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芸術都市へ

「明日はいよいよ芸術都市に出発だねっ」

 パジャマ姿でナターシャ家別荘のベッドに転がる黒髪に美少女は、満面の笑みを浮かべていた。少女を挟んで桃色の髪の美少女と赤色の髪の美少女はベッドの上に座り、穏やかな笑みを浮かべていた。

 水の都の査察――と言う名の観光――を終え、明日の朝には査察予定の最終地、芸術都市に向かい、明後日の昼頃に到着後、美術館等を訪れる予定だ。

「今日遠目に見えた黒の法衣の貴族さんは、誰だったのかしら?」

 黒の法衣が示すのは子爵位の貴族。今日の昼過ぎから夕方にかけて水の都を巡っている折、黒の法衣の男性と少女、従者4人と車いすを乗せたゴンドラが見えた。水の都が保養地として賑わうのはもう少し後、夏前からであり、春真っ盛りの今ではない。

 自分たち以外にも水の都を訪れる貴族がいたことにユフィは少し驚いていた。

――まぁ、国のトップが今ここにいること事態がおかしなことではあるのだけど。

 よもやまさかそのゴンドラに乗っていたのが敵国の女王などとは露とも思わず、頭に残る疑問を切り捨てる。

「首都の劇団の観劇はしたことがありますが、あの有名なウェフォール一座。楽しみですねっ」

 芸術都市は名だたる画家たちによる名画が集められた美術館、音楽のプロが集う楽団、大道芸を行う芸人など、皇国の教養や娯楽の粋が集められた都市であり、年間を通じて多くの人々が訪れる都市だ。その中でも一番人気は舞台演劇なのだが、特に芸術都市以外では公演を行わないウェフォール一座という名の劇団は人気が高く、明々後日はその劇団の観劇予定ということもあり、ナナキも期待で胸がいっぱいになっていた。

 ウェフォール一座の得意とする演目は悲劇をテーマにしたミュージカルであり、座長を務めるウェフォール家はその舞台の素晴らしさから、数十年前に当時の法皇より男爵の地位を賜ったほどである。特に近年はウェフォール座長の娘であり、劇団のヒロインでもあるシアラ・ウェフォールという女優に加え、水の都を治めるフィーラウネ公爵の娘、マリア・フィーラウネが加わったことでその人気に拍車をかけている。

 貴族出身の者すら入団を志すほど価値がある劇団、それがウェフォール一座なのだ。

「フィーラウネ公爵のおかげで招待席で見られるみたいだし、予約していたチケットどうしようかな」

 一般的な観劇の値段は大銅貨紙幣5枚ほどだが、ウェフォール一座の観劇チケットは銀貨3枚ほどと相場の6倍というかなりの高額だ。それでもチケットは毎回完売という人気であり、ユフィも今回ばかりはと貴族の権限をふんだんに利用し手に入れたチケットだったのだが、招待席を用意されては無用の産物となってしまった。

「誰か困ってる人がいたら、あげちゃいなよっ」

 セレマウも東部にいた頃、東部の都市に営業にきていた劇団を見たことがあるが、正直然程、という印象だった。

 しかし今回はあのユフィがテンションを上げるほど楽しみにしているということもあり、セレマウの中でも期待値がかなり高まっている。

「そうね、折角来たのに見れないとか、そんなことになってる人がいたらあげましょうか」

 まだ明後日の話だというのに、美少女たちはウェフォール一座の舞台に心を奪われ、期待に胸を膨らませながら好きな演目について語り合うのだった。






 法皇の法話まで残り5日の昼過ぎ。

 水の都を見て回ったアーファたち一向は、馬車の預かり所のある船着き場に戻ってきていた。アーデンの従者たちが手続きを取り、片方が厩舎に預けた馬を迎えに行く。

「どうやらナターシャ家のご令嬢はもう立たれたようですね」

 預けられた馬車の中で一際目立っていた馬車や厩舎に預けられた白馬は既にいなくなっていた。

「首都から来ているのであれば、次の目的地は我々と同じかもしれませんな」

 芸術都市を目指し出発した馬車の中でアーデンは自身の経験則から大貴族の行方を予想した。

 皇国の街道は全て首都を起点として作られているが、水の都は街道の作りとして首都と芸術都市の中間地点あたりに位置するため、首都からの旅行者の多くが芸術都市に行く前に訪れる都市でもある。芸術都市から首都への街道も整備されているのだが、観光目的であれば水の都と芸術都市は外せないため、大半の者が水の都から訪れることが多いのだ。

 アーデンの予想を聞きつつ、昨日からゴンドラに乗り続けたせいか、街道を行く馬車の揺れにアーファは少し違和感を覚え何とも言えない表情を見せていた。

「ものすごい美人さんなんですよね? 会ってみたいな……って!」

 大した考えもなく少し浮かれた気持ち発言したゼロだったが、何となく不満に思ったアーファがゼロの足を思い切り踏みつける。

「なんなんすかっ?」

「別に、何となくだ」

 拗ねた様子を見せるアーファを見て苦笑いを浮かべるルーは、虎の尾を踏まないように話題を変える。

「しかし次の行先、工業都市じゃなくてよかったんですか?」

 工業都市は皇国首都にほど近い都市であり、芸術都市とは方角的に反対に位置する。魔道具の生産も最も盛んな都市であり、技術を見るのであれば、最も価値がある場所だったと思われた。

「魔道具を見て迷ったが……迷ったが、だ」

「ウェフォール一座の舞台は、一見の価値ありですからな」

 アーファとて一国を治める者として理想的な行動は分かっている。だが、リトゥルム王国にまでその名が知られるウェフォール一座の舞台への興味がそれを上回ったのだ。

 元々は小国の国家群だったリトゥルム王国には、まだ秀でた文化が熟成していない。それに対して長い歴史を持つセルナス皇国では芸術や文学など、娯楽として楽しめるものが多い。

 まだ14歳のアーファにとって、もう二度と見るチャンスがないかもしれない有名劇団の舞台を見ないという選択はできなかった。

「そんな有名なんすか」

 教養面に疎いゼロが尋ねると、キッとアーファに睨まれる。

「それはもう、皇国では知らぬ者のいない劇団ですよ。特に悲劇をテーマにしたミュージカルにおいては右に出る者はありませんね。その上2年ほど前に水の都を治めるフィーラウネ公爵のご息女であるマリア嬢が入団したことでも話題になりましたし、彼女の歌声はまるで天使のような歌声でした。昨年私も観に行きましたが、涙なしでは見られませんよ」

 穏やかな笑みを浮かべるアーデンが、少しだけ息巻いて説明する。彼の話を聞いたアーファは、見たこともないのにうんうんと頷いていた。

 常に皇国の動きを注視せねばならず、普段は立場を忘れて娯楽を満喫することができないアーファだ。子どものように何かを楽しみにしているという姿は珍しい。

「そうなんすね。早くつくといいっすね~」

 こんな彼女の姿を見られただけでよしとしようと、ゼロは得意のスマイルを見せる。

 一行を乗せた馬車は、少しだけスピードを上げ、街道を進んで行った。




次話に続きます。

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