役立つ信仰(チュートリアル終了)
…夜は更け、やがて朝日は昇って、一日の始まりを知らせる野鳥の声が群青の空に響いた…
「さて、改めておはようエイレ君。今日は残りのお店と鍛冶屋、教会に寄るわよ。」
「おはようございます。ところで、受付のお仕事はお休みですか?」
「ええ、今日は土曜日だから休みなのよ。ギルドに入ってる人数も少ないわね。それじゃあ行きましょうか。」
「はい、よろしくお願いします。」
セレイヤさんに手を引かれ、休みの日だというのに町の案内をさせてしまっていいのだろうか。これは時間外業務にあたるのではないだろうか。などと考えていると
静かな広場に着いた。昨日とは違い、人がまばらに居て、本を読んだり、友人と軽い朝食をとっているようだ。小さい鳥も噴水やベンチの周りをうろついている。
「うーん、そうね。近いから先に教会に行きましょうか」
「教会ですか。楽しみです。」
いわば宗教の象徴であり、それが国民に浸透しているものならばその国民性までもが装飾や偶像、祈りからある程度判断できる。
そしてなにより、神についてなにか情報を得られるのは間違いないだろう。
「エイレ君の信仰は確か…原初の女神エス、だったわよね。」
「はい、そうですね。」
「どんな神様なのかしら?」
さて、どんな神なのだろうか。ガイドブックには載っているかもしれないが、手をつないで歩いている状態なので今調べるわけにもいかないだろう。
「僕もほとんど知らないのですが、少なくとも優しい神様なのは確かです。」
「あら、それは良いわね。優しいことは大事なことよね。」
「ええ。」
会話しながら歩いていると建物が見えてきた。かなりの大きさで全体が石造りで円形になっており、屋根はドームになっている。象形文字のような彫刻が施されており、ちらほらと人が両開きの扉を開けて入っていくのが見える。
「さて、ここが教会よ。エイレ君なら言う必要はないと思うけれど、あまり騒がしくしちゃだめよ。」
教会の中に入ると、中央には円形の長椅子が三列おかれており、壁に沿って様々な像が配置されている。どれも大きく、長椅子に座っている人の4倍の高さはあるだろう。そして、その前には白い布のかけられた台がそれぞれ置かれている。
どうやら、中央の椅子に座り、それぞれの神の像に向かって祈るようだ。
「私も久しぶりに祈ろうかしらね。」
どれがなんという神なのか分からないため、ひとまず扉に向かっているところに座り、ガイドブックを読むことにした。
宗教関連
この世界は数多の神の働きによって運営されています。とはいえ何を信じるか、信じないか、というのをあなたに押し付けるつもりはありません。あくまで創作物を見るような態度で以下の内容を閲覧することを勧めます。
この世界には大きく分類すると二つの宗教があります。
一つは万神教。これは多神教であり、最も信仰されているものです。
もう一つは後創教。これは万神教以外のすべての宗教全てを表すものであり、実際にはそれぞれの名前があるようです。しかし、これを信仰している者は少数です。
これらの宗教間で争いが起きたことはありません。信者同士の口論や喧嘩はありましたが戦争状態まで発展したことはありません。また、無神論者、無信仰の者も少数ではありますが存在します。
万神教について
万神教は多神教であり、偶像崇拝も認められています。以下に万神教の創世神話を記載します。
「世界よ始まれ」
その言葉により世界は生まれた。
「理よあれ」
その言葉により因果は生じうるようになった。
「知よあれ」
その言葉により時空が生じた。
そして悠久の時が流れ、理に従い知の一部がまず光となった。
やがて光は溢れ、火が起こり、水が湧き、土が集まり、風が吹いた。
ついに生命が四元素によって発生し、祈りで世界は満ちた。
その祈りに応えて神々は呼び起こされる。
以上が万神教の創世神話です。
次のページには、ここに置かれている彫像に似た人のような画像が幾つか載っている…
続いて主要な神々の紹介をします。
火の女神フィラ
火を司る女神で、生命の一部も担当しています。中庸、中立、公正な性格で、好きな物は特定の鉱物です。彼女曰く”カラフルな炎は見ていて楽しいです。普通のは見飽きてますから…”とのこと。
信仰すれば火や熱に対する適性を得られるでしょう。
水の女神ウタ
水を司る女神で、生命の一部も担当しています。寛容、温厚、慈悲深い性格で、好きな物は香油です。彼女曰く”いい匂いがしているとぉ、リラックスできるのぉ。油だからぁ、水ですぐ薄まっちゃうこともないしぃ、あると仕事がはかどるわぁ。”とのこと。
信仰すれば水や熱に対する適性を得られるでしょう。
土の神ディル
土を司る神で、生命の一部も担当しています。厳格、公正、誠実な性格で、好きな物は彫像、陶器などです。彼曰く”上手いか下手かじゃなくて、俺の担当しているものにしっかりと触れて、そこに個性を映してくれるのは嬉しい。ただ、変に美化した俺の彫像はやめてほしいんだけどな…”とのこと。
信仰すれば土、鉱石、それらを使った制作の適性を得られるでしょう。
風の神ウィン
風を司る神で、生命の一部も担当しています。活発、外向的、楽観的な性格で、好きな物は楽器、楽譜、演奏です。彼曰く”退屈な仕事中に音楽が運ばれてくると楽しいじゃんね!けど暗いのは勘弁してほしいよ、仕事さぼっちゃって、僕がフィラとディルに後で怒られるんだから…明るいのお願いね!”とのこと。
信仰すれば風、音、転機の獲得に適性を得られるでしょう。
以上の四元素の神を信仰する者が多く、また、彼らに連なる神も多いです。他にも財の神、夜の神、時の神、死の神など、多くの神がいます。現時点で存在するそれぞれの神についての詳細は、巻末の神一覧の頁で調べることができます。
基本的に神を想い祈ることで信仰することができます。神の名を彫った祭壇に捧げものをすることでより強く信仰することができます。しかし、神々の中には捧げ物よりも祈りを好む者もいます。また、他の神に信仰を変えたい場合はその神の祭壇、あるいは彫像に向かって祈る必要があります。ただ、あまり頻繁に信仰を変えると神に呆れられることがあるので、少なくとも三ヶ月は間隔をあけましょう…
ガイドブックを後ろからめくり、神一覧を探して開く。そこにも画像が並んでいた。
神一覧
五十音順、敬称略、信仰が少ない神も多いため、性格や好物などが不明な場合も多い。
愛の女神ファイ
愛を司る女神。欲の神に連なる。内向的な性格になりそう。
魅力、回復魔法の適正を得られる。
…
鯉の神
鯉を司る神。特定の地域で、突然変異し長生きした鯉が信仰されて登録された。リネーム中…
二、三度見返すも、原初の女神エスが見つからない。
どういうことだろう。冒険者ギルドの登録時に信仰として名前は出ていたし、名のない鯉の神までも網羅しているのにここに載っていないのは何か意図があるのだろうか。
では代わりに他の神を信仰するべきだろうか。
いや、神に対しては誠実であるべきだ。清く明き心が大事であると古事記にも書いてある。
規範通り清明心と正直心を持って神に接するならば、やはり僕は原初の女神を信仰しよう。人は神に背くべきなのだから、それこそが人である意義なのだから。
ガイドブックを閉じ、駄目元で教会の祭壇を確認したが、エスの名は見つからない。
仕方がないので、採集用ナイフで背表紙にエスと浅く傷をつけ、祭壇とする。
罰当たりだろうか、いや、罰当たりでない人間がいるものか。人は皆、贖罪すべき業を背負っているのだから。
そんなことを思いながら、エスの名を天に向けて膝に置き、祈る。
僕はあなたについて何も知りえない。
人間についてすら理解できないのだから。
それでもあなたは僕を造った。
もはや理由など考えない。
ただ、感謝と信仰と懺悔を告白します。
僕はあなたに感謝します。
僕はあなたを信じます。
僕はあなたに背くでしょう。
しかしそれはあなたを信じているからなのです。
だからこそあなたにこの身を委ねないのです。
僕は僕の責務を果たすのです。
それこそが神命と心得ます。
宣言にも似た祈りを終える。
…すると、耳元で柔らかな風が走るのを感じた。
「想定外の申請、許容範囲内のため信仰を受理。システムと観察対象は共に|正常≪・・≫、観測続行、神託終了。」
…神聖な空気故の幻聴かもしれないが、いつかどこかで聞いた優しい声だった。
認めて貰えることのなんと喜ばしいことか。
それが神なら尚更だ。例え誰かに否定されようと考えは自分だけのものではあるが、それを保証してくれるのは、たとえそれが虚構でも、自我の権力を強め、安心をもたらしてくれる。
「どうだった?エイレ君。もしかして、神託でも聞けたかしら?」
セレイヤさんがいつの間にか隣に座ってこちらを見ていた。
「はい、やっぱり優しい女神様でした。」
「あら、それはすごいわね。私も一度でいいから聞いてみたいわ。」
「どの神様を信仰してるんですか、セレ姉。」
「私はウィン様を信仰しているわ。冒険者として働いてたときは風属性の剣士をやっていたからね。」
どこか懐かしむような声色だった。
人に歴史あり、とはこういうことなのだろうか。
「…なるほど。確かにセレ姉は剣士が似合ってそうですね。かっこいい大人って感じじなので。」
「うふふ、そう?じゃあ一旦広場まで行きましょうか。人も増えてきているし。」
セレイヤさんに連れられ外に出る。教会内は薄暗かったため、外に出ると日の光が眼に入り、少し眩しい…
「それじゃあ次は…いや、そういえば教会で最後だったわね。どうだったかしら。」
「とても楽しかったです。案内だけじゃなくて、一晩泊めてくれたのも、本当にありがとうございました。また一緒に歩きたいです。」
誰かと会話できるというのは、貴重な機会だ。それに、セレイヤさんは一緒に居ると安心する。
「ええ、またデートしましょうね。でも、それはそれとしてこれからどうするの?ウチに来ても良いのよ?受付嬢は割と稼げるし。」
なるほど、これがデートというものか。
「いえ、流石に気が引けてしまいます。しばらくは一人で頑張ってみたいと思います。」
少し残念そうな様子で、セレイヤさんは微笑む。
「そっか…しっかりしているわね。本当に困ったらすぐに言うのよ、冒険者なり立ての子を狙う詐欺師もいるのだから。」
「はい、ありがとうございます。そう言ってくれるセレ姉が居てくれるだけで安心できます。」
「それならよかったわ。それじゃ、私は家に帰るからここでお別れね。また冒険者ギルドでね。」
「二日間ありがとうございました。」
そして、セレイヤさんはこちらへ手を振りながら家の方へ歩いて行った。
さて、これから何をしようか…