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覚悟はしていた。悟っていた、と言ってもいい。
王族の、それも第2王女ともなれば、平民たちが想像する"夢見るだけのお姫様"ではいられないし、そもそもそんな王族は居てはならない。
あるいは、保身の為に畜生に堕ちる貴族。
あるいは、如何に人を痛め付けられるかを追求した拷問器具。
あるいは、度重なる戦禍の影響で生きたまま死んでいる兵士。
14歳という年齢は肩書きの前では意味を成さず、それなりに世界の暗い面を見てきたつもりだった。
物語の様な都合の良い偶然は存在せず、
そのくせ万事に限界なんてものが存在し、
運命は、現実の前に破れ去る。
「……あぁ、不快だな。なんだその目は?」
「……」
世界とは儘ならないものなのだ。
個人的にどれ程"負"を、"悪"を、"闇"を忌み嫌おうと、それはどうにもならない世界の一部であり、改善など出来る訳もない。
幼心にそう悟り、まぁ、世の中そんなものかと。
妥協して、納得できたと自分を騙し、ならばせめて今より"まし"と思える世の中を作っていこうと次善の策へ逃避した。
それが王族として生を受けた自分の運命であり、義務であると。そのためなら政略結婚やらなにやらも我慢するし、何なら今なお冷戦中の"帝国"に嫁いだとしても覚悟の上だと。
「よもや、此処に至ってまだ“助かる”等と考えている訳ではあるまい。それとも、猿どもはその程度の知能すら持ち合わせていないと?」
「……」
自分のことは自分が一番知っているつもりだ。
王族の、つまりは女神フォルティナの直系であり、優れた魔力や才能などは持ち合わせている。
何事も人並み以上にこなせる自信はあるし、女性としての観点も問題はない筈だ。
だからといって、才能だけでやっていけると考える程お気楽な思考はしていない。努力の必要性は理解しているつもりだし、時として努力が才能を上回ることもあるだろう。
けれど、世の中そう単純にできてない。
人並み以上だとしても、上には上が存在する。
努力をしたところで、それが才能を上回るなんて少数派だ。
出来ないことは出来ないと、理解しているしだからこそ、出来うる中の次善を選んできたことに間違いはない。
────そう、思っていた。
「忌々しい女神の直系、故に持つ上位の力である光の属性魔法。その担い手たる貴様には、我等魔族も注目していたのだが、とんだ期待外れだよ」
「……」
あぁ、私は何と馬鹿なのだ。
偶然? 限界? 現実に破れ去る?
何だそれは小賢しい。度し難い程に無知蒙昧。
偶然とは、これまで積み重ねてきた努力の上に成り立つ必然であり。
自身の決めた限界など、新たな限界への始まりに過ぎない。
そんなことも知らずに、世の中に見切りを付けて。諦めを悟りなんて言葉で誤魔化して、上を目指さず堕落していた。今思えば恥ずかしくて自害したくなる。
「……あぁ、それとも。あの小僧がまた助けに来てくれると信じていると? ……ふはっ、ふはははははぁっっ!! 猿も極まったな、女!」
「…………」
彼を見てみろ!!
それだけで、身体が、心が、魂が理解した。
世界は、光で満ちているっっっ!!!
「魔族の特性を知らないのか!? 我等の持つ"闇の魔力"は貴様と対をなす上位の力! 四精霊の低俗な属性魔力など足元にも及ばず、全てを呑み込み、終焉わらせる!! 立っている領域が違うのだっ! その直撃を受けて、生きている訳が……な、い……」
「………………」
「……おい、女」
「……………………」
あぁ、素晴らしきかな英雄よ。
誰よりも輝く才能を与えられながら、しかして一切の妥協を赦さず前へ前へと駆け抜ける。その姿のなんと気高いことか。
貴方の様な方が居る限り、世界に光は途絶えないと確信できる。
未来を目指して歩む限り、意思の力に不可能はないのだとその背をもって伝えてくれる!
「……貴様……っ!」
如何なる状況であろうとも。それが、全てを終焉わらせる闇に呑まれる寸前であろうとも、遮ること敵わぬ貴方の光に、何よりも救われたから──
その光に恋をした。
例え、その光に身を焼かれ、燃え尽き灰塵と化しても何ら悔いはない。その誉れを胸に、笑顔で逝けると言い切れる。
だけど、この想いは届かないのだろう。
「もしや、私を無視しているのかぁぁっっっ!!!」
拳が唸り、顔面を撃ち抜かれる。
小石の様に身体が吹き飛び、同時に左目から視界が消えるが、それがどうした。そのような痛み、この胸に響く哀しみに比べるとなんとか細いことか。
貴方は果て無き天へと飛翔する英雄。
地を這う矮小なこの身など、眼中に入ることなど在りはすまい。
太陽の光は、一個人ではなく、万人に注がれるものだから。
「もうよいっっ! 上からは生きて捕らえるよう命令されたが、ここまで虚仮にされては唯では済まさん……っ! 生きていることを後悔させて──」
「━━━━其処までだ」
けれど、もし赦されるのであれば。
「……なぜ……だ……、何故貴様が生きている…………!」
「笑止、たかが五臓六腑を抉り抜いた程度で死ぬとでも思ったか。貴様ごときに踏まれる俺ではないと知れ」
高望みはしない、身の程も弁えています。
只、只どうか━━
「不条理に嘆く“誰か”が居る限り、俺は不滅だ」
「ウルカヌゥゥス・イグニィィィスっっっっ!!!!」
━━太陽の側に仕える不敬を、お赦し下さい。
此は、誰もが夢想する物語。
1度は負けた英雄が、新たな技と、更なる力を以て囚われの姫を救いだす。
「どういう理屈だふざけるなぁぁっ! 斬って砕いて貫いたっ!! なのに何故まだ動いているっ! これで終わらなければ可笑しいだろう!!!」
「いいや、まだだ。俺の全ては、あの日の罪を償う為に在る。誰でもない己自身がそう決めた」
胎動する決意の光。
煌めきだす不変の覚悟。
「何も可笑しいことはない。すると決めた、だから往く!! 何れ来るその日まで、負けやしない━━」
活眼せよ──あらゆる道理をねじ曲げて、英雄譚が始動する。
「━━━━勝つのは俺だ」
夜の帳を掻き消して、輝く太陽が天を射つ。
国を越え、大陸全土から確認できたその光は、見るもの全ての心を照らし出す。
━━━その物語の結末は、語るまでもないだろう。
リュミエール学園、第一講堂。
学年別の集会や授業、連絡事項の発表などなど、様々な用途で利用されるこの場所は、学園内でもかなりの大きさを誇る。
また、椅子や机なども配備されているため、ここで昼食をとる学生も多く、憩いの場としても機能していた。
入学試験を終えてから7日。
当初の緊張感も薄れ、学友もできはじめた頃。
昼休みに入るまでまだ少し時間があるとはいえ、講堂には少なくない数の学生が居り、相応の喧騒を纏っている。
「…………」
そんな中。
周囲の空気に反するかのように、沈黙する姿が一つ。
“英雄”ウルカヌス・イグニス
先の入学試験において、また一つ新たな伝説を増やした男子学生である。
━━その名は王国に留まらず、仮想敵国の帝国から引き抜きの話が出ている。
━━学園でも成績上位者五名で構成される生徒会。特に、“学園最強”と称される生徒会長が、その役職を譲る算段である。
━━極秘の特殊任務を遂行する、王族直属騎士団の団長として配属されている。
などなど。
大小様々な噂が流れる近寄りがたい雰囲気の彼だが、誰に対しても公平な態度や、実力を鼻に掛ける素振りも見せないため、生徒からは尊敬の念を受けていた。
現に、彼がこうして佇んでいる今でも、彼に対する視線や噂話などは尽きない。
(見て、イグニス様よ!! あぁ、今日も凛々しいお姿……)
(リュミエール第二王女様はいらっしゃらないのかしら?)
(今年の帝国との対抗試合は、俺たち王国が勝ったもの同然だな!)
(対抗試合ってあれだろ? 表立ってドンパチできねぇ大国同士、自分とこの学生を交流って形で競わせる代理戦争だっていう……)
(今年の対抗試合はどうなるだろうな? 出場者5人を決める選抜戦は、何でもありの実戦勝負。例年なら生徒会役員で決まりだが……)
(今年は英雄様やその妹。歴代最高と名高い王女様もいるしなぁ)
(それだけじゃないぜ! 噂によると、その生徒会と決闘して打ち勝ったCクラスがいるとか……)
「………………」
だが、そんな周囲の様子を気にすることなく、彼は近く開催される“学内選抜戦”の対戦表を見つめている。
対戦表の1番上。
即ち、14日後に行われる選抜戦。その第1組、第1試合の組み合わせを。
「お兄様! こちらにいらっしゃったのですねっ!
ご一緒にお昼を……、どうかなさいましたか?」
「……………………」
そんな英雄に駆け寄ってきた、深紅の髪を持つ少女。
どことなく顔立ちが似ている彼女は、英雄の実妹であるマリア・イグニスである。
「これは、選抜戦の組み合わせですか?
どれどれ……っと、お兄様と私は別の組になっていますね。リュミエール様や生徒会長とも別の組ですので、それぞれ代表入りは確定。残り1枠がどうであれ、私たちの4勝で王国の勝利は揺るがないでしょう! 今年は帝国に大きい顔をされずに済みますね!!」
「………………………………」
「お兄様の勝利は決まっていますが、当日は私も精一杯応援させていただきます! ……まぁ、1回戦の相手がCクラスである以上、応援する暇もなく勝敗は決するでしょうけど」
「…………………………………………」
英雄が。そしてその英雄を信じる私が、私たちが。
有象無象に負けるなど、断じてないと。
盲目的なまでの自信を胸に、紅き少女は言う。
「この名前は…….確か生徒会役員と決闘した、と噂されている生徒でしたか。しかし、所詮は実力で最も劣るCクラス。実力者揃いの生徒会に勝つなどあり得ません。根も葉もない噂でしょうし──」
────仮に事実だとしても、お兄様の敵ではないでしょう。
そんな、彼への嘲りが浮かぶ言葉。
普段ならすぐさま諫める場面だが、しかし俺は猛烈な歓喜の感情故に、ただ立ち尽くすだけだった。
遂に訪れたのだ。
自身の定めた聖戦が。
本物の英雄が、遙か宙へと飛翔たくときが。
確かにいい機会だと考えてはいたし、そう言うパターンも想定していた。
だが、まさかここまで速いとは思っていなかった。
衝突し合う刃と刃。
激突する想いと想い。
誰もが信じてやまない英雄は、しかしそれを上回る新たな英雄に凌駕されるのだ。
震える体を隠すように、掲示板に背を向け歩き出す。
偶然か、必然か。
「………………」
「グレンツさん!よ、よろしければ一緒にご飯を!って、どうされたんです?急に黙り込んで??」
向かいからやって来る、青髪の青年とすれ違いながら──
学内選抜戦 第1組 第1試合
Sクラス ウルカヌス・イグニス
対
Cクラス グレンツ・ブレイクホープ
「ーーーー征くぞ、英雄」
「ーーーー全力で来い、英雄」
以下唐突な人物紹介!!
・お兄様
偽・主人公。
妹の話ガン無視系お兄ちゃん。踏み台目指す元厨二。
信じられるか?この兄妹、今回会話してないんだぜ……?
今回は愛しい弟に声かけられてテンションバカ上がりしてた。
過去編では厨二病真っ最中。
死んでる方が普通の状況だったのだが、当たり前の如く気合で復活&覚醒。理由は弟以外に負けたくないから。
敗北は弟に捧げると心に誓っている、真面目委員長タイプ。そのためなら、あらゆる努力を惜しまないヤベェやつ筆頭。
不条理に嘆く“誰か“って、誰なんだろうなぁ(棒
・妹ちゃん
忠犬系紅髪貧乳美少女。
兄に話ガン無視される可哀想な子。でも無視されてることには気付いてない。
お兄ちゃんの前では何時でもテンションバカ上がり。
踏み台の光に目を焼かれた被害者その1
お兄様を絶対視しており、そんな彼の後ろを歩む自分も間違っているはずがないですわ!と、いう思考の持ち主。
毎回テストで100点とる優等生の兄が身内に居たら、信じきってても仕方ないよねっていう。
問題は、その兄が退学させられた不良にベタ惚れしてること。
絶対的な英雄を前に、否を言えるようになるかどうかが彼女の分岐点。
・弟くん
真・主人公。
不良系ツンデレ灰髪少年。今は蒼色に染めている。
3年越しに本名(偽)初公開。小学生英語とか思った人は手をあげなさい。
名前は、これまでの人生を捨て去る意味で変えた。グレンツの方は保護者の精霊が、ブレイクホープは自分で命名。
その偽名の中にグレイの文字が入っているのは、意識しているのかいないのか。
捨て去る人生だが、それでも忘れずに気づいて欲しい人とかいたのかなぁ(棒
本人は結構気に入っている。
お兄ちゃんと不意打ちすれ違いでテンションが上がりすぎた結果、ついつい「ーー征くぞ」とか言っちゃう。
英雄を砕く災厄の焔は、しかし完成には未だ至らず。
英雄の背中を追うか、自分の道を歩むのか。
彼の分岐点は多々あるが、1番大きな岐路がこれだろう。
・王女様
拗らせ熱血系金髪眼帯美少女。2年前、敵勢力に拐われた桃姫ポジション。
それまでは、理想に憧れて、だけど現実はままならなくて、妥協するけど心の中では諦めきれない。
そんな思春期真っ只中のプリンセスだったが、白馬の踏み台によるアクロバット救出劇により、ダメな方に吹っ切れてしまった。
踏み台の光に目を焼かれた被害者その2。
理想は体現される。諦めなければ夢は叶うし悪は必ず滅び去る。あぁ、斯もこの世は素晴らしい!
基本的にはこんな熱血思考。もっと熱くなれよ!!
そんな考えの為か、理想を追い求めなかった自分を嫌悪している。
根底にあるのは英雄への恋心。
好きな人が出来た途端、世の中全部がキラキラして見える!的な乙女思考とも言える。かわいい。
しかし、上記の通り自分を嫌悪しているため、英雄には相応しくないと、想いを伝えるつもりはない。
要するに振られるのが怖い、乙女というだけ。かわいい。
そんな恐怖心を克服し、英雄に想いを伝えるかどうかが彼女の分岐点。
それが叶ったのならば、彼女は名実共にお姫様になるだろう。
……問題は、その英雄が退学させられた不良に(略
などなど。
本編で表しきれなかった事も書けたので満足しました。
久々に書いたので、おかしな点や違和感満載のストーリーになっていますが、広い心で見て下さると幸いです。