裏メニューの発見
「大将ここにお代置いとくよ~」
「あいよ」
俺は服から一枚の銅貨を取り出し、トンと机の上に置く。
この店は俺が冒険者として、駆け出しの頃から利用しているよくある大衆店だ。
今日もなんてことのない、マルゲリータピッツアを平らげ店を後にする。
――できればこの幸福な時間がずっと続いてくれたらいいのに。
そんな期待も虚しく残酷に時間は過ぎていく。
「ナユタ。テメエ、チンタラしてんじゃねえぞ。さっさと運べ!」
そういってこの生意気な年下勇者は、俺を家畜の如く荷物運びさせる。
「はい、すみませんでした!」
クソッ……! 俺に力さえあれば。こんな世界絶対におかしい。
俺は心情を吐露しつつ、内側でのみ悪態をつく。
もしだ。こんなことを外に漏らそうものなら、俺はたちまち死ぬことになるだろう。
この世界においては、ステータスが絶対だ。
そしてステータスが上の者ほど強いとされる職業につき、我が物顔でこの世を闊歩している。
俺のステータスは、オールFという奇跡的なまでのゴミクズっぷりだ。
顔も琥珀色の瞳に栗毛の髪とこの世界ではありふれた容姿で、特段優れているというわけでもない。
そんな俺がようやくありつけた職業がこの荷物運びというわけだ。
対して俺にこうして、顎で指図するこの若造バベルはすべてのステータスがAランクで冒険者としては最高の職業とされる勇者についている。
最高のステータス、最高の職業。金髪に真珠色の瞳とこの世で最高とされる容姿まで兼ね備えている。更にそれに加えて、こいつは強かさまで備えている。憐れなFランクの俺を拾ってくださった勇者様ということで世間体までもがよい。
だが実態は奴隷労働に近い条件で色々とコキ使いやがる厄介な上司でしかない。
今日もこうして俺をいびり倒しては、荷物運びをさえ腕が引きちぎれそうになるまで積荷を運ばせる。
「ホラホラ、お前に出来る仕事なんてそれぐらいしかないんだから」
これが奴の口癖であり、紛れもない事実だ。
そんな俺に唯一訪れる至福の時間は三食の飯と睡眠時間ぐらいだ。
その他は地獄。そうとしかいいようのない、
俺は今日も、しこたまこき使われた後勇者様からの慈悲で夕食代を銅貨一枚分なんとか貰って、夕食にありつくことができた。
「グ、グハッ」
「おいおい、大丈夫かい? あんちゃん」
こんな優しい言葉をかけてくれるのは、いつも通っているこの大衆店の店主だけだ。
「とにかく腹いっぱいになるもの……ください」
「”とにかく腹いっぱいになるもの”か」
次の瞬間、店主の口角はニイッと上にあがった。
その意味に俺はまったく気が付かなかった。
とにかくその時は言葉通りに、とにかく腹をいっぱいに満たしたいそれだけを考えて発した言葉であった。
「あんちゃんウチの裏メニューを頼むんかい?」
「え? はい? 裏メニュー?」
店主の言っている意味が理解できない。しかし今はしこたま腹が減っている、俺は首を縦に振った。
裏メニューなるものがどんなものなのか検討もつかないが、店主は腕が六本あるかのような速度で調理を始めあっと言う間にそれが目の前に置かれた。
「はいよ、一丁お待ち。タダどうなっても知らないよ」
どうなっても知らない……? どういう意味だろう。俺は目の前にある真っ赤なスープで満たされた麺料理をまじまじと見ながら考える。
――いやもう知ったことか。俺は一思いにその麺料理を啜った。
「ナンジャコラアアアアアアアアアア」
俺はあまりの辛さに体を思わずねじらせてしまった。
辛い!とにかく辛い料理であった。だが不思議と箸は止まらず、近くにあった水をガブ飲みしながら料理を食べ進めていった。
うまい、辛いのダブルパンチが交互に襲って来ながら、もの凄い量の発汗を我慢し俺はその裏メニューを食い尽くした。
「おいおいあんちゃん大丈夫かい?」
「うんまかったです! それにお腹いっぱいになりました。大将これおいくらなんでしょう?」
「どうせいつものごとく銅貨一枚しか持ってないんだろ? それでいいよ」
どうやら店主は俺の財布事情を完全に把握しているらしく、銅貨一枚だけを要求してきた。
俺はニンマリとした笑顔を浮かべながら、お代を置いて店を後にした。
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