神器、瞑想、依頼達成
ツルマキを探し始めて一時間くらい経った。あの後も順調に集められていたし、色々なものを分析していたのだが、依頼完了となる6本目のツルマキ(もしくはそれだけのシロツメの群生地)が見つからない。
知らないものを見つけたら分析するようにしているのだが、動物は虫以外見つからず、分析するものもなくなってきた。そして、ふと思った。
そういえば、最初に持っていたローブとガイドブックはまだ分析していなかった。制作者名には神の名が載るのかもしれない。ガイドブックのあの仕組みについて何か知れるかもしれない。
ローブの袖を注視する。
…
分析結果を表すタッチパネルがなかなか出てこない。
ひたすら見つめ続ける。
森中で立ち止まって自分の腕を見つめ続ける姿はなかなか変人っぽいなぁと思いながらも見つめ続け、二分経とうとしたところタッチパネルが出てきた。
魔力が不足したためスキルが停止されました。
不完全な結果です。
神器『無名のローブ』
見込み修正値
値段 未設定
制作 __の__エス
説明
_によって_られたローブではあるが____や補正すらもなく、___としての__はほとんどな_。しかし、そこに_による強い祝_があるのは_かであり、そ________________________。
神器の文字を見て驚くと共に強烈なめまいを感じてその場に座り込んでしまう。魔力が切れたせいだろうか。
数秒経つとマシにはなったがそれでもまだめまいは残っている。
木を背にし、眼を閉じる…
瞑想で魔力を回復すればよくなるだろうか。
いやしかし瞑想とはどうやるのだろうか。
説明には精神を落ち着けると書いてあった。
それなら、精神が落ち着いたとき瞑想が出来ていたということになるのだろうか。
しかし精神が落ち着くとはどういうことだろうか。
確かに動くように度々表現されるが、その動きは眼に見えるわけではない。
では動くことはないのだろうか。
そもそも物理的なものではないのだから動くというのは確かにおかしい。
しかし、動くという表現がこれ以上ないほどに当てはまるのもわかる。
いや、それ以前に精神はどこにあるのだろうか。
頭だろうか、いや、それはないだろう。
脳は記憶や神経の中枢ではあるが、そう。
脳髄はものを考えるところにあらず。
そういう言葉があったはずだ。
脳で全く考えていないわけではないだろうが、脳だけが思考しているわけでもないのではないだろうか。
いわば脳とはアンテナのようなものなのだ。
神経から得た情報をまとめ、神経へと情報を送るだけだ。
いやしかし、この精神と呼ばれるものはつまりは自分の思考パターンやそういったものであるだろう。
ではこの思考はどのようにして発生しているのだろうか。
思考というものはリアルタイムのように思えて実は全て物事の後に生じていると言われる。
たしかに味を感じて、その情報を基に、次はあれを食べたい、前もこんなものを食べた、という風に思考する。ならば思考とは過去のものである。
そうとするならば自分という思考もまた過去のものであるということになる。
なるほどたしかに、自我は先行するのではなく追従するものなのかもしれない。
だから度々自分でも思いつかないような行動をしてしまうものなのだろう。
それに、今の自分と未来の自分は同じ自分なのだろうかということも議論されていたが、
自分とはただこの身体に追従しているだけのものならば、追従する身体が同じである以上同じ自分なのだろうという結論が出る。
いや、待てよ、その身体自体が常に入れ替わっているではないか。
そう、体の全パーツを交換した場合それは交換前と同じ人物と言えるのかどうかというものだ。
…どうなのだろうか、全く思いつかない。
そもそも、そんなことは考えても仕方がない。
今現在、確かに自分は数秒前の自分も同じ自分であるとしている。
ならばそれが解であるはずだ。
そうだ。確かに理性に基づいて物事を考えていくのも大事なことではあるが、
一番確かなものは自分の感覚であるし、今あるものについては疑いようがないはずだ。
実存している以上それは正しいはずである。
そも自分の感覚が誤っていたのならばすべてが誤っていることになるだろう。
そう、その論理は自殺に陥る。パラドックスというやつだろう。
話を戻そう。
精神はどこにあるのか。
結論は、分からない。というのが今一番確実な答えだろう。
この肉体上に存在する気がしない。
したがって、精神は動くのかどうか、落ち着くのかどうか。
これも分からない。とはいえ、言語的にそう表現できるということはそうしうるということでもある。
言語とは物事そのものでもある。
つまり言語で表せることは全て起こりうる。
文字が踊りだすことだってありうるのだ。
一見荒唐無稽に感じられるが、しかし、絶対にないとは言い切れないはずだ。
何故なら論理の前提は経験論的なものだからだ。
そう、今までこうだったからこれからもこのようなもののはずだ。といったようなものなのだから、
当然例外は発生する可能性がある。だから物事に100パーセントはない。とよく言われるのだ。
ところで何のために今こんな思考をしているんだろう。
確か今は森で魔力回復のための瞑想をしていたはずだ…
目を開けるが、全くめまいは感じられない。
今のが瞑想だったかどうかはともかく、魔力は十分に回復したようだ。
タッチパネルはまだ出ていた。製作者の”__の__エス”とうのは前にギルドで確認した”原初の女神エス”と同じだろう。つまりこのローブは本当に神様が作ったものらしい。神器と書かれていたから、原初の女神エスと名乗るただの一般人という説は考えなくていいだろう。
試しに祈ってみようか。ローブをくれたことに感謝しなければならない。
あの時はローブだけであることが嫌だったが、神によっては(他に居るかどうかは分からないが)裸で放り出されていたのかもしれない。
そう考えるとあんなガイドブックまで一緒に持たせてくれていたことは結構な厚遇だった気もしてくる。
まあ取りあえず、早くツルマキを見つけよう…
その後、一時間程探索して漸くツルマキを見つけ、帰路についた。
過去の人間が歩いてきたことによって自然に出来た道をたどり、地図を見ながらイニサル町に戻ろうとしていると自分の背丈と同じくらいの猪と遭遇した。戦闘だ。
猪はその牙をこちらに向けて突進してきた。
装備を着けているとはいえ、そのまま受けるべきではないだろう。
突進している猪の速さと自分の走る速さは同じくらいで、避けきることは難しいだろう。
こちらの装備は長棒であるため、相手より先に攻撃を当てられるはずだ。
ここは森であり、道の上ではあるが横にはあまり広くない。
横に逸れつつ長棒を突くように猪を打った。突きは猪の脇腹に当たり、よろけさせた。
すかさずもう一度突きを入れる。今度は踏み込みながら背の方を狙って打ち込む。
猪はその衝撃に耐えられずに横に倒れた。足をばたつかせ、起き上がろうとしている。
その頭に向けて長棒を大きく振り下ろす。しかし、大きく悲鳴は上げたが未だにじたばたと藻掻いている。
もう一度、強く打ち下ろす。毛皮越しに骨を叩いた音が聞こえる。猪はかすれた声で吠えている。
攻撃を繰り返す。長棒越しに何かが少し砕ける感触が伝わってきた。猪はもはや鳴き声は出さないが、それでも足をばたつかせている。
武器を振り上げ、もう一度振り下ろす。何かを砕き、潰し、毛皮が千切れた感触があり、短く何かを吐き出すかのような音が聞こえ、静かになった。足掻く音も消えた。
長棒とそれを握る両手は返り血で赤く染まっているものの、あまり濡れた感覚はしない。
振り下ろす瞬間、猪の眼は自分を見ていた。睨むでも諦めるでもなくただ機械的にこちらの振り下ろす動きを見ていた。
解体用ナイフを取り出し、無事なところの毛皮や牙、肉を取り出していく。
毛皮は取りあえず丸め、牙はそのままに、肉は葉で包んでバックパックに仕舞い、
残ったところは前に戦ったときと同じように穴に埋める。
さて、帰路に着き直そう。川か泉に寄って血を落とさなければならない。
陽は地平線に近づいて、地上に届くようになった暖色が夜を予告するかのように世界を橙に染めている…
/『イニサル町』夕方/
門で働いている衛兵はまだ知らない人のようだったが、今は特に用事がないため挨拶だけして通る。目指すはギルド、そして道具屋である。早く火を起こす道具を手に入れて、腐る前に肉を焼かなければならない。
ギルドに着くと同時にライラさんに次は"せれちゃん"の所で受付をするように言われていたことを思い出した。最初に受付したとも言っていたので"せれちゃん"とはあの水色髪の女性のことだと思われるが、なにか登録に問題があったのだろうか。
ひとまずベルトポーチから冒険者カードと依頼品の袋を取り出して、相変わらず冒険者の少ないギルド内を歩いて受付へと向かう。
「おかえりなさい、エイレ君」
「えーと、ただいまです。それで、なにか問題でもあったのでしょうか?」
道具屋は何処だろうか、それもこの後聞くことにしよう。
「とりあえず先にクエストの完了手続きをしちゃうわ。カードと依頼品を出すのよ。」
「はい」
手に持っていた袋とカードを受付に出す。カウンターに置けばいいかと思ったが手を伸ばした瞬間に上から包むように手を握られてしまった。どうやら手渡しするのがマナーのようだ。
「うん、ありがとう。…確認も出来たし、これで初依頼達成ね。報酬を確認してね。」
そう言って手渡された袋の中には銅のコインが8枚入っており、そのうち1枚は他のに比べて一回り小さく、穴が空いている。
後で通貨の見た目をガイドブックで確認しよう。
「確認できました。それで、用事というのは?」
「…そう、その事なんだけど、エイレ君はこの町に来たばかりじゃない。それで、色々案内してあげようかなって思っているのだけど、どうかしら?この町は結構迷いやすいから絶対一緒に歩いた方が良いと思うのだけど。…駄目かな?あっでも忙しかったらまた今度でも良いのよ?」
「良いですね、お願いします。ちょうど道具を売っている場所を聞きたかった所なので。」
「良かったわ!それじゃあすぐ行きましょうか。着替えてくるから5分待っててね。」
すると受付嬢さんは隣のライラさんに
「じゃあそういうことだからヨロシクね」
とだけ言って受付の奥にある専用扉を通っていった。
5分とはいえここに居ても邪魔になりそうなのでギルドを出よう…
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「いや何がヨロシクよ…」
リュックサックを背に出口へ向かう純白のローブを目で追いながら、茶髪の受付嬢は趣味にために仕事を途中で放り投げた親友の愚痴をこぼす。
しかし、他の同僚以外に冒険者ギルドに来ている人もおらず、来る人も居ないため、愚痴を言っても、途中で仕事を投げても問題はないのである。
"受付していません"と書かれた小さい看板を、"セレイヤ"と裏に名札の着いたカウンターの区間に置きながら、
自分も本屋にでも行こうか、なんて思いつつ、根が真面目なライラは受付嬢の仕事に戻るのであった。
大陸の最果てにある、この世界で最も平和で牧歌的な地域であるビギン地方はそのために大規模な町が成立し、冒険者ギルドは暇になるのである。
その後、仕事場の隣人に感化されてしまったのかカウンター裏で本を読む姿を目撃されるライラであった…