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遥かなる統一を夢見て ~少年少女は平和への夢を見る~  作者: 佐藤哲太
少女は己の無力に絶望する
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少女は己の無力に絶望する6

「兄上、どちらかへお出かけになっていたのですか?」

 クラックス家に戻ったアーファたち一向は夕食のため一堂に会していた。昼過ぎには着ていなかった緑色の法衣を兄が着用していることに疑問を抱いたアーデンが、何気なく尋ねる。既に60を越えたオーベンは杖を使って歩くようになってから。めっきり外出することも少なくなり、必要なものは皆古くから仕える従者たちに買いに行かせることが多くなっているのだ。

「先ほどは用意が遅れてしまったが、陛下を迎えるにあたって、平服では失礼であろうと思ってな。これを着るのはいつぶりかな」

「こちらは協力していただいている身だ。そのような気遣いは不要ぞ?」

 にこりともせず言い放つアーファは、口にする言葉とは裏腹にどこか不機嫌な様子をその表情に浮かべていた。

「戦争のない世界を作ってくださるお方に、不敬ではおれませんので」

 そんな彼女の表情を意にも介せず、オーベンは飄々と切り返す。長く貴族として生き、戦場だけでない政治の場も潜り抜けてきた老人には、彼なりの哲学があるように感じさせる。

「私が生きて王国へ戻れれば貴殿への謝礼を約束するが、戦争のない世界をつくる約束など今の段階では確約はできん。明日の法話で、法皇が何を語るか、どのような人間か、それ次第だ」

 淡々とした口調で語りながら食事を口へ運ぶアーファに、ゼロとルーが苦笑いを浮かべる。一国を治める女王とはいえ、彼女はまだ14歳の少女だ。彼女もついにこの時を迎えて緊張しているのだろうと二人は予想していた。

 明日の法話は多くの貴族も列席する敵陣のど真ん中であり、周囲は全て敵となる可能性もあるのだ。万が一その素性がばれれば、命はないだろう。

「アーデンよ、水の都や芸術都市でもいたと思うが、あの薄緑色の法衣を着た者は何者かわかるか?」

 話題を変えたアーファが尋ねた人物についてはゼロとルーも気になっていた。今日初めてちらっと顔を認識したのだが、黒髪の、可愛らしい顔立ちをした美少女だったという認識しか持ち合わせていない現状だ。

「いえ、私の記憶に一致する方はございません。お力になれず申し訳ない」

「ふむ……」

 謝る必要もないのだが、皇国のことについて答えられなかった不甲斐なさを感じ、アーデンは申し訳なさそうにしていた。

「ユフィ・ナターシャが、このペンダントを用意するとき、なぜあの者に一度話しに行ったのだろうか」

 宝石店でユフィからもらった孔雀石のペンダントを掲げながら、ずっと引っかかっていた疑問を口にする。ペンダントにつけられた親指の爪ほどの大きさの美しい孔雀石にはSという文字が刻まれていた。

「そもそも彼女の従者だとしたら、主が誰かと話している時に一人商品を眺めることがあるか?」

 彼女は嬉しそうにユフィやナナキと名乗った赤い髪の少女と話していたと思っていたゼロだったが、冷静に周囲を観察していたアーファにゼロは驚きを隠せなかった。

 黒髪の少女がいることは認識していたが、そこまで強く疑問には思っていなかったのだ。ゼロの場合はユフィに気を取られていた、という面もあるのだが。

「友人という関係なのかもしれないが、序列上位のナターシャ家の者が、何かを用意するために侯爵位の者に相談する必要があるだろうか?」

 もし自分がその立場だとしたら、と考えると、溢れ出るアーファの疑問は言われてみれば最もだと思わせることばかりだった。

「もしや、あの少女が法皇セルナス・ホーヴェルレッセン89世ではないのか?」

「いやいや、仮に法皇だとしたら、こんな時期に芸術都市になんか来ますかね? 法話3日前っすよ?」

 アーファのとんでもない予想に、常識の範疇で考察したゼロがツッコミを入れる。今回の法話は法皇セルナス・ホーヴェルレッセン89世の初お披露目でもある。そんな大事な法話の直前に、観光などできるだろうか。

「そもそも88世の崩御後、なぜ89世は数年信徒たちの前に現れなかったのだ?」

 何か思うところがあるのだろう。矢継ぎ早にアーファは思うところを口にする。

「コライテッド家の意向と聞いておりますな」

 アーデンがアーファの質問に答え、さらに言葉を続ける。

「法皇位は代々西部、北部、東部を治める皇国御三家の未婚女性へ受け継がれますが、法皇を支えるコライテッド公爵家は代々法皇の側近を務める立場にあり、御三家にも及ぶ力を持っていると言われております。3年前、88世の逝去により急遽89世が就任するに至りました。その89世を支えたのもコライテッド公爵ですが、3年間は公爵が89世を法皇としての資質を備えさせるための育成期間、というようにも噂はされておりますな」

「コライテッド家と御三家はあまり関係がよろしくないのは皇国でも知るところの多い事実ですが、そもそも御三家は88世の逝去と89世の就任をしばし黙秘したがっていた、との噂もあります」

 アーデンの発言にオーベンも自分の知る所を重ねる。

「なるほど……。これは私の推測だが」

 一拍言葉を止めるアーファへ、一同の視線が集まる。

「88世はコライテッド公爵に暗殺された。そうして法皇としての素質の育成の済んでいない者を89世に据え、コライテッド公爵の傀儡となる法皇に育てたのではないだろうか」

「なんと……」

 あまりに大胆なアーファの推測に、一同は絶句する。だが、カナン大陸にもその名を轟かせるセルナス皇国のコライテッド公爵家は、長きに渡りセルナス皇国の政を支えた強かな一族と知られる存在だ。有りえない、と完全に否定することもできなかった。

「そんな法皇だとすれば、法話を前にしても各地に訪れていたとしても不思議ではあるまい。全てはコライテッド公爵の手のひらの上なのだから」

 あの薄緑の法衣を着ていた少女がユフィ・ナターシャとただの友人という可能性もなくはないが、やはり貴族にとって序列とは重要であり、他の貴族と話すような場においてその序列を意識しない行動をすることは考えづらい。

 もし彼女が法皇セルナス・ホーヴェルレッセン89世なのだとしたら、そしてその立場がアーファの推測通りならば、全ては繋がる。

 一国の頂点たる存在を傀儡にしようとしているならば、それは余りにも不敬であり、感情的にゼロとルーには受け入れがたい気持ちになる。

「……もし私の考え通りならば、法皇がどのような人物だろうと、皇国と手を取ることは難しいな」

 自嘲気味に笑うアーファに一同は何も言うことができなかった。

 沈黙が室内に響き渡る。場の重さに、アーファ以外は食事の手すら止めてしまった。

 セルナス・ホーヴェルレッセン89世がどんな人物なのか、どうかアーファの願いを叶える力を持つ存在であってほしいと願うことしかできないゼロは、自分の無力を噛みしめるのだった。



次話に続きます。

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