ってたんだけど」
「うんっ」
「そいつが言ってたんだ。 『実は、初めては俺たちじゃないんだ。 100年前に――』」
「ひゃくねんまえに?」
「『大きな尾びれの髪の長い人魚が泳いでいたらしいんだっ!』ってさ!」
「おびゅれ!!」
「友人にその話をした人がおじいちゃんになってから、いつか会いたくて冒険省を作ったんだって!」
「うんうんっ!」
「それからこの世界には!――『冒険者の時代が始まったんだ!』――」
「ぼうけんしゃぁ!」
「俺は夢見るぞ! いつしか! 『あれに書いてある』あの世界を! 巡るんだっ!――」
☩
津波がいくつものバリケードにぶち当たりながらも、こちらに迫ってくる。
最後のバリケードに激しくぶち当たり――打ち返った。
そのときに弾けた水しぶきが大粒の雨になり、僕たちに向けて豪雨のごとく降ってきた。
あれはただの記憶でしかなかった。
そのはずだった――。
だが。
あれを目の当たりにすると、頭の天辺からつま先まで電流が走った。
もし両親が深海で同じような事に遭遇したら。 と考えたら、今だけ両親ことを少し理解できるような気がする。
あの笑顔も、愛情も、嘘ではなかったんだと分かった気がした。
僕たちを愛していないから冒険ができたんじゃない。
愛と冒険、どっちを選んでも正解でも不正解でもなかったのだ。
ただ、両親はどっちも選んだ少し難しい人生だったのだろう。
それが、まだ18歳の僕にはちょっとだけ理解しずらかったのだろう。
僕たちのことを愛し、自分自身の人生も盛大に楽しむため冒険をしたのだろう。
今の僕なら、あのときの2人の気持ちを理解できる。
そして僕は既に消えた人魚姫の跡をじっと見つめながら先生に口走った――。
「あ、すみません……。 僕、やっぱり『冒険者』に――なります――」
ご拝読ありがとうございます(*'ω'*)
ここで1章完結となります。
やっと染は冒険者の道へ進みます。
これからがへへへ( *´艸`)
ここまでで気に入っていただけましたら、ご評価をよろしくお願いいたします( ..)φ