23話―「お前ぇぇぇえええッッッ!」
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潜水艦の動きが止まった以上、この大蛇を攻撃し激昂でもさせればただただ喰われることを待つのみ。
もう――この潜水艦にできることはなにもない。
全員がそれを理解し把握しており、ただただ立ち尽くす。
大蛇はこちらを獲物なのかどうかを見定めているのか、ずっとこちらを睨んでいる。
心臓を掴まれているような緊張感。
少しでも揺さぶられれば頭が真っ白になって発狂しそうだった。
そのとき――陽帝がゆっくりと歩き出す。
潜水艦の奥に移動すると何かをカチャカチャと動かし始める。
誰も何も言わない。
というより言えない。
自分が今なにかをできるレベルにいないと理解しているからだ。
数分経ってから「で、できた……」と声が聞こえた。
同時に後ろにあるポッドのような機械が起動したのだろう、キュイーーンと音がする。
僕らは動かず陽帝に目を向ける。
「陽帝、さん。 何ができたのですか」
そのときにクックがなにかに気付いたようだ。
「そうかっ! 緊急脱出ポッド! この試験用の潜水艦にも装着されていたのね! で、でもこんな深海1500メートルで使ったら水圧で身体の指先までが潰れるわ」
「いや、俺見たんすよ。 説明書のどっかに、改良されて深海の奥底でも使えるって」
「え! そうなのっ? やったわっ! そしたらあたし達も――」
陽帝は無心でポッドを開き1人乗り込む。
クックの言葉を遮り語り始めた。
「……。 君たちは『命の優劣』って言葉を知っているかい?」
静かな沈黙が流れる。
「この世には生まれつき必要とされる人間と必要とされない人間がいる。 それを分けるのはなにか、そう、社会的強者か弱者かだよ」
ポッドがプシューと空気を抜く音を立てて扉を閉める。
「では、この中で社会的強者に当たるのは誰か。 答えは簡単――僕ッ1人のみだッァァァアアアアアア――」
その瞬間、僕は頭の中にあった矛盾が点と点を繋いで線になった。
意味の分からない性格の変異、あのときの苦虫を潰したような顔、1人でコントロールパネルをいじっていた時間、そして――この急な襲撃。
こいつっ! ――こいつッッッッ!
僕はポッドのフロントガラスを力一杯殴った。
「お前ぇぇぇえええッッッ!」
「あ“あ”ハハハハ“ハハハハハ“ハハハハハ”ハッッッ! そうだよッッ! 俺だよッッ! 俺が全部ヤッタぁぁぁああああッッッ! あ“あ”ハハハハ“ハハハハハ“ハハハハハ”ハッッッ! キモチィィィィィイイイイイイッッッ!」
豹変した陽帝と、意味不明な言葉に理解できず全員の顔が真っ青になる。
「どっ……どいうことだ、黒糸」
「クソぉぉぉおおおッッッ! クックさんッ! ここの深海はいくつですかッ!」
「えっ、え、500メートル」
「違うッ! 本当の深海の深度だッ!」
その言葉でクックは慌てて調べ直す。
あのときの会話。
クックさんの感覚がズレていたんじゃないっ!
ずらされていたんだっ!
クックは改めて出た深度に空いた口が塞がらない。
「そ、そんな……。 ありえない」
「ばぁぁぁぁ~かぁぁぁぁぁ~ッッ。 現役離れて2年も経てば深度計の正確な見方も忘れるなんてなぁあ~。 化け女ありがぁぁぁ~とうぉぉぉ~。 あ“あ”ハハハハ“ハハハハハ“ハハハハハ”ハッッッ!」
「しっ、深度――5000メートル……」
――5000。
この数字はプロの冒険者でも進行を許されない深さ。
冒険省の中のトップ10人のみが『限定解除』という特別な権限を使い進行できる深さ。
つまり、災害級のインベーダーが出ても不思議ではない深度なのだ。
「この野郎ぉおッッ! 深度計を改ざんしてやがったぁあッ!」
「か、改ざん……。 お、おい、陽帝さん。 何かの冗談だろ?」
「チっ、俺が至急本部に連絡を入れるっ」
「ばぁぁぁ~かぁぁあああ~、そんなんとっくに対策してんの、決まってんだろぉおおお~。 爺が夢見てんじゃねぇよぉ、カス。 てめぇの可愛い部下ちゃんと一緒に海の底に沈めてよかったでちゅねぇぇぇえええ~。 あ“あ”ハハハハ“ハハハハハ“ハハハハハ”」
「……てめぇ」
やっと全員が陽帝の異常性を理解した。
「お前ッ、いつからッ!。 あっ、いやっあれか……。 僕が1回戦目を勝ち上がったtきからかッ!」
「そうぉぉおおお! イイ答えだぁぁぁああああ! あのとき、俺はね……君がボロボロに負けて観客にも審査員にもッテレビの奥のゴミクズ共にもぉぉッッ! ……笑われてほしかったんだ……。 なのに……せっかく俺が用意した最高のシチュエーションだったのにッィィィッィィィィいいいいいッ! ゴキブリよりも社会的地位が低いテメェェッごときがァァアアア俺様のプラン全てを台無しにしやがったァァァあああああ!」
緊急脱出ポッドの起動が始まった。
本来なら人数分のポッドが一斉に起動するはずなのだが、僕たちが休憩を取っている間に断線しプログラムを改ざんしていたのだろう。
陽帝が乗り込むポッド以外一切の起動音は出なかった。
「たっ、たったそれだけで……」
「たった? おいゴミィィ、『たった』じゃねぇんだよ。 この社会は俺ら支配者階級で成り立ってんだよォォおおおッ。 その『階級』は絶対だ。 何があっても覆らねぇ。 それを……それをォォぉおおおおッ! テメェみてぇなァァッ奴隷階級ごときァァッ! 夢見て脅かしてんじゃねぇぇぇえええッ! 俺は『絶対』なんだよッ! 『絶対』なんだァァァああああああああッッッッ!」
狂っている。
いや、ここまで慢心が肥大化すると自分では狂っているなんて気づかないのだろう。
むしろ、なぜ周りは理解できないのか。 馬鹿なのか。 とまでに至っている。
何が彼をここまでにさせたのか。
ポッドが白い煙を出し始めた。
船内に爆音のサイレンが鳴り響く。
僕は意味がないと分かっていながらもポッドを離さずにいられない。
全てが悔しかった。
あの意味の分からない性格変異は僕の油断を作るため、たかがそれだけのために周りからの見え方をいとわずにあれをやり遂げた。
あの苦虫を潰したときの表情は僕だけを殺そうとしていた計画から全員を殺そうと計画変更したときの気持ちの変化の現れ。
あの1人でコソコソしていたのは僕らの微かに残る生きる希望を潰すため。
全てにこいつを見抜ける瞬間があり、全てに時間があった。
にもっ関わらず僕は心のどこかでこいつを信用しようとしていた。
こいつも人の子で、人間なんだって信じたかった。
それが――浅はかだった。
「あぁそうそう。 その大蛇の名前はねぇ~、海の生ける神話『無国仙大蛇』。 俺が呼んだわけでもなく、この区域に入ったら勝手に来てくれたゲストなんだよねぇ~。 つまりなにが言いたいかっていうと、お前らは運命においても奴隷階級なんだってこと。 それじゃあぁぁぁあああ~頑張ってねぇぇぇええええ~。 あっ、忘れてた。 この潜水艦の浮上機能はこの災害が壊したんじゃないよ。 ――俺だよ、てへ。 あ“あ”ハハハハ“ハハハハハ“ハハハハハ”ハッッッ!」
「陽帝ぃぃぃぃいいいいいいいいいッッッッ!」
バッッ! ドォォォオオオオオオオッッ!
ポッドが作動し白煙を船内に巻き散らす。
そして――目にも止まらぬ速さで深海の中を切り抜けていった。
船内には静かな沈黙と爆音のサイレンだけが残された――。
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